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		<title>19721108 - 新しいページ [ja]</title>
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		<title>1973年4月4日（水）16号館で会議中の4.2集会実行委を革マルが襲撃。重軽傷者多数。</title>
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				<updated>2026-09-04T09:50:58Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;Ad19721114: ページの作成:「'''【概要】''' :夕方、16号館で4.2集会実行委員会が総括会議を開催。そこへ革マル30人が乱入。手にした鉄パイプで参加者の頭...」&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''【概要】'''&lt;br /&gt;
:夕方、16号館で4.2集会実行委員会が総括会議を開催。そこへ革マル30人が乱入。手にした鉄パイプで参加者の頭部を次々に殴打。頭蓋骨陥没、骨折等の重軽傷者多数。また、けが人から金銭、手回り品などを強奪した。負傷者はタクシー等で病院へ。残りのメンバーは集団で学外へ出た。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【この日のできごと】'''&lt;br /&gt;
:■夕方革マル30名は鉄パイプで武装して16号館402教室に向かい、総括会議を行っていた4.2集会実行委30名を襲撃。頭部を鉄パイプで乱打し、頭蓋骨陥没１名、手足・肋骨骨折数名を含む重傷10名、軽傷20名。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【『一文有志の記録』から】'''&lt;br /&gt;
:この日夕刻の出来事について『一文有志の記録』には「4.4夕刻16号館集団リンチ事件経過」と題したメモが1ページいっぱいを埋め尽くしている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
::5：00	15号館。社学当局のオリエンテーションに介入していた社学行動委の学友が発言。Zがそれを阻止する形で介入、発言を妨害した。&lt;br /&gt;
::5：30	Zを15号館から押し出した。15号館前で少数のマルと小競り合い。この時点で13号館ラウンジにマル50～60人が鉄パイプに紙を巻きコートに隠し結集。&lt;br /&gt;
::6：00	われわれは16号館に引く。15号館のマルから13号館（もしくは学館）のマルへ連絡が行く。&lt;br /&gt;
::6：30	マルが16号館へ乱入。&lt;br /&gt;
:::われわれは無防備・素手。ちりぢりになってラウンジから上へ逃げる。ラウンジ西端で一人頭部殴打。マルは402教室に駆け上り、中で会議中の各学部代表の学友に対し鉄パイプで襲いかかる。革マルの指揮者Fは「頭を狙え！」と指示。意図的に廃人化を狙う。計9人が頭部を殴打され重傷。ラウンジでやられた人は、頭と右足に裂傷を負い、時計、タバコ、マッチなどを盗られた。一文はY君がカンパの現金3万円、メモ類を盗られ額に傷、M君は頭部:::内出血と鼻血、もう一人のM君は右肩にケガ。&lt;br /&gt;
::7：00	Zは16号館から逃亡。&lt;br /&gt;
:::	負傷者は車で病院へ。&lt;br /&gt;
::7：30	残ったメンバーは16号館に結集し、まとまって脱出する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【新聞各紙では】'''&lt;br /&gt;
:毎日新聞では「早大でまた乱闘　7人重傷」の見出しで次のように報道した。「4日午後6時半ごろ、東京都新宿区戸塚の早稲田大学16号館で集会を開いていた反革マル系の『4.2集会実行委員会』の学生約30人に革マル系の学生約30人がなぐり込みをかけ乱闘となった。革マル系の学生は短い鉄パイプを持ち、16号館1階ロビーと4階411教室で逃げ遅れた学生をメッタ打ちにした。この乱闘騒ぎで十数人が頭や腕に打撲傷を負った。けがをした学生たちは散り散りになって逃げ、一部は同夜、板橋区栄町33の都立豊島病院で手当てを受けたが、うち7人は頭部裂傷や腕の骨を折ってかなりの重傷だという。」（1973年4月5日付毎日新聞）&lt;br /&gt;
:朝日新聞の見出しも「早大でまた内ゲバ　7人けが」と、毎日新聞と似たり寄ったり。“内ゲバ”と表記されるのはこれが初めてか。「4日午後6時半ごろ、早大構内の教育学部6号館（編注：16号館）付近の2カ所で学生約60人が口論のあと乱闘となり、けが人が出たと110番があった。戸塚署員がすぐ現場にかけつけたが、すでに学生らの姿はなかった。同署で調べたところ、騒ぎの直後に学内診療所の医師後藤雅子さんが学生の通報で現場にかけつけたが、ロッ骨骨折、手の骨折のほか頭を鉄パイプで強打され7人がかなりのケガを負った。後藤さんがすぐ救急車で病院へ行くように指示したのに対し、学生たちは「救急車は困る」といい捨て、タクシーで病院へ向ったという。同署では、革マル派と反革マル派の学生たちによる内ゲバ事件とみており、傷害事件として捜査している。」&lt;br /&gt;
:編註：この日重傷を負ったのは、二文臨時執行部議長のK君、一文執行委員会副委員長Y君の他、各学部の行動委の主軸となるメンバーであった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【再び暴力を見過ごしたのか】'''&lt;br /&gt;
:数日後に出された2T有志のビラ（編註：下書きのみ現存）は、この4.4の革マルによる16号館襲撃を“4.4鉄パイプテロ”と称し、川口君虐殺事件への自己批判を実践化したものだと断じた。すなわち、「未熟な部分が原則を逸脱して川口君を死に至らしめたことを自己批判する」という言葉の真意は「殺してしまったのはまずかった。廃人程度にしておけばよかった」ということで、それを実践したのが4.4だったと。「自派に反対する人間への恫喝、見せしめとしてのテロでもあるのだ」と。そして「このようなテロ・リンチは革マルの常套手段であり、これからも彼らは大義名分のもとに原則的にテロをしばしば行使してくるであろう」と予測している。&lt;br /&gt;
:そのうえで「我々はまたしても見過ごしてしまったのである。11月8日、絶対にこれから革マルによるテロ･リンチの犠牲者を出さないことを誓った我々が、1月19日K君への無差別テロにつづいて、Y君をはじめとする重傷者は、我々自身が創り上げつつある運動体の代表者であり、そのことは、我々自身が冒涜されたことになるのだ」と暴力の看過に言及した。ビラの最後は「革マルがどんな形で恫喝をかけてこようとも、彼らがどんなに暴力的に敵対してこようとも、我々は川口君とともに闘い抜くであろう」と結ばれている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【4.10に向けて】'''&lt;br /&gt;
:この革マルによる鉄パイプテロは、4月10日に予定されていた各学部の学生大会への妨害行動でもあった。ことに一文では「自治会常任委」を僭称し、「統一学大」「統一行動」を喧伝。紛らわしい「学大実行委」という名称まで使っている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【リンク】'''&lt;br /&gt;
:[https://drive.google.com/file/d/1C7_DWtTY3142zwip9MDVJ9EV9d3iX5qK/view?usp=sharing 緊急（4/4)革マル再び集団リンチ！　一文執行委員会]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>Ad19721114</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://www.19721108.net/wiki/index.php?title=1973%E5%B9%B47%E6%9C%885%E6%97%A5%EF%BC%88%E6%9C%A8%EF%BC%89%E6%94%BF%E7%B5%8C%E3%80%81%E4%B8%80%E6%96%87%E3%81%AE%E5%AD%A6%E7%94%9F%E5%A4%A7%E4%BC%9A%E3%81%AF%E9%9D%A9%E3%83%9E%E3%83%AB%E3%81%A8%E5%BD%93%E5%B1%80%E3%81%AE%E5%A6%A8%E5%AE%B3%E3%81%AB%E3%82%88%E3%81%A3%E3%81%A6%E9%96%8B%E5%82%AC%E3%81%A7%E3%81%8D%E3%81%9A%E3%80%82</id>
		<title>1973年7月5日（木）政経、一文の学生大会は革マルと当局の妨害によって開催できず。</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.19721108.net/wiki/index.php?title=1973%E5%B9%B47%E6%9C%885%E6%97%A5%EF%BC%88%E6%9C%A8%EF%BC%89%E6%94%BF%E7%B5%8C%E3%80%81%E4%B8%80%E6%96%87%E3%81%AE%E5%AD%A6%E7%94%9F%E5%A4%A7%E4%BC%9A%E3%81%AF%E9%9D%A9%E3%83%9E%E3%83%AB%E3%81%A8%E5%BD%93%E5%B1%80%E3%81%AE%E5%A6%A8%E5%AE%B3%E3%81%AB%E3%82%88%E3%81%A3%E3%81%A6%E9%96%8B%E5%82%AC%E3%81%A7%E3%81%8D%E3%81%9A%E3%80%82"/>
				<updated>2026-08-28T03:04:23Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;Ad19721114: ページの作成:「'''【概要】''' :自治委員選挙貫徹、早稲田祭実現などを議題に政経、一文両学部で学生大会を予定していたが、革マル派は数日...」&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''【概要】'''&lt;br /&gt;
:自治委員選挙貫徹、早稲田祭実現などを議題に政経、一文両学部で学生大会を予定していたが、革マル派は数日前から「学大粉砕」を叫び300名が本部を制圧し、一文に情宣活動を展開。早大当局は警視庁に警備を要請し、一文門外で集会はできたものの、機動隊の規制で外濠公園へ。結局、政経と一文の学生大会は開催されなかった。また、この日から、武装革マルと当局とによる検問体制が数日間続いた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【学生大会の課題】'''&lt;br /&gt;
:学生大会に向けて一文自治会執行委員会が出したビラでは、「私達はこの学大で、8カ月の闘いを再度振り返り、武装問題、私達の更なる大衆運動の貫徹、早大解放闘争とは具体的に何を獲得しようとするものなのかを鮮明にし、秋期における総長団交、早稲田祭の課題に向けての一文としての5.17などの教訓をふまえた形での本格的取り組み、そしてこの分断状況を打開せんとするための方針化、あるいは10日から予定されている試験の問題」等が、課題としてあげられている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【革マルによる妨害】'''&lt;br /&gt;
:この日予定されていた政経、一文の学生大会は、革マルの妨害によって中止となった。その模様を1973年7月5日付朝日新聞夕刊は次のように報じた。&lt;br /&gt;
:「5日午前8時半すぎ、東京・新宿区の早稲田大学で、反革マル学生の学生大会を妨害しようとして集まった革マル派学生9人が、凶器準備集合などの現行犯で警視庁機動隊に逮捕された。この日、早大では政経、一文両学部で午後から（１）自治委員選挙貫徹（２）早稲田祭実現などの議題で反革マル自治会執行部などの学生大会が行われることになっており、革マル派は数日前から『同学生大会粉砕』などを叫んでいた。このため、早大当局は警視庁機動隊に同大学周辺の警備を要請していた。また、文学部当局はこの日午前8時20分からの授業開始を前に、午前8時から『学外者立ち入り禁止、学生証チェック』の検問態勢をひき、教職員30人が同学部正門で登校する学生一人一人に学生証の提示を求めた。同午前7時半すぎ、早大周辺には警視庁機動隊約150人が配置についた。同午前８時半すぎ、ヘルメットの入った紙袋や鉄パイプ入りのボストンバッグを持った学生約30人が早大本部前や地下鉄早稲田駅、戸塚一丁目交差点付近にあらわれたが、機動隊に阻止され、うち9人がつかまった。」&lt;br /&gt;
:同日の毎日新聞夕刊によれば、押収されたのは鉄パイプ約30本で、ナップザックにあったヘルメットには「Z」の文字があったという。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【革マルによる検問】'''&lt;br /&gt;
:早稲田キャンパス182号の日誌7.5には「予定されていた第一文学部、政経学部の学生大会は、執行部などが構内にはいれず、開催されなかった。この日を含めて数日間、革マル派が正門、西門などで一般学生の所持品検査などを行った。当局はこれに対して、警告する旨の告示を行った」とある。当局の告示が出されたのは6日で、内容は以下の通り。当然のことながら告示のみで、当局による規制等の具体的行動はなかった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
::「告&lt;br /&gt;
::去る7月5日および6日の両日にわたって、正門、西門、ならびに文学部正門付近において、革マル派と思われる者が本大学の学生に対してその所持品をチェックするという事件が生じた。&lt;br /&gt;
::大学から再三警告したようにこれらの行為は誠に不法なものであって、看過し難いものである。教職員、学生の間から批難の声があがったのは当然である。&lt;br /&gt;
::しかも、学外者を使ってかかる行為をさせたと考えられるにいたっては、その責任を問わざるを得ない。今後、重ねてこのような不法な、かつ愚劣な行為をくり返さないよう、関係者学生に厳重な警告をするものである。&lt;br /&gt;
::昭和48年7月6日&lt;br /&gt;
::早稲田大学」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【リンク】'''&lt;br /&gt;
:[https://drive.google.com/file/d/1RZnS_Nx7rYGMrZkIPdzfUY2Y1_ShOKvu/view?usp=sharing 一文学生大会を総力をもって克ちとろう]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>Ad19721114</name></author>	</entry>

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		<id>http://www.19721108.net/wiki/index.php?title=1973%E5%B9%B46%E6%9C%8825%E6%97%A5%EF%BC%88%E6%9C%88%EF%BC%89%E4%B8%80%E6%96%87%E3%81%A7%E4%BA%8C%E9%80%A3%E5%8D%94%E4%BC%9A%E8%AD%B0%E9%96%8B%E5%82%AC%E3%80%82%E6%96%B02%E5%B9%B4%E7%94%9F30%E4%BA%BA%E5%8F%82%E5%8A%A0%E3%80%82</id>
		<title>1973年6月25日（月）一文で二連協会議開催。新2年生30人参加。</title>
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				<updated>2026-08-27T05:59:31Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;Ad19721114: ページの作成:「'''【二連協会議】''' :一文で新2年生30人が集まって2連協会議が開かれた。話し合われたのは、二連協の位置づけおよび26日～30...」&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''【二連協会議】'''&lt;br /&gt;
:一文で新2年生30人が集まって2連協会議が開かれた。話し合われたのは、二連協の位置づけおよび26日～30日までの活動スケジュール、9月以降の方針であった。&lt;br /&gt;
:まず二連協とは、閉ざされた組織や突出した組織ではなく、クラスのメンバーに運動の目的や手段について説明し共に闘っていく運動体とすること。また、自分たちの運動を守るための防衛手段として武装も想定するが、あくまで弾圧を跳ね返しクラスへ行って授業を受ける、討論をするといった活動を保障するものである。自主的運動を保障するための手段として武装を位置づける。武装の行使については、各自の独自性は認めるものの組織的に決定していくこと、テロ・リンチはせず大衆の目前での公然たる暴力であること、目的が確認された暴力であること等の定義が検討された。&lt;br /&gt;
:こうした内容を実践周知するために、26日には三連協、団実委と合同の総決起集会、27日には理科大での討論集会（二連協、三連協、団実それぞれの会議）、28～30日には学内での情宣が予定された。&lt;br /&gt;
:この他にも、夏休み中の活動と9月以降の展望、総長団交、試験対策、早稲田祭等、課題が山積していた。&lt;br /&gt;
:（資料：『一文有志の記録』）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【リンク】'''&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>Ad19721114</name></author>	</entry>

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		<id>http://www.19721108.net/wiki/index.php?title=1973%E5%B9%B45%E6%9C%8815%E6%97%A5%EF%BC%88%E7%81%AB%EF%BC%89_%E5%85%A8%E5%9B%BD%E5%8B%95%E5%93%A1%E3%81%AE%E9%9D%A9%E3%83%9E%E3%83%AB%E6%B4%BE%E3%81%AB%E3%82%88%E3%82%8B%E6%9A%B4%E5%8A%9B%E7%9A%84%E6%95%B5%E5%AF%BE%E8%A1%8C%E5%8B%95%E6%BF%80%E5%8C%96%E3%80%82</id>
		<title>1973年5月15日（火） 全国動員の革マル派による暴力的敵対行動激化。</title>
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				<updated>2026-08-18T03:44:08Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;Ad19721114: ページの作成:「'''【概要】''' :革マル派は全国動員をかけ、本部で500名規模の集会を持った。総長団交を目前にした新執行部、団実委への牽制...」&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''【概要】'''&lt;br /&gt;
:革マル派は全国動員をかけ、本部で500名規模の集会を持った。総長団交を目前にした新執行部、団実委への牽制であり暴力的敵対である。集会は17日まで3日間にわたった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【一連の暴力行為】'''&lt;br /&gt;
:17日の全学総長団交に向け各学部で新執行部を中心に機運が高まる一方で、それを阻止しようとする革マルの暴力的敵対行動も苛烈になってきた。&lt;br /&gt;
:15日には大学当局が「一連の暴力行為について」と題する告示を掲示。3件の暴力行為を告発した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
::1.　11日（金）12時半すぎ、政経学部の学生集会を開こうとして8号館前に集まっていた集団約80人に対し、革マル派の集団約30人が隠し持っていた鉄パイプで殴りかかり、数人の負傷者を出した。&lt;br /&gt;
::2.　12日（土）18時頃、8号館周辺に散在していた革マル派と思われる者約100人が、突然8号館ラウンジにいた反革マル系の集団に襲いかかり、前日同様に隠し持っていた鉄パイプでこれらの者を乱打し、約10人の負傷者を出した。&lt;br /&gt;
::3.　14日（月）には、11時半頃から20時頃の間に、16号館・14号館周辺、8号館内、23号館前で、特定の学生を狙い打ちする革マル派によると思われる暴力行為が5件発生した。そのため、頭部裂傷・身体打撲などの負傷者が数人出た。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
:当局は、「このような一連の暴力行為は、日増しに募っているセクト間の抗争によるものであり」として「従来まで最小限の手段で秩序の維持に当たってきたが、このような状況が続くかぎり、これを一層強化することが不可避になると判断せざるをえない」と、警告を発した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
:しかしながら、加害者が革マル派であるとする一方で、「暴力行為を行った者は、本学の学生のみであるかどうかも疑わしい」と留保した。また、無差別な一般学生への襲撃であったにもかかわらず、襲われた学生は「反革マル派の集団」「特定の学生」と歪曲して、あたかも党派間の抗争であるかのように偽装した。これは川口君が虐殺された時以来の当局の一貫した論法で、大学の外に「セクト間の抗争」という現象があり、それが学内に持ち込まれたことによって、大学当局もまた被害者であるとすることで責任を回避しつつ、学内の混乱を強調している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
:早稲田キャンパス178号の「日誌」によれば、5月に入ってからの学内での暴力行為は次のようである。&lt;br /&gt;
::5.12　早慶連帯集会。夕刻、革マル派50名が8号館ラウンジ乱入。法商研究棟側の出口より脱出した学生を革マル派別動隊50名が襲撃し、20数名重軽傷。&lt;br /&gt;
::5.14　法学部学生集会。革マル派8・16・22号館に波状襲撃。一文樋田委員長重傷。&lt;br /&gt;
::5.15　革マル派本部前において5.15集会。1600名。&lt;br /&gt;
::5.17　地下鉄早稲田駅に到着した団実委他200名に対し機動隊が暴行を加え、外濠公園まで連行。午後4時頃、大隈講堂前で抗議デモを行った同部隊に対し革マル派は鉄パイプで襲撃し、10数名重軽傷。学外に逃れた行動委に機動隊が襲いかかり7名を逮捕。これを見た学生約1000名が機動隊に投石。&lt;br /&gt;
::5.18　文学部中庭、第一学館、本部前にいた革マル派学生を社青同解放派が襲撃。十余名重軽傷。&lt;br /&gt;
::5.24　革マル派20名が高田馬場で情宣中の一文執行委他を襲撃。&lt;br /&gt;
::5.25　行動委30名、ブント叛旗派80名、社青同解放派90名が本部構内でそれぞれ集会・デモ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【リンク】'''&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>Ad19721114</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://www.19721108.net/wiki/index.php?title=1973%E5%B9%B45%E6%9C%8811%E6%97%A5%EF%BC%88%E9%87%91%EF%BC%89_%E6%94%BF%E7%B5%8C%E5%AD%A6%E9%83%A8%E5%AD%A6%E7%94%9F%E5%A4%A7%E4%BC%9A%E3%81%AF%E5%AD%A6%E7%94%9F%E9%9B%86%E4%BC%9A%E3%81%AB%E3%80%82%E6%95%99%E8%82%B2%E5%AD%A6%E9%83%A8%E3%81%A7%E8%87%AA%E6%B2%BB%E5%A7%94%E5%93%A1%E7%B7%8F%E4%BC%9A%E9%96%8B%E5%82%AC%E3%80%82</id>
		<title>1973年5月11日（金） 政経学部学生大会は学生集会に。教育学部で自治委員総会開催。</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.19721108.net/wiki/index.php?title=1973%E5%B9%B45%E6%9C%8811%E6%97%A5%EF%BC%88%E9%87%91%EF%BC%89_%E6%94%BF%E7%B5%8C%E5%AD%A6%E9%83%A8%E5%AD%A6%E7%94%9F%E5%A4%A7%E4%BC%9A%E3%81%AF%E5%AD%A6%E7%94%9F%E9%9B%86%E4%BC%9A%E3%81%AB%E3%80%82%E6%95%99%E8%82%B2%E5%AD%A6%E9%83%A8%E3%81%A7%E8%87%AA%E6%B2%BB%E5%A7%94%E5%93%A1%E7%B7%8F%E4%BC%9A%E9%96%8B%E5%82%AC%E3%80%82"/>
				<updated>2026-08-18T03:01:00Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;Ad19721114: ページの作成:「'''【概要】''' :総長団交に向けて政経学部で学生大会が開かれたが、革マルの妨害によって定足数に届かず学生集会になった。...」&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''【概要】'''&lt;br /&gt;
:総長団交に向けて政経学部で学生大会が開かれたが、革マルの妨害によって定足数に届かず学生集会になった。教育学部の自治委員総会では自由討論が行われ、全学総長団交に関してどのような立場をとるべきか、賛否が話し合われた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【この日のできごと】'''&lt;br /&gt;
:◎政経学部学生大会。10号館109教室で予定されていたが、革マルが内バリを築いたため、8号館301教室に移動。3時から開催したものの800名余で定足数に達せず学生集会に。&lt;br /&gt;
:■革マル、８号館前に集結中の政経学生に２度にわたる鉄パイプ襲撃。&lt;br /&gt;
:◎教育学部クラス委員総会開催。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【再び実行委員会結成の呼びかけ】'''&lt;br /&gt;
:5.8『総長』団交で取り付けた村井総長による5.17団交の確約をめぐっては、一文執行委の中でも参加への賛否があった。すなわち、総長を教室から連れ出すというそのやり方、そして何より、それを行った総長団交実行委員会準備会が、どのようなメンバーで構成され何を目的とするか等の実体が明らかでないことが、否定的な要因であった。とはいえ、5.17を目前に控え、要求項目の一本化は必至であり、それによって学生の支持を得ることが今後の運動を左右することは自明であった。&lt;br /&gt;
:「5.17全学総長団交勝利・一文実行委員会（仮称）形成のよびかけ」と題したビラは「5.17全学総長団交こそは、我々の闘いに決定的な飛躍をもたらすであろう。この画期的な意義を有する5.17全学総長団交に向けて一文の全クラス・専修はただちに準備を開始し、そしてこの団交を全員で担うべく、団交実行委員会を大衆的な規模で形成していこう」と呼びかけ、その理由は「最大限広汎な学友によって担われる実行委という大衆的共闘機関の創出こそが、最も強力な翼である」としている。&lt;br /&gt;
:「全自治会員ひとりひとりによって担われる自立した自治運動」という原則が観念領域を出ずに執行委員会（＝代行機関）としてしか具現化できないとしたら、原則は空語と化し運動は閉塞化する。ことに革マルの暴力的抑圧化にある文学部では、クラス活動はもとよりキャンパスに入ることさえ覚束ない。こうした状況下にあるからこそ、広汎な学友によって担われる団交実行委員会の意義がある。要約するとこのような趣旨である。また、クラス討論のための連絡通信『若葉のささやき』の発刊を告知している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【5.15創刊『若葉のささやき』より】'''&lt;br /&gt;
:一文団実委による『若葉のささやき』第1号は5月15日に創刊された。「5.17全学総長団交勝利！」「クラス団交を創出し一文団実委へ結集しよう！」の呼びかけの他、「一文団実委からのアッピール」「2Dからの報告」「クラス行動隊」の3本の記事と編集委員会による「発刊によせて」で構成されている。「発刊によせて」には「クラス討論用連絡紙」とあり、「全ての学友▲（文字潰れ）クラスの活動連絡を密にとっていくべく、この紙面を利用してもらいたい」との趣旨が書かれている。実際に「2Dからの報告」には「2Dクラスでは4.21学大でクラス団実の早急な創出が確認される以前から、クラス団交の必要性が論議されていた。その後4回程個別の教師とクラス団交をもったが…（以下省略）」とクラスの様子が記されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【機関誌『めばえ』第1号】'''&lt;br /&gt;
:新2Jは総長団交を目前にした5.14に第一文学部2年J組団交実行委員会準備会の名前で機関誌『めばえ』を発刊した。春休み中も有志が機関誌『報』1～6号を発行していたクラスである。彼等はこう呼びかける。&lt;br /&gt;
:「学友諸君、今こそ私達は固いスクラムを組み直さねばならない。もう一度、あの11月の闘いの高揚を想起してみようではないか。総長団交への闘いを主体的に担い、その運動のダイナミズムの中から、真の『手作りの自治会』を発展させようではないか。今、問題は次のように立てられている。（1）川口君虐殺を糾弾するのかしないのか（2）下手人『革マル』をゆるすのかゆるさないのか（3）革マルの共犯であり、かつ我々を弾圧している当局＝村井をゆるすのかゆるさないのか。答えは簡単だ。あまりにも簡単だ。徹底的に糾弾するのだ。川口君を殺した革マルに対し、当局＝村井に対し、徹底的に糾弾することだ。そして、その方法は一つしかない。早く、一刻も早く全学団交実行委員会を結成することだ。その基礎となるクラス団交実行委員会を作ることだ。一刻も早く団交防衛隊を各クラスで組織することだ。強力な団実委の結成こそは総長団交勝利のための唯一の道だ。」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【試験をめぐるクラスの実情】'''&lt;br /&gt;
:5月8日に実施された前年度繰り越しの語学試験をめぐって『一文有志の記録』には次のような記述がある。&lt;br /&gt;
:「試験のなしくずし的強行を、我々自身の力量不足、不十分さにより阻止出来得なかったことに、一定の限界性を感じる。だが、その中でも試験前にクラス討論を確保出来たということは、否定的な状況とはいえ、一定の成果であると考える。さらにはそれを通して今まで必ずしも十分に意志の疎通が出来なかった級友と連帯をかちとるような形で組織化が進んだということもまた事実である。さらには、あのまま試験を多数決によってボイコット出来たとした場合、そこでのクラス崩壊という危険性が充分にあり、我々の本来の意思を曲げることになったとはいえ、結果的にはあのような形での実施しかなかったと思うし、クラス活動を今後進めていく上で一定の足がかりになり得たと考える。しかし、ここで何故にクラスの団結がそのような地点にまで後退してしまったのか、それでは今後、どのような形でクラス活動を進めていったら良いのか。」&lt;br /&gt;
:翌9日に開かれた自治委員協議会では、出席した19クラス6専修の中でクラス討論が多少なりともできたのは3、4クラス、試験をボイコットした者数名と報告されている。（『一文有志の記録』より）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【学生と教職員との関係】'''&lt;br /&gt;
:一文の場合、語学によってクラス編成されているので、語学の授業がクラス討論に変更されることも多く、場合によってはクラス担任がその場に同席することもあったが、教職員個人の考えが表明されることはほとんどなかった。&lt;br /&gt;
:『一文有志の記録』に「先生に対する質問状」が残されている。&lt;br /&gt;
:「昨年11月8日、第一文学部2年J組の川口大三郎君が、自治会室で自治会常任委を名乗る学生によって虐殺され、それを直接のきっかけとして虐殺糾弾、自治会再建の運動が現在なお根気強く進められている。その中で、新入生を迎えた4月以降、学部は何もなかったように授業を始め、先生方も、キャンパスで人が殺されたことなど全く知らぬげに授業を進める。我々は、先生方がそのことに最低限自らの意思表示をした後に講義をするのが当然だと思っていたのに、それさえもしない。自主的に見解を表明しない以上、我々はそのような先生の態度に抗議し、質問状を提出せざるを得ない。人間としての最低のモラルに基づいて、誠意をもって質問に答えていただきたい。&lt;br /&gt;
::（1）文学部で講義を受け持つ教師として11月8日の川口君虐殺をどう思うか。（何故に起きたと思うか等、より具体的に。「いけないことだと思う」では答えにならない。）&lt;br /&gt;
::（2）その後、それを糾弾し、自治会を再建する運動が現在もねばり強く続けられていることに対しての見解。（どう評価し、新自治会をどう考えるか。）&lt;br /&gt;
::（3）1.19、4.4、4.10など革マル派による鉄パイプテロで多くの学友の血が流されているが、それについての見解。&lt;br /&gt;
::（4）大学の機構を構成する一員、当局の一員としての自らの立場。11.13告示、11.17告示、自治会承認五原則、機動隊導入に対してどう思うか。&lt;br /&gt;
::（5）それぞれの立場に応じて、今までどのようなことを大学内で具体的に行動され、今後どうのように行動していくつもりか。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【リンク】'''&lt;br /&gt;
:[https://drive.google.com/file/d/1N-7Z6ICbT5NpvrFsz8NS3-6YgbseNZlU/view?usp=sharing 5-17全学総長団交勝利！]&lt;br /&gt;
:[https://drive.google.com/file/d/1Ee4DkePIe5W2sVCyJmQ-OvvuDMOE_D4n/view?usp=sharing 全学団交実行委員会を結成せよ！]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>Ad19721114</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://www.19721108.net/wiki/index.php?title=1973%E5%B9%B44%E6%9C%8823%E6%97%A5%EF%BC%88%E6%9C%88%EF%BC%89%E4%BA%8C%E6%96%87%E3%81%A7%E5%AD%A6%E7%94%9F%E5%A4%A7%E4%BC%9A%E6%88%90%E7%AB%8B%E3%80%82%E7%B5%82%E4%BA%86%E5%BE%8C%E3%80%81%E9%AB%98%E7%94%B0%E9%A6%AC%E5%A0%B4%E3%81%BE%E3%81%A7500%E5%90%8D%E3%81%A7%E3%83%95%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%82%B9%E3%83%87%E3%83%A2%E3%80%82</id>
		<title>1973年4月23日（月）二文で学生大会成立。終了後、高田馬場まで500名でフランスデモ。</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.19721108.net/wiki/index.php?title=1973%E5%B9%B44%E6%9C%8823%E6%97%A5%EF%BC%88%E6%9C%88%EF%BC%89%E4%BA%8C%E6%96%87%E3%81%A7%E5%AD%A6%E7%94%9F%E5%A4%A7%E4%BC%9A%E6%88%90%E7%AB%8B%E3%80%82%E7%B5%82%E4%BA%86%E5%BE%8C%E3%80%81%E9%AB%98%E7%94%B0%E9%A6%AC%E5%A0%B4%E3%81%BE%E3%81%A7500%E5%90%8D%E3%81%A7%E3%83%95%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%82%B9%E3%83%87%E3%83%A2%E3%80%82"/>
				<updated>2026-08-15T03:55:10Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;Ad19721114: ページの作成:「'''【概要】''' :予定されていた教育学部学生大会は定足数に達せず学生集会に。21日に革マルの妨害によって中止となった二文...」&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''【概要】'''&lt;br /&gt;
:予定されていた教育学部学生大会は定足数に達せず学生集会に。21日に革マルの妨害によって中止となった二文の学生大会が、一文・教育を中心とした防衛隊に守られて文学部キャンパス181教室で開催された。474人が結集し大会成立（定足数400）。終了後の午後10時すぎ、支援部隊も含めた約500人が馬場下から高田馬場駅まで早稲田通りをフランスデモで埋めた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【この日のできごと】'''&lt;br /&gt;
:◎第二文学部学生大会181教室、革マルの敵対を全学の支援で退ける。その後、高田馬場駅まで500名のフランスデモを敢行。&lt;br /&gt;
:◎教育学部学生大会は定足数に達せず学生集会に。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【二文における学生大会とは】'''&lt;br /&gt;
:前年11月30日の学生大会で臨時執行部を選出した第二文学部では、自治委員選出による代行制をとらず、学生大会を最高の決定機関として位置づけた。学生大会で配られた「4.21二文学生大会スローガン」の裏面には、「学生大会運営原則」として「我々は、我々の最高決定機関である学生大会をスムーズに、又、真に創造的な討議、決議を行うために、11.30学生大会をふまえ、2.6学生大会で確立した運営原則を提起したいと思います」の前文に続いて、議事進行、採決、議長委任等にかかわる10項目を挙げた。&lt;br /&gt;
:また、自治会活動に対する臨執の姿勢を「二文臨時執行部基調確認」として併記した。&lt;br /&gt;
:1．自治会の基礎が自治会員各自の主体に存し、自治会が全学生の団結の場であること&lt;br /&gt;
:1．自治会活動が自治会員の総意にもとづいてなされなければならず、会員一人一人の意見の相違が大衆的な討論の中で解決されねばならないこと&lt;br /&gt;
:1．特定の政治党派による自治会私物化を決して許さない&lt;br /&gt;
:1．自治会において学生の権利と利益を克ちとり、又、言論、思想、集会の自由を保障し、学問の自由と独立の存在性とその意義を真摯に問い返してゆくこと&lt;br /&gt;
:1．社会的存在としての学生の立場を自覚し、我々の総意から創出される自治会運動の効力を社会に及ぼしてゆくこと&lt;br /&gt;
:1．我々は自治会員一人一人の責任において、自治会規約の遵守を基礎とした自治会活動を志向し、第二文学部自治会活動を発展させること&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【11.8以前の二文】'''&lt;br /&gt;
:二文の状況については、早稲田キャンパス174号、176号の座談会で二文臨執委（君島幸裕）が11.8以前も含めて語っている。&lt;br /&gt;
:「二文はまだ臨時執行部だけど結束力はものすごくあるんです。全学的にみてもなぜかというと革マルの支配を身にしみて感じていることがある。（中略）なんでここまで決起し得たか。やはり二文は学生大会でも正直言って成立するとは思わなかった。クラ連が機能しえなかったし連絡もいかなかったし。特に二文の場合、たとえばロックアウトですね。文学部で昼間何があっても本部で何があっても、文学部をロックアウトされると登校してもわからないんです。（編註：翌日の）朝刊で知るくらいで。そんな中で、電話をかけたりして679人というまさに前代未聞の人が結集した。あの時、僕が学大に行って感じたんですけれど、とにかく革マルをリコールしようと言う。いままで何をやってきたか皆わかっているんですね。学大でリコールが成立した時のみんなの騒ぎようというか、熱狂はすごいですよね。革マルをどうしてもリコールしなければダメだというところまで追い込まれていたというか、絶対に許せないと、そういうものが蓄積されていった。」（174号）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
:「二文は今でもそうだけど、革マルの拠点だし攻撃も一番集中的で、今度他学部から革マルの幹部が転部してくるという話もあるほどね。それが何故ここまできたかと言えば、全学でやっているということ、連帯してやっているということが非常に支えとなっているんだ。（中略）例えば学費値上げの時（編註：72年）、革マルがスト解除したでしょ。あの時2年生の人達がクラスで『おかしい、ストやろう』って出したところがある。その人達が全部テロられた。中には学校へ来ることもできなくなったということもある。あるいは今度の場合二文で学大決定ではなかったけれども試験攻勢に対してストをうった。団交する時も試験強行するというので、絶対おかしいと臨執中心にバリをやったわけだよね。すると※革マルがバリ破って入ってくる。その後から教授が試験用紙等をもって入ってくる。結局そういう所を見てもわかると思う。革マルが何をやっているのかというのは。」（176号）&lt;br /&gt;
::編註1：※以下と同じ様なことが73年5月の一文の試験でも行われた。&lt;br /&gt;
::編註2：1973年2月3日にある「山村政明シンポジウム」も参照されたい。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【リンク】'''&lt;br /&gt;
:[https://drive.google.com/file/d/1CpmmrNu_rkyDYI3StfihjqWZVuQSkO95/view?usp=sharing 4.21二文学生大会スローガン　学生大会運営原則]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>Ad19721114</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://www.19721108.net/wiki/index.php?title=1973%E5%B9%B44%E6%9C%8810%E6%97%A5%EF%BC%88%E7%81%AB%EF%BC%89%E9%9D%A9%E3%83%9E%E3%83%AB%E3%81%AE%E4%BB%A3%E3%80%85%E6%9C%A8%E9%A7%85%E8%A5%B2%E6%92%83%E3%81%AB%E3%82%88%E3%82%8A%E6%94%BF%E7%B5%8C%E3%80%81%E4%B8%80%E6%96%87%E3%80%81%E4%BA%8C%E6%96%87%E3%81%AE3%E5%AD%A6%E9%83%A8%E3%81%AE%E5%AD%A6%E7%94%9F%E5%A4%A7%E4%BC%9A%E6%B5%81%E4%BC%9A%E3%80%82</id>
		<title>1973年4月10日（火）革マルの代々木駅襲撃により政経、一文、二文の3学部の学生大会流会。</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.19721108.net/wiki/index.php?title=1973%E5%B9%B44%E6%9C%8810%E6%97%A5%EF%BC%88%E7%81%AB%EF%BC%89%E9%9D%A9%E3%83%9E%E3%83%AB%E3%81%AE%E4%BB%A3%E3%80%85%E6%9C%A8%E9%A7%85%E8%A5%B2%E6%92%83%E3%81%AB%E3%82%88%E3%82%8A%E6%94%BF%E7%B5%8C%E3%80%81%E4%B8%80%E6%96%87%E3%80%81%E4%BA%8C%E6%96%87%E3%81%AE3%E5%AD%A6%E9%83%A8%E3%81%AE%E5%AD%A6%E7%94%9F%E5%A4%A7%E4%BC%9A%E6%B5%81%E4%BC%9A%E3%80%82"/>
				<updated>2026-08-15T03:19:12Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;Ad19721114: ページの作成:「'''【概要】''' :学大開催を前に、代々木駅に集合した各学部のメンバーを武装した革マル派が襲撃。10数名が負傷し、3学部で予...」&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''【概要】'''&lt;br /&gt;
:学大開催を前に、代々木駅に集合した各学部のメンバーを武装した革マル派が襲撃。10数名が負傷し、3学部で予定されていた学大は流会となった。一文執行部は、午後3時に8号館で学生集会を開き400名が結集。「4.4、4.10連続鉄パイプ襲撃徹底糾弾」他の集会決議を行った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【この日のできごと】'''&lt;br /&gt;
:■代々木駅西口改札口に集結していた政経、一文、二文の学生に革マル50名が鉄パイプで襲撃、負傷者多数。予定された各学部学生大会は流会に。&lt;br /&gt;
:◎8号館301教室で一文自治会執行委主催の学生集会400名参加、以下の集会決議をした。&lt;br /&gt;
::・川口君虐殺徹底糾弾&lt;br /&gt;
::・4.4、4.10連続鉄パイプ襲撃徹底糾弾&lt;br /&gt;
::・革マルの常任委僭称粉砕&lt;br /&gt;
::・革マルの統一学大策動粉砕&lt;br /&gt;
::・四月祭勝利、自主管理闘争貫徹&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【代々木駅午前8時15分】'''&lt;br /&gt;
:この日、午前の政経、午後の一文・二文の学生大会を前に、各学部のメンバーは代々木駅に結集してから大学に向かい、革マルの妨害を突破する計画だった。ところが、どこからか情報が漏れ、代々木駅に集まったメンバーに革マルが襲いかかった。&lt;br /&gt;
:「代々木駅構内に、4月10日午前8時15分頃、当日予定されていた一文、二文、政経、教育（原文ママ）の各学部学生大会開催のため集結中の各学部学生約50人に対し、革マル派は鉄パイプで武装して襲撃を行なった。革マル派は逃げおくれた学生（主要に女子）、あるいはたおれている学生の頭部を中心に乱打し、また駅の構外にも待ち伏せており、無差別に逃げる学生を襲った。そのため、10数名の負傷者が出るなどして付近は混乱し、逃げおくれた学生の中から警官に連行される者も出た。」（1973年4月10日付早稲田キャンパス176号）&lt;br /&gt;
:朝日新聞夕刊には襲撃の模様が詳しい。&lt;br /&gt;
:「10日午前8時15分ごろ、東京都渋谷区代々木一丁目の国電代々木駅西口改札口の内側ホールに集まっていた約50人の学生風グループに、ホームから木刀を持った約30人の学生風グループがかん声をあげてなぐりかかって乱闘になり、改札口付近にいたグループのうち2、3人が頭などに軽いけがをした。原宿署は現場付近にいた4人を任意同行して調べているが「早大の学生大会に行くところだ」というだけで、いずれも住所、氏名を黙秘している。この日、早大では第一文学部、政経、教育（原文ママ）の3学部で革マルと反革マルの両派が学生大会を呼びかけているところから、同署はこれに関係あるのではないか、とみている。」（1973年4月10日付朝日新聞夕刊）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
:また、後日の新執行部による「新入生連帯基調」のビラには次のような記述がある「明らかに革マルは計画的に、中心的なメンバーを狙いうちしたのであり、また11.8以前とその暴力的本質は何一つ変わっていないことが明らかになった。我々は限りなく寛容でありたいと思う。しかし、革マルが川口君虐殺を実践的に何一つ自己批判せず、さらに居直りのためにはテロ・リンチをも辞さないのだという、手段を選ばぬ『強盗の論理と倫理』を行使してくる限り、彼らを絶対に許すことはできない。川口君虐殺に対する一抹の呵責の念すら持ち合わせていない虐殺者＝革マルによって流された多くの血を、我々は何としてでも彼らにつぐなわせねばならないだろう。」そして最後は「4.4、4.10鉄パイプ襲撃を、11.8川口君虐殺、1.19無差別テロと共に忘れるな！　反撃を準備せよ！」と結ばれている。&lt;br /&gt;
::編註：この日学生大会が予定されていたのは一文・二文・政経の3学部。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【「激怒！」のビラ】'''&lt;br /&gt;
:新2Dクラスからは「激怒！」と大書されたビラが出された。&lt;br /&gt;
:「みなさん、目を大きく開き、耳をすませて、この事実に注目してほしい！　4月10日8時すぎ、学生大会実施のため代々木駅で集まっていた我々は、他大学の見たこともないような革マル派の鉄パイプ部隊に襲われた。彼らは、ホーム側からおそい、改札口のすぐ外にも、駅付近のガードにも待ち伏せて、逃げまどうボクらに鉄パイプでおそってきた。彼らは顔をひきつらせ、声をうわずらせ、その行為は、まさにテロ集団のそれであった。代々木駅付近はパニック状態となり、級友のY君ともチリヂリになり、安全を確認するすべもなく、ボクらは不安を抱きながら、夜電話で彼の負傷を知る。（中略）この無差別テロが決してY君だけでなく、ボクら一人ひとりに向けられて振り下ろされたものであることを、ハッキリ確認しよう。革マルの無差別テロはエスカレートしている。怒りを組織せよ！団結せよ！革マル徹底糾弾！革マル派のペテン的統一行動を拒否せよ！」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【学生大会は中止に】'''&lt;br /&gt;
:襲撃後の様子について1973年4月10日付早稲田キャンパス176号の記事は次のように記す。「この襲撃は当日第一文学部に於いて開催を予定されていた学生大会を巡って、『統一学大』を主張する革マル派が、自治会系の学生の登場を阻止する目的で、組織的計画的に行なわれたものと考えられる。その後、四散した学生は午後3時頃、ようやく早大構内に入り、8号館で行なわれていた各学部集会に合流した。8号館301教室では一文自治会執行委主催の学生集会が開かれ、のべ400人が結集した。集会では『川口君虐殺糾弾』『4.4、4.10鉄パイプ襲撃徹底糾弾』『革マル派の常任委僭称粉砕』『革マル派の統一学大策動粉砕』『四月祭勝利、自主管理闘争貫徹』などの集会決議をあげた。その後、同教室で全学の学生約500名で『全学4.10テロ糾弾集会』が開かれ、続いて文学部キャンパスにデモ隊列が向ったが、機動隊に阻止された。一方文学部構内では統一行動・統一学大実行委（革マル派系）主催の学生集会が開かれ、394人が結集したと発表された。また第二文学部でも同様に学生集会が午後5時半より開かれ、126人が結集したと発表されている。なお、この日昼頃、『代々木駅早朝テロ糾弾』の集会を15号館で開こうとした学生に革マル派が介入し、集会は開かれなかった。またこの日に予定されていた学生大会は、自治会系、革マル派系共に定足数に達せず、そのため両者は共に4月中に再び学生大会の開催を予定している。」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【翌4.11の執行委員会のビラから】'''&lt;br /&gt;
:「一文執行委は直接本部に結集してきた学友等と連絡をとった結果、革マル派のテロ専門・外人部隊が学内に数多く存在し（一文構内120名、文連120名、14号館30名、15号館30名）、彼らが全員鉄パイプなどで武装していることを確認した。このため、残念ながら一文構内で学大を追求することを断念し、午後3時から本部8号館301教室において学大への結集を呼びかけた。その結果、情宣の不足（一文において全くビラまきなどできなかったことなど）にもかかわらず約300名以上（5時段階253名在席）をかちとって、学生集会として6つの決議案と1つの補足決議案を圧倒的多数を持って採決していった。その後5時半、約400の隊列をもってデモンストレーションにうつったが、機動隊の規制にはばまれ。一文キャンパスには近づけなかった。」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【リンク】'''&lt;br /&gt;
:[https://drive.google.com/file/d/1Dx1EnxxhdCmoZB0uUDbbD7k6cLRO3NPW/view?usp=sharing  4/10革マルによる早朝テロ徹底糾弾！　4.10学生集会決議要項　一文自治会執行委員会]&lt;br /&gt;
:[https://drive.google.com/file/d/1D4MvEBuXSrNf2mqyLGI7CGjRwafPw-4S/view?usp=sharing  激怒　旧1D]&lt;br /&gt;
:[https://drive.google.com/file/d/1IAURHQTy20HMPVnwLpjctd7ja7R5c142/view?usp=sharing  4/10学生大会議案書　一文執行委員会]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>Ad19721114</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://www.19721108.net/wiki/index.php?title=1973%E5%B9%B43%E6%9C%8825%E6%97%A5%EF%BC%88%E6%97%A5%EF%BC%89_%E5%8D%92%E6%A5%AD%E5%BC%8F%E3%80%82%E6%97%A9%E5%A4%A7%E4%B8%AD%E5%BF%83%E4%B8%BB%E7%BE%A9%E7%A4%BC%E8%B3%9B%E3%81%AE%E5%BC%8F%E8%BE%9E%E3%81%AB%E5%AF%BE%E3%81%97%E6%89%B9%E5%88%A4%E7%9A%84%E3%81%AA%E7%AD%94%E8%BE%9E%E3%80%82</id>
		<title>1973年3月25日（日） 卒業式。早大中心主義礼賛の式辞に対し批判的な答辞。</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.19721108.net/wiki/index.php?title=1973%E5%B9%B43%E6%9C%8825%E6%97%A5%EF%BC%88%E6%97%A5%EF%BC%89_%E5%8D%92%E6%A5%AD%E5%BC%8F%E3%80%82%E6%97%A9%E5%A4%A7%E4%B8%AD%E5%BF%83%E4%B8%BB%E7%BE%A9%E7%A4%BC%E8%B3%9B%E3%81%AE%E5%BC%8F%E8%BE%9E%E3%81%AB%E5%AF%BE%E3%81%97%E6%89%B9%E5%88%A4%E7%9A%84%E3%81%AA%E7%AD%94%E8%BE%9E%E3%80%82"/>
				<updated>2026-08-11T03:19:36Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;Ad19721114: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''【概要】'''&lt;br /&gt;
:長期ストで卒業判定が遅れた第一、第二政経学部と教育学部を除く6500余名が卒業式を迎えた。村井資長総長は式辞の中で、11.8以降の学内の混乱について学問研究を早大の中心に置く限り乗り越えられると述べた。これに対して答辞は、責められなければならないのは無気力で無責任な大学当局だとする批判的な内容だった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【この日のできごと】'''&lt;br /&gt;
:●政経学部と教育学部とを除いて卒業式。&lt;br /&gt;
:◎二文自治会執行委員会が「川口君虐殺糾弾」の横断幕を持ってカンパ活動。&lt;br /&gt;
:■革マルは「早稲田大学新聞」特集号『47年度卒業生就職先一覧表』を売る。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【学部8288人、研究科・専攻科741人が卒業】'''&lt;br /&gt;
:全卒業生は9029人。そのうち長期ストの影響で卒業判定が遅れた第一、第二政経学部※と教育学部の計2502人を除く6527人が、この日卒業式を迎えた。式辞の中で村井資長総長は、川口君虐殺事件を「遺憾きわまりない事件」とし、その後の学内の動きについては「学問研究と早大を中心に置く限り乗り越えられる」と述べた。「川口大三郎君の死を、この場で再び見直してほしい」としながらも「相手の立場を考え、相手の意見に謙虚に耳を傾けることは、最低限の礼儀だ」と、学生との交渉に対する考えも交えた。&lt;br /&gt;
:学部総代の答辞では「リンチ殺人など、大学では起こってはならないこと。ゲバ、鉄パイプなども理性の府、大学では許されない」との訴えが、大学院生総代の答辞には「私たちは後ろ髪を引かれる思いでキャンパスを去る。学園は荒廃している。暴力の嵐の前に、私たちにはむなしい脱力感しかなかった。責められなければならないのは無気力で無責任な大学当局だ」との批判が語られた。&lt;br /&gt;
:なお、混乱に備えて戸塚、牛込両署は警戒態勢をとり、機動隊員60人を配置していた。（1973年3月26日付朝日新聞、1973年3月26日付毎日新聞より）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
:※廃止が決まった第二政経学部として最後の卒業生。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【11.8以降の学内状況】'''&lt;br /&gt;
:3月25日付『早稲田キャンパス』に掲載された73年度の報道方針の中に「川口君リンチ殺害事件をめぐって」という見出しで、当時の学内状況の解説がある。&lt;br /&gt;
:「11月8日の事件に到るまでの早大の学内状況は、革マル派以外の反代々木系の党派、無党派の活動家は公然とした政治活動等をなしえない状態にあり、革マル派と代々木系との力関係のみが学内状況を左右していたのである。この両派の抗争の進行は、学内自治組織の拠点ブロック化を生み出し、それを固定化させるように現出したのであった。そこでは、両派の学内ブロックから排除された学生の圧倒的部分は、早大での学生生活に創造性や発展性を見出し得ず日常的に無力感や政治的アパシーに陥り、あるいは解決の回路を閉ざされて孤立化していくという、固定的な閉塞状況に覆いつくされていたのである。糾弾集会、学生大会の場に登場した圧倒的な学生大衆のエネルギーは、そういった状況に潜在していた『一般学生』の深い苛立ち怒りが曖昧さを有しつつも一定の志向となって顕在化し、また運動そのものが逆にそれらを包摂し保証しえたことによるものとみることができる。&lt;br /&gt;
:そしてこの広範なエネルギーはこれまでの固定的な閉塞状況に新たな流動を作り出し、学生大衆の創造性や自主性を『内的代行主義の克服』という形で引出し得たかのようである。少なくとも私達の眼からは、この間の運動は真に大衆運動と呼びうるものの存在の意味性を萌芽的であれ抽出しうるものにみえる。そのことは大衆的文化創造サークルとしてある私達にとって重要な意義を持つものである。&lt;br /&gt;
:また、より具体的に私達が注視していきたいのは、新たな〈大衆像〉が提示されていると思われる点である。かつての全共闘運動もまた〈大衆〉概念の新たな開示を行った、と言われたことがある。現在、安易に小状況から大状況へと、あるいは政治的課題へと乗り移っていくことを排除し徹頭徹尾クラスに固執していく人々の姿からは、確かに新たな〈大衆像〉を抽出し得るはずである。私達にとってそういった〈大衆像〉と呼ばれるものを視野に入れない限り、自己の活動の空転と衰退がもたらされるのは明らかであるだろう。&lt;br /&gt;
:もう一つ触れておかねばならないのは、この間の運動が大学当局者の学内管理者としての相貌を暴き出した点である。詳しくは述べないまでも、言述の上での『民主的』態度と、具体的な動向のギャップを身をもって知った者は数多いだろう。このことに関して私達は当局の学生管理の構造といったことを視野に入れつつ、一昨年来繰り返し問うてきた『大学』『教育』『学生存在』とは何か、といったことをより一層深化させていきたいと考える。」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【クラス討論のメモから】'''&lt;br /&gt;
:春休み中は、同盟登校日以外の活動は各クラスで話し合って決められた。クラス討論、クラス通信の発行の他、合宿をするクラスもあった。1Tの合宿で予定されていた討論の課題のメモには次のような項目があった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
:・人間の解放とは何なのか&lt;br /&gt;
:・早大闘争について（一次、二次）&lt;br /&gt;
:・毛沢東思想について&lt;br /&gt;
:・戦闘的自治会批判&lt;br /&gt;
:・「大学解体論」批判&lt;br /&gt;
:・11.8以前、我々は学園でどのようにくらしてきたか&lt;br /&gt;
:・11.8では何が問題としてでてきたか&lt;br /&gt;
:・我々の「自治会像」&lt;br /&gt;
:・今後、何を学習し、どう闘っていくのか&lt;br /&gt;
:・4月以降どうするか&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【リンク】'''&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>Ad19721114</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://www.19721108.net/wiki/index.php?title=1973%E5%B9%B42%E6%9C%8815%E6%97%A5%EF%BC%88%E6%9C%A8%EF%BC%89_%E7%A4%BE%E4%BC%9A%E7%A7%91%E5%AD%A6%E9%83%A8%E6%95%99%E6%8E%88%E4%BC%9A%E3%81%8C%E5%AD%A6%E7%94%9F%E8%87%AA%E6%B2%BB%E3%81%AB%E9%96%A2%E3%81%99%E3%82%8B%E5%91%8A%E7%A4%BA</id>
		<title>1973年2月15日（木） 社会科学部教授会が学生自治に関する告示</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.19721108.net/wiki/index.php?title=1973%E5%B9%B42%E6%9C%8815%E6%97%A5%EF%BC%88%E6%9C%A8%EF%BC%89_%E7%A4%BE%E4%BC%9A%E7%A7%91%E5%AD%A6%E9%83%A8%E6%95%99%E6%8E%88%E4%BC%9A%E3%81%8C%E5%AD%A6%E7%94%9F%E8%87%AA%E6%B2%BB%E3%81%AB%E9%96%A2%E3%81%99%E3%82%8B%E5%91%8A%E7%A4%BA"/>
				<updated>2026-08-04T03:20:46Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;Ad19721114: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''【概要】'''&lt;br /&gt;
:社会科学部は、9日の学部集会中止に代わる告示を発表。そのなかで、学生自治全般および自治会承認についての見解を明らかにした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【時系列】'''&lt;br /&gt;
:●社会科学部当局が「学生集会に代えて」を告示。&lt;br /&gt;
:◎朝日新聞に「できるか自治会再建」の署名記事掲載。&lt;br /&gt;
:●教育学部当局は「サークル協議会」（民青系）との懇談会を開く。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【社学当局による学生自治のあり方とは「学生の総意」による】'''&lt;br /&gt;
:社会科学部当局は2月9日に予定していた学部集会を中止し、2月15日付の告示「学部集会に代えて」の中でその理由を「2月9日の現状からして、平穏に学部説明会が催される状態ではなかった」と説明した。&lt;br /&gt;
:さらに学生自治のあり方については「自治会規約の基本的精神に反しない限り学部はこれに介入すべきではなく、全学生の総意で決められるべきであるということである」として、臨執の行った規約改正についても、「その解釈に疑念はあるとしても、学生の自治を侵すことのないよう審議し、特に規約改正が自治会規約の基本精神に反しないかどうかという点に重点をおき審議してきたのである。結局、徒らに学生の自治会活動を阻害することのないよう留意して、その態度を留保してきた」としている。&lt;br /&gt;
:自治会承認については「自治会の承認は既になされている（編註：革マル派自治会の承認）から、その執行部の承認と解される」とした。自治会費の支出に関しては「直接これに介入すべき筋合いのものではない。これらは、すべて学生の総意に委ねられている」としながらも「全学生の拠金によるものであるからその同意が必要である」と述べ、客観的な方式では「少なくとも全学生の過半数の賛成が必要」とした。すでに革マル派執行部下の前年72年6月に自治会費の支出についての学生投票が行われており、過半数の1700余票の賛成があったが、同年7月の仮処分申請により支払いは停止中だった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
:同告示からは、おおよそ次のような社会科学部自治会再建への動きがわかる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
:72.11.28　学生700余人が15号館に集まり「臨時執行部」誕生&lt;br /&gt;
:73.1.29　自治委員総会開催（2日間の試験延期）&lt;br /&gt;
:73.1.31　学生大会で新執行部選出（7日間の試験延期）&lt;br /&gt;
:73.2.2　6項目要求&lt;br /&gt;
:73.2.3　団交要求（学部当局は拒否）&lt;br /&gt;
:73.2.5　団交要求（学部当局は拒否）&lt;br /&gt;
:73.2.9　学部説明会→中止&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
:さらに告示では、川口君虐殺事件に言及して次のように述べている。&lt;br /&gt;
:「川口君虐殺の責任所在を明確にせよという問いに対しては、全大学人の問題であり、殊に学部としては、二度とかかる事態の惹起せぬよう、教育面から積極的に指導すべきものであると深く反省する次第である。暴力なき平和な学園は、教職員のみの力では到底実現できない。殊に、大学は暴力に対して無力でありその事態収拾には限界がある。教職員・学生の協力によってのみそれが可能なのであるといわねばならない。われわれは、学生の自治を承認しても暴力を認めたものではないということである。このことについては、なお今後検討すべき問題であるといわねばならない。」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【朝日新聞の記者が見た「早大紛争3カ月」】'''&lt;br /&gt;
:1973年2月15日付朝日新聞朝刊には、「できるか自治会再建」「続く“二重執行部”課題そっくり新学期へ」との見出しで、紙面3分の2、8段抜きの記事が載った。「首都部・堀鉄蔵」の署名がある。&lt;br /&gt;
:前文で「新しい自治会の理念について、学生と学部当局の間で食違いが目立ち、公認問題はタナ上げのまま“二重自治会”状態が続いている。自治会とセクトなど、問い直されるべき多くの課題をかかえたまま、早大の運動は新入生を迎える4月に舞台を移すことになった」と示す一方で、4つの見出しを立てて現状を分析した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
:●脱政治課題&lt;br /&gt;
:今回の早大闘争の特異な点は、この3カ月間に政治課題が一つも登場しなかった点にある。1月末、学年末試験をめぐって一文、政経、教育、社会科学の各学部でそれぞれ開かれた学生大会での行動方針も①新自治会の即時無条件承認②全学総長団交要求、など学内問題に限られていた。にもかかわらず、どの学生大会にも毎回1000人を超える学生が集り、数時間に及ぶ討論が続いた。一次、二次早大紛争と比べてのこの違いは、反革マルの学生がめざした自治会の理念にあった。（中略）民主主義の基本である「自由」の保障がその目標だった。いま問われているのは「セクトのためのものになってしまった自治会」の存在意義であるといえる。&lt;br /&gt;
:●王国の崩壊&lt;br /&gt;
:リンチ殺人事件の前、同派（革マル）は一文、二文、商の3学部に“公認”自治会を持ち、政経、社会科学、教育の3学部でも自治会をつくりあげた。早大8学部のうち6学部を“制圧”し、全学中央自治会を名乗って、その“王国ぶり”を誇っていた。それが現在では、集会参加者は全都動員をかけても数百人。1月19日の武力衝突以後、反革マル学生との正面切っての闘争を戦術転換して以来、最も抵抗の弱い二文臨執の活動を妨害する“夜行性”が目立つようになった。&lt;br /&gt;
:●ミニ全共闘&lt;br /&gt;
:反革マルの自治会創出運動の中で、最近各学部の「行動委員会」の動きが注目されている。全学部合わせても百数十人のこのグループは、1月8日の反革マル総決起集会に黒ヘルメットをかぶって現れ、他の学生との間に「なぜ必要なのか」「思想表現の手段だ」などと“メット論争”をまき起こした。同月19日、11号館に逃げ込んだ革マル派と数千人の学生が衝突を繰返したとき、ヘルメット、竹ざお姿で先頭に立ったのもこのグループだった。（中略）「行動委」は黒ヘルメットに「Ｃ連」（サークル連絡会議）「ⅡＪ」（川口君のクラス名）などと書いているが、中には、「全共闘」の文字をペンキで塗りつぶしたものもいて、ノンセクトラジカルの集合体、いわば“ミニ全共闘”と一般には理解されている。（中略）一方、早大の自治会創出運動は必ずしも全学的な広がりをみせているわけではまだない。学生大会に1000人が出席している同じときに、図書館の利用者数は連日6000人を超えていた。早大4万人の学生のうち、理工学部の約7000人は一部を除き終始傍観者的だった。反革マル新執行部のメンバーの主体は1、2年生で、3、4年生の参加はわずかな数に限られている。それらの学生に対して行動委がどう働きかけてゆくのか。反革マル＝新自治会創造の運動の中から生れて来た“最前衛”の思想と行動が、運動の中で浮上する危険をはらんでおり、その行方は今後の早大の運動の一つの重要なカギをにぎっている。&lt;br /&gt;
:●大きい隔たり&lt;br /&gt;
:学生側の運動に対し、各学部当局はことしになって次々と反革マルの自治会執行部に対する“見解”を告示した。が、一部を除いては相変わらず「運動は評価するが、いまの新執行部は認めない」との態度をくずしていない。1月23日の教育学部を皮切りに政経、一文が出した告示は、いずれも過去の学友会規約をたてにし、手続きや条件のみを強調して運動の内容を見ていない、と学生側の反発を受けている。新自治会執行部を「自治会問題について話合う唯一の代表として認める」ことを決めた教育学部が「他学部に比べて一歩前進した」と評価されているのは例外で、学部当局と学生側の自治会に対する考えの隔たりは大きい。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【リンク】'''&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>Ad19721114</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://www.19721108.net/wiki/index.php?title=1973%E5%B9%B42%E6%9C%888%E6%97%A5%EF%BC%88%E6%9C%A8%EF%BC%89%E3%80%8C%E5%85%A8%E5%AD%A6%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%BB%E7%B7%8F%E9%95%B7%E5%9B%A3%E4%BA%A4%E5%8B%9D%E5%88%A9%E3%80%8D%E3%82%92%E6%8E%B2%E3%81%92%E5%85%A8%E5%AD%A6%E7%B7%8F%E6%B1%BA%E8%B5%B7%E9%9B%86%E4%BC%9A%E3%82%92%E9%96%8B%E5%82%AC%E3%80%82</id>
		<title>1973年2月8日（木）「全学スト・総長団交勝利」を掲げ全学総決起集会を開催。</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.19721108.net/wiki/index.php?title=1973%E5%B9%B42%E6%9C%888%E6%97%A5%EF%BC%88%E6%9C%A8%EF%BC%89%E3%80%8C%E5%85%A8%E5%AD%A6%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%BB%E7%B7%8F%E9%95%B7%E5%9B%A3%E4%BA%A4%E5%8B%9D%E5%88%A9%E3%80%8D%E3%82%92%E6%8E%B2%E3%81%92%E5%85%A8%E5%AD%A6%E7%B7%8F%E6%B1%BA%E8%B5%B7%E9%9B%86%E4%BC%9A%E3%82%92%E9%96%8B%E5%82%AC%E3%80%82"/>
				<updated>2026-07-31T02:06:49Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;Ad19721114: ページの作成:「'''【概要】''' :「全学ストライキ・総長団交勝利」をスローガンに、各学部の新執行部、団交実行委員会等の呼びかけで、全学...」&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''【概要】'''&lt;br /&gt;
:「全学ストライキ・総長団交勝利」をスローガンに、各学部の新執行部、団交実行委員会等の呼びかけで、全学総決起集会が開催され、本部10号館に500名が参集した。政経、教育、一文のスト団実委の提案により「全学団交実行委員会」が結成された。6日、7日続けて学生大会が流会となった一文では、予定通り卒業試験が開始された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【この日のできごと】'''&lt;br /&gt;
:◎全学ストライキ・総長団交勝利を呼びかけて、全学総決起集会が本部10号館で開かれた。500名参集。&lt;br /&gt;
:●一文当局は卒業予定者の試験を実施。また、3年生以下の期末試験は無期延期とした。&lt;br /&gt;
:●一文教授会・教員会は、3年生以下の自宅にパンフレットを送付。新自治会を承認する条件等を示した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【全学団交実行委員会の結成】'''&lt;br /&gt;
:全学総決起集会は、7学部（政経、社学、教育、法、商、一文、二文）の執行部ほか、政経、教育のストライキ団交実行委員会、一文の団交実行委員会等の呼びかけで開催された。&lt;br /&gt;
:集会は、『第一次早大闘争の記録』上映の後、各学部からの決意表明、討論へと移り、ストライキに反対している法学部執行部（編註：民青系）の見解に対し、法学部行動委員会、政経（学部）行動委員会からの反論が展開される場面もあった。&lt;br /&gt;
:最後に「我々が一歩一歩克ち取ってきた質を、今こそ闘いの組織性において物質化することがせまられている。当局の闘争収拾策動としての試験強行を、あまたの弾圧の下で粉砕してきたストライキ体制を、今また早大当局の管理支配中枢破砕へ突き進むものとして再度強化すべく、全学スト体制を大胆に構築し、管理支配体制をマヒさせ、『総長』村井某を全学友の前に我々はひきずり出さなくてはならない」との政経、教育、一文の連名で出された全学団交実行委員会結成への呼びかけを受け、村井総長との直接団交へ向け全学団交実行委員会（準）の結成が決議された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
:この時示された全学団交要求項目（試案）は次の8つであった。&lt;br /&gt;
:1）各学部新自治会を即時無条件に承認せよ！　各学部自治会費凍結を即時解除せよ！&lt;br /&gt;
:2）10.27、11.17告示を白紙撤回せよ！&lt;br /&gt;
:3）11.14・15、1.22等一連の機動隊導入を自己批判せよ！&lt;br /&gt;
:4）機動隊常駐、検問体制を自己批判せよ！&lt;br /&gt;
:5）一文、二文「自治会三役」処分による責任転嫁を自己批判し、これを白紙撤回せよ！&lt;br /&gt;
:6）第二学館を解放し、管理運営権を学生の手に渡せ！&lt;br /&gt;
:7）今回の闘争による負傷者の治療費を将来にわたって全学保障せよ！&lt;br /&gt;
:8）川口君虐殺の共犯者「総長」村井は責任をとって即刻退任せよ！&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【クラス活動を組織する】'''&lt;br /&gt;
:全学団交実行委員会の結成に呼応するように、「一年生連合会議（仮称・準）」に結集せよ！」の呼びかけが一文であった。&lt;br /&gt;
:「川口君が生きて行うことができなかった早稲田解放へ向けた闘いをうけつぎ発展させてゆく、そのようなものとして活動を行なってゆきたい。早稲田解放をめざしあらゆる態をもって活動する、そのような活動母体として一年生会議はある。11.8以前の何も行動しないことで川口君虐殺を許してしまった自己を否定的にとらえ、自己改革をかけて運動をになってゆく個人orグループorクラスが自由に参加できるものとしていきたい。もうすぐ我々は4月という新しい時局を迎える。来るであろう新入生を11.8以前のあの欺まん的な日常性にそまらせてはならない。新入生と連帯し、運動をさらに進めていくためにも、今までの個々のクラスに分断された閉鎖的闘いから有機的に横の連帯を深めた大衆的な団結が必要とされているのだ。」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
:一文では、1、2年は語学ごとにクラス編成されているが、同じ語学のクラスで2年間一緒に学んでも、3年に進級すると専修別に再編される。単位が不足すれば留年となり、そのまま語学のクラスに籍が残る。実際に川口君のいた2Jでも、1月からのスト期間、その後の入試、春休みを経るうちにクラス単位での活動は自然消滅し、その後は個人単位で執行委員会、行動委等とともに活動を続けることとなった。&lt;br /&gt;
:各クラスでは、クラス討論、学習会が継続的に持たれていたが、学外の喫茶店などで開かれることも多く、クラス間の横の繋がりは弱かった。呼びかけでは「革マルの強靱な組織力、当局の居直り」に対抗するためにも1年生の連帯が不可欠だということをはっきり認識しよう」と、2.14の1年生討論集会、新入生に向けてのパンフ作成、団交への討論など当面の行動方針が提案された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【当局の承認条件】'''&lt;br /&gt;
:一文教授会・教員会は、3年生以下の自宅に送付したパンフレットの中で「昨年11月8日の事件以来、諸君が学園の正常化のために真剣な運動の積み重ねを行ってきていることを評価するものである」としながらも「学部自治会の新たな発足のためには、新執行部が、学生大会決定事項につき、学部投票等の方法で、学部自治会員過半数の支持を確認するよう求めたい」と、4項目の承認条件を示した。&lt;br /&gt;
:１）クラス委員（自治委員）選出のための公正な選挙管理委員会の設置。&lt;br /&gt;
:２）選挙期間・方式等をあらかじめ明示した上でのクラス在籍者過半数が出席することを条件とするクラス委員選挙、及び公開の開票。&lt;br /&gt;
:３）クラス委員総会において多数の支持を得た執行部の選出。&lt;br /&gt;
:４）執行部による、全自治会員の総意を常時反映しうるような自治会規約案の提示と、その全自治会員の絶対多数による承認。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【代行主義の限界】'''&lt;br /&gt;
:川口君の死をきっかけにクラス内で討論することから始まった一文の動きは、「クラス討論連絡会議」の結成により組織化された。構造としては、クラス討論により意見の一致を図り、それをクラスの代表者（自治委員）が自治委員総会にかけ、討論を経て全体の総意によって活動の方向性を決定するという形だった。&lt;br /&gt;
:年が明けて学年末が近づくと、混乱を怖れた大学当局によるロックアウトや休講が増えて登校者数がしだいに減り、クラス討論を維持することが難しくなった。さらには、革マルによる暴力的排除がエスカレートするにつれて、学内でのクラス討論はもちろんのこと自治委員総会、さらには執行委員会も開催が危うくなり、個人→クラス→自治委員総会というクラス構成員の意見を集約する仕組みが失われた。&lt;br /&gt;
:もともとクラスによって討論への熱意は異なり、クラス編成が語学単位だったこともあって、当初からクラス間の横の繋がりは脆弱だった。そうした背景があり、さらに状況が厳しくなったことで、自治委員総会へ出席するクラスの顔ぶれも固定化していった。&lt;br /&gt;
:一方で、当局との交渉は自治会承認に焦点が絞られ、執行委員会が学生の代表機関として機能する（承認される）ためには各クラスから選ばれた自治委員による投票が求められた。これは既成の自治会規約にのっとった手続きであったが、流動的な学内状況の中で、自治会承認が目的化し自治委員選が長引いたことが、新執行部の動きを鈍らせ、運動の全体像を見えにくくしていったと考えられる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【リンク】'''&lt;br /&gt;
:[https://drive.google.com/open?id=13q6PNdslgOM8yODCsfkMSGfYWjHt5gf6 声明文　全学団交実行委員会結成へ向けて  第一文学部団交実行委員会  教育学部ストライキ団交実行委員会  政経学部ストライキ団交実行委員会]&lt;br /&gt;
:[https://drive.google.com/open?id=1aIWjd0pbCyTtTDPdMYnULCW9u7KaVphp 一年生連合会議（仮称・準）に結集せよ！ 一年生連合会議（仮称・準）]&lt;br /&gt;
:[https://drive.google.com/open?id=18sijVQEUIb6gS5-ph-ANIzesiMD9F6lM 村井＝革マルの川口君虐殺を許さないぞ！  一年生連合会議（仮称・準）]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>Ad19721114</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://www.19721108.net/wiki/index.php?title=1973%E5%B9%B42%E6%9C%882%E6%97%A5%EF%BC%88%E9%87%91%EF%BC%89%E6%94%BF%E7%B5%8C%E5%AD%A6%E7%94%9F%E5%A4%A7%E4%BC%9A%E3%81%A73%E3%82%AB%E6%9C%88%E3%82%B9%E3%83%88%E3%82%92%E6%B1%BA%E8%AD%B0%E3%80%82%E6%95%99%E8%82%B2%E3%81%A7%E5%BD%93%E5%B1%80%E3%81%A8%E4%BA%A4%E6%B8%89%E3%80%82%E4%B8%80%E6%96%87%E3%81%A7%E3%81%AF%E5%BD%93%E5%B1%80%E3%81%B86%E9%A0%85%E7%9B%AE%E8%A6%81%E6%B1%82%E3%80%82</id>
		<title>1973年2月2日（金）政経学生大会で3カ月ストを決議。教育で当局と交渉。一文では当局へ6項目要求。</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.19721108.net/wiki/index.php?title=1973%E5%B9%B42%E6%9C%882%E6%97%A5%EF%BC%88%E9%87%91%EF%BC%89%E6%94%BF%E7%B5%8C%E5%AD%A6%E7%94%9F%E5%A4%A7%E4%BC%9A%E3%81%A73%E3%82%AB%E6%9C%88%E3%82%B9%E3%83%88%E3%82%92%E6%B1%BA%E8%AD%B0%E3%80%82%E6%95%99%E8%82%B2%E3%81%A7%E5%BD%93%E5%B1%80%E3%81%A8%E4%BA%A4%E6%B8%89%E3%80%82%E4%B8%80%E6%96%87%E3%81%A7%E3%81%AF%E5%BD%93%E5%B1%80%E3%81%B86%E9%A0%85%E7%9B%AE%E8%A6%81%E6%B1%82%E3%80%82"/>
				<updated>2026-07-26T08:09:32Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;Ad19721114: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''【概要】'''&lt;br /&gt;
:期末試験に続く入試を視野に、政経学部で開かれた学生大会では3カ月の長期に及ぶストライキが決議された。こうした対決姿勢を固める一方で、教育当局との直接交渉、一文の「6項目の要求」など、各学部の新執行部と当局との折衝の機会が増えつつあった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【この日のできごと】'''&lt;br /&gt;
:◎政経学部で学生大会を開催し1500名が結集。4月末までの3カ月長期ストライキを決議した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
:◎一文新執行委員会は、教授会代表（十人委員会）との交渉で「6項目の要求」を提示。&lt;br /&gt;
::1.自治会室(101,102,312各教室）の保障&lt;br /&gt;
::2.自治会費凍結の解除&lt;br /&gt;
::3.自治会執行機関の活動禁止の撤回。すなわち11.13告示の撤回&lt;br /&gt;
::4.「一文常任委」三役処分の白紙撤回&lt;br /&gt;
::5.1969年10.27告示、1972年11.17告示の撤回。検問体制、ロックアウト、機動隊導入を行わぬこと&lt;br /&gt;
::6.一文教授会名による総長団交の要請&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
:◎一文で自治委員協議会。&lt;br /&gt;
:◎教育、当局と交渉。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
:●定例学部長会で入学試験の実施を決定。本部構内は入試期間（2月19日から3月5日まで）関係者以外を立入禁止とする。&lt;br /&gt;
:■革マルによる一文自治委員への暴力攻撃。数名が負傷。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【一文教授会の「十人委員会」とは】'''&lt;br /&gt;
:記者会見の席上での「特別の委員会を教授会において作り、自治問題について検討させる」という村井資長総長の発言に基づいて11月30日に小山宙丸教授が中心となってできた「学生自治問題検討委員会」が「対自治会交衝委員会」となり、年明けの1973年1月29日の団交から交渉の場に登場するが、要求項目を受け付けるだけで、実質的な交渉相手とはならなかった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【自治委員協議会の役割】'''&lt;br /&gt;
:文学部102教室で開かれた一文自治委員協議会には1A、1B、1E、1G、1J、1T、1O、2C、2D、2E、日本史専修が参加して自治委員選挙の経過、豆まき大会の実施、団交要求などを議論。各クラスからは、クラス通信の発行、レポートの自主管理、自主講座の開催等活動状況の報告もあった。この一文自治委員協議会は、1年・2年クラスの横の連絡会ともいうべきもので、団交に向けた準備交渉に追われる新執行部を補う形で活動した。この日も、77クラスのうち39クラスの参加を目指して1日おきに月・水・金の午後4時に集まることが話し合われた。（『一文有志の記録』より）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【『一文有志の記録』から】'''&lt;br /&gt;
:「夜7時、学大を勝利してきた政経学部の学友300～350を迎えに出た我々一文自治委員協議会をやっていた執行委と自治委員は、カクマル30人につかまり、胸ぐらをつかまれて脅迫される。それを聞いて助けに来た政経の学友との間で小競り合い。政経の学友とスロープを下りる学友に対してカクマルは殴る蹴るの暴行を加える。スロープを下りきった正門※のところでSさんが『お前、一人で二度と一文に入れると思うなよ』などと、ヤクザまがいの脅迫を受ける。ハレンチカクマル。Sさん殴られてケガをする。合計5、6人ケガ。」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
:※文学部キャンパスは出入口が正門だけという閉鎖的空間であった。それゆえ暴力的制圧も容易で、この日もわずか30人の革マルによって暴行脅迫が行われた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【政経学部有志の3カ月】'''&lt;br /&gt;
:当時、政経学部とサ連の行動委として参加していた有志の手元に残っていたメモには、慌ただしい日々が記されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
:1973年&lt;br /&gt;
::1月3日（水）	13	全行連（プリンス）&lt;br /&gt;
::::::15	PAC（西武）&lt;br /&gt;
:::4日（木）	12	政行委（袋：らんぶる）&lt;br /&gt;
::::::14	C連代表者（でんえん：袋）&lt;br /&gt;
:::5日（金）	10	法自（ウィーン）　1.8実（理）&lt;br /&gt;
:::6日（土）	14	C連代表者&lt;br /&gt;
::::::16	1.8実&lt;br /&gt;
::::::18	全行連（第一らん山）&lt;br /&gt;
:::7日（日）	11	全学カンパ（紀伊國屋）&lt;br /&gt;
::::::16	WAC（ノア）&lt;br /&gt;
::::::::			ゆうてん泊&lt;br /&gt;
:::8日（月）	10	全学結集&lt;br /&gt;
:::9日（火）	10	PAC&lt;br /&gt;
::::::14	C連代表者&lt;br /&gt;
::::::15	クラ連総会&lt;br /&gt;
::::::18	PAC&lt;br /&gt;
::::::20	WAC（袋：白鳥）&lt;br /&gt;
:::10日（水）	 9	PAC&lt;br /&gt;
::::::12	昼休み集会&lt;br /&gt;
::::::17	C連代表者（16・107）&lt;br /&gt;
:::11日（木）	12	学部集会（3・103）→団交&lt;br /&gt;
:::13日（土）	一文キャンパス、Z阻止線突破解放&lt;br /&gt;
:::14日（日）	11	新宿カンパ&lt;br /&gt;
::::::14：30	C連（第二らん山）&lt;br /&gt;
::::::18	政行&lt;br /&gt;
:::15日（月）	14	WAC（山手）&lt;br /&gt;
::::::18	政行（白鳥）、C連（じゅねーぶ）&lt;br /&gt;
:::17日（水）		（負傷）&lt;br /&gt;
::::::一文自治委員総会粉砕行動&lt;br /&gt;
:::18日（木）	14	政自治委総会&lt;br /&gt;
::::::20	政行、C連（第二らん山）、WAC（ミカド）&lt;br /&gt;
:::::::文ロックアウト粉砕行動&lt;br /&gt;
:::::::中Zゲバ&lt;br /&gt;
:::19日（金）	 9	C連（アイン）、PAC（吉野園）&lt;br /&gt;
:::::::文連総会粉砕行動&lt;br /&gt;
:::20日（土）	 8	PAC（吉野園）&lt;br /&gt;
::::::10	（プリンス）WAC&lt;br /&gt;
::::::12	本部正門前集会&lt;br /&gt;
::::::18	（東大本郷）スト実&lt;br /&gt;
::::::20	（西部）C連、（らんぶる）政行、（新茶）WAC				ロック粉砕行動&lt;br /&gt;
:::21日（日）	14	（じゅねーぶ）C連、（本郷）WAC&lt;br /&gt;
:::22日（月）		機動隊2回導入&lt;br /&gt;
:::24日（水）	19	Q対&lt;br /&gt;
:::25日（木）	14	Q対会議&lt;br /&gt;
::::::16	クラ討&lt;br /&gt;
:::26日（金）	14	学部集会&lt;br /&gt;
::::::18	政行&lt;br /&gt;
::::::19	（スト実）&lt;br /&gt;
:::27日（土）	13	政自治委総会&lt;br /&gt;
::::::15	三里塚上映&lt;br /&gt;
::::::19	スト実&lt;br /&gt;
::::::21	政行&lt;br /&gt;
:::29日（月）	11	政行&lt;br /&gt;
::::::12	本部前集会&lt;br /&gt;
::::::16	スト実総会&lt;br /&gt;
::::::19	政行&lt;br /&gt;
::::::20	スト実事務局&lt;br /&gt;
:::30日（火）	12	（4地下）2年生会議、クラ討&lt;br /&gt;
:::::::13	スト実、C連総会&lt;br /&gt;
:::31日（水）	12	政経学生集会&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
::2月	2日（金）	12	政経学大&lt;br /&gt;
:::3日（土）	15	政スト団実&lt;br /&gt;
:::5日（月）	19	政行&lt;br /&gt;
::::::20	政経スト団実&lt;br /&gt;
:::::::二年生試験強行粉砕！&lt;br /&gt;
:::6日（火）	12	スト団実&lt;br /&gt;
::::::15	2年会&lt;br /&gt;
::::::18	スト団実→一文教交流会&lt;br /&gt;
:::::::教育地下Z&lt;br /&gt;
:::::::一文学大流会&lt;br /&gt;
:::7日（水）	13	慶大交流&lt;br /&gt;
::::::14	スト団実&lt;br /&gt;
::::::18	全学団実、〓自連&lt;br /&gt;
:::8日（木）	14	総決起集会&lt;br /&gt;
:::9日（金）	12	スト団実&lt;br /&gt;
::::::14	2年会議&lt;br /&gt;
:::10日（土）	16	スト団実&lt;br /&gt;
::::::18	全団実&lt;br /&gt;
:::11日（日）	16	（本郷）PAC&lt;br /&gt;
:::12日（月）	12	スト団実&lt;br /&gt;
::::::14	WAC&lt;br /&gt;
::::::16	法自&lt;br /&gt;
:::13日（火）	14	2年生討論集会、自治委集会&lt;br /&gt;
::::::17	WAC、全団実&lt;br /&gt;
:::14日（水）	12	（ぺりかん）PAC&lt;br /&gt;
:::::::14	WAC、全団実&lt;br /&gt;
:::16日（金）	14	（15-10）討論集会&lt;br /&gt;
:::17日（土）	14	スト団実総会&lt;br /&gt;
::::::15	PAC&lt;br /&gt;
::::::16	WAC&lt;br /&gt;
:::19日（月）	16	（本郷）WAC&lt;br /&gt;
:::::::ロック粉砕集会&lt;br /&gt;
:::23日（金）	13	（本郷）自主管理、スト団実&lt;br /&gt;
::::::18	（本郷）WAC&lt;br /&gt;
:::24日（土）	13	法自&lt;br /&gt;
::::::18	（第一らんざん）PAC&lt;br /&gt;
:::25日（日）	18	（本郷）PAC、WAC&lt;br /&gt;
:::27日（火）	18	（本郷）PAC、WAC&lt;br /&gt;
:::28日（水）	18	（コンサートホール）PAC&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
::3月1日（木）	18	（第二らん山）WAC&lt;br /&gt;
:::2日（金）	16	WAC（本郷）&lt;br /&gt;
::::::21	（袋：ニュー紫苑）全団実&lt;br /&gt;
:::3日（土）		三鷹寮泊&lt;br /&gt;
:::4日（日）		三鷹寮泊&lt;br /&gt;
:::5日（月）	15	（渋谷：野バラ）全団実&lt;br /&gt;
:::6日（火）	10	政経&lt;br /&gt;
::::::13	全団実&lt;br /&gt;
::::::14	スト実&lt;br /&gt;
::::::16地下管理運営第一歩&lt;br /&gt;
:::7日（水）		教育試験攻勢&lt;br /&gt;
::::::18	PAC&lt;br /&gt;
:::8日（木）	 9	結集&lt;br /&gt;
:::::16	PAC&lt;br /&gt;
:::9日（金）	 9	結集&lt;br /&gt;
::::::18	PAC&lt;br /&gt;
::::::18	WAC総会&lt;br /&gt;
:::10日（土）	16	WAC&lt;br /&gt;
:::11日（日）	16	（第二らん山）WAC&lt;br /&gt;
:::13日（火）	14	（〓〓）全団実&lt;br /&gt;
:::14日（水）	20	（セシボン）全団実&lt;br /&gt;
:::15日（木）	18	（農共斗）WAC&lt;br /&gt;
:::18日（日）	18	（セシボン）PAC&lt;br /&gt;
::::::20	（レッド）全団実&lt;br /&gt;
:::19日（月）	 9	PAC&lt;br /&gt;
::::::14	4.2実&lt;br /&gt;
::::::18	WAC&lt;br /&gt;
:::21日（水）	15	（セシボン）全団実&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【第一政治経済学部掲示（2月2日付）】'''&lt;br /&gt;
:「告&lt;br /&gt;
:学年末試験は左記により行なう。&lt;br /&gt;
:1． 4年度生以上については、2月5日（月）～2月17日（土）の14日間に実施する。新しい時間割はあらためて本日の午後発表する。&lt;br /&gt;
:1． 3年度生以下の学期末試験については当分の間、これを中止し、その日程については追って発表する。&lt;br /&gt;
:::2月2日　　　　　　　　　　　　　　　　　第一政治経済学部」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【社会科学部掲示（2月2日付）】'''&lt;br /&gt;
:「告&lt;br /&gt;
:学部では、これまで予定通り試験を実施しようと種々努力してきたが、これが不能の状態となり、1月30日から2月1日の3日間延期の巳むなきに至っている。&lt;br /&gt;
:今後も試験を行ないたいと思っているので、正常に試験が実施できるような状態に復するまで延期する。&lt;br /&gt;
:次回の掲示については、2月9日（金）午後4時に掲示する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
::2月2日　　　　　　　　　　　　　　社会科学部」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【リンク】'''&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>Ad19721114</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://www.19721108.net/wiki/index.php?title=1973%E5%B9%B42%E6%9C%881%E6%97%A5%EF%BC%88%E6%9C%A8%EF%BC%89%E4%B8%80%E6%96%87%E3%81%AF1%E6%9C%8830%E6%97%A5%E5%AD%A6%E7%94%9F%E5%A4%A7%E4%BC%9A%E6%B1%BA%E8%AD%B0%E3%81%AB%E3%82%88%E3%82%8B%E7%AC%AC%E4%BA%8C%E6%B3%A21%E9%80%B1%E9%96%93%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%82%AD%EF%BC%881.31%EF%BD%9E2.6%EF%BC%89%E3%81%AB%E7%AA%81%E5%85%A5%E3%80%82</id>
		<title>1973年2月1日（木）一文は1月30日学生大会決議による第二波1週間ストライキ（1.31～2.6）に突入。</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.19721108.net/wiki/index.php?title=1973%E5%B9%B42%E6%9C%881%E6%97%A5%EF%BC%88%E6%9C%A8%EF%BC%89%E4%B8%80%E6%96%87%E3%81%AF1%E6%9C%8830%E6%97%A5%E5%AD%A6%E7%94%9F%E5%A4%A7%E4%BC%9A%E6%B1%BA%E8%AD%B0%E3%81%AB%E3%82%88%E3%82%8B%E7%AC%AC%E4%BA%8C%E6%B3%A21%E9%80%B1%E9%96%93%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%82%AD%EF%BC%881.31%EF%BD%9E2.6%EF%BC%89%E3%81%AB%E7%AA%81%E5%85%A5%E3%80%82"/>
				<updated>2026-07-26T07:59:26Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;Ad19721114: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''【概要】'''&lt;br /&gt;
:新執行部によるストライキが決行される中で、2月に入ると当局から定期試験の日程変更に関する告示が頻繁になる。学年末試験については中止、延期、あるいはレポートへ。卒業試験についても教場試験を取り止めてレポートにする学部（政経）もあった。ストライキ決行中の学部でも、そうした告示を見るために登校する学生が多く、クラス単位の活動もまだ続行していた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【この日のできごと】'''&lt;br /&gt;
::◎一文では1月30日の学生大会の決議により、新執行部・行動委員会を中心に早朝から登校して、学年末試験阻止のためピケストを貫徹した。&lt;br /&gt;
::◎教育学部でクラス委員総会を開催。&lt;br /&gt;
::●保田順三郎政経学部長が先の教授会で示した辞意を撤回。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【教育学部当局の見解を巡っての討論】'''&lt;br /&gt;
:教育学部で開かれたクラス委員総会では、1月23日に示された当局の見解に対する評価と2月5日以降の方針を中心に討論が進められた。見解を懐柔策とし、波状スト体制下での団交実現と当局への糾弾が決議された。一方で、見解を一定評価し、スト打ち切りの意見もあった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【保田順三郎政経学部長が辞意撤回】'''&lt;br /&gt;
:「先月23日の教授会に辞意を表明していた保田順三郎早大政経学部長は1日夜の教授会の席で辞意を撤回した。（中略）『困難な事態に直面している。一致団結して解決を図りたい』と語ったという。また、同学部長に辞表を出していた教務主任、副教務主任（各2人）の4人は同学部長の説得で辞表撤回の方向だという。」（1973年２月3日付朝日新聞）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【『一文有志の記録』から】'''&lt;br /&gt;
:「総括討論へ向けて」&lt;br /&gt;
:我々の運動の出発点は川口大三郎君が一文自治会室で虐殺された。クラス末端からの「蜂起」的運動。下手人・革マルへの怒りが中心。&lt;br /&gt;
:●1.8総決起集会〜ヘルメット問題〜&lt;br /&gt;
:ヘルメットに対する「過激派」イメージによる感情的な反発。事前に集会の方針に対してクラス内部での討論がなされなかった。革マル派と直接的に対決する部分とそうでない部分との経験が、共有されなくなってきた。（行動隊などの編成）&lt;br /&gt;
:→クラス総体で対決する姿勢が薄れた。&lt;br /&gt;
:→怒りだけでは行動出来なくなる。―――分離現象&lt;br /&gt;
:●自治委員選挙〜時期的にも、機構確立の上からも必要〜&lt;br /&gt;
:統一選挙場を設定。行動隊を編成せずにクラス員総体で自らの手によって選挙を貫徹。分離・学外選挙をせずに我々の正統性のもとに最後まで追求したことの成果。&lt;br /&gt;
:→団結の強化、クラスの再組織化。&lt;br /&gt;
:●実力闘争〜権力との直接的緊張関係が明確化。&lt;br /&gt;
::::〜行動委と臨執との関係の不明確さが顕在化。（指揮系統）&lt;br /&gt;
:●試験問題の表面化（1.17、1.18頃から）&lt;br /&gt;
:それ以前は受けることで一応一致。直接的には17、18に契機。理由（①当局の態度への抗議②受験不可能者の存在――それをきっかけとした分断策動の粉砕）。現在的には、試験制度そのものの根源的な問いではない。―――ストライキ闘争の先取り（１Tがこの頃より闘争の前面に出てくる）〜ほぼ全面的に勝利。&lt;br /&gt;
:●1.19、1.20を境に革マルの戦術転換。&lt;br /&gt;
:一文に限っては表面的平和共存長期持久戦体制。体制の弱い所に攻撃集中。→突破口。怒りの鎮静化を待つ。&lt;br /&gt;
:●1.23学生大会〜予想以上の人数結集（1600人弱）&lt;br /&gt;
:::::〜試験強行阻止、自治会承認要求。&lt;br /&gt;
:●1.24〜1.30第一波スト〜かなりの結集→討論が非効率的――時間の浪費。&lt;br /&gt;
:全体としてかなり勝利的に克ち取られる。&lt;br /&gt;
:●1.27自治委員総会〜ゼロ回答。――混乱&lt;br /&gt;
:●1.30学大〜再度の一週間スト。団交から連続的に学大。日時設定のまずさ。&lt;br /&gt;
:●1.31〜2.6第二波スト〜結集甚だ悪し。解体現象。&lt;br /&gt;
:●2.5第3次団交〜ゼロ回答。&lt;br /&gt;
:●2.6、2.7学大〜流会。執行委・我々の甘さ。内実のなさ。&lt;br /&gt;
:◎団交について〜大衆性の欠落。（団交技術のまずさ。最初からゼロ回答を予測。）&lt;br /&gt;
::  十人委員会というカイライの存在。――当局のうまさ。→十人委の解体を。&lt;br /&gt;
::  学部段階には限度。→総長団交へ。&lt;br /&gt;
:◎第二波ストがザルスト化し、第3次団交がなに故に空転せざるをえなかったか？&lt;br /&gt;
:◎何故に学大が2度流会したのか？&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【リンク】'''&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>Ad19721114</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://www.19721108.net/wiki/index.php?title=1973%E5%B9%B41%E6%9C%8825%E6%97%A5%EF%BC%88%E6%9C%A8%EF%BC%89%E4%B8%80%E6%96%87%E3%81%AE%E8%A9%A6%E9%A8%93%E4%B8%AD%E6%AD%A2%E3%81%AB%E3%80%82%E8%87%AA%E6%B2%BB%E5%A7%94%E5%93%A1%E7%B7%8F%E4%BC%9A%E9%96%8B%E5%82%AC%E3%81%AE%E8%A6%81%E4%BB%B6%E6%95%B4%E3%81%86%E3%80%82%E6%95%99%E8%82%B2%E5%AD%A6%E7%94%9F%E5%A4%A7%E4%BC%9A%E3%81%A7%E3%82%B9%E3%83%88%E6%B1%BA%E5%AE%9A</id>
		<title>1973年1月25日（木）一文の試験中止に。自治委員総会開催の要件整う。教育学生大会でスト決定</title>
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				<updated>2026-07-25T09:32:59Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;Ad19721114: ページの作成:「'''【概要】''' :一文ではスト期間中に自治委員選挙が進み、総会開催要件を満たした。当局は30日までの試験中止を発表。教育...」&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''【概要】'''&lt;br /&gt;
:一文ではスト期間中に自治委員選挙が進み、総会開催要件を満たした。当局は30日までの試験中止を発表。教育学部の学生大会で10日間のスト決議。これによって、政経学部、第一文学部、教育学部でスト実施となった。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【この日のできごと】'''&lt;br /&gt;
::●一文当局は30日まで試験中止、31日以降は日程通り行うことを決定した。試験強行の予定も出席する学生数が少なかったための処置。&lt;br /&gt;
::◎一文、各クラスでの自治委員選挙の結果、定足数（総自治委員の2/5）を突破し、自治委員総会の開催が可能になる。&lt;br /&gt;
::13:00	教育学部学生大会が開催され、賛成689、反対38、保留17で1月26日から2月4日まで10 日間のスト入りを決定した。&lt;br /&gt;
::●保田順三郎政経学部長以下三役が辞意を表明した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【『一文有志の記録』から】'''&lt;br /&gt;
:「25日、ピケットで1週間試験延期。この頃よりカクマルは平和共存策に出る。――後の情況判断では、カクマルは今年度は平和共存しておいて、人数的にも毎日同じ奴ら30名弱、彼らの領分を侵さなければ反ゲキせず、二文のみに攻ゲキを集中しておいて、そして新学期を待つ（春休みには個人テロか？）新学期からは、二文みたいなデマ、中傷で固めたキャンペインを張って、新入生から切り崩していくのだろう。我々のカクマルに対する憎悪が今よりも少なくなっていたら、そこでタタキつぶそうという考えだと思う。我々もより長期の戦略を立てねばならない。」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【ストライキの意義ーー臨執のビラから】'''&lt;br /&gt;
:「学友諸君！　当局・カクマルへの怒りを込めてストライキ態勢を強固に構築せよ！　川口君は見ているぞ〜僕たちの文学部解放の闘いを！　各クラス・サークルにこのストライキを全力でもって実行する決行委員会を創出する団結と連帯を深めよう！　第一文学部に自立した自治運動の不滅の砦を打ち固めようではないか！　それが残された者の責務である。&lt;br /&gt;
:学友諸君！　このストライキの意義を再度確認しよう。今までの廃墟のバリケードから僕達の言葉と行為を奪還し、解放された時間と空間へ飛翔 しよう。当局の自治会不承認、自治会運動圧殺、それと一体となった革マル派の二重自治会策動→試験への逃げ込みを我々は決して許してはならない。いまだ自治委員選挙の終了していないクラス･専修ではこのストライキ中に貫徹しよう。そして来たるべく新執の旗の下で学部・全学団交に勝利しよう。機動隊を導入し、政経の学友を官憲に売り渡した早大当局への反撃の闘いを組織せよ！　川口君虐殺の共犯者当局にその罪の重さを思い知らせようではないか！」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【“ともすると悲観しがち”ーー政経臨執・団実委名のビラから】'''&lt;br /&gt;
:「今や当局は完全に我々の闘いに恐怖しきっている。4年生試験という分断策動にも失敗し完全な撤退をよぎなくされている当局を更に追撃しよう。油断することは許されない。持久的永続的な運動の展開が要請されていることは前提ではないか。ともすると我々は現在の運動に対し悲観しがちである。確かに思うようにクラスの組織化が進まなかったりスト体制の空洞化や運動の長期化に対する絶望感、といった状況がある。革マル糾弾そして自治会運動の創造へと発展した我々の3ヶ月間の闘いは今、それを意識的に妨害しようとする当局の管理支配というものにぶちあたっている。一切の話し合いを拒否する当局に向けた闘いを全学的規模で組織することが我々の当面の任務である。そのためにも我々は全学スト体制を構築し、また全学団交実行委を結成することによって『村井』を引きずりだそう。我々自身の脆弱性は我々が当局・革マルに向けて、また自らの自治運動を創造する過程においてのみ克服することができる。&lt;br /&gt;
:全学の学友諸君!!　当局・革マル・マスコミによって『一般学生』と罵られ、それに甘んずることによって自らを免罪する時は過ぎ去った。今こそ自ら思考し自ら行動するという自主的自発的な運動が要求されている。我々の運動は、革マルのように黒寛が書いた設計図に基づいて動くようなものではない。まさに我々自らが設計図を造りつつ、それと同時に建設を行なっていく運動である。」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【政経学部長他が辞意を表明】'''&lt;br /&gt;
:「紛争の続く早稲田大学で、今度は政経学部の保田順三郎学部長ら執行部5人がそろって辞意を表明、26日までに教授会に申し入れた。機動隊導入などの混乱を招いた責任をとる、というのが理由。」（1973年1月27日付読売新聞）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【リンク】'''&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>Ad19721114</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://www.19721108.net/wiki/index.php?title=1973%E5%B9%B41%E6%9C%8823%E6%97%A5%EF%BC%88%E7%81%AB%EF%BC%89%E4%B8%80%E6%96%87%E3%80%81%E4%BA%8C%E6%96%87%E3%81%A7%E5%AD%A6%E7%94%9F%E5%A4%A7%E4%BC%9A%E3%81%8C%E9%96%8B%E3%81%8B%E3%82%8C%E3%82%8B</id>
		<title>1973年1月23日（火）一文、二文で学生大会が開かれる</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.19721108.net/wiki/index.php?title=1973%E5%B9%B41%E6%9C%8823%E6%97%A5%EF%BC%88%E7%81%AB%EF%BC%89%E4%B8%80%E6%96%87%E3%80%81%E4%BA%8C%E6%96%87%E3%81%A7%E5%AD%A6%E7%94%9F%E5%A4%A7%E4%BC%9A%E3%81%8C%E9%96%8B%E3%81%8B%E3%82%8C%E3%82%8B"/>
				<updated>2026-07-25T09:07:53Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;Ad19721114: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;&lt;br /&gt;
【概要】&lt;br /&gt;
:一文、二文で学生大会がそれぞれ開催された。午後2時から181教室で開かれた一文学生大会は定足数を満たし成立。 臨執の議案書に沿って討論が進められ、臨執の提起した「試験強行阻止、1週間ストライキ」が賛成多数で採決された。一方、商学部と法学部では学年末試験が予定通り行われた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【この日のできごと】&lt;br /&gt;
:◎法・商学部は学年末試験2日目。本部、文学部で厳重な当局と機動隊とによる検問体制が敷かれる。&lt;br /&gt;
:14:00一文臨執主催の学生大会が開催され、1,489人（注：1,526 名＝有志ノート）の圧倒的結集。181教室の壇上には「団交要求、試験強行阻止」の横断幕。臨執が提案した「仮規約」の採択は投票総数907、賛成791、反対８、保留81、棄権18、無効9、議場委任218で可決。同じく「行動提起（試験強行阻止、1週間ストライキ）」に対しては投票総数760、賛成504、修正案(2F)85、保留127、棄権31、無効13、議場委任729 で可決。 期末試験ボイコット、革マルの二重自治会策動粉砕、自治委員選挙貫徹などを目標にスト入りする。&lt;br /&gt;
:◎第二文学部学生大会では、各クラスの決議でそれぞれが独自にスト態勢に入ることを確認した。&lt;br /&gt;
:●教育学部は専任教員会を開き、新自治会（永井委員長）を唯一の交渉団体として認めた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【学生大会スローガン】&lt;br /&gt;
:☆革マルによる川口君虐殺糾弾！&lt;br /&gt;
:革マルの「二重自治会策動」粉砕！「常任委」僭称粉砕！&lt;br /&gt;
:革マル別動隊＝「11月会」を解体せよ！&lt;br /&gt;
:文学部キャンパス・文連（学館）解放！&lt;br /&gt;
:☆早稲田管理支配体制粉砕！早大解放！&lt;br /&gt;
:一文自治会を即時無条件に承認せよ!&lt;br /&gt;
:自治会室奪還！&lt;br /&gt;
:自治会費凍結即時解除！&lt;br /&gt;
:ギマン的三役処分白紙撤回！一切の学生処分を許すな！&lt;br /&gt;
:10.27、11.17 告示白紙撤回！&lt;br /&gt;
:第一、第二学館、各号館（ラウンジ、地下サークル部室）管理・運営権 奪還！&lt;br /&gt;
:試験強行による斗争収集策動を許すな！&lt;br /&gt;
:☆自立した自治会運動を創出せよ! &lt;br /&gt;
:☆クラス.サークルから自立した運動創出を！&lt;br /&gt;
:自治会建設勝利!&lt;br /&gt;
:自治会規約制定を克ち取れ!&lt;br /&gt;
:クラス行動隊を創出せよ！&lt;br /&gt;
:セクトによる自治会私物化を許すな！&lt;br /&gt;
:☆政経と連帯して一週間ストを闘うぞ！&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【1･23 学生大会議案書】&lt;br /&gt;
:学生大会には12ページにおよぶ議案書が準備され、議事はこの議案書に沿って進行した。「1．早大解放・自治会再建の斗いの本質とは何か！」「2． 早大一文の管理支配体制をうち倒そう！」「3．臨時執行部活動報告」「4． 我々の運動総括---問題提起」「5．暫定規約細則」「6．行動方針」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【新聞報道では】&lt;br /&gt;
:「1月23日午後2時20分、学生大会成立の定足数（会員の1/5）に達し2時30分、一文学生大会が暫定規約第4条により臨執の召集で開催された。まず議長団6名が選出され、臨執の議案書と一文非暴力推進協議会（勝共連合系）の対案が提出された。そして臨執の議案書によって討論が行なわれ、一文行動委・各クラス・専修の発言ののち、質疑応答が行なわれ、臨執提起の仮規約の採決が行なわれた。投票総数907、賛成791、反対8、保留81、棄権18、無効9、議場委任218により、投票総数の2/3を賛成が上まわった為、仮規約は決議された。&lt;br /&gt;
:その後臨執の行動提起（試験阻止。文学部一週間スト貫徹）についての討議が行なわれた。2F有志の一週間スト反対意見、1H、2P 等のスト支持の意見が出されたあと、採決が行われた。&lt;br /&gt;
:投票総数760、原案（臨執）賛成504、修正案（2F 有志）賛成85、保留127、棄権31、無効13、議場委任729で文学部一週間ストは 採決された。その後翌日のピケストに関する行動方針が確認され散会した。」（早稲田キャンパス第173号）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
:「混乱がつづく早稲田大学は、23日午後2時すぎから第一文学部で臨時執行部主催の学生大会が開かれ、同学部の学年末試験のはじまる24日から一週間のストライキにはいり、試験をボイコットすることを決めた。ストライキによる試験ボイコットは政経学部に続いて二番目で、一文のストライキ入りにより、二文の試験実施もむずかしくなりそうだ。これに対し学部当局は試験実施の態度を変えていないので、再び機動隊導入による混乱が避けられないとみられている。&lt;br /&gt;
:一文の学生大会には1489人が参加し①革マル派の二重自治会策動粉砕②自治委員選挙貫徹などを目標にスト入りするという臨執提案を賛成多数で決めた。臨執では「学生によるピケで革マル派、大学当局の弾圧に対抗し、自治委員選出、自治委員総会をスト期間中に行う」といっており、学部団交も計画している。」（1973年1月24日付朝日新聞）	&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【一文有志の記録から】&lt;br /&gt;
:「午前中。文学部へ数人で情宣にいくも、授業は数教室、人は全くいず閑散としている。これで人数が集まるのかと非常に心配となる。4号館を11時半頃出る。30〜40人。カクマルの奴ら、笑って見ている。とても学大など開ける筈はないだろうと。1 時過ぎから人はどんどんふえて、あっという間に1000 名を突破する。1526名。圧倒的結集のもとに議案書が提出され、1 週間ストが採決される。」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【24日の行動委のビラ】&lt;br /&gt;
:「（前略）我々はこの成果をもって24日早朝からストライキに突入し、部分バリケード、ピケットをもって貫徹した。試験強行をなさんとした当局は、我々の断乎とした闘いにあわてふためき、無能さをさらけだして、試験を一週間のばさざるを得ないところまで追いつめたのだ。我々は当局を追撃して、川口君虐殺、そして我々の闘いへの圧殺策動の一切を自己批判させ、我々の闘いを全面的に認めさせよう。学友諸君、我々の新執行部樹立の闘いは今一歩のところまで前進してきている。革マルの自治会僭称を完膚なきまで粉砕し、自治委員総会を克ち取り、新執行部を樹立しよう。あらゆる条件を我々は手中にしているのだ。&lt;br /&gt;
:それに恐怖する革マルはと言えば、我々の1.8、1.13、1.16そして19日の闘いとそれに続く闘いにちぢみあがり、どうにかこうにか26日に文学部キャンパスにおいてエセ『全学連』政治集会を開催することによって我々の闘いに敵対せんとし、おどろくべきことにストライキ破壊!!をなさんとしている。我々は決してこのことを許してはならない。ストライキ貫徹の闘いの中で、自治委員総会をなしとげ、革マルの醜悪な敵対を粉砕せよ。川口君を虐殺し、今また多くの学友から血を奪いさった革マルを許さず、早稲田大学全学友の手で、居直りと延命策動を粉砕せよ。」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【教育学部当局の見解】&lt;br /&gt;
:「教育学部全学生諸君へ&lt;br /&gt;
:1月23日、教育学部専任教員会は、新しい自治会の創成を目ざし「教育学部学生自治会常任委員会」（永井友則委員長）を選出した教育学部学生諸君の意志を尊重し、この機関を自治会問題に関して話し合う唯一の代表として認めることを決定した。&lt;br /&gt;
:1月23日　教育学部専任教員会」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【リンク】&lt;br /&gt;
:[https://drive.google.com/open?id=1tR0-cxSzQS5VTMWR54vqn4VUlKb5WHhB 緊急アピール　全ての学友は１．２３学生大会に結集せよ　第一文学部臨時執行部]&lt;br /&gt;
:[https://drive.google.com/open?id=1AcyEhsudtx0mz1XO1XhGwtFSk28PH5_A 学生大会スローガン]&lt;br /&gt;
:[https://drive.google.com/open?id=16VdnjYu_wkTQrnzh0lomGJpUkhaXd_3Z 1.23学生大会議案書　第一文学部学生自治会臨時執行委員会]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>Ad19721114</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://www.19721108.net/wiki/index.php?title=1973%E5%B9%B41%E6%9C%8819%E6%97%A5%EF%BC%88%E9%87%91%EF%BC%89%E6%94%BF%E7%B5%8C%E5%AD%A6%E7%94%9F%E5%A4%A7%E4%BC%9A%E3%81%A71%E9%80%B1%E9%96%93%E3%82%B9%E3%83%88%E3%82%92%E6%B1%BA%E8%AD%B0%E3%80%8211%E5%8F%B7%E9%A4%A8%E3%81%A7%E9%9D%A9%E3%83%9E%E3%83%AB%E3%81%A8%E6%94%BB%E9%98%B2</id>
		<title>1973年1月19日（金）政経学生大会で1週間ストを決議。11号館で革マルと攻防</title>
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				<updated>2026-07-25T03:45:13Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;Ad19721114: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''【概要】'''&lt;br /&gt;
:革マルが「文連総会」を開催。これに抗議してサ連と行動委は3号館へデモをかけた。3号館前で集会をしていた革マルを囲んだ学生から投石が始まり、革マルは11号館へ立てこもった。革マルは階上から薬品や什器を投げ落とし、下にいた政経学部1年生がコンクリート塊の直撃を頭に受けて重体となった。行動委も放水などで入口突破を試みたが、午後7時頃、正面と背後から革マルの挟み撃ちにあい35人の負傷者を出した。大学当局はロックアウトを決め、マイクで学外退去を繰り返すのみ。機動隊も待機していた。この間、政経の学生大会は続行され1週間ストを決議した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【この日のできごと】'''&lt;br /&gt;
::13:00	政経学部自治会執行委員会は10号館109教室で学生大会を開催。出席者1190名、議場委任 462名（数字は早稲田キャンパス173号より）。学部自治会の即時無条件承認など5項目要求を掲げて翌20日から1週間のストライキに入ることを決議した。&lt;br /&gt;
::■同時刻、革マル派3号館402室で84サークルを結集して文化団体連合会常任委員会を開催し、成功と発表。&lt;br /&gt;
::◎サ連・行動委150人は「デッチ上げ文連常任委粉砕」を叫んで昼過ぎから革マルと睨み合いとなる。&lt;br /&gt;
::15:20	小競合いから革マルが旗竿で学生に襲いかかったため、構内に居合わせた一般学生3000名が遠巻きに「革マルは出ていけ」「早大解放」を叫んで投石が始まった。革マルは竹竿を構えたままうずくまるようにして投石を避け、約100ｍ離れた11号館（商学部）に逃げ込み、鉄製扉を閉めて机・椅子でバリケードを築き、3、4階から大型の灰皿 やスチール机・消火器、かねて用意の硫酸などを投げ下ろしたため、学生に多数の負傷者が出た。政経1年K君は頭蓋骨陥没の重体になる。&lt;br /&gt;
::19:00	100名の革マルが鉄パイプで学外から駆けつけ、11号館から出た革マルと合流、30分にわたって襲いかかったため、35名が負傷した。&lt;br /&gt;
::23:00	村井総長は記者会見し、22日からの期末・卒業試験は大学本来の目的なので実施すると語るも、翌日のロックアウトを決定した。	&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【政経学部の学生大会】'''&lt;br /&gt;
:「早大政経学部自治会執行委員会（水野孝委員長）は19日午後1時から10号館（共通教室）で1156人（委任状をふくむ。定足数1112人）が参加して学生大会を開き①学部当局による新自治会の即時無条件承認②自治会費凍結解除③全学団交、など５項目を要求して20日から一週間のストライキにはいることを賛成多数で決めた。同学部の学年末試験は22日から始まることになっており、かなりの影響が出る見通し。また昨年暮れから始めていた新自治会承認の学生投票は、19日午前中に政経学部在籍学生の半分を超える2810票の賛成票を集めた。これで同学部教授会が45年7月に決めた自治会再建三原則はすべてみたされたことになる。同学部教授会が新執行部を認めることになれば、政経学部は43年秋以来5年ぶりに公認自治会ができることになる。」（1973年1月20日付朝日新聞）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【11号館の攻防】'''&lt;br /&gt;
:11号館を囲んだ学生に対し、ノンヘルの革マルが背後から、時を同じくして、立てこもっていた革マルが正面の11号館から襲いかかり、挟み撃ちとなった。この模様を「早大〈十一.八〉抵抗運動」によるビラは次のように記している。「遂にカクマルを追いつめた。全国動員のわずか200名足らずの革マルを早稲田5000の闘う学生は完膚なき迄に打破った。しかも黒ヘルを先頭にする早大管理体制からの反乱に恐怖した権力は、商学部11号館でうち震える革マルを救出しようとするが、圧倒的に結集した大衆の前に全く手も足も出なかった。一方、正門前、文学部前、地下鉄早稲田前で反革マル部隊の突入を阻止していた権力＝機動隊は何と驚くべきことに、前日の中核とはうって変って、鉄パイプで武装した100人のカクマルを何らチェックすることなく通過させ、早稲田の構内に送り込んだ。送り込まれた鉄パイプ部隊は行動委の黒ヘルめがけて襲いかかってきた。」	&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【全学行動委からのビラ】'''&lt;br /&gt;
:11号館前の衝突について早大全学行動委員会連合（準）はビラの中で次のように再現している。ビラの見出しは「危篤1名、病院収容者35名ー午後9時現在確認ー」。&lt;br /&gt;
:「（前略）一切の大衆的支持を失い孤立した革マルは11号館に逃げこんだ後、あまりの恐怖感からテロ集団としての本性を露呈し、今度は11号館3、4階から無差別に物を投げつけたのだ。『石、コンクリート塊、消火器、 発煙筒、鉄製灰皿、熱湯 etc.』を『革マル糾弾！』の声をあげる3000の学友の頭をめがけて投げつけたのだ。この全くもってハレンチな行為によって政経一年のK君（注：原文は本名）が今なお危篤状態をつづけているのだ！　3000の学友は、カバンを持ち、本をかかえ『第二の川口君を出すつもりか！』と叫んでいた。負傷者の中にはカバンを右脇にかかえ抗議の声を上げている最中に4階からの投石を右目に直接受けコン倒した学友もいた。学友諸君!　革マルは第二、第三の川口君を出すことを少しもためらってはいないの だ！ 11号館を包囲し、石を投げ返し、奪った竹ザオで革マルの犯罪的バリケードに突入していった多くの学友と共に我々全学行動委（準）は、断じて後退のない斗いを推し進める。決意は固いのだ。」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【証言】'''&lt;br /&gt;
:「救対も人が足りなくてK君の救急搬送には付いていけず、後から僕が頼まれて容態を確認するために病院へ行った。K君は既に応急処置を施されている最中で、面会することはできなかった。病院には学内でもよく見かけた私服が来ていた。当然権力とは緊張関係にあったから『なんで私服がここにいるんだ』って迫った記憶がある。頭蓋骨陥没で命に関わる事態だから家族にも連絡したと言っていた。」（一文2年行動委）	&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【『一文有志の記録』から】'''&lt;br /&gt;
:当時のことを克明に記した『一文有志の記録』には、2月4日付で次の様な文章の後に19日以降の模様が書かれている。&lt;br /&gt;
:「1月21日より約10日余り。この間何も書かず、書かずというより書けず。ただ家に帰っては眠り、大学では精一杯闘い続けて来た。精神的、肉体的疲労の積重なり。日々の記録さえも満足にとれず、大分まいっている。このように闘いの激動的生活が日常化すると、精神的退廃に身を埋もらせることとなる可能性がかなりある。闘いの悪い意味での日常化。どうにも続かない。どうにも書きつらねることが出来ない。この間、何を考え、何をしようとしていたのか？」&lt;br /&gt;
:「19日。国語試験日。綿密な打合せの後、統一的ボイコット行動。自主講座（16号館107）。午後よりZが集会。隣り合せで“黒ヘル”の集会。Zが旗ザオで突ゲキし、それを見ていた学生に向かっても、旗ザオを突き立てて突ゲキする。学生が投石し、3,4000 人の学生によってZは11号館に逃げこむ。3階まで逃げこみ、入口を机・イスでバリ封。黒ヘルはバリ破って解除しようとするが、Zは3階からイス、灰ザラ、コンクリート塊、塩酸などを投げおろす。その間、政経K君、額に投下物を受けズガイコツカンボツ。5時頃大学はロックアウト。『黒ヘルメットと学生諸君はすぐに退去しなさい云々』など。6時頃帰る。（情報によると、その頃学館を出たノンヘルZが50名位、鉄パイプを持って背後より学生に襲いかかり、11号館のZと一緒になって学生に突きかかる。その後、学館に引き揚げたという。）当日は政経の学生大会と文連総会が開かれていて、政経は一週間スト。」	&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【一文1年生クラスのノートから】'''&lt;br /&gt;
:「この前本部を歩いていたらあの愛すべき藤縄さんが『おまえこれから4号館に行くんだろう』と私の行く手に立ちふさがり、おまけに足をけりあげるなどの暴挙（これも個人テロ？）を白昼公然と行なってきた（その日から私はこの闘いには命がかかっていることを痛感したのです）。そしてその日、デッチ上げ文連総会を強行しようとしている革マルのデモに対して大衆（一般学生）の中から『やっちゃえ、やっちゃえ』という声がまきおこり、革マルの居直りぶりに腹の立っていた 私も含めて多くの学生の結集された怒りが革マルを11号館に追いつめたのだ（革命的！）。その過程で革マルは私達全員に旗竿を向け、11号館に籠城してからは私達に向かって机を投げつけ（灰皿にあたった学友はいまなお意識不明！）、11号館から突然とび出してきた革マルはノンヘルの革マルと共に（ロッ クアウトにもかかわらず革マルだけ入っていた）、無差別に鉄パイプで襲撃してきたのだ。担架の上で血だらけになって『痛い、痛い』ところげまわる学生を運びながら『なぜこんなことになったのか』『私達の行動が間違っていたのだろうか？』と事態のおそろしさに泣き出したいような気持ちだった。」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【村井総長の記者会見】'''&lt;br /&gt;
:村井資長早大総長と清水司常任理事は、19日午後11時すぎから学内で記者会見し『暴力追放で始まった運動がセクト間の抗争激化で本来の目的に値しないものになってしまったことに暗い気持だ』と語った。しかし、暴力追放については『大学に力がないため時間をかける以外にない』と繰返すだけだった。また、期末、卒業試験については『いまの状態でもできる』といい、学生が要求している総長の団交は拒否の姿勢を変えなかった。」（1973年1月20日付毎日新聞）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
:「早稲田大学の村井資長総長は19日夜記者会見し、学生同士の内ゲバや今後の紛争の見通しについて次のように語った。&lt;br /&gt;
:−−今日（19日）の事態をどう思うか。&lt;br /&gt;
::暴力追放の運動がセクト間の対立激化につながったのは残念だ。暴力の肯定は大学の否定になるので、衝突はなんとしても食い止めたかった。今後、こういう状態が続けば、暴力追放の強化も考えなければいけない。&lt;br /&gt;
:−−冬休み明けから学内で鉄パイプや角材などの武器が目立ち、凶器持ち込みを禁止した告示が無視されているようだが。&lt;br /&gt;
::大学に力がない以上、難しい問題だ……。&lt;br /&gt;
:−−学年末試験についての見通しは。&lt;br /&gt;
::何としてもやりたいし、できると思っている。混乱を防ぐための対策は早急に検討するが、機動隊の要請などは考えていない。&lt;br /&gt;
:−−紛争収集の具体策はあるのか。&lt;br /&gt;
::それは学生自身がつくっていくことだ。もちろん、われわれも教育の一環として指導はするが、今の時点で全学集会を開く気持ちはない。」（1973年1月20日付読売新聞）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
:「村井総長は19日午後11時すぎから記者会見し、『暴力追放のための警備体制を強化することを検討したい』などと次のように語った。&lt;br /&gt;
:『後期試験が始まる来週までは紛争解決のメドをつけたいと思っていたのに、こうした事態になって非常に残念だ。一般学生の中の暴力追放の声にもかかわらず、セクト間の抗争は日ごとに激化してきたようだ。学生との話し合いは行ないたいがこのような状態では無理だ。後期試験はなんとしてでも完全に実施したいと思っており、そのための対策を検討している。』」（1973年1月20日付日本経済新聞）	&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【朝日新聞による「解説」】'''&lt;br /&gt;
:「早大で19日また起きた流血騒ぎは、ひたすら冬休みを待ち、学生たちの“沈静”を望んだ大学当局の期待を打砕き、以前にもまして当局の無力無策ぶりを示した。&lt;br /&gt;
:この事態は予想できなかったことではない。昨年暮れ革マル派に反対して各学部の学生大会を開いた全学部自治会連絡会議が、8日の冬休み明け 開いた集会には、初めて黒ヘルメットをかぶった学生たちが登場し、『反革マル、反民青』などと主張し、これまで反暴力路線でまとまっていた反革マル陣営の一部に、異質の流れが出てきたことを示した。&lt;br /&gt;
:また文学部ではこのところ革マル派と臨時執行部は自治委員選挙をめぐって連日対立、小ぜりあいを繰返してきた。けが人も出たため大学当局は17日午後、18日とロックアウト措置をとった。18日夜は『革マルせん滅』を叫んで武装部隊の早大常駐を宣言していた都内の他大学中心の中核派が突入を図り、60人が逮捕された。&lt;br /&gt;
:この間、いわゆる一般学生は昨年11月の川口君リンチ殺人事件をきっかけに盛上がった熱情を失ったかに見え、集会やデモの参加者はめっきり減った。セクトや一部の活動家の動きだけが目立つ状況は、暴力的な対決の泥沼に向う前ぶれだったといってよい。&lt;br /&gt;
:しかし、大学当局はこの間、少なくとも表面的には、何の対策もたてていないように見えた。学生に対しては8日に「自治会問題に思う」という総長声明を出しただけだった。16日の政経学部団交でも『自治会は教育の一環だと考えている』『現段階で新執行部の承認はムリだ』と繰返して、学生との対立を深める結果に終った。&lt;br /&gt;
:一般の学生の自治意欲が盛上がらない限り、大学側だけを責められても打つ手がない、と当局はいう。しかし19日、革マルに追われて逃げ回っていた政経学部3年生のように『とにかく村井総長は、われわれの前に出てくるべきだ』と、大学当局に“体をはって”も対処することを望む一般学生は多いのである。」（1973年1月20 日付朝日新聞）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【リンク】'''&lt;br /&gt;
:[https://drive.google.com/open?id=1uZ2unxqNoLBesQI7z1sxMpVxXHE9NSgv 危篤一名病院収容者35名　革マル派ノンヘルテロ部隊、闘う学友を鉄パイプで無差別に襲＊‼︎　早大全学行動委員会連合(準)　]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>Ad19721114</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://www.19721108.net/wiki/index.php?title=1972%E5%B9%B412%E6%9C%886%E6%97%A5%EF%BC%88%E6%B0%B4%EF%BC%89%E4%B8%80%E6%96%87%E8%87%A8%E5%9F%B7%E3%81%8C%E6%95%99%E5%AE%A4%E3%82%92%E3%83%90%E3%83%AA%E3%82%B1%E3%83%BC%E3%83%89%E3%81%AB%E3%82%88%E3%82%8B%E8%87%AA%E4%B8%BB%E7%AE%A1%E7%90%86</id>
		<title>1972年12月6日（水）一文臨執が教室をバリケードによる自主管理</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.19721108.net/wiki/index.php?title=1972%E5%B9%B412%E6%9C%886%E6%97%A5%EF%BC%88%E6%B0%B4%EF%BC%89%E4%B8%80%E6%96%87%E8%87%A8%E5%9F%B7%E3%81%8C%E6%95%99%E5%AE%A4%E3%82%92%E3%83%90%E3%83%AA%E3%82%B1%E3%83%BC%E3%83%89%E3%81%AB%E3%82%88%E3%82%8B%E8%87%AA%E4%B8%BB%E7%AE%A1%E7%90%86"/>
				<updated>2026-07-23T06:01:39Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;Ad19721114: ページの作成:「'''【概要】''' :本部キャンパスに間借り状態で活動を続けていた一文臨時執行部が行動委とともに一文キャンパスに入り、202～...」&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''【概要】'''&lt;br /&gt;
:本部キャンパスに間借り状態で活動を続けていた一文臨時執行部が行動委とともに一文キャンパスに入り、202～209教室を自主管理し、各教室を臨執、行動委、クラ連などに振り分けた。この際、革マルによる妨害を防ぐため、教室前の通路の両端をバリケードで封鎖した。前日の学部団交によって出された全学団交の要請に対し村井総長は、各学部自治会が正常な状態でないことを理由に拒否を表明。教育学部ではクラス委員総会を開催、臨執に代わって三役3名と常任委員10名からなる新しい執行部が正式に発足した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【この日のできごと】'''&lt;br /&gt;
::9:00　一文臨執はバリケード自主管理闘争を行い、202～209教室を臨執・情宣・行動隊・クラス討論連絡会議などに振り分けた。文学部キャンパスは“拠点”死守を狙う革マルの支配が続き、臨執は本部キャンパスに間借り状態が続く。&lt;br /&gt;
::10:00　一・二文教授会・教員会では11.28学生大会に関する報告がなされた。&lt;br /&gt;
::10:30　学部長懇談会で村井資長は前日の一文団交で要求された総長団交を拒否した。&lt;br /&gt;
::15:00　教育学部クラス委員総会が開催され、革マルの妨害をはねのけて、クラス委員126名（定員193、定足数65）の参加で臨執に代わって三役3名と常任委員10人からなる新執行部を選出した。&lt;br /&gt;
::●村井総長は伊東市の川口サトさんを訪ね、弔意文と弔慰金500万円および醵出者名簿を渡した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【第一文学部臨執声明No.7　12月6日】'''&lt;br /&gt;
:当日臨執名で配られたビラには「文学部校舎内のバリケードについて」と題して、「この3日間、我々臨執は文学部キャンパスに入って活動しようとしたが、革マルの暴力的妨害によってできなかった。そこで臨執は非常手段としてやむを得ず202～209教室を確保し、我々一文自治会の仮本部とした。この本部を防衛し、更にクラス討論の発展のためにできる限りクラス毎でこの仮本部に詰めてほしい。この教室での授業を大歓迎します。教授と共に我々の仮自治会室を守ろう！」と書かれていた。また、自主管理した教室は、209臨執、208情宣、207行動隊、206・205・1年クラ討、204･203・2年、202・3、4年及び行動隊に割り振られた。革マルの妨害はなはだしく、討論ができたクラスは予想より少なかったが、臨執が初めて一文キャンパスで活動できた記念すべき日でもあった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【村井総長は全学団交への出席を拒否】'''&lt;br /&gt;
:「革マル派によるリンチ殺人事件をめぐって学生側から全学団交集会を求められていた早大の村井総長は6日、全学臨時執行部連絡会議に対し『現時点では要求に応じられない』と回答した。&lt;br /&gt;
:早大当局はこの日午前10時半からの学部長懇談会で、この問題を検討したが、1）各学部の自治会が正常な状態でない現在、団交要求は受けるべきでない、2）各学部を飛び越えて大学のトップによる団交は適当でない、などの結論を出したという。&lt;br /&gt;
:これに対し全学臨時執行部側は7日、報告会を開き、改めて大学当局に抗議するかまえ。」（1972年12月7日付朝日新聞）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【バリ封に関する新聞報道】'''&lt;br /&gt;
:臨執による教室の自主管理について、12月6日付毎日新聞夕刊には「『臨執』がバリケード　“認知”迫り自治会室設置」という見出しで次のような記事が掲載された。&lt;br /&gt;
:「早大当局に“認知”を求めている第一文学部自治会臨時執行部（反革マル）は6日、同学部教室の一部をバリケード封鎖し、仮自治会室とした。&lt;br /&gt;
:午前9時前、臨執のメンバー約50人は、同学部2階に並ぶ演習室202～209号室の8教室前の廊下の両端をイスや机でバリケード封鎖し、各教室を臨執、情宣、行動隊、クラス討論連絡会議などの部屋にふり分けた。（中略）革マル派は『不当占拠だ。自治会はわれわれ以外ない』と攻撃したが、混乱はなかった。&lt;br /&gt;
:この封鎖は5日夜の浅井邦二一文学部長との団交で臨執への自治会室開放、自治会費支払いを拒否されたため。&lt;br /&gt;
:臨執は同日、クラス委員選挙を公示、すぐ各クラスで投票を進める手はずだったが、準備が間に合わず、7日以降に延期した。」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【12月6日付当局告示】'''&lt;br /&gt;
:「学生諸君へ&lt;br /&gt;
:11月8日の事件発生以来、不測の事態も十分に予想される流動的な状況と判断されたため、いまだ公開の席で、学生諸君への学部責任者からの説明を行なっていなかったが、学部は、学部と学生との相互信頼にもとづく平静な雰囲気での集会に出席して、学生諸君と話し合うことを拒むものではない。昨12月5日の学生集会に出席したのは、そのような考えにもとづく。&lt;br /&gt;
:しかしながら、昨日午後4時頃、一団の学生が第一文学部臨時執行部の名で学部代表者の学生集会への出席を求めてきたおりに、教授会会場への立入り、スピーカーを用いての議事妨害、窓ガラスの破損等の威圧的な強要行為があった。学部はかかる行為を決して容認するものではなく、再びこのような行為をくり返すことのないよう厳に戒めたい。&lt;br /&gt;
:今後とも、暴力の根絶、学内の正常化を進めて行く上で、学生諸君の良識ある判断と行動とを期待する。&lt;br /&gt;
::昭和47年12月6日&lt;br /&gt;
::第一・第二文学部教授会・教員会」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【教育学部で正式執行部が発足】'''&lt;br /&gt;
:11月29日の学生大会で既成自治会をリコール、臨執を選出していた教育学部では、午後2時から16号館106教室で自治会臨執のクラス委員総会を開催した。総数195人のクラス委員のうちすでに132人が選出されており、そのうちの126人が出席した。ヘルメットの革マル派約50人が「総会粉砕」を叫んで押しかけて、会場は緊迫した空気だった。&lt;br /&gt;
:議事の進行は、以下の通り。&lt;br /&gt;
:「総会はまず、3人の議長を選出したあと、臨時執行部代表から議案書に基づいて、これまでの活動報告、自治会運動の将来の方針、自治会規約改正問題などが提起され、熱心な討論が続いた。とくに規約改正については、今後自治会内に規約改正委員会を設置、規約が本当に学生の総意を反映できるよう検討することになった。&lt;br /&gt;
:11日からの冬休みには、“越冬体制”をとって、各クラスに世話人を置き、革マル派の攻撃など、どのような事態にも、対応できるようにすることなどが確認された。また『一党一派による自治活動の私物化、セクト主義にあくまで反対する』などのスローガンも採択した。&lt;br /&gt;
:最後に、自治会委員長1人、同副委員長2人、同常任委員10人を選出し、早大8学部中6学部でスタートした臨時執行部の中で初めて、革マル派を追放し、セクトに支配されない正式な自治会執行部が誕生した。&lt;br /&gt;
:なお、政経学部はきょう7日、社会科学部も8日、クラス委員総会を開き、臨時執行部を解消、新執行部をスタートさせる予定。」（1972年12月7日付毎日新聞）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【リンク】'''&lt;br /&gt;
:[https://drive.google.com/file/d/0B2a-TK72_cq-dGk0empUVVd3X3M/view?usp=sharing 第一文学部臨執声明No7文学部校舎内のバリケードについて  一文臨時執行委員会]&lt;br /&gt;
:[https://drive.google.com/file/d/0B2a-TK72_cq-R0NINTB5QlAzS0k/view?usp=sharing 12.5一文団交の『勝利』に踏まえ､全学団交をかちとろう！  第一文学部臨執声明No8]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>Ad19721114</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://www.19721108.net/wiki/index.php?title=1972%E5%B9%B412%E6%9C%882%E6%97%A5%EF%BC%88%E5%9C%9F%EF%BC%89%E4%B8%80%E6%96%87%E3%81%A7%E3%82%AF%E3%83%A9%E3%82%B9%E5%8D%94%E8%AD%B0%E4%BC%9A%E7%99%BA%E8%B6%B3%E3%80%82%E4%B8%80%E6%96%87%E8%A1%8C%E5%8B%95%E5%A7%94%E5%93%A1%E4%BC%9A%E7%B5%90%E6%88%90</id>
		<title>1972年12月2日（土）一文でクラス協議会発足。一文行動委員会結成</title>
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				<updated>2026-07-22T08:59:52Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;Ad19721114: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;&lt;br /&gt;
'''【概要】'''&lt;br /&gt;
:一文では、引き続き臨執が教務主任と学部長に非公式の会見を要請する一方で、各クラス2名の代表からなるクラス協議会を発足し、自治会の体制作りに着手した。また、激しさを増した革マルの反撃姿勢に抗すべく一文行動委員会を結成、個人テロ等への備えを固めた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【この日のできごと】'''&lt;br /&gt;
::◎一文、各クラス2名の代表によるクラス協議会が発足する。&lt;br /&gt;
::■革マルは反撃姿勢を強めて、学生大会中傷ビラを配布し、個人テロで敵対する。&lt;br /&gt;
::◎この個人テロに備えて、一文行動委員会（準備会）を結成する。（各学部で行動委の結成が進む）&lt;br /&gt;
::◎教育学部臨執（仮代表・福井陽一）が「6項目要求」を学部当局に提出。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【「クラス協議会創設へ」一文臨執声明No.2より】'''&lt;br /&gt;
:12月1日付第一文学部臨時執行部声明No.2では「『クラス協議会』を創設し、自治会再建の巨歩を推し進めよう！」と題して各クラス、各専修より2名の協議会委員の選出を呼びかけている。&lt;br /&gt;
:「この協議会は今後我々の新自治会建設への闘いの展望とそのヴィジョンの一切を論議し、全学友の意志を結実するものとして欠くことのできぬ役割を担っていくものである」とし、「『我々の自治会』がいかなるものであり、そしていかに造られるのか、その具体性の方へ議論を進めよう！」としている。また、この日の声明で、「革マルのデマとテロル攻撃の恒常的反撃体制（一文行動隊）を創設しよう！」とも呼びかけている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【一文行動委員会結成に向けて】'''&lt;br /&gt;
:学生大会で臨執を選出したものの、集会妨害、中傷ビラ、個人的恫喝など、日ごとに革マルの反撃が暴力化し、一文では、臨執が構内に入ることが困難な日が続くようになった。そこで、臨執の防衛を含め新自治会の立ち上げを本格化するための行動委員会結成への動きが3、4年生を中心に高まった。&lt;br /&gt;
:一文日本史3年行動委員会準備会のビラには、行動委の定義が次のように記されている。&lt;br /&gt;
:「行動委員会とは、個々人の主体的な決意を基▲（判読不能、以下同）とし“自立・創意・連合”の原則によって各人の、各クラスの闘いとエネルギーを能動的に機動的に結合してゆく連動体である。全てのクラス･サークルで行動委員会を創出し臨執を守り、臨執の闘いを実体的に保▲し、共に闘いを進めてゆかねばならない。&lt;br /&gt;
:何度でも云う。我々の闘いは生み落されたばかりであり我々の前途には想像を絶する困難が待ちかまえているのだ、革マルは我々が考えている以上に狡猾であり我々の未熟な闘いに比してはるかに政治技術において、組織力においてすぐれているのだ。革マルの組織をあげた（途中判読不能）反撃、学校当局との闘いをも組織しての自治▲▲▲への闘いの中で新自治会▲の防衛を全学友のクラスの団結の中に一般化してしまう▲▲は、闘いの困難さと緊急さに対して余りにも無知であり、無責任であり、無力であると云わねばならない。」（一文日本史3年行動委員会準備会）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【リンク】'''&lt;br /&gt;
:[https://drive.google.com/file/d/0B2a-TK72_cq-cC1lR0pqQ0RkSnc/view?usp=sharing 態度表明　早大社会問題研究会]&lt;br /&gt;
:[https://drive.google.com/file/d/0B2a-TK72_cq-SVZfWFJNTTYyaFk/view?usp=sharing 川口君は見ているぞ！　一文2J行動委員会]&lt;br /&gt;
:[https://drive.google.com/file/d/0B2a-TK72_cq-bmZrMi03X3lxUDA/view?usp=sharing 一文臨執声明No4学大の成功を新たな自治会運動の息吹に！]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>Ad19721114</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://www.19721108.net/wiki/index.php?title=1972%E5%B9%B412%E6%9C%88%EF%BC%91%E6%97%A5%EF%BC%88%E9%87%91%EF%BC%89%E5%95%86%E3%83%BB%E6%B3%95%E3%81%A7%E5%AD%A6%E7%94%9F%E5%A4%A7%E4%BC%9A%E3%80%82%E6%B3%95%E5%AD%A6%E9%83%A8%E3%81%AF%E5%AE%9A%E8%B6%B3%E6%95%B0%E4%B8%8D%E8%B6%B3%E3%81%A7%E5%AD%A6%E7%94%9F%E9%9B%86%E4%BC%9A%E3%81%AB</id>
		<title>1972年12月１日（金）商・法で学生大会。法学部は定足数不足で学生集会に</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.19721108.net/wiki/index.php?title=1972%E5%B9%B412%E6%9C%88%EF%BC%91%E6%97%A5%EF%BC%88%E9%87%91%EF%BC%89%E5%95%86%E3%83%BB%E6%B3%95%E3%81%A7%E5%AD%A6%E7%94%9F%E5%A4%A7%E4%BC%9A%E3%80%82%E6%B3%95%E5%AD%A6%E9%83%A8%E3%81%AF%E5%AE%9A%E8%B6%B3%E6%95%B0%E4%B8%8D%E8%B6%B3%E3%81%A7%E5%AD%A6%E7%94%9F%E9%9B%86%E4%BC%9A%E3%81%AB"/>
				<updated>2026-07-22T08:46:10Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;Ad19721114: ページの作成:「'''【概要】''' :午後、商学部と法学部の学生大会が開かれる。革マルによる執行部体制だった商学部でも学大開催へ2200の署名...」&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''【概要】'''&lt;br /&gt;
:午後、商学部と法学部の学生大会が開かれる。革マルによる執行部体制だった商学部でも学大開催へ2200の署名が集まり、学生大会には1600名の学生が結集。革マル派執行部をリコールし、臨執22名を選出した。法学部では11.24の学生大会が文学部クラ討連支援で中断したため再開の形となった。1500名が結集したにもかかわらず民青執行部がリコールされかかったため、執行部はわずか10名の定足数不足を理由にして学生集会とした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【この日のできごと】'''&lt;br /&gt;
::14:00　法学部学生大会22号館301教室で再開（11.24中断のため）され1500名が結集したが、10名の不足を理由に「学生集会」となった。&lt;br /&gt;
::15:00　商学部学生大会は10号館109教室に1600名余が結集(署名2200名)して開催された。革マル執行部をリコールし、クラス委員会の解散を決議。臨時執行部22名を承認・決議したが、革マルのシンパ4、5名が含まれた模様。商学部当局はこれまで通り革マル系執行部を公認。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
::◎一文臨執は11.28学生大会に関する報告書と議案書、署名用紙（コピー）を提出し、新保教務主任に学部長との会見を要請する。（翌日、新保教授は浅井学部長に非公式に会見を要請するも、当局は拒否回答）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【商学部学生大会。臨執には革マルシンパも】'''&lt;br /&gt;
:「商学部学生大会は午後3時半から約1600人が出席して10号館で開かれたが、同学部自治会は革マル派が執行部をにぎる最後の拠点で、革マルシンパとみられるグループの抵抗が目立った。同学部の大会定足数は、大学当局が決めた在籍者数（6000人）の『3分の2』と、現執行部が主張する『3分の1』の二とおりの規約があり、この日の参加者はいずれの規約をも満たさなかった。しかし『3分の2』は大学側の押付けだと否認。あくまで『3分の1』の規約を守ろうとする革マル派らしいグループの主張をも『実際の登校者数からみて現実的でない』として退けた。結局緊急動議で5分の1を定足数とする決議を採択“大会成立”を宣言した。&lt;br /&gt;
:主催者側はこの決議の根拠があいまいであることを認めており（注）、革マル派は規約不履行を理由に大会不成立を主張するものとみられる。&lt;br /&gt;
:また臨時執行部22人を選出したが、立候補制にしたため全学議長団などによると、革マルシンパとみられる者も4、5人含まれているという。今後、クラス委員の選出などで、他学部と違い商学部臨時執行部の運営は難航が予想される。」（1972年12月2日付毎日新聞）&lt;br /&gt;
:注：昭和44年、4000名出席の学生大会で定足数を３分の１以上に変更。（『早稲田キャンパス』168号）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【「川口君のお母さんを囲む父母の会」開かれる】'''&lt;br /&gt;
:教育学部の父兄の呼びかけで、川口君のお母さんを囲む父母の会が、1日夜、川口サトさんを迎え千代田区の主婦会館で開かれ、15人の父兄が集まった。出席した父兄は、「息子や娘を安心して通わせられる学園に……」と、村井資長総長に面会を求め、責任を追及することになった。４日午後１時に大隈銅像前に、川口君の事件に関心を持つ早大生の父母にできるだけ多く集まってもらうよう呼びかけることが決まったが、すでに参加の意思を明らかにしている父母は50人以上とのこと。席上川口サトさんは「大三郎が殺されたことに対して大学が私に謝罪したのは、通夜の席での村井総長の簡単なあいさつだけ」と言い、「大三郎が殺されたことに、大学は本心から責任と痛みを感じているのかどうか、同じ親の立場で大学に聞いて下さい。私はいまの大学のやり方は信用できないし、その無責任さは許せません」と訴えた。（1972年12月2日付朝日新聞より）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【リンク】'''&lt;br /&gt;
:[https://drive.google.com/file/d/0B2a-TK72_cq-RElKVGxKbWxkU00/view?usp=sharing 第一文学部臨執声明No2「クラス協議会」を創設し、自治会再建への巨歩を推し進めよう！ 第一文学部臨時執行委員会]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>Ad19721114</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://www.19721108.net/wiki/index.php?title=1972%E5%B9%B411%E6%9C%8827%E6%97%A5%EF%BC%88%E6%9C%88%EF%BC%89%E4%B8%80%E6%96%87%E5%AD%A6%E7%94%9F%E5%A4%A7%E4%BC%9A%E5%89%8D%E5%A4%9C%E3%80%81%E5%BD%93%E5%B1%80%E3%83%BB%E9%9D%A9%E3%83%9E%E3%83%AB%E3%81%AE%E5%A6%A8%E5%AE%B3</id>
		<title>1972年11月27日（月）一文学生大会前夜、当局・革マルの妨害</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.19721108.net/wiki/index.php?title=1972%E5%B9%B411%E6%9C%8827%E6%97%A5%EF%BC%88%E6%9C%88%EF%BC%89%E4%B8%80%E6%96%87%E5%AD%A6%E7%94%9F%E5%A4%A7%E4%BC%9A%E5%89%8D%E5%A4%9C%E3%80%81%E5%BD%93%E5%B1%80%E3%83%BB%E9%9D%A9%E3%83%9E%E3%83%AB%E3%81%AE%E5%A6%A8%E5%AE%B3"/>
				<updated>2026-07-22T08:07:49Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;Ad19721114: ページの作成:「'''【概要】''' :翌日の一文学生大会を前に、全学議長団、全学部連絡会議、サークル連絡会議が本部前で集会を開き、「革マル...」&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''【概要】'''&lt;br /&gt;
:翌日の一文学生大会を前に、全学議長団、全学部連絡会議、サークル連絡会議が本部前で集会を開き、「革マル自治会リコール」への意志一致を図った。図書館前では革マル派100人が「学生大会粉砕」集会を始め、双方のマイク合戦となった。昼過ぎにはその周囲を2000人の学生が取り囲んだ。夜になってこの集会に革マル派のデモ隊が乱入し、議長団の一人が重傷を負った。一方当局は告示で、翌日はロックアウトをも辞さないと宣言し、学生大会開催を阻む姿勢を示した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【この日のできごと】'''&lt;br /&gt;
::◎全学議長団・全学部連絡会議・サークル連絡会議は9時30分から本部前で集会。2000名の学生が参加して翌日の一文学生大会防衛の意志一致を図る。革マルとの小競り合いは午後8時過ぎまで続き、ヘルメットを奪うなどして混乱。革マルは議長団リーダーを狙っての暴力行使。&lt;br /&gt;
::●大学当局は臨時学部長会を開いて「11.27告示」を全学６カ所に掲出。翌日の休講、ロックアウトの可能性を示しての恫喝。&lt;br /&gt;
::●一・二文連合教授会・教員会は181大教室の学生大会使用許可申請を認めず、中庭も使用禁止に。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【文学部教授会が緊急会議開催】'''&lt;br /&gt;
:「このため大学当局は緊急学部長会議を、また、文学部教授会も緊急会議を開いた。その結果、学部長会は『状況いかんでは全学の休講、学内立入り禁止にする』旨の告示を出したが、教授会は『学生の自主性を生かし、学生大会を守るべきだ』との見地から『午前8時全教職員が文学部正門に集合、双方の衝突防止に当たる』基本方針を決めた。ただ、同教授会としても学生大会会場については中庭、181教室は『危険』を理由に使用させない方針であり、具体的な場所は状況を見て許可することにしている。」（1972年11月28日付毎日新聞）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【11.27告示】'''&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
:「告示&lt;br /&gt;
:現在、早稲田大学においては暴力を排除し、平和で静かな学園を再建することが急務である。われわれは&lt;br /&gt;
:革マル派による11月8日の事件を契機として学生の間から、暴力追放への強い意志がもりあがり、それが学園正常&lt;br /&gt;
:化への大きなエネルギーとなっていることを知っている。&lt;br /&gt;
:しかるに残念なことであるが、学生大会等の開催をめぐり、他大学学生多数を含む、学生派ばつの活動が加&lt;br /&gt;
:わり、混乱がますます激化していく様相がみられる。そして、この間、負傷者さえも出すに至ったことはき&lt;br /&gt;
:わめて遺憾である。&lt;br /&gt;
:大学としては、この危険な状態を、このまま放置しておくことはできない。今後の状況如何によっては、休講・&lt;br /&gt;
:学内立入禁止等の措置をとらざるを得ないことを明らかにしておきたい。&lt;br /&gt;
:学生諸君の冷静な判断と慎重な行動を切望する。&lt;br /&gt;
::昭和47年11月27日　早稲田大学」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【革マルの外部支援】'''&lt;br /&gt;
:この日の革マル派の集会には「都教組有志」「私教連有志」の立て看が現れたり昼過ぎには作業服姿の動労組合員約10人が連帯表明のビラを配るなど、学外からの動きも目立ってきた。（1972年11月27日付毎日新聞夕刊より）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【新聞報道に見るここまでの動き】'''&lt;br /&gt;
:1972年11月27日付毎日新聞に「“力の対決”前面に」と題して、11月8日からの動きを振り返った記事が掲載された。&lt;br /&gt;
:「リンチ殺人事件からの学生たちの動きを振り返ってみると————。&lt;br /&gt;
:事件のあと早大キャンパスでは連日、革マル派が学生に突上げられたが、13、14日の糾弾集会を境に学生たちは『糾弾しているだけではダメ。自治会から事実上追出し、革マル派を寄せつけない体制をつくることが必要だ』と署名運動、学生大会開催、リコール、新執行部選出の動きを始めた。&lt;br /&gt;
:推進役として、革マル派糾弾全学議長団、全学部連絡会議、サークル連絡会議ができた。そして、28日の第一文学部学生大会開催が決まり、革マル、民青系が互いに『正統』を主張している政経、教育、社会科学部自治会の再建案もまとまった。早大には革マルのほか民青系、ノンセクトラジカルなどの諸派があるが、革マルを除く各派は『反革マル』で一致、『新執行部もセクト支配を受けない』ことを確約した。ところが、革マル派は『学生の革マル派に対する怒りは理解できる』としながらも『リコール運動推進役は民青系学生』とみて『日共、民青の自治会乗っ取り策動を許すな』と逆に学生に呼びかけていた。&lt;br /&gt;
:『学生大会は自治会規約にのっとって開く。大会招集権を持つ委員長に署名を渡せ』というのが革マルの言い分。文学部自治会規約11条は『学生大会は本会の最高議決機関であり、会員の5分の1以上の出席をもって成立する』とあり、大会開催は①委員総会および常任委員会の要求があった場合②会員の10分の1以上の要求があった場合③その他委員長が認めた場合、となっている。またリコール条項を加えるなどの規約改正は同21条で委員総会の決議を経て行なう、とある。&lt;br /&gt;
:この規約をとらえ、革マル派は『大会招集は慣例として委員長が行なう。署名がまとまったら委員長に渡すべきだ。規約を無視したら、だれもが勝手に自治会をつくれることになり、自治会活動の破壊になる。今後の自治会活動の進め方を論ぜず、ただリコールを進めようとする動きは“政治的”と判断せざるをえない』と主張。&lt;br /&gt;
:これに対しリコール推進派は『セクトはあっても、それを超える学生の革マル派に対する怒りがわからないのか。学生大会は最高の議決機関だから規約改正もできる。われわれは革マル執行部を認めていない。10分の1以上の署名が集まったのだから自主的に大会を開く』と反論。あくまで独自に大会を開き、革マル執行部リコールと新執行部を発足させる構えをとっていた。&lt;br /&gt;
:推進派としては『革マル派が居座って一文に二つの自治会ができる可能性もある。しかし、文学部教授会が殺人事件を起こした革マル派の自治会を公認するわけがない。これまで盛上げてきた学生の力で学部当局に“新自治会”の正当性を認めさせる』と、あくまで強気。双方の対立は日ごとに強まっていた。&lt;br /&gt;
:24日は“反革マル”学生が革マル派を集会場から実力で追出し、25日は逆に革マル派が反革マル派学生をつるし上げ、追いまわした。“拠点”を死守しようとする革マル派、『居座り』を許せば再び“革マル独裁”が続くと心配する学生たち。双方のあせり、いらだちは“民主的話合い”を吹飛ばしかねない様相を示しており、早大は冬休み（12月10日）を前に大きくゆれている。」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【リンク】'''&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>Ad19721114</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://www.19721108.net/wiki/index.php?title=1972%E5%B9%B411%E6%9C%8824%E6%97%A5%EF%BC%88%E9%87%91%EF%BC%89%E6%96%87%E5%AD%A6%E9%83%A828%E6%97%A5%E3%80%81%E6%94%BF%E7%B5%8C%E5%AD%A6%E9%83%A830%E6%97%A5%E3%80%81%E5%AD%A6%E7%94%9F%E5%A4%A7%E4%BC%9A%E3%81%AE%E6%97%A5%E7%A8%8B%E6%B1%BA%E3%81%BE%E3%82%8B</id>
		<title>1972年11月24日（金）文学部28日、政経学部30日、学生大会の日程決まる</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.19721108.net/wiki/index.php?title=1972%E5%B9%B411%E6%9C%8824%E6%97%A5%EF%BC%88%E9%87%91%EF%BC%89%E6%96%87%E5%AD%A6%E9%83%A828%E6%97%A5%E3%80%81%E6%94%BF%E7%B5%8C%E5%AD%A6%E9%83%A830%E6%97%A5%E3%80%81%E5%AD%A6%E7%94%9F%E5%A4%A7%E4%BC%9A%E3%81%AE%E6%97%A5%E7%A8%8B%E6%B1%BA%E3%81%BE%E3%82%8B"/>
				<updated>2026-07-22T07:52:08Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;Ad19721114: ページの作成:「'''【概要】''' :本部で全学集会が開かれ「「革マル糾弾」「11.17告示の白紙撤回」「村井総長は全学団交に出席し責任を明らか...」&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''【概要】'''&lt;br /&gt;
:本部で全学集会が開かれ「「革マル糾弾」「11.17告示の白紙撤回」「村井総長は全学団交に出席し責任を明らかにせよ」などを決議し、午後には記者会見で「文学部では28日、政経学部では30日に学生大会を開き、革マル執行部をリコールする」と発表した。文学部では革マルによる「処分撤回、弾圧粉砕」の集会が開かれており、本部から帰った文学部クラ討連のメンバーと小競り合いになった。その後、本部からの応援部隊と革マルとの間に揉み合いが繰り返され、最後はゴボウ抜きで革マルは学外に押し出された。また、この日は法学部で学生大会が開かれ、「革マル追放」を決議した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【この日のできごと】'''&lt;br /&gt;
::正午過ぎ　本部図書館前に各学部の学生500人が集まり全学部連絡会議主催の集会が行われ「11.24アピール」（「革マル糾弾」「11.17告示の白紙撤回」「全学団交を要求」）を決議する。&lt;br /&gt;
::◎法学部で学生大会が開催されるが、革マル派との対峙で中止となる。&lt;br /&gt;
::◎文学部ではクラ討連を中心とする学生2000人と革マルとの実力対峙が発生する。混乱の最中、川口君と親しかった2J級友の一人がたまりかねて田中敏夫を殴打する。田中は病院で受診後帰宅するも、その後再来院して自ら入院を求めた。これについて革マル派は、頭部のケガとの重体説を流布した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【田中前委員長負傷の真相】'''&lt;br /&gt;
:文学部での混乱の最中に、革マルの田中敏夫前委員長がケガをして東京女子医大病院へ入院するという事態が起こった。「この衝突で田中委員長が負傷、東京女子医大病院で治療を受けた。同病院の話によると、田中委員長は治療のあといったん帰宅したが、午後8時50分『頭が痛い』とふたたび来院、検査したところ後頭部を打った模様なので同夜は入院した。」（1972年11月25日付毎日新聞）さらに翌25日には新宿・三福会館で記者会見を開き「田中敏夫早大自治会委員長の24日の負傷は、暴力否定といっている民青系学生の反暴力が政治的なものであることを示すもので、今後民青系に対して自己批判を要求、抗議を続ける。暴力による解決はできないという認識はあり、基本的には一般学生との話合いを前提としているが、一部のセクトが規約を無視して学生大会を開こうとする以上は、対決する。」（1972年11月26日付朝日新聞）&lt;br /&gt;
:こうした革マルの情報操作に対し、12月に入り2J 11.8行動委員会から経緯を明らかにした「『田中君負傷事件』について」と題したビラが出された。&lt;br /&gt;
:「去る11月24日、文学部中庭では、他大学の学生を導入したカクマル※派の集会が持たれていました。そのカクマル派を同じ時中庭集会を持っていた学生たちが排除するときに生じた混乱で、田中元委員長を殴ったのは、2J 11.8行動委のメンバーS君でした。S君は、川口君と特に親しかった友人であり、川口君がスパイというレッテルのもとに、テロ・リンチで虐殺されたことに対し、またカクマル派の『自己批判』たるものが川口君の『スパイ行為』たるものの論拠を次々にすりかえていること、事実の一切を『権力との緊張関係』という理由のもとに隠蔽し続けることに対し、腹の底より怒っていたのです。&lt;br /&gt;
:24日の夕刻、中庭階段付近で早大カクマル派の責任者、田中元委員長を見つけたS君は『おまえらはそれでも自己反省しているのか』と言って田中元委員長に近づき、『殴らせろ！』と直接田中元委員長に言いました。そしてS君は田中元委員長のメガネをカクマル派幹部Ｍ氏に渡し、『殴るぞ！』といい、うなずいた田中元委員長のあごにアッパーを一発さく裂させたのです。田中元委員長は腰を浮かし、ひざからその場にくずれたのであります。そしてその後救急車が来るまでも田中元委員長は、平常通りの会話をしていました。しかるにその後、カクマル派の情宣ビラでは、田中元委員長の頭蓋骨骨折を大きく報道したため、S君は『頭を打ったはずはない』と確信を持ちながらも女子医大に見舞に行きました。詳しく症状を知ろうとしたけれども、田中元委員長との面会を断られ、そのまま帰らざるをえませんでした。そして後日、S君が彼個人の怒り、固い決意の下、田中元委員長を負傷させた事実を明らかにするため、警察に行ってもよいと申し出たところ、カクマル派幹部氏は、数回にわたり『自首だけはしないでくれ』とS君に念を押したのです。&lt;br /&gt;
:しかし、カクマル派は、その後2J 11.8行動委への中傷を繰り返し、それを政治的に利用して、一文学生の総意で勝ちとられた私たちの学生大会及び臨執を無効にせんとしています。2J 11.8行動委員会は、以上のＳ君の自ら語った『田中元委員長負傷事件』の全真相を学友の前に明らかにします。&lt;br /&gt;
:（中略）&lt;br /&gt;
:S君の行動は、11.8川口君虐殺に対する怒りから発したものであり、カクマル派ひとりひとりが自分の言葉で虐殺に対する自己批判をすることがすべての前提であることを再確認しようではありませんか。私たちは、今までの運動の原点に戻り、虐殺に対する怒りを、更に深め、組織化していかなければならないことを、再度全学友に呼びかけるものです。」（72.12.4）&lt;br /&gt;
:※「革マル」を「カクマル」と」表記するのは中核派に限られたことではなく、当時では一般的であった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【新聞の見た早稲田】'''&lt;br /&gt;
:1972年11月25日付の朝日新聞に「新しい自治会像どう見つける。革マル派糾弾だけでは実らぬ」という中見出しで解説が載った。&lt;br /&gt;
:「リンチ殺人事件をきっかけに始まった早大の自治会改革運動は全学に広がっている。しかし、望まれる自治会の具体的イメージについては、各学部で運動を進めている学生の間で必ずしも明確にとらえられているわけではなく、革マル派執行部がリコール運動に応じようとしないことも含めて、新たな自治会“創造”の前途にはまだ難しさが見られるようだ。&lt;br /&gt;
:現在、文学部では革マル派執行部のリコール運動を続けているクラス討論連絡会議などのリーダーは、これまでの文学部自治会の状況を『革マル派による武力制圧』としてとらえている。しかし、革マル派に対する警戒心が、一方で他セクトによる介入を極度に警戒する態度をも生み、新しい自治会の展望も『自治会とは何か、から出発する』といったところにとどまっている。&lt;br /&gt;
:こうした傾向は、民青系、革マル系がそれぞれ執行部を持つ“二重構造”の政経、教育、社会科学などの学部でも根強くみられ、22日の政経学部集会でも『革マル派執行部の存在を認めない』に並んで『民青系執行部も直ちに解散せよ』が決議された。&lt;br /&gt;
:政経、教育両学部と第一文学部は、27日以降30日までにそれぞれ学生大会を開き、執行部の“一元化”を進めることになっているが、学生大会で何をどうするのかといった点になると、とたんに焦点がぼやけてくる。&lt;br /&gt;
:各学部でこれまで行われたクラス討論の中では、自治会無用論から三役公選論などまで立場の違いからくる意見が次々に出され、集約がむずかしいという声も聞かれる。自治会運動を『暴力のない』とか『われわれ自身の』とか抽象的な言葉で論じているのが現段階で、具体的な運動方針が出せるかどうかは学生大会までの議論の深まり具合だといえる。&lt;br /&gt;
:一方、こうした動きに対して革マル派は『現在のリコール運動は自治会規約と手続きを無視している』『民青系など他セクトの乗取り策である』とし、連日集会を開いて巻返しに転じてきた。&lt;br /&gt;
:その巻返しは、いまのところ、たいした効果をあげているとはみえない。しかし、一つのセクトに偏らない新しい自治会の形成は、革マル派執行部の糾弾だけでなく、進んで自治会の正常なあり方や、どういう活動をしてゆくのかという具体的なイメージを打出せるかどうかにかかっているといえる。」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【リンク】'''&lt;br /&gt;
:[https://drive.google.com/file/d/0B2a-TK72_cq-VlB1andqNjBwU0k/view?usp=sharing 学生大会開催･リコール運動推進に向けて！（馬場確約書） クラス討論連絡会議]&lt;br /&gt;
:[https://drive.google.com/file/d/0B2a-TK72_cq-VGdtSzRodjVudlU/view?usp=sharing すべての闘う学友は行動委へ結集せよ！　仏文行動委 表面]&lt;br /&gt;
:[https://drive.google.com/file/d/0B2a-TK72_cq-SWNVRDREa25pVWM/view?usp=sharing すべての闘う学友は行動委へ結集せよ！　仏文行動委 裏面]&lt;/div&gt;</summary>
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		<title>1972年11月21日（火）一文学部長等9名が辞任。村井総長等が弔慰金のカンパを募る</title>
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&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''【概要】'''&lt;br /&gt;
:前日に引き続き立て看、ビラ、アジ演説等で革マルの動き活発。一方、一文各クラスでは活発なクラス討論が続く。一･二文連合教授会で浅井邦二第一文学部長、外木典夫第二文学部長他教務主任など計9名の辞任が了承された。村井総長等が発起人となって、一口1000円で弔慰金のカンパを教職員2000人から募ることも決まった。サ連が文連ブロック会議をボイコットし、革マルの文連支配に抗議する集会を開催。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【この日のできごと】'''&lt;br /&gt;
::◎クラス討論が活発化し、構内には革マル糾弾の立て看が並ぶ。&lt;br /&gt;
::■革マル派早大支部による「反自治会活動には必要であれば実力で対決する」とのビラが配布される。&lt;br /&gt;
::◎サ連は文連ブロック大会をボイコット。福原文連常任委委員長代行は「リコール運動を妨害せず総会でリコールされれば辞任する」という確認書にサインしようとしたところを革マル十数人に連れ去られる。&lt;br /&gt;
::●事件後3回目の一・二文連合教授会が行われ、一・二文学部長、正副教務主任の辞任が了承される。&lt;br /&gt;
::●村井総長が発起人となって教職員から一口1000円の弔慰金カンパを募ることに。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【この日配られた革マルのビラ】'''&lt;br /&gt;
:数日来、他学部、他大学の学生を動員した革マルの情宣活動が活発化してきた。この日配られたのは、早大第一文学部自治会常任委員会の名前による「現下の一文自治会の危機を突破するために」と題されたもの。資料として残っているクラ討連のビラに、その中から「リコール運動に対するわれわれの基本的立場」という部分が抜き書きされていたので転載する。&lt;br /&gt;
:「…そしてクラ連内の一部の諸君は、一文自治会の規約と慣習を無視して、つまり自治会民主主義の正規のルールを破壊してまで『リコール』を強行しようとしている。このような『リコール』の政治主義的自己目的化、あるいは、反自治会民主主義的行為は一種の暴力であり、到底許容しうるものではない。とりわけ、民青系諸君の狙う暴力的執行部デッチ上げに対しては、我々はキ然として対決することを明らかにするものである。尚、現在の自治会規約にはリコール条項はないが、これを修正するためには委員総会の決定が必要である。学生大会が最高決議機関であるとしても、それ自体規約によっているものであり、学生大会が規約を改訂することを認めることは不可能である。」（原文ママ）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【リンク】'''&lt;/div&gt;</summary>
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