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  1. 1972年11月
  2. 1972年11月10日(金)村井資長総長、川口君の通夜に5分間出席
  3. 1972年11月11日(土)川口君葬儀。本部でリンチ殺人糾弾集会
  4. 1972年11月13日(月)徹夜の糾弾集会
  5. 1972年11月14日(火)機動隊によって革マル救出。クラス討論連絡会議発足
  6. 1972年11月15日(水)大隈銅像前で3回目の糾弾集会。再び機動隊導入
  7. 1972年11月16日(木)一文「クラス討論連絡会議」主催の学生集会
  8. 1972年11月17日(金)川口君追悼学生葬に4000人
  9. 1972年11月18日(土)文学部181教室で糾弾集会。馬場前委員長等が確約書に署名
  10. 1972年11月20日(月)一文で授業再開。10日ぶりに革マルがデモ
  11. 1972年11月21日(火)一文学部長等9名が辞任。村井総長が弔慰金のカンパを募る
  12. 1972年11月22日(水)政経学部で400人が学生集会
  13. 1972年11月24日(金)文学部28日、政経学部30日、学大の日程決まる
  14. 1972年11月25日(土)革マル派が一・二文クラ討連リーダーに自己批判要求
  15. 1972年11月27日(月)一文学大前夜、当局・革マルの妨害
  16. 1972年11月28日(火)当局・革マルの妨害を跳ね除け、一文・社学学生大会成立
  17. 1972年11月29日(水)教育学部生大会成立
  18. 1972年11月30日(木)政経学部生大会成立
  19. 1972年11月8日以前
  20. 1972年11月8日(水)一文2J川口大三郎君が自治会室に拉致される
  21. 1972年11月9日(木)東大病院構内で川口君の遺体発見
  22. 1972年12月
  23. 1972年12月12日(火)クラス協議会で「9原則」を確認
  24. 1972年12月18日(月)一文臨執・行動委・クラス有志が冬期合宿
  25. 1972年12月2日(金)一文でクラス協議会発足。一文行動委員会結成
  26. 1972年12月4日(月)全学部臨執連絡会議発足。父母有志が当局へ要望書提出
  27. 1972年12月5日(火)「総長団交要求全学総決起集会」に1000人結集
  28. 1972年12月6日(水)一文臨執が演習室をバリケードによる自主管理
  29. 1972年12月7日(木)一文臨執による自主管理続行。政経学部で新執行部発足
  30. 1972年12月8日(金)「寒い冬を越すための大コンサート」開催。カンパを募る
  31. 1972年12月9日(土)越冬への組織化始まる
  32. 1972年12月1日(木)商・法で学生大会。法学部は定足数不足で学生集会に
  33. 1973 年1月11日(木)政経学部で初の団交
  34. 1973 年1月7日(日)冬休み明け前日に全学拡大クラス会議を開催
  35. 1973年10月
  36. 1973年10月11日(木)大学当局が革マルの早稲田祭実行委員会との間で5原則を確認し、早稲田祭の開催を決定
  37. 1973年10月21日(日)監禁致死の容疑で革マル派4人を逮捕
  38. 1973年10月22日(月)5.17被告団第3回公判で裁判長が検察側に起訴理由の釈明を要求
  39. 1973年10月6日(土)牛込公会堂で「10.6梁政明三周忌追悼集会」開催
  40. 1973年11月
  41. 1973年11月11日(日) 供述により明らかになった事件の経緯。監禁致死罪で革マル派4人起訴
  42. 1973年11月16日(金) 5.17被告2名への第4回公判。検察官による釈明は曖昧
  43. 1973年11月19日(月)「早稲田祭中止」と「全学総長団交の再開」を呼びかけ図書館占拠。14人逮捕
  44. 1973年11月20日(火) 政経・教育・行動委が本部で集会。「早稲田祭中止」を訴える
  45. 1973年11月22日(木) 機動隊警戒のもと早稲田祭開催。散発的に反対行動発生
  46. 1973年11月4日(日) 出身地の伊東市で川口君の一周忌法要
  47. 1973年11月4日(日)出身地の伊東市で川口君の一周忌法要
  48. 1973年11月8日(木) 川口君一周忌。大学当局は全学ロックアウト
  49. 1973年1月
  50. 1973年1月12日(金)一文で団交要求集会。商学部では革マルがクラス委員総会
  51. 1973年1月13日(土)一文各クラスで自治委員選挙始まる
  52. 1973年1月16日(火)政経学部の学部団交1000名結集。一文で自治委員選挙
  53. 1973年1月17日(水)革マルが一文の自治委員選挙を妨害。十数名の負傷者が出た
  54. 1973年1月18日(木)全学行動委、サ連他の部隊が馬場下で機動隊と衝突
  55. 1973年1月19日(金)政経学大で1週間ストを決議。11号館で革マルと攻防
  56. 1973年1月1日(月)大学当局が保護者宛に文書を送付。学生への協力を呼びかけた
  57. 1973年1月20日(土)ロックアウト中の本部構内に突入。評価には賛否の声
  58. 1973年1月22日(月)政経執行部が3号館を封鎖。機動隊出動で逮捕者15人
  59. 1973年1月23日(火)一文で学生大会が開かれる
  60. 1973年1月24日(水)一文でピケスト。教育学部団交で新執行部の認知確認
  61. 1973年1月25日(木)一文の試験中止に。自治委員総会開催の要件整う。教育学大でスト決定
  62. 1973年1月26日(金)政経当局は学生投票が有効と承認。自治会再建へ一歩か
  63. 1973年1月27日(土)一文で新執行部選出。政経は第二波1週間ストへ
  64. 1973年1月29日(月)一文で学部団交。政経と教育では試験中止に。社学で新執行部発足
  65. 1973年1月30日(火)一文で学生大会。第二波 1 週間ストを決議。社学では試験延期
  66. 1973年1月31日(水)一文当局は試験の無期延期を決定
  67. 1973年1月8日(月)大隈銅像前で全学総決起集会200名。内黒ヘル100名
  68. 1973年1月1日(月)大学当局が保護者宛に文書を送付。学生への協力を呼びかけた。
  69. 1973年2月
  70. 1973年2月10日(土)二文当局が自治会承認に向け確約書に署名。一文で新入生歓迎実行委の初会合。
  71. 1973年2月12日(月)教育学部、試験日程消化の重要性を告示。16号館地下を立入禁止に。
  72. 1973年2月13日(火) 一文で総括集会。執行委員会は春休み以降の戦術を提案。
  73. 1973年2月15日(火) 社会科学部教授会が学生自治に関する告示
  74. 1973年2月16日(金)16号館で全学行動委(準)主催の討論集会開催。当局は入試期間中の立入禁止期間を発表。
  75. 1973年2月19日(月)入試を前に本部はロックアウトに。革マル派2名が川口君の友人に対する傷害罪等で起訴される。
  76. 1973年2月1日(木)一文は1月30日学生大会決議による第二波1週間ストライキ(1/31~2/6)に突入。
  77. 1973年2月21日(水)政経学部長名で見解表明。
  78. 1973年2月22日(木)教育専任教員会が「2.22見解」を学生に郵送。
  79. 1973年2月24日(土)ロックアウト中の本部正門前で機動隊と小競り合い。受験生と意見交換も。
  80. 1973年2月2日(金)政経学大で3ヵ月ストを決議。教育で当局と交渉。一文では当局へ6項目要求。
  81. 1973年2月3日(土)教育で学生大会。一文221教室で自主講座「山村政明シンポジウム」を開催。
  82. 1973年2月5日(月)一文で3回目の団交。教育学部は学年末試験の延期を決定。政経学部の卒業試験中止。
  83. 1973年2月6日(火)一文の学生大会不成立。一文当局は、卒業試験実施を発表。
  84. 1973年2月7日(水)一文の学生大会再び流会。当局は卒業試験実施に踏み切る。
  85. 1973年2月8日(木)全学スト・総長団交勝利を掲げ全学総決起集会を開催。
  86. 1973年2月9日(金)一文、教育、社学で学部見解が示される。
  87. 1973年3月
  88. 1973年3月13日(火)二文当局が自治会承認の条件を提示。教育では教場試験取り止め。
  89. 1973年3月25日(月) 卒業式。早大中心主義礼賛の式辞に対し批判的な答辞。
  90. 1973年3月31日(土)一文で自治委員集会。4.2総決起集会の行動方針を巡って討論。
  91. 1973年3月6日(火) 教育学生大会で4月22日までの長期ストライキを決議。
  92. 1973年3月9日(金)各学部合格発表日。
  93. 1973年4月
  94. 1973年4月10日(火)革マルの代々木駅襲撃により三学部の学生大会流会。
  95. 1973年4月14日(土)結集を妨害され、教育学部学生大会が学生集会に。
  96. 1973年4月18日(水)10号館に入れず、本部前で新入生連帯討論集会。
  97. 1973年4月1日(日)入学式へ向け執行部と団実委の意志一致ならず。
  98. 1973年4月21日(土)妨害の中、会場を15号館に移して一文学生大会を開催
  99. 1973年4月23日(月)二文で学大成立。終了後、高田馬場まで500名でフランスデモ。
  100. 1973年4月24日(火)当局が21日の概要を「騒乱と暴力行為」と告示。
  101. 1973年4月25日(水)国鉄ストの影響で政経学生大会開けず。一文で試験日程発表。
  102. 1973年4月2日(月)入学式。総長団交要求は果たせず新入生と討論集会を持つ。
  103. 1973年4月3日(火)欺瞞に満ちた革マルによる「統一行動」の呼びかけ。
  104. 1973年4月4日(水)16号館で会議中の4.2集会実行委を革マルが襲撃。重軽傷多数。
  105. 1973年4月5日(木)当局は前日の鉄パイプ襲撃を「相互の乱闘」とし、16号館を閉鎖。
  106. 1973年4月6日(金)革マルによる「統一行動」「統一学大」の策動。
  107. 1973年4月9日(月)文学部で授業開始。1年生の語学授業は多くが対話集会に。
  108. 1973年5月
  109. 1973年5月10日(木)商学部学生集会。一文自治委員協議会で総長団交と自治委員選に関して討議。
  110. 1973年5月11日(金) 政経学部学大は学生集会に。教育学部で自治委員総会開催。
  111. 1973年5月12日(土) 早慶闘争報告全都学生交流集会が革マルの妨害により中止に。重軽傷者多数。
  112. 1973年5月14日(月) 法学部の学生集会で総長団交の可否をめぐって討論。一文樋田委員長が革マルに襲われる
  113. 1973年5月15日(火) 全国動員による革マル派の暴力的敵対行動激化。
  114. 1973年5月16日(水) 全学団実委(準)結成。当局は混乱への懸念を理由に総長団交中止を発表。
  115. 1973年5月17日(木) 革マル派に襲われ、機動隊に阻まれ、団実委は身動きとれず。
  116. 1973年5月18日(金) 村井総長が、セクト間抗争と暴力を遺憾とする声明を発表。
  117. 1973年5月19日(土) 革マルの妨害で一文キャンパスに入れず。当面の拠点確保が課題に。
  118. 1973年5月24日(木) 高田馬場駅で情宣中に革マルの襲撃を受ける。
  119. 1973年5月27日(日) 一文執行委、団実委の連名で神宮球場、早慶戦でのビラ撒き。
  120. 1973年5月29日(火) 他大学との共闘を視野に入れたレジュメの出たWAC総会。
  121. 1973年5月2日(水) 一文の学部団交に革マルの妨害。当局は7日の再団交を確約。
  122. 1973年5月30日(水) 教育学部で選挙管理委員会結成。支援の党派と革マルが乱闘。
  123. 1973年5月7日(月) 一文で期末試験開始。学部団交は革マルの妨害により中止。商学部が自治会費を学生会(革マル派)に支払った経緯を釈明。
  124. 1973年5月8日(火) 講義中の村井総長を本部へ連行。5.17団交の確約書を取り付ける。
  125. 1973年5月9日(水)団交を巡る正統性の賛否。一文総長団交実行委を結成。
  126. 1973年6月
  127. 1973年6月11日(月) 一文で選挙・筑波法案・早稲田祭を議題に自治委員総会を開催。
  128. 1973年6月12日(火)法学部三役選挙は民青系が当選。行動委2名は3分の1の支持を獲得。
  129. 1973年6月13日(水)豊島公会堂で「負けるな早稲田大集会」開催。外濠公園まで学外デモ。
  130. 1973年6月14日(木)叛旗派67名、商学部11号館で逮捕される。
  131. 1973年6月21日(木)教育学部、自治会三役改選を公示。一文は当局へ公開質問状。
  132. 1973年6月23日(土)商議員有志が大学当局へ紛争解決を求める建議書を提示
  133. 1973年6月25日(月)一文で2連協会議開催。新2年生30人参加。
  134. 1973年6月28日(木)教育学部、三役公選のための立会演説会に500名参加。
  135. 1973年6月30日(土)革マル系文連総会を粉砕。サ連と新執による早稲田祭実行委結成。
  136. 1973年6月4日(月)革マルと衝突。法学部三役選挙の立会演説会が中止に。
  137. 1973年7月
  138. 1973年7月13日(金)当局の試験強行に対し二連協が試験粉砕中庭集会。革マルの襲撃でちりぢりに。
  139. 1973年7月16日(月)5.17被告2名の第1回公判。
  140. 1973年7月2日(月)学大情宣のためヘルメット着用で一文キャンパスへ。機動隊に阻止される。
  141. 1973年7月5日(木)政経、一文の学大は革マルと当局の妨害によって開催できず。
  142. 1973年7月9日(月)「早稲田解放大集会」に800名結集。支援党派色目立つ。
  143. 1973年9月
  144. 1973年9月16日(日)日本橋三越本店屋上で革マルに襲撃される
  145. 1973年9月17日(月)当局は危険な状態を予想。ロックアウトで始まった新学期第1日目
  146. 1973年9月3日(月)軽犯罪法違反で起訴の5.17被告2人の第2回公判
  147. 973年5月17日(木) 革マル派に襲われ、機動隊に阻まれ、団実委は身動きとれず。
  148. ※図書館裁判闘争※
  149. ◇山よ、早稲田よ
  150. ◇年譜
  151. ◇日記(1971年4月)
  152. ◇活動
  153. 「2Jの級友達の怒りの激しさが、彼の信望を語っていよう」(早大一文中国語担当)
  154. 「あいつは素直に物を考え、自分の足でたしかめて物を言うやつだ」(早大2J)
  155. 「あんなに明るくて、タフでサッパリした川口を殺したやつは許せない」(早大2J)
  156. 「ボサボサの髪に、Gパン、Tシャツ、ゲタの音も高くひびかせながら」(早大2J)
  157. 「大ちゃんの遺志どおりに、一日もはやく暴力のない大学になってほしい」(姉)
  158. 「大ちゃんはいつも明るい元気な、人様に好かれる人間だった」(母)
  159. 「川口君のくやしさ、苦痛を私たち自身のものとして」(早大2J)
  160. 「彼独自の早稲田魂は永遠に都の西北早稲田の杜に生き続ける」(早稲田精神昂揚会)
  161. 「息子を惨殺した犯人へ憎しみをこめて綴る…」(母)
  162. 「悔しいなあ。あんないい奴が死ぬなんて。まだ俺には信じられない」(伊東高校山岳部OB)
  163. 「故川口君の当新聞会活動について」(早稲田学生新聞会)
  164. 「早稲田をこよなく愛し、自ら“早稲田の住人”と称した彼」(早大2J)
  165. 「胸を張って『大三郎は真の男だった』と言える」(母)
  166. それぞれの思い
  167. はじめに
  168. メインページ
  169. 事件の全貌
  170. 今思うこと 第一文学部1年J組 H・T
  171. 仲間たちの思い
  172. 寄せられた記録と記憶、感想
  173. 川口君とJ組のこと 第一文学部2年J組 M・W
  174. 川口大三郎と私 第一文学部2年T組 Y・N
  175. 川口大三郎リンチ殺害事件の全貌
  176. 文字が記憶する川口大三郎
  177. 私にとっての川口君事件 第一文学部1年T組 H・K
  178. 私の回想~会うことのなかったO先輩に捧ぐ 第一文学部1年J組 T・H
  179. )1973年2月13日(火) 一文で総括集会。執行委員会は春休み以降の戦術を提案。
  180. 11・8と14歳 第一文学部1年D組 F・S
  181. 11・8について 第一文学部2年J組 K・F

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