1973年5月29日(火) 他大学との共闘を視野に入れたレジュメの出たWAC総会。

提供: 19721108
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【概要】

政経、教育、一文、法の各学部の行動委を連合したWACの総会が開かれた。詳細は不明だが、残されたレジュメには「全都、全国の支援共闘」という文言が加わっており、運動の局面に変化があったことがうかがわれる。


【この日のできごと】

■革マル、第20回早稲田祭実行委員会、結成集会
◎WAC総会


【WAC総会へ向けてのレジュメ】

WAC総会のために準備されたレジュメが2つ残されている。一文行動委連合(準)によるものと早大反帝学生評議会によるものである。
要約するとおおよそ次のような内容である。
★一文行動委は、現状を、執行部、団実、行動委等で活動しようとする部分と、授業に埋没するいわゆる一般学生とに分断されており、その原因は、革マルによって活動が停止状態にあるためとした。それを打開するための手段は学内に結集空間の確保であるとし、学部・全学的課題として以下の項目を列挙した。
・再団交(6月下旬)
・学生大会→ストライキ(条件と期日の設定)
・当局糾弾の実力行動
・自治委員選、三役公選
・早稲田祭実行委結成(四月祭総括、文連解放)
・学内の共闘関係
・全都、全国の支援共闘関係の点検整理


★反帝学評は、4月は鉄パイプテロなど革マルの出方に規定された展開となり、5月こそが総長団交等、当局との対決点を鮮明にする闘いの出発点となった総括し、6月以降の方針として「革マル、当局への反撃」「早稲田解放闘争第三次早大闘争」の本格的構築」「一周忌のための陣形を作り上げる」の3つをあげた。そのための実行項目は次の通り。
・自治会選挙→闘う執行部の確立
・サークル・早稲田祭実行委結成
・学大~スト貫徹~団交実現
・号館自主管理(夜間ロックアウト粉砕)
・早大支援共闘(全都、全国)
・6.15実行委
・学内拠点を確保し革マルへの攻勢を 学内制圧
そもそもWACの前身は、政経学部のPAC、文学部のLAC、教育学部のEAC、法学部のJACなど各学部に作られた行動委※で、それを統合したのが早大行動委WACである。その主な構成員は、在校生および二次闘争からの復帰組で、革マルによる攻撃に対抗する防衛を役割とした。
ことに4月以降、個人攻撃も含め過激になった革マルの武装攻撃に対して、情宣、学大などで登場する際には、行動委に周囲を守られないと執行部は一文キャンパスに足を踏み入れることもかなわなくなった。まだ1月の段階ではヘルメットの着用をめぐる意見の食い違いもあったが、鉄パイプによる攻撃が日常化するに及んで、ほとんど議論の余地はなくなった。さらに、二次闘争の世代にとって武装は既成事実であり、そこへ背後の党派の支援が加わるとなれば、さらに本格化、先鋭化が進むことは必然だった。
そうした旧世代の影響の色濃い武装闘争へ傾斜していく一方で、独自の防衛部隊を作る動きもあった。執行委員の呼びかけで集まった20名ほどの集団で、独自の武装訓練等を行い、一文キャンパスへの復帰を果たすことを目論んで活動した。
※「行動委員会」を最初に組織したのは川口君のいた2Jで、行動委員会の定義を「一党一派に属するものではなく、クラス討論に参加する者、この問題について考え、何らかの行動をしようとする者の全てが委員会のメンバーであり、刻々と変化する状況に応じて、クラスの行動方針を決定していくという基本点をふまえた活動体」としている。


【リンク】

WAC総会に向けて
各学部行動委ー団実ー自治会 合同フラク その1
各学部行動委ー団実ー自治会 合同フラク その2
各学部行動委ー団実ー自治会 合同フラク その3