1973年1月16日(火)政経学部の学部団交1000名結集。一文で自治委員選挙

提供: 19721108
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【概要】

一文臨執は、革マルの妨害を突破して木造校舎に入り、13日に引き続き自治委員選挙を実施した。午後3時からは政経学部臨執が1000名を結集して大隈講堂で学部団交を開いた。当局からは保田順三郎学部長、小林教務主任ほか3名の教授が参加。議長団は、学部に対して「新自治会の即時承認」等の5項目の要求を突き付けたが、学部長は全てを拒否。「二度と学生と会う意志はない」と再団交へも応じない姿勢を示した。

【この日のできごと】

正午 一文臨執は自治委員選挙を進めようと、他学部の応援を得て、阻止するヘルメットの革マルピケ隊40名を突破。2時半から木造校舎を統一選挙場に開放し、自治委員選挙を行う。
15:00 政経学部は大隈講堂で5項目要求の学部団交を行い1000名が結集した。学部当 局からは保田順三郎学部長ほかが出席したが、学生からの要求をすべて拒否した。
■革マルは政経・社学で自治委員総会をデッチ上げ開催した。

【臨執による「5項目の要求」と学部側の「3原則」】

政経学部臨時執行部が要求したのは「新自治会即時無条件承認」「3、4号館の管理運営権を学生の手に」「集会の制限などを定めた11.17告示などの白紙撤回」「自治会活動圧殺としての学生処分をいっさい行わない確約」「全学団交の確約」の5項目。これに対して保田順三郎学部長は「現段階ではまだ執行部が学生の総意を反映しているかどうかわからないので承認できない」と、45年7月の教授会で決定した3原則を守るように求めた。3原則とは「学生大会召集は在籍学生の3分の1以上の署名が必要で、5分の1以上の出席で成立する」「大会での『学友会再建』についての投票実施は 出席者の2分の1以上の賛成で決定」「学部投票は在籍学生の2分の1以上の投票で有効。有効投票の2分の1以上の同意で再建が決定される」というもの。小林教務主任は「これまで学生は3原則のうち最初のふたつは達成した。最後の学部投票をやりなさい」と発言したが、すでに前年の12月から学部投票は進められており、16日までに2156人の賛成を得ており、 参加者の中から、発言に反発する声があがった。(1973年1月17日付毎日新聞、1973年1月17日付朝日新聞より)

【一文の自治委員選挙】

「第一文学部臨時執行部は、この日正午すぎから自治委員選挙を進めようとし、阻止するヘルメット姿の革マル派学生約30人と衝突をくり返した。 双方にけが人が出たが、一文臨執は他学部学生の応援で午後2時半すぎから選挙を行なった。」(1973年1月17日付朝日新聞)
「自治委員選挙を行おうとする臨執側約百名は、革マル派学生約40名のピケット隊と衝突したが、他学部学生の応援もあって、木造校舎に築いた逆バリの中で自治委員選を行った。なおその際十数名のけが人が出た。」(早稲田キャンパス第173号)

【革マルとの小競り合い】

一文の1年生のクラスでのこと。教室を移動中に級友の一人が革マル十人程に壁を背に囲まれているのに遭遇。「授業が始まるから行こうよ」と声を掛けると「討論しているんだからダメなんだ」と級友。革マルは「今日の事態をどう考えるんだ」と声を掛けた級友たちに向かってきて、クラスと名前を書くよう迫った。「場所を変えて話そう」と言うのを断ると小競り合いとなった。後日、クラス討論の席上でこの級友が話したところでは、取り囲んだ革マルの一人に押し倒され暴行を受けたが、隊長の「もうやめておけ」の一言で救われたという。このクラスでは、このようにクラスの一員の一人でも自らの意志に反して授業に参加できない時、他のクラス員は 授業を中止して救出に向かうべきではないか。こうしたことはこれからもありうる…等の話し合いが持たれた。(『一文有志の記録』より)

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