<?xml version="1.0"?>
<feed xmlns="http://www.w3.org/2005/Atom" xml:lang="ja">
		<id>http://www.19721108.net/wiki/api.php?action=feedcontributions&amp;feedformat=atom&amp;user=Ad19721114</id>
		<title>19721108 - 利用者の投稿記録 [ja]</title>
		<link rel="self" type="application/atom+xml" href="http://www.19721108.net/wiki/api.php?action=feedcontributions&amp;feedformat=atom&amp;user=Ad19721114"/>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.19721108.net/wiki/index.php?title=%E7%89%B9%E5%88%A5:%E6%8A%95%E7%A8%BF%E8%A8%98%E9%8C%B2/Ad19721114"/>
		<updated>2026-08-06T04:14:47Z</updated>
		<subtitle>利用者の投稿記録</subtitle>
		<generator>MediaWiki 1.26.0</generator>

	<entry>
		<id>http://www.19721108.net/wiki/index.php?title=1973%E5%B9%B42%E6%9C%8824%E6%97%A5%EF%BC%88%E5%9C%9F%EF%BC%89%E3%83%AD%E3%83%83%E3%82%AF%E3%82%A2%E3%82%A6%E3%83%88%E4%B8%AD%E3%81%AE%E6%9C%AC%E9%83%A8%E6%AD%A3%E9%96%80%E5%89%8D%E3%81%A7%E6%A9%9F%E5%8B%95%E9%9A%8A%E3%81%A8%E5%B0%8F%E7%AB%B6%E3%82%8A%E5%90%88%E3%81%84%E3%80%82%E5%8F%97%E9%A8%93%E7%94%9F%E3%81%A8%E6%84%8F%E8%A6%8B%E4%BA%A4%E6%8F%9B%E3%82%82%E3%80%82&amp;diff=1075</id>
		<title>1973年2月24日（土）ロックアウト中の本部正門前で機動隊と小競り合い。受験生と意見交換も。</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.19721108.net/wiki/index.php?title=1973%E5%B9%B42%E6%9C%8824%E6%97%A5%EF%BC%88%E5%9C%9F%EF%BC%89%E3%83%AD%E3%83%83%E3%82%AF%E3%82%A2%E3%82%A6%E3%83%88%E4%B8%AD%E3%81%AE%E6%9C%AC%E9%83%A8%E6%AD%A3%E9%96%80%E5%89%8D%E3%81%A7%E6%A9%9F%E5%8B%95%E9%9A%8A%E3%81%A8%E5%B0%8F%E7%AB%B6%E3%82%8A%E5%90%88%E3%81%84%E3%80%82%E5%8F%97%E9%A8%93%E7%94%9F%E3%81%A8%E6%84%8F%E8%A6%8B%E4%BA%A4%E6%8F%9B%E3%82%82%E3%80%82&amp;diff=1075"/>
				<updated>2026-08-04T04:02:18Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;Ad19721114: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''【概要】'''&lt;br /&gt;
:政経学部の入試が始まり本部はロックアウトに。正門前に配備された機動隊が情宣活動を妨害。そのかたわらで文連常任委員会を名乗った革マル派が、規制を受けることなく合否電報、弁当販売をする。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【この日のできごと】'''&lt;br /&gt;
:●73年度入試、政経学部から始まる。4年連続で機動隊監視下の厳戒態勢。&lt;br /&gt;
:■ヘルメット、竹竿の革マル60名は第一学生会館から大隈講堂前まで機動隊の規制を受けることなく移動。一部の革マルは合否電報、弁当の販売に専念。&lt;br /&gt;
:◎入試期間中に一文1Jクラス有志は、受験生に対して合否電報を受付しながら情宣活動を行い「ワセダ解放バッヂ」を販売した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【本部正門前で】'''&lt;br /&gt;
:入試1日目の模様を1973年2月24日付毎日新聞夕刊は「機動隊に守られ、早大入試、緊迫のスタート」の見出しで次のように報じた。&lt;br /&gt;
:「午前8時、本部キャンパスの正門、西門が開けられると、約百人の受験生が待ちかねたように構内に入ったが、受験票のチェックもスムーズに行なわれた。同9時すぎ、白ヘルの革マル派約60人が大隈講堂前広場に姿を現わし、ビラ配りを始めると、反革マルを叫ぶ各学部自治会執行部（臨執）や行動委員会などの学生も『スト貫徹、ロックアウト粉砕』の横断幕を掲げて正門に近づこうとしたが、機動隊が排除。続々と押しかける受験生は、不安そうにキャンパスに入った。（中略）午前11時半ごろ、反革マル派の学生約50人が正門前に座り込み、集会を始めたため機動隊が出動。近くにいた学生約200人も加わり、小ぜり合いが続いたが、間もなく排除された。」&lt;br /&gt;
:一方、後日の一文行動委連合（準）のビラ『受験生へ送るアピール』には「我々に対してかけられた24日の集中的弾圧は、11.8以降の我々の断固たる闘いの展開に対する当局―権力の恐怖の集中的表現に他ならない。我々は24日、この我々への集中的弾圧ーー部隊の一部は早稲田大学から数百メートル離れた鶴巻公園に強制的に連行され部隊と分断せしめられたーーをはねかえし、断固として正門前への登場を貫徹した。そして昼の闘いにおいては我々が正門前で集会を貫徹せんとするや権力は我々を全員ゴボウ抜きにして圧殺せんとする。そして数度の攻防戦の後、我々は正門前での集会を機動隊の妨害を粉砕して貫徹した。そしてその闘いを通して正門前に結集している受験生と討論集会を克ち取る等の具体的連帯を成し遂げたのだ」と、その時の模様が報告されている。また、同じ正門前で革マルが文連常任委員会の名前で合否電報を受け付け、合格弁当を売っていたこと、さらに25日からは受験生が入構した後当局によって正門が閉ざされたと記載されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【早稲田解放バッヂ】'''&lt;br /&gt;
:1Jクラスの有志が全共闘世代の兄姉のアドバイスを受けて作成、主に受験生を対象に販売した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【リンク】'''&lt;br /&gt;
:[https://drive.google.com/open?id=1d-c5K8RyWFPHbxV6fykas1LSiEiCx3ar 受験生のみなさんへ  第一文学部執行委員会]&lt;br /&gt;
:[https://drive.google.com/open?id=1rJWfld2JxjHdjU-P1OD2SP_0XB8u6ViS 受験生諸君へ！  早大一文新入生歓迎実行委員会]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>Ad19721114</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://www.19721108.net/wiki/index.php?title=1973%E5%B9%B42%E6%9C%8822%E6%97%A5%EF%BC%88%E6%9C%A8%EF%BC%89%E6%95%99%E8%82%B2%E5%B0%82%E4%BB%BB%E6%95%99%E5%93%A1%E4%BC%9A%E3%81%8C%E3%80%8C2.22%E8%A6%8B%E8%A7%A3%E3%80%8D%E3%82%92%E5%AD%A6%E7%94%9F%E3%81%AB%E9%83%B5%E9%80%81%E3%80%82&amp;diff=1074</id>
		<title>1973年2月22日（木）教育専任教員会が「2.22見解」を学生に郵送。</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.19721108.net/wiki/index.php?title=1973%E5%B9%B42%E6%9C%8822%E6%97%A5%EF%BC%88%E6%9C%A8%EF%BC%89%E6%95%99%E8%82%B2%E5%B0%82%E4%BB%BB%E6%95%99%E5%93%A1%E4%BC%9A%E3%81%8C%E3%80%8C2.22%E8%A6%8B%E8%A7%A3%E3%80%8D%E3%82%92%E5%AD%A6%E7%94%9F%E3%81%AB%E9%83%B5%E9%80%81%E3%80%82&amp;diff=1074"/>
				<updated>2026-08-04T03:58:04Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;Ad19721114: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''【概要】'''&lt;br /&gt;
:入試期間中のロックアウトで、当局との折衝は持ち越された形になったが、前日に政経学部が学部長名で出した見解に続き、教育学部も見解と試験日程を学生宛に郵送した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【この日のできごと】'''&lt;br /&gt;
:●教育学部専任教員会が、学部の見解を文書化し、学年末の試験日程とともに学生に郵送した。&lt;br /&gt;
:■田中敏夫が46年秋の内ゲバ事件判決を不服とした控訴が棄却されたため収監される。公安部は、新宿区弁天町の自宅を「被疑者不詳、不法監禁、殺人、死体遺棄」で捜索した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【教育学部「2.22見解」の論調】'''&lt;br /&gt;
:「なぜこうなったのか」「なにゆえなのか」「何なのか」…教育学部専任教員会が郵送した文書は“問いかけ”によって状況に焦点を当て、その“答え”に見解を盛り込む形で構成され、これまでの申し渡し調とは趣を異にしている。&lt;br /&gt;
:たとえば、「学生諸君、あらためてよく考えてほしい。学部は大学という知性の府にあるものとして、あくまでも諸君の良識に訴え、それを信じて諸君に対してきた。学部はそうした学部の姿勢なり努力を、それとして学生諸君の大方が理解してくれていることを知っている。しかも事態がかくまで紛糾し、暗い見通しを否みがたい状況にあるのは、なにゆえなのか」という問いには「端的に言おう。諸君の中には、川口君事件を生むに至った責任を、大学と革マル派との癒着にあるとする意見がある。そしてそれを喧伝する向きがある。いうまでもなく、そのような事実はない。自治会問題に関して特定のセクトだけを相手にするようなことはない」という文章が続く。&lt;br /&gt;
:3000字におよぶ長文の最後は次のように結ばれている。&lt;br /&gt;
:「諸君、考えてほしい。多様な問題の中に諸君自身を置いてあらためて問い直してほしい。自治会問題をめぐって、百余日にわたり懸命に努力してきた多くの学生諸君を眼の前にしながら、本当に諸君の真摯ないとなみが、より健全な、よりみのり豊かな結実を迎えることを願いつつ、ここに衷心より諸君に訴えるものである。」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【教育学部掲示（2月22日付）】'''&lt;br /&gt;
:「教育学部全学生諸君へ&lt;br /&gt;
:2月22日、学部専任教員会は、自治会承認問題について次のような決定を下した。&lt;br /&gt;
:　『教育学部学生自治会常任委員会』（永井友則委員長）のもとで新年度はじめのあらかじめ公示された期間に、民主的なクラス委員選挙、クラス委員総会、新執行部選出がなされたところで、学部はこの自治会組織を教育学部学生自治会員の総意に立つものとして承認する。（ただし、規約については関知しない。）&lt;br /&gt;
:全学生諸君が学部の意のあるところを正しく理解してくれることを期待してやまない。&lt;br /&gt;
:　　　2月22日　　　　　　　　　　　　　　　教育学部専任教員会」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【リンク】'''&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>Ad19721114</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://www.19721108.net/wiki/index.php?title=1973%E5%B9%B42%E6%9C%8822%E6%97%A5%EF%BC%88%E6%9C%A8%EF%BC%89%E6%95%99%E8%82%B2%E5%B0%82%E4%BB%BB%E6%95%99%E5%93%A1%E4%BC%9A%E3%81%8C%E3%80%8C2.22%E8%A6%8B%E8%A7%A3%E3%80%8D%E3%82%92%E5%AD%A6%E7%94%9F%E3%81%AB%E9%83%B5%E9%80%81%E3%80%82&amp;diff=1073</id>
		<title>1973年2月22日（木）教育専任教員会が「2.22見解」を学生に郵送。</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.19721108.net/wiki/index.php?title=1973%E5%B9%B42%E6%9C%8822%E6%97%A5%EF%BC%88%E6%9C%A8%EF%BC%89%E6%95%99%E8%82%B2%E5%B0%82%E4%BB%BB%E6%95%99%E5%93%A1%E4%BC%9A%E3%81%8C%E3%80%8C2.22%E8%A6%8B%E8%A7%A3%E3%80%8D%E3%82%92%E5%AD%A6%E7%94%9F%E3%81%AB%E9%83%B5%E9%80%81%E3%80%82&amp;diff=1073"/>
				<updated>2026-08-04T03:55:34Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;Ad19721114: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''【概要】'''&lt;br /&gt;
:入試期間中のロックアウトで、当局との折衝は持ち越された形になったが、前日に政経学部が学部長名で出した見解に続き、教育学部も見解と試験日程を学生宛に郵送した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【この日のできごと】'''&lt;br /&gt;
:●教育学部専任教員会が、学部の見解を文書化し、学年末の試験日程とともに学生に郵送した。&lt;br /&gt;
:■田中敏夫が46年秋の内ゲバ事件判決を不服とした控訴が棄却されたため収監される。公安部は、新宿区弁天町の自宅を「被疑者不詳、不法監禁、殺人、死体遺棄」で捜索した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【教育学部「2.22見解」の論調】'''&lt;br /&gt;
:「なぜこうなったのか」「なにゆえなのか」「何なのか」…教育学部専任教員会が郵送した文書は“問いかけ”によって状況に焦点を当て、その“答え”に見解を盛り込む形で構成され、これまでの申し渡し調とは趣を異にしている。&lt;br /&gt;
:たとえば、「学生諸君、あらためてよく考えてほしい。学部は大学という知性の府にあるものとして、あくまでも諸君の良識に訴え、それを信じて諸君に対してきた。学部はそうした学部の姿勢なり努力を、それとして学生諸君の大方が理解してくれていることを知っている。しかも事態がかくまで紛糾し、暗い見通しを否みがたい状況にあるのは、なにゆえなのか」という問いには「端的に言おう。諸君の中には、川口君事件を生むに至った責任を、大学と革マル派との癒着にあるとする意見がある。そしてそれを喧伝する向きがある。いうまでもなく、そのような事実はない。自治会問題に関して特定のセクトだけを相手にするようなことはない」という文章が続く。&lt;br /&gt;
:3000字におよぶ長文の最後は次のように結ばれている。&lt;br /&gt;
:「諸君、考えてほしい。多様な問題の中に諸君自身を置いてあらためて問い直してほしい。自治会問題をめぐって、百余日にわたり懸命に努力してきた多くの学生諸君を眼の前にしながら、本当に諸君の真摯ないとなみが、より健全な、よりみのり豊かな結実を迎えることを願いつつ、ここに衷心より諸君に訴えるものである。」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【教育学部掲示（2月22日付）】'''&lt;br /&gt;
:「教育学部全学生諸君へ&lt;br /&gt;
:2月22日、学部専任教員会は、自治会承認問題について次のような決定を下した。&lt;br /&gt;
:　「教育学部学生自治会常任委員会」（永井友則委員長）のもとで新年度はじめのあらかじめ公示された期間に、民主的なクラス委員選挙、クラス委員総会、新執行部選出がなされたところで、学部はこの自治会組織を教育学部学生自治会員の総意に立つものとして承認する。（ただし、規約については関知しない。）&lt;br /&gt;
:全学生諸君が学部の意のあるところを正しく理解してくれることを期待してやまない。&lt;br /&gt;
:　　　2月22日　　　　　　　　　　　　　　　教育学部専任教員会」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【リンク】'''&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>Ad19721114</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://www.19721108.net/wiki/index.php?title=1973%E5%B9%B42%E6%9C%8821%E6%97%A5%EF%BC%88%E6%B0%B4%EF%BC%89%E6%94%BF%E7%B5%8C%E5%AD%A6%E9%83%A8%E9%95%B7%E5%90%8D%E3%81%A7%E8%A6%8B%E8%A7%A3%E8%A1%A8%E6%98%8E%E3%80%82&amp;diff=1072</id>
		<title>1973年2月21日（水）政経学部長名で見解表明。</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.19721108.net/wiki/index.php?title=1973%E5%B9%B42%E6%9C%8821%E6%97%A5%EF%BC%88%E6%B0%B4%EF%BC%89%E6%94%BF%E7%B5%8C%E5%AD%A6%E9%83%A8%E9%95%B7%E5%90%8D%E3%81%A7%E8%A6%8B%E8%A7%A3%E8%A1%A8%E6%98%8E%E3%80%82&amp;diff=1072"/>
				<updated>2026-08-04T03:50:02Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;Ad19721114: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''【概要】'''&lt;br /&gt;
:19日からロックアウトになった本部では、政経学部が保田順三郎学部長の名前で「学生諸君へ」と題した見解と、それに伴う資料として「学友会問題の経緯」を示した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【この日のできごと】'''&lt;br /&gt;
:●政経学部は、正常化へ向けての見解を表明。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【大学人としての責任】'''&lt;br /&gt;
:「春の雰囲気が感じられる季節になりました」という書き出しで始まる「学生諸君へ」と題した呼び掛けは「われわれにとって、早稲田は、大学は、なんなのでしょうか？」と問いかけ、「大学においてなによりも求められるのは“学ぶ”という姿勢です」とし、「学生諸君。学問研究の場にふさわしい環境をつくるため、どうすべきかを考えていただきたい」と訴える。終始ですます調の呼び掛けの最後は次のように結ばれている。「学生諸君。どうか、学問の研究になんらかの形でたずさわる大学人であることを自覚して、責任ある言動をされるよう、切望する次第です。」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【学友会問題について】'''&lt;br /&gt;
:政経学部では「自治会」という呼称を使わず「学友会」と呼び習わしており、学友会の再建は永年の課題であった。すなわち昭和43（1968）年に党派間の対立抗争で崩壊して以降、政経学部には正式な学友会はなかったのである。再建の試みはあったがいずれも成就せず、ひとまず当局が、昭和45（1970）年に学友会再建の見解を示すにとどまった。川口君の事件後、1972年11月30日の学生大会で暫定執行部が、12月7日のクラス委員総会で20名の新執行部が選出された折、新執行部承認の是非を巡って当局が示したのが、この時（1970年）のものである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
:要点は次の5つ。&lt;br /&gt;
:①学友会再建のための学生大会の召集は、学部在籍学生の3分の1以上の署名による要求に基づいておこなわれる。&lt;br /&gt;
:②学生大会は、学部在籍学生の5分の1以上の出席によって成立する。&lt;br /&gt;
:③学生大会で、学友会再建を学生投票に付することを出席学生の過半数で決議する。&lt;br /&gt;
:④学生投票による学友会の再建の決定は、学部在籍学生の過半数の無記名投票と有効投票の過半数の同意によっておこなわれる。&lt;br /&gt;
:⑤以上のような手続きを経て学友会の再建が決定された場合、学友会会則に定める手続きに準拠して学友会委員選挙を実施し、これによって選出された委員によって学友会委員会が組織され、ここに学友会が正式に再発足することになる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
:こうした観点に立つ当局は、11月から12月にかけての新執行部選出の動きを次のように表現した。&lt;br /&gt;
:「もっとも、昨年11月16日に一部の学生諸君が集会を開いて、『政経学友会臨時執行部』を作り、また今年の1月19日には他の一部の学生諸君が集会を開いて、『政経自治会再建執行委員会』を結成したと伝えられています。しかし、これらはいずれも学部の学生諸君一般を正式に代表する組織だとは認められていません。」&lt;br /&gt;
:先の1月31日の告示では「いま進められている学友会再建の動きについて、教授会は④の段階までは終ったものと考える」となっている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
:入試によるロックアウト、春休みと、クラス単位の活動が分断されるこの時期、政経学部では学友会委員選挙の実施を新学期に持ち越せざるを得ない状況であった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【リンク】'''&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>Ad19721114</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://www.19721108.net/wiki/index.php?title=1973%E5%B9%B42%E6%9C%8819%E6%97%A5%EF%BC%88%E6%9C%88%EF%BC%89%E5%85%A5%E8%A9%A6%E3%82%92%E5%89%8D%E3%81%AB%E6%9C%AC%E9%83%A8%E3%81%AF%E3%83%AD%E3%83%83%E3%82%AF%E3%82%A2%E3%82%A6%E3%83%88%E3%81%AB%E3%80%82%E9%9D%A9%E3%83%9E%E3%83%AB%E6%B4%BE2%E5%90%8D%E3%81%8C%E5%B7%9D%E5%8F%A3%E5%90%9B%E3%81%AE%E5%8F%8B%E4%BA%BA%E3%81%AB%E5%AF%BE%E3%81%99%E3%82%8B%E5%82%B7%E5%AE%B3%E7%BD%AA%E7%AD%89%E3%81%A7%E8%B5%B7%E8%A8%B4%E3%81%95%E3%82%8C%E3%82%8B%E3%80%82&amp;diff=1071</id>
		<title>1973年2月19日（月）入試を前に本部はロックアウトに。革マル派2名が川口君の友人に対する傷害罪等で起訴される。</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.19721108.net/wiki/index.php?title=1973%E5%B9%B42%E6%9C%8819%E6%97%A5%EF%BC%88%E6%9C%88%EF%BC%89%E5%85%A5%E8%A9%A6%E3%82%92%E5%89%8D%E3%81%AB%E6%9C%AC%E9%83%A8%E3%81%AF%E3%83%AD%E3%83%83%E3%82%AF%E3%82%A2%E3%82%A6%E3%83%88%E3%81%AB%E3%80%82%E9%9D%A9%E3%83%9E%E3%83%AB%E6%B4%BE2%E5%90%8D%E3%81%8C%E5%B7%9D%E5%8F%A3%E5%90%9B%E3%81%AE%E5%8F%8B%E4%BA%BA%E3%81%AB%E5%AF%BE%E3%81%99%E3%82%8B%E5%82%B7%E5%AE%B3%E7%BD%AA%E7%AD%89%E3%81%A7%E8%B5%B7%E8%A8%B4%E3%81%95%E3%82%8C%E3%82%8B%E3%80%82&amp;diff=1071"/>
				<updated>2026-08-04T03:37:43Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;Ad19721114: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''【概要】'''&lt;br /&gt;
:2月24日から始まる入試を前に、本部を皮切りにロックアウト（20日文学部、22日理工学部）に入った。昼過ぎ、構内で行動委が中心となって抗議集会を開こうとしたところ、当局が要請した戸塚署員に阻まれて解散した。また、別件で逮捕されていた革マル派5名のうち4名が起訴、1名が不起訴となった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【この日のできごと】'''&lt;br /&gt;
:●大学当局は入試に備えて本部を19日からロックアウト。20日からは文学部、22日からは理工学部構内も同様の処置に。&lt;br /&gt;
:■先に逮捕された革マル派5名は、近藤隆史、武原光志（72年12月29日起訴済み）を含め5名全員が完黙を貫いたため、2J級友への暴行で阿波崎文雄を傷害罪で、村上文男を暴力行為で起訴。佐竹実は容疑不十分で不起訴処分となった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【証拠不十分で不起訴】'''&lt;br /&gt;
:川口君のリンチ殺人事件に関連して、前年の12月11日に武原光志と近藤隆史、1月28日に阿波崎文雄、村上文男、佐竹実と、革マル派の5人が逮捕されていたが、そのうち武原と近藤に続いて阿波崎と村上が起訴、佐竹が不起訴となった。&lt;br /&gt;
:「起訴状によると、阿波崎は川口君がリンチを受けたとみられる昨年11月8日の午後2時すぎ、早大文学部31号館のテレビ芸術研究会部室横などで、川口君を助けに来た学友の一人の顔などをなぐって10日間のけがをさせた（傷害）。また、村上は、同2時45分ごろ、同部室前で同様に川口君を助けに来た別の学友の顔を数人の仲間とともになぐった（暴力行為）、となっている。」（1973年2月20日付朝日新聞）&lt;br /&gt;
:暴力行為で送検されていた佐竹については「現場にいたことは確かだが、暴力参加を裏付ける確実な証拠が得られなかった」（同紙）として証拠不十分で不起訴処分となった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【抗議行動に対する当局の告示】'''&lt;br /&gt;
:この日の抗議行動に関して当局は、翌20日に次のような告示を出した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
:「2月19日昼過ぎ行動委員会と称する黒ヘルメットをかぶった数十名の集団が立入り禁止中の大学構内に通用門から乱入し、集会やデモを行なった。のみならず、正門の封鎖を破り南門内側や柵、掲示板等を破壊し去った。&lt;br /&gt;
:これらは全く許すべからざる行為である。再びこのようなことを行なった場合には断固たる処置をとることを明らかにしておく。&lt;br /&gt;
:　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　2月20日　　　　　　　　早稲田大学」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【学習会】'''&lt;br /&gt;
:学年末試験が延期されて以降、クラス単位で集まる機会も減った。加えて入試期間のロックアウトとなり、帰省する者などもいて、休みムードが広がった。在京の有志によるクラス討論が、学外の喫茶店、下宿先などでたびたび開かれるようになった。『一文有志の記録』にも、2.17明治茶房、2.18渋谷、2.24ニューエコー等、学習会の記載がある。テーマは「自治会史」「戦闘的自治会論」「入試時に配るビラ」等。また、2月17日に国会に提出された「筑波法案」も議題になった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【リンク】'''&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>Ad19721114</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://www.19721108.net/wiki/index.php?title=1973%E5%B9%B42%E6%9C%8819%E6%97%A5%EF%BC%88%E6%9C%88%EF%BC%89%E5%85%A5%E8%A9%A6%E3%82%92%E5%89%8D%E3%81%AB%E6%9C%AC%E9%83%A8%E3%81%AF%E3%83%AD%E3%83%83%E3%82%AF%E3%82%A2%E3%82%A6%E3%83%88%E3%81%AB%E3%80%82%E9%9D%A9%E3%83%9E%E3%83%AB%E6%B4%BE2%E5%90%8D%E3%81%8C%E5%B7%9D%E5%8F%A3%E5%90%9B%E3%81%AE%E5%8F%8B%E4%BA%BA%E3%81%AB%E5%AF%BE%E3%81%99%E3%82%8B%E5%82%B7%E5%AE%B3%E7%BD%AA%E7%AD%89%E3%81%A7%E8%B5%B7%E8%A8%B4%E3%81%95%E3%82%8C%E3%82%8B%E3%80%82&amp;diff=1070</id>
		<title>1973年2月19日（月）入試を前に本部はロックアウトに。革マル派2名が川口君の友人に対する傷害罪等で起訴される。</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.19721108.net/wiki/index.php?title=1973%E5%B9%B42%E6%9C%8819%E6%97%A5%EF%BC%88%E6%9C%88%EF%BC%89%E5%85%A5%E8%A9%A6%E3%82%92%E5%89%8D%E3%81%AB%E6%9C%AC%E9%83%A8%E3%81%AF%E3%83%AD%E3%83%83%E3%82%AF%E3%82%A2%E3%82%A6%E3%83%88%E3%81%AB%E3%80%82%E9%9D%A9%E3%83%9E%E3%83%AB%E6%B4%BE2%E5%90%8D%E3%81%8C%E5%B7%9D%E5%8F%A3%E5%90%9B%E3%81%AE%E5%8F%8B%E4%BA%BA%E3%81%AB%E5%AF%BE%E3%81%99%E3%82%8B%E5%82%B7%E5%AE%B3%E7%BD%AA%E7%AD%89%E3%81%A7%E8%B5%B7%E8%A8%B4%E3%81%95%E3%82%8C%E3%82%8B%E3%80%82&amp;diff=1070"/>
				<updated>2026-08-04T03:35:46Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;Ad19721114: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''【概要】'''&lt;br /&gt;
:2月24日から始まる入試を前に、本部を皮切りにロックアウト（20日文学部、22日理工学部）に入った。昼過ぎ、構内で行動委が中心となって抗議集会を開こうとしたところ、当局が要請した戸塚署員に阻まれて解散した。また、別件で逮捕されていた革マル派5名のうち4名が起訴、1名が不起訴となった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【この日のできごと】'''&lt;br /&gt;
:●大学当局は入試に備えて本部を19日からロックアウト。20日からは文学部、22日からは理工学部構内も同様の処置に。&lt;br /&gt;
:◾️先に逮捕された革マル派5名は、近藤隆史、武原光志（72年12月29日起訴済み）を含め5名全員が完黙を貫いたため、2J級友への暴行で阿波崎文雄を傷害罪で、村上文男を暴力行為で起訴。佐竹実は容疑不十分で不起訴処分となった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【証拠不十分で不起訴】'''&lt;br /&gt;
:川口君のリンチ殺人事件に関連して、前年の12月11日に武原光志と近藤隆史、1月28日に阿波崎文雄、村上文男、佐竹実と、革マル派の5人が逮捕されていたが、そのうち武原と近藤に続いて阿波崎と村上が起訴、佐竹が不起訴となった。&lt;br /&gt;
:「起訴状によると、阿波崎は川口君がリンチを受けたとみられる昨年11月8日の午後2時すぎ、早大文学部31号館のテレビ芸術研究会部室横などで、川口君を助けに来た学友の一人の顔などをなぐって10日間のけがをさせた（傷害）。また、村上は、同2時45分ごろ、同部室前で同様に川口君を助けに来た別の学友の顔を数人の仲間とともになぐった（暴力行為）、となっている。」（1973年2月20日付朝日新聞）&lt;br /&gt;
:暴力行為で送検されていた佐竹については「現場にいたことは確かだが、暴力参加を裏付ける確実な証拠が得られなかった」（同紙）として証拠不十分で不起訴処分となった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【抗議行動に対する当局の告示】'''&lt;br /&gt;
:この日の抗議行動に関して当局は、翌20日に次のような告示を出した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
:「2月19日昼過ぎ行動委員会と称する黒ヘルメットをかぶった数十名の集団が立入り禁止中の大学構内に通用門から乱入し、集会やデモを行なった。のみならず、正門の封鎖を破り南門内側や柵、掲示板等を破壊し去った。&lt;br /&gt;
:これらは全く許すべからざる行為である。再びこのようなことを行なった場合には断固たる処置をとることを明らかにしておく。&lt;br /&gt;
:　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　2月20日　　　　　　　　早稲田大学」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【学習会】'''&lt;br /&gt;
:学年末試験が延期されて以降、クラス単位で集まる機会も減った。加えて入試期間のロックアウトとなり、帰省する者などもいて、休みムードが広がった。在京の有志によるクラス討論が、学外の喫茶店、下宿先などでたびたび開かれるようになった。『一文有志の記録』にも、2.17明治茶房、2.18渋谷、2.24ニューエコー等、学習会の記載がある。テーマは「自治会史」「戦闘的自治会論」「入試時に配るビラ」等。また、2月17日に国会に提出された「筑波法案」も議題になった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【リンク】'''&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>Ad19721114</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://www.19721108.net/wiki/index.php?title=1973%E5%B9%B42%E6%9C%8816%E6%97%A5%EF%BC%88%E9%87%91%EF%BC%8916%E5%8F%B7%E9%A4%A8%E3%81%A7%E5%85%A8%E5%AD%A6%E8%A1%8C%E5%8B%95%E5%A7%94%EF%BC%88%E6%BA%96%EF%BC%89%E4%B8%BB%E5%82%AC%E3%81%AE%E8%A8%8E%E8%AB%96%E9%9B%86%E4%BC%9A%E9%96%8B%E5%82%AC%E3%80%82%E5%BD%93%E5%B1%80%E3%81%AF%E5%85%A5%E8%A9%A6%E6%9C%9F%E9%96%93%E4%B8%AD%E3%81%AE%E7%AB%8B%E5%85%A5%E7%A6%81%E6%AD%A2%E6%9C%9F%E9%96%93%E3%82%92%E7%99%BA%E8%A1%A8%E3%80%82&amp;diff=1069</id>
		<title>1973年2月16日（金）16号館で全学行動委（準）主催の討論集会開催。当局は入試期間中の立入禁止期間を発表。</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.19721108.net/wiki/index.php?title=1973%E5%B9%B42%E6%9C%8816%E6%97%A5%EF%BC%88%E9%87%91%EF%BC%8916%E5%8F%B7%E9%A4%A8%E3%81%A7%E5%85%A8%E5%AD%A6%E8%A1%8C%E5%8B%95%E5%A7%94%EF%BC%88%E6%BA%96%EF%BC%89%E4%B8%BB%E5%82%AC%E3%81%AE%E8%A8%8E%E8%AB%96%E9%9B%86%E4%BC%9A%E9%96%8B%E5%82%AC%E3%80%82%E5%BD%93%E5%B1%80%E3%81%AF%E5%85%A5%E8%A9%A6%E6%9C%9F%E9%96%93%E4%B8%AD%E3%81%AE%E7%AB%8B%E5%85%A5%E7%A6%81%E6%AD%A2%E6%9C%9F%E9%96%93%E3%82%92%E7%99%BA%E8%A1%A8%E3%80%82&amp;diff=1069"/>
				<updated>2026-08-04T03:28:48Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;Ad19721114: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''【概要】'''&lt;br /&gt;
:全学行動委（準）が討論集会を開催。16号館に200名が結集し、入試以降の運動方針等について話し合った。一方当局は、入学試験中の本部および各構内の立ち入り禁止期間を発表した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【この日のできごと】'''&lt;br /&gt;
:◎全学行動委員会（準）主催の討論集会、200名結集し16号館106教室で。&lt;br /&gt;
:●入学試験中の構内立入禁止期間が発表される。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【試験期間の構内立入禁止】'''&lt;br /&gt;
:告示&lt;br /&gt;
:入学試験を実施するにあたり、静かな受験環境を維持するため、次の期間中は、当該試験日の受験生および試験監督員ならびに教職員以外の構内立入を禁止します。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
:本部構内　    2月19日（月）～3月5日（月）&lt;br /&gt;
:西大久保構内　2月22日（木）～3月2日（金）&lt;br /&gt;
:戸山町構内　  2月20日（火）～3月3日（土）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
:上記期間中は、在学生等に対する事務の取扱いを大隈小講堂で行ないます。&lt;br /&gt;
:ただし、理工学部・文学部については、それぞれの正門脇に相談所を設けます。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
:昭和48年2月16日　　　　　　　早稲田大学&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【全学討論集会の呼び掛け】'''&lt;br /&gt;
:昭和48年3月10日付早稲田キャンパスの「日誌」には「2.16全学行動委員会（準）主催討論集会。約200名結集」の記載がある。&lt;br /&gt;
:また、一文行動委連合（準）名で2月初旬に出された「4年生『卒業予定者』に送るアッピール」には、スケジュールとして「2.13一文学部集会（1時181教室）」と並んで「2.16全学討論集会（16号館106教室2時）」とある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【リンク】'''&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>Ad19721114</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://www.19721108.net/wiki/index.php?title=1973%E5%B9%B42%E6%9C%8816%E6%97%A5%EF%BC%88%E9%87%91%EF%BC%8916%E5%8F%B7%E9%A4%A8%E3%81%A7%E5%85%A8%E5%AD%A6%E8%A1%8C%E5%8B%95%E5%A7%94%EF%BC%88%E6%BA%96%EF%BC%89%E4%B8%BB%E5%82%AC%E3%81%AE%E8%A8%8E%E8%AB%96%E9%9B%86%E4%BC%9A%E9%96%8B%E5%82%AC%E3%80%82%E5%BD%93%E5%B1%80%E3%81%AF%E5%85%A5%E8%A9%A6%E6%9C%9F%E9%96%93%E4%B8%AD%E3%81%AE%E7%AB%8B%E5%85%A5%E7%A6%81%E6%AD%A2%E6%9C%9F%E9%96%93%E3%82%92%E7%99%BA%E8%A1%A8%E3%80%82&amp;diff=1068</id>
		<title>1973年2月16日（金）16号館で全学行動委（準）主催の討論集会開催。当局は入試期間中の立入禁止期間を発表。</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.19721108.net/wiki/index.php?title=1973%E5%B9%B42%E6%9C%8816%E6%97%A5%EF%BC%88%E9%87%91%EF%BC%8916%E5%8F%B7%E9%A4%A8%E3%81%A7%E5%85%A8%E5%AD%A6%E8%A1%8C%E5%8B%95%E5%A7%94%EF%BC%88%E6%BA%96%EF%BC%89%E4%B8%BB%E5%82%AC%E3%81%AE%E8%A8%8E%E8%AB%96%E9%9B%86%E4%BC%9A%E9%96%8B%E5%82%AC%E3%80%82%E5%BD%93%E5%B1%80%E3%81%AF%E5%85%A5%E8%A9%A6%E6%9C%9F%E9%96%93%E4%B8%AD%E3%81%AE%E7%AB%8B%E5%85%A5%E7%A6%81%E6%AD%A2%E6%9C%9F%E9%96%93%E3%82%92%E7%99%BA%E8%A1%A8%E3%80%82&amp;diff=1068"/>
				<updated>2026-08-04T03:25:07Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;Ad19721114: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''【概要】'''&lt;br /&gt;
:全学行動委（準）が討論集会を開催。16号館に200名が結集し、入試以降の運動方針等について話し合った。一方当局は、入学試験中の本部および各構内の立ち入り禁止期間を発表した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【この日のできごと】'''&lt;br /&gt;
:◎全学行動委員会（準）主催の討論集会、200名結集し16号館106教室で。&lt;br /&gt;
:●入学試験中の構内立入禁止期間が発表される。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【試験期間の構内立入禁止】'''&lt;br /&gt;
:「告示&lt;br /&gt;
:入学試験を実施するにあたり、静かな受験環境を維持するため、次の期間中は、当該試験日の受験生および試験監督員ならびに教職員以外の構内立入を禁止します。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
:本部構内　    2月19日（月）～3月5日（月）&lt;br /&gt;
:西大久保構内　2月22日（木）～3月2日（金）&lt;br /&gt;
:戸山町構内　  2月20日（火）～3月3日（土）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
:上記期間中は、在学生等に対する事務の取扱いを大隈小講堂で行ないます。&lt;br /&gt;
:ただし、理工学部・文学部については、それぞれの正門脇に相談所を設けます。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
:昭和48年2月16日　　　　　　　早稲田大学&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【全学討論集会の呼び掛け】'''&lt;br /&gt;
:昭和48年3月10日付早稲田キャンパスの「日誌」には「2.16全学行動委員会（準）主催討論集会。約200名結集」の記載がある。&lt;br /&gt;
:また、一文行動委連合（準）名で2月初旬に出された「4年生『卒業予定者』に送るアッピール」には、スケジュールとして「2.13一文学部集会（1時181教室）」と並んで「2.16全学討論集会（16号館106教室2時）」とある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【リンク】'''&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>Ad19721114</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://www.19721108.net/wiki/index.php?title=1973%E5%B9%B42%E6%9C%8815%E6%97%A5%EF%BC%88%E6%9C%A8%EF%BC%89_%E7%A4%BE%E4%BC%9A%E7%A7%91%E5%AD%A6%E9%83%A8%E6%95%99%E6%8E%88%E4%BC%9A%E3%81%8C%E5%AD%A6%E7%94%9F%E8%87%AA%E6%B2%BB%E3%81%AB%E9%96%A2%E3%81%99%E3%82%8B%E5%91%8A%E7%A4%BA&amp;diff=1067</id>
		<title>1973年2月15日（木） 社会科学部教授会が学生自治に関する告示</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.19721108.net/wiki/index.php?title=1973%E5%B9%B42%E6%9C%8815%E6%97%A5%EF%BC%88%E6%9C%A8%EF%BC%89_%E7%A4%BE%E4%BC%9A%E7%A7%91%E5%AD%A6%E9%83%A8%E6%95%99%E6%8E%88%E4%BC%9A%E3%81%8C%E5%AD%A6%E7%94%9F%E8%87%AA%E6%B2%BB%E3%81%AB%E9%96%A2%E3%81%99%E3%82%8B%E5%91%8A%E7%A4%BA&amp;diff=1067"/>
				<updated>2026-08-04T03:22:48Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;Ad19721114: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''【概要】'''&lt;br /&gt;
:社会科学部は、9日の学部集会中止に代わる告示を発表。そのなかで、学生自治全般および自治会承認についての見解を明らかにした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【時系列】'''&lt;br /&gt;
:●社会科学部当局が「学生集会に代えて」を告示。&lt;br /&gt;
:◎朝日新聞に「できるか自治会再建」の署名記事掲載。&lt;br /&gt;
:●教育学部当局は「サークル協議会」（民青系）との懇談会を開く。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【社学当局による学生自治のあり方とは「学生の総意」による】'''&lt;br /&gt;
:社会科学部当局は2月9日に予定していた学部集会を中止し、2月15日付の告示「学部集会に代えて」の中でその理由を「2月9日の現状からして、平穏に学部説明会が催される状態ではなかった」と説明した。&lt;br /&gt;
:さらに学生自治のあり方については「自治会規約の基本的精神に反しない限り学部はこれに介入すべきではなく、全学生の総意で決められるべきであるということである」として、臨執の行った規約改正についても、「その解釈に疑念はあるとしても、学生の自治を侵すことのないよう審議し、特に規約改正が自治会規約の基本精神に反しないかどうかという点に重点をおき審議してきたのである。結局、徒らに学生の自治会活動を阻害することのないよう留意して、その態度を留保してきた」としている。&lt;br /&gt;
:自治会承認については「自治会の承認は既になされている（編註：革マル派自治会の承認）から、その執行部の承認と解される」とした。自治会費の支出に関しては「直接これに介入すべき筋合いのものではない。これらは、すべて学生の総意に委ねられている」としながらも「全学生の拠金によるものであるからその同意が必要である」と述べ、客観的な方式では「少なくとも全学生の過半数の賛成が必要」とした。すでに革マル派執行部下の前年72年6月に自治会費の支出についての学生投票が行われており、過半数の1700余票の賛成があったが、同年7月の仮処分申請により支払いは停止中だった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
:同告示からは、おおよそ次のような社会科学部自治会再建への動きがわかる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
:72.11.28　学生700余人が15号館に集まり「臨時執行部」誕生&lt;br /&gt;
:73.1.29　自治委員総会開催（2日間の試験延期）&lt;br /&gt;
:73.1.31　学生大会で新執行部選出（7日間の試験延期）&lt;br /&gt;
:73.2.2　6項目要求&lt;br /&gt;
:73.2.3　団交要求（学部当局は拒否）&lt;br /&gt;
:73.2.5　団交要求（学部当局は拒否）&lt;br /&gt;
:73.2.9　学部説明会→中止&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
:さらに告示では、川口君虐殺事件に言及して次のように述べている。&lt;br /&gt;
:「川口君虐殺の責任所在を明確にせよという問いに対しては、全大学人の問題であり、殊に学部としては、二度とかかる事態の惹起せぬよう、教育面から積極的に指導すべきものであると深く反省する次第である。暴力なき平和な学園は、教職員のみの力では到底実現できない。殊に、大学は暴力に対して無力でありその事態収拾には限界がある。教職員・学生の協力によってのみそれが可能なのであるといわねばならない。われわれは、学生の自治を承認しても暴力を認めたものではないということである。このことについては、なお今後検討すべき問題であるといわねばならない。」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【朝日新聞の記者が見た「早大紛争3カ月」】'''&lt;br /&gt;
:1973年2月15日付朝日新聞朝刊には、「できるか自治会再建」「続く“二重執行部”課題そっくり新学期へ」との見出しで、紙面3分の2、8段抜きの記事が載った。「首都部・堀鉄蔵」の署名がある。&lt;br /&gt;
:前文で「新しい自治会の理念について、学生と学部当局の間で食違いが目立ち、公認問題はタナ上げのまま“二重自治会”状態が続いている。自治会とセクトなど、問い直されるべき多くの課題をかかえたまま、早大の運動は新入生を迎える4月に舞台を移すことになった」と示す一方で、4つの見出しを立てて現状を分析した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
:●脱政治課題&lt;br /&gt;
:今回の早大闘争の特異な点は、この3カ月間に政治課題が一つも登場しなかった点にある。1月末、学年末試験をめぐって一文、政経、教育、社会科学の各学部でそれぞれ開かれた学生大会での行動方針も①新自治会の即時無条件承認②全学総長団交要求、など学内問題に限られていた。にもかかわらず、どの学生大会にも毎回1000人を超える学生が集り、数時間に及ぶ討論が続いた。一次、二次早大紛争と比べてのこの違いは、反革マルの学生がめざした自治会の理念にあった。（中略）民主主義の基本である「自由」の保障がその目標だった。いま問われているのは「セクトのためのものになってしまった自治会」の存在意義であるといえる。&lt;br /&gt;
:●王国の崩壊&lt;br /&gt;
:リンチ殺人事件の前、同派（革マル）は一文、二文、商の3学部に“公認”自治会を持ち、政経、社会科学、教育の3学部でも自治会をつくりあげた。早大8学部のうち6学部を“制圧”し、全学中央自治会を名乗って、その“王国ぶり”を誇っていた。それが現在では、集会参加者は全都動員をかけても数百人。1月19日の武力衝突以後、反革マル学生との正面切っての闘争を戦術転換して以来、最も抵抗の弱い二文臨執の活動を妨害する“夜行性”が目立つようになった。&lt;br /&gt;
:●ミニ全共闘&lt;br /&gt;
:反革マルの自治会創出運動の中で、最近各学部の「行動委員会」の動きが注目されている。全学部合わせても百数十人のこのグループは、1月8日の反革マル総決起集会に黒ヘルメットをかぶって現れ、他の学生との間に「なぜ必要なのか」「思想表現の手段だ」などと“メット論争”をまき起こした。同月19日、11号館に逃げ込んだ革マル派と数千人の学生が衝突を繰返したとき、ヘルメット、竹ざお姿で先頭に立ったのもこのグループだった。（中略）「行動委」は黒ヘルメットに「Ｃ連」（サークル連絡会議）「ⅡＪ」（川口君のクラス名）などと書いているが、中には、「全共闘」の文字をペンキで塗りつぶしたものもいて、ノンセクトラジカルの集合体、いわば“ミニ全共闘”と一般には理解されている。（中略）一方、早大の自治会創出運動は必ずしも全学的な広がりをみせているわけではまだない。学生大会に1000人が出席している同じときに、図書館の利用者数は連日6000人を超えていた。早大4万人の学生のうち、理工学部の約7000人は一部を除き終始傍観者的だった。反革マル新執行部のメンバーの主体は1、2年生で、3、4年生の参加はわずかな数に限られている。それらの学生に対して行動委がどう働きかけてゆくのか。反革マル＝新自治会創造の運動の中から生れて来た“最前衛”の思想と行動が、運動の中で浮上する危険をはらんでおり、その行方は今後の早大の運動の一つの重要なカギをにぎっている。&lt;br /&gt;
:●大きい隔たり&lt;br /&gt;
:学生側の運動に対し、各学部当局はことしになって次々と反革マルの自治会執行部に対する“見解”を告示した。が、一部を除いては相変わらず「運動は評価するが、いまの新執行部は認めない」との態度をくずしていない。1月23日の教育学部を皮切りに政経、一文が出した告示は、いずれも過去の学友会規約をたてにし、手続きや条件のみを強調して運動の内容を見ていない、と学生側の反発を受けている。新自治会執行部を「自治会問題について話合う唯一の代表として認める」ことを決めた教育学部が「他学部に比べて一歩前進した」と評価されているのは例外で、学部当局と学生側の自治会に対する考えの隔たりは大きい。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【リンク】'''&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>Ad19721114</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://www.19721108.net/wiki/index.php?title=1973%E5%B9%B42%E6%9C%8815%E6%97%A5%EF%BC%88%E6%9C%A8%EF%BC%89_%E7%A4%BE%E4%BC%9A%E7%A7%91%E5%AD%A6%E9%83%A8%E6%95%99%E6%8E%88%E4%BC%9A%E3%81%8C%E5%AD%A6%E7%94%9F%E8%87%AA%E6%B2%BB%E3%81%AB%E9%96%A2%E3%81%99%E3%82%8B%E5%91%8A%E7%A4%BA&amp;diff=1066</id>
		<title>1973年2月15日（木） 社会科学部教授会が学生自治に関する告示</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.19721108.net/wiki/index.php?title=1973%E5%B9%B42%E6%9C%8815%E6%97%A5%EF%BC%88%E6%9C%A8%EF%BC%89_%E7%A4%BE%E4%BC%9A%E7%A7%91%E5%AD%A6%E9%83%A8%E6%95%99%E6%8E%88%E4%BC%9A%E3%81%8C%E5%AD%A6%E7%94%9F%E8%87%AA%E6%B2%BB%E3%81%AB%E9%96%A2%E3%81%99%E3%82%8B%E5%91%8A%E7%A4%BA&amp;diff=1066"/>
				<updated>2026-08-04T03:21:21Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;Ad19721114: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;:社会科学部は、9日の学部集会中止に代わる告示を発表。そのなかで、学生自治全般および自治会承認についての見解を明らかにした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【時系列】'''&lt;br /&gt;
:●社会科学部当局が「学生集会に代えて」を告示。&lt;br /&gt;
:◎朝日新聞に「できるか自治会再建」の署名記事掲載。&lt;br /&gt;
:●教育学部当局は「サークル協議会」（民青系）との懇談会を開く。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【社学当局による学生自治のあり方とは「学生の総意」による】'''&lt;br /&gt;
:社会科学部当局は2月9日に予定していた学部集会を中止し、2月15日付の告示「学部集会に代えて」の中でその理由を「2月9日の現状からして、平穏に学部説明会が催される状態ではなかった」と説明した。&lt;br /&gt;
:さらに学生自治のあり方については「自治会規約の基本的精神に反しない限り学部はこれに介入すべきではなく、全学生の総意で決められるべきであるということである」として、臨執の行った規約改正についても、「その解釈に疑念はあるとしても、学生の自治を侵すことのないよう審議し、特に規約改正が自治会規約の基本精神に反しないかどうかという点に重点をおき審議してきたのである。結局、徒らに学生の自治会活動を阻害することのないよう留意して、その態度を留保してきた」としている。&lt;br /&gt;
:自治会承認については「自治会の承認は既になされている（編註：革マル派自治会の承認）から、その執行部の承認と解される」とした。自治会費の支出に関しては「直接これに介入すべき筋合いのものではない。これらは、すべて学生の総意に委ねられている」としながらも「全学生の拠金によるものであるからその同意が必要である」と述べ、客観的な方式では「少なくとも全学生の過半数の賛成が必要」とした。すでに革マル派執行部下の前年72年6月に自治会費の支出についての学生投票が行われており、過半数の1700余票の賛成があったが、同年7月の仮処分申請により支払いは停止中だった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
:同告示からは、おおよそ次のような社会科学部自治会再建への動きがわかる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
:72.11.28　学生700余人が15号館に集まり「臨時執行部」誕生&lt;br /&gt;
:73.1.29　自治委員総会開催（2日間の試験延期）&lt;br /&gt;
:73.1.31　学生大会で新執行部選出（7日間の試験延期）&lt;br /&gt;
:73.2.2　6項目要求&lt;br /&gt;
:73.2.3　団交要求（学部当局は拒否）&lt;br /&gt;
:73.2.5　団交要求（学部当局は拒否）&lt;br /&gt;
:73.2.9　学部説明会→中止&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
:さらに告示では、川口君虐殺事件に言及して次のように述べている。&lt;br /&gt;
:「川口君虐殺の責任所在を明確にせよという問いに対しては、全大学人の問題であり、殊に学部としては、二度とかかる事態の惹起せぬよう、教育面から積極的に指導すべきものであると深く反省する次第である。暴力なき平和な学園は、教職員のみの力では到底実現できない。殊に、大学は暴力に対して無力でありその事態収拾には限界がある。教職員・学生の協力によってのみそれが可能なのであるといわねばならない。われわれは、学生の自治を承認しても暴力を認めたものではないということである。このことについては、なお今後検討すべき問題であるといわねばならない。」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【朝日新聞の記者が見た「早大紛争3カ月」】'''&lt;br /&gt;
:1973年2月15日付朝日新聞朝刊には、「できるか自治会再建」「続く“二重執行部”課題そっくり新学期へ」との見出しで、紙面3分の2、8段抜きの記事が載った。「首都部・堀鉄蔵」の署名がある。&lt;br /&gt;
:前文で「新しい自治会の理念について、学生と学部当局の間で食違いが目立ち、公認問題はタナ上げのまま“二重自治会”状態が続いている。自治会とセクトなど、問い直されるべき多くの課題をかかえたまま、早大の運動は新入生を迎える4月に舞台を移すことになった」と示す一方で、4つの見出しを立てて現状を分析した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
:●脱政治課題&lt;br /&gt;
:今回の早大闘争の特異な点は、この3カ月間に政治課題が一つも登場しなかった点にある。1月末、学年末試験をめぐって一文、政経、教育、社会科学の各学部でそれぞれ開かれた学生大会での行動方針も①新自治会の即時無条件承認②全学総長団交要求、など学内問題に限られていた。にもかかわらず、どの学生大会にも毎回1000人を超える学生が集り、数時間に及ぶ討論が続いた。一次、二次早大紛争と比べてのこの違いは、反革マルの学生がめざした自治会の理念にあった。（中略）民主主義の基本である「自由」の保障がその目標だった。いま問われているのは「セクトのためのものになってしまった自治会」の存在意義であるといえる。&lt;br /&gt;
:●王国の崩壊&lt;br /&gt;
:リンチ殺人事件の前、同派（革マル）は一文、二文、商の3学部に“公認”自治会を持ち、政経、社会科学、教育の3学部でも自治会をつくりあげた。早大8学部のうち6学部を“制圧”し、全学中央自治会を名乗って、その“王国ぶり”を誇っていた。それが現在では、集会参加者は全都動員をかけても数百人。1月19日の武力衝突以後、反革マル学生との正面切っての闘争を戦術転換して以来、最も抵抗の弱い二文臨執の活動を妨害する“夜行性”が目立つようになった。&lt;br /&gt;
:●ミニ全共闘&lt;br /&gt;
:反革マルの自治会創出運動の中で、最近各学部の「行動委員会」の動きが注目されている。全学部合わせても百数十人のこのグループは、1月8日の反革マル総決起集会に黒ヘルメットをかぶって現れ、他の学生との間に「なぜ必要なのか」「思想表現の手段だ」などと“メット論争”をまき起こした。同月19日、11号館に逃げ込んだ革マル派と数千人の学生が衝突を繰返したとき、ヘルメット、竹ざお姿で先頭に立ったのもこのグループだった。（中略）「行動委」は黒ヘルメットに「Ｃ連」（サークル連絡会議）「ⅡＪ」（川口君のクラス名）などと書いているが、中には、「全共闘」の文字をペンキで塗りつぶしたものもいて、ノンセクトラジカルの集合体、いわば“ミニ全共闘”と一般には理解されている。（中略）一方、早大の自治会創出運動は必ずしも全学的な広がりをみせているわけではまだない。学生大会に1000人が出席している同じときに、図書館の利用者数は連日6000人を超えていた。早大4万人の学生のうち、理工学部の約7000人は一部を除き終始傍観者的だった。反革マル新執行部のメンバーの主体は1、2年生で、3、4年生の参加はわずかな数に限られている。それらの学生に対して行動委がどう働きかけてゆくのか。反革マル＝新自治会創造の運動の中から生れて来た“最前衛”の思想と行動が、運動の中で浮上する危険をはらんでおり、その行方は今後の早大の運動の一つの重要なカギをにぎっている。&lt;br /&gt;
:●大きい隔たり&lt;br /&gt;
:学生側の運動に対し、各学部当局はことしになって次々と反革マルの自治会執行部に対する“見解”を告示した。が、一部を除いては相変わらず「運動は評価するが、いまの新執行部は認めない」との態度をくずしていない。1月23日の教育学部を皮切りに政経、一文が出した告示は、いずれも過去の学友会規約をたてにし、手続きや条件のみを強調して運動の内容を見ていない、と学生側の反発を受けている。新自治会執行部を「自治会問題について話合う唯一の代表として認める」ことを決めた教育学部が「他学部に比べて一歩前進した」と評価されているのは例外で、学部当局と学生側の自治会に対する考えの隔たりは大きい。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【リンク】'''&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>Ad19721114</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://www.19721108.net/wiki/index.php?title=1973%E5%B9%B42%E6%9C%8815%E6%97%A5%EF%BC%88%E6%9C%A8%EF%BC%89_%E7%A4%BE%E4%BC%9A%E7%A7%91%E5%AD%A6%E9%83%A8%E6%95%99%E6%8E%88%E4%BC%9A%E3%81%8C%E5%AD%A6%E7%94%9F%E8%87%AA%E6%B2%BB%E3%81%AB%E9%96%A2%E3%81%99%E3%82%8B%E5%91%8A%E7%A4%BA&amp;diff=1065</id>
		<title>1973年2月15日（木） 社会科学部教授会が学生自治に関する告示</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.19721108.net/wiki/index.php?title=1973%E5%B9%B42%E6%9C%8815%E6%97%A5%EF%BC%88%E6%9C%A8%EF%BC%89_%E7%A4%BE%E4%BC%9A%E7%A7%91%E5%AD%A6%E9%83%A8%E6%95%99%E6%8E%88%E4%BC%9A%E3%81%8C%E5%AD%A6%E7%94%9F%E8%87%AA%E6%B2%BB%E3%81%AB%E9%96%A2%E3%81%99%E3%82%8B%E5%91%8A%E7%A4%BA&amp;diff=1065"/>
				<updated>2026-08-04T03:20:46Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;Ad19721114: ページの作成:「'''【サムネイル】''' :社会科学部は、9日の学部集会中止に代わる告示を発表。そのなかで、学生自治全般および自治会承認に...」&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''【サムネイル】'''&lt;br /&gt;
:社会科学部は、9日の学部集会中止に代わる告示を発表。そのなかで、学生自治全般および自治会承認についての見解を明らかにした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【時系列】'''&lt;br /&gt;
:●社会科学部当局が「学生集会に代えて」を告示。&lt;br /&gt;
:◎朝日新聞に「できるか自治会再建」の署名記事掲載。&lt;br /&gt;
:●教育学部当局は「サークル協議会」（民青系）との懇談会を開く。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【社学当局による学生自治のあり方とは「学生の総意」による】'''&lt;br /&gt;
:社会科学部当局は2月9日に予定していた学部集会を中止し、2月15日付の告示「学部集会に代えて」の中でその理由を「2月9日の現状からして、平穏に学部説明会が催される状態ではなかった」と説明した。&lt;br /&gt;
:さらに学生自治のあり方については「自治会規約の基本的精神に反しない限り学部はこれに介入すべきではなく、全学生の総意で決められるべきであるということである」として、臨執の行った規約改正についても、「その解釈に疑念はあるとしても、学生の自治を侵すことのないよう審議し、特に規約改正が自治会規約の基本精神に反しないかどうかという点に重点をおき審議してきたのである。結局、徒らに学生の自治会活動を阻害することのないよう留意して、その態度を留保してきた」としている。&lt;br /&gt;
:自治会承認については「自治会の承認は既になされている（編註：革マル派自治会の承認）から、その執行部の承認と解される」とした。自治会費の支出に関しては「直接これに介入すべき筋合いのものではない。これらは、すべて学生の総意に委ねられている」としながらも「全学生の拠金によるものであるからその同意が必要である」と述べ、客観的な方式では「少なくとも全学生の過半数の賛成が必要」とした。すでに革マル派執行部下の前年72年6月に自治会費の支出についての学生投票が行われており、過半数の1700余票の賛成があったが、同年7月の仮処分申請により支払いは停止中だった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
:同告示からは、おおよそ次のような社会科学部自治会再建への動きがわかる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
:72.11.28　学生700余人が15号館に集まり「臨時執行部」誕生&lt;br /&gt;
:73.1.29　自治委員総会開催（2日間の試験延期）&lt;br /&gt;
:73.1.31　学生大会で新執行部選出（7日間の試験延期）&lt;br /&gt;
:73.2.2　6項目要求&lt;br /&gt;
:73.2.3　団交要求（学部当局は拒否）&lt;br /&gt;
:73.2.5　団交要求（学部当局は拒否）&lt;br /&gt;
:73.2.9　学部説明会→中止&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
:さらに告示では、川口君虐殺事件に言及して次のように述べている。&lt;br /&gt;
:「川口君虐殺の責任所在を明確にせよという問いに対しては、全大学人の問題であり、殊に学部としては、二度とかかる事態の惹起せぬよう、教育面から積極的に指導すべきものであると深く反省する次第である。暴力なき平和な学園は、教職員のみの力では到底実現できない。殊に、大学は暴力に対して無力でありその事態収拾には限界がある。教職員・学生の協力によってのみそれが可能なのであるといわねばならない。われわれは、学生の自治を承認しても暴力を認めたものではないということである。このことについては、なお今後検討すべき問題であるといわねばならない。」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【朝日新聞の記者が見た「早大紛争3カ月」】'''&lt;br /&gt;
:1973年2月15日付朝日新聞朝刊には、「できるか自治会再建」「続く“二重執行部”課題そっくり新学期へ」との見出しで、紙面3分の2、8段抜きの記事が載った。「首都部・堀鉄蔵」の署名がある。&lt;br /&gt;
:前文で「新しい自治会の理念について、学生と学部当局の間で食違いが目立ち、公認問題はタナ上げのまま“二重自治会”状態が続いている。自治会とセクトなど、問い直されるべき多くの課題をかかえたまま、早大の運動は新入生を迎える4月に舞台を移すことになった」と示す一方で、4つの見出しを立てて現状を分析した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
:●脱政治課題&lt;br /&gt;
:今回の早大闘争の特異な点は、この3カ月間に政治課題が一つも登場しなかった点にある。1月末、学年末試験をめぐって一文、政経、教育、社会科学の各学部でそれぞれ開かれた学生大会での行動方針も①新自治会の即時無条件承認②全学総長団交要求、など学内問題に限られていた。にもかかわらず、どの学生大会にも毎回1000人を超える学生が集り、数時間に及ぶ討論が続いた。一次、二次早大紛争と比べてのこの違いは、反革マルの学生がめざした自治会の理念にあった。（中略）民主主義の基本である「自由」の保障がその目標だった。いま問われているのは「セクトのためのものになってしまった自治会」の存在意義であるといえる。&lt;br /&gt;
:●王国の崩壊&lt;br /&gt;
:リンチ殺人事件の前、同派（革マル）は一文、二文、商の3学部に“公認”自治会を持ち、政経、社会科学、教育の3学部でも自治会をつくりあげた。早大8学部のうち6学部を“制圧”し、全学中央自治会を名乗って、その“王国ぶり”を誇っていた。それが現在では、集会参加者は全都動員をかけても数百人。1月19日の武力衝突以後、反革マル学生との正面切っての闘争を戦術転換して以来、最も抵抗の弱い二文臨執の活動を妨害する“夜行性”が目立つようになった。&lt;br /&gt;
:●ミニ全共闘&lt;br /&gt;
:反革マルの自治会創出運動の中で、最近各学部の「行動委員会」の動きが注目されている。全学部合わせても百数十人のこのグループは、1月8日の反革マル総決起集会に黒ヘルメットをかぶって現れ、他の学生との間に「なぜ必要なのか」「思想表現の手段だ」などと“メット論争”をまき起こした。同月19日、11号館に逃げ込んだ革マル派と数千人の学生が衝突を繰返したとき、ヘルメット、竹ざお姿で先頭に立ったのもこのグループだった。（中略）「行動委」は黒ヘルメットに「Ｃ連」（サークル連絡会議）「ⅡＪ」（川口君のクラス名）などと書いているが、中には、「全共闘」の文字をペンキで塗りつぶしたものもいて、ノンセクトラジカルの集合体、いわば“ミニ全共闘”と一般には理解されている。（中略）一方、早大の自治会創出運動は必ずしも全学的な広がりをみせているわけではまだない。学生大会に1000人が出席している同じときに、図書館の利用者数は連日6000人を超えていた。早大4万人の学生のうち、理工学部の約7000人は一部を除き終始傍観者的だった。反革マル新執行部のメンバーの主体は1、2年生で、3、4年生の参加はわずかな数に限られている。それらの学生に対して行動委がどう働きかけてゆくのか。反革マル＝新自治会創造の運動の中から生れて来た“最前衛”の思想と行動が、運動の中で浮上する危険をはらんでおり、その行方は今後の早大の運動の一つの重要なカギをにぎっている。&lt;br /&gt;
:●大きい隔たり&lt;br /&gt;
:学生側の運動に対し、各学部当局はことしになって次々と反革マルの自治会執行部に対する“見解”を告示した。が、一部を除いては相変わらず「運動は評価するが、いまの新執行部は認めない」との態度をくずしていない。1月23日の教育学部を皮切りに政経、一文が出した告示は、いずれも過去の学友会規約をたてにし、手続きや条件のみを強調して運動の内容を見ていない、と学生側の反発を受けている。新自治会執行部を「自治会問題について話合う唯一の代表として認める」ことを決めた教育学部が「他学部に比べて一歩前進した」と評価されているのは例外で、学部当局と学生側の自治会に対する考えの隔たりは大きい。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【リンク】'''&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>Ad19721114</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://www.19721108.net/wiki/index.php?title=1973%E5%B9%B42%E6%9C%88&amp;diff=1064</id>
		<title>1973年2月</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.19721108.net/wiki/index.php?title=1973%E5%B9%B42%E6%9C%88&amp;diff=1064"/>
				<updated>2026-08-04T03:20:33Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;Ad19721114: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;[[1973年2月1日（木）一文は1月30日学生大会決議による第二波1週間ストライキ（1.31～2.6）に突入。]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1973年2月2日（金）政経学生大会で3カ月ストを決議。教育で当局と交渉。一文では当局へ6項目要求。]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1973年2月3日（土）教育で学生大会。一文221教室で自主講座「山村政明シンポジウム」を開催。]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1973年2月5日（月）一文で3回目の団交。教育学部は学年末試験の延期を決定。政経学部の卒業試験中止。]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1973年2月6日（火）一文の学生大会不成立。一文当局は、卒業試験実施を発表。]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1973年2月7日（水）一文の学生大会再び流会。当局は卒業試験実施に踏み切る。]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1973年2月8日（木）「全学スト・総長団交勝利」を掲げ全学総決起集会を開催。]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1973年2月9日（金）一文、教育、社学で学部見解が示される。]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1973年2月10日（土）二文当局が自治会承認に向け確約書に署名。一文で新入生歓迎実行委の初会合。]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1973年2月12日（月）教育学部、試験日程消化の重要性を告示。16号館地下を立入禁止に。]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1973年2月13日（火） 一文で総括集会。執行委員会は春休み以降の戦術を提案。]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1973年2月15日（木） 社会科学部教授会が学生自治に関する告示]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1973年2月16日（金）16号館で全学行動委（準）主催の討論集会開催。当局は入試期間中の立入禁止期間を発表。]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1973年2月19日（月）入試を前に本部はロックアウトに。革マル派2名が川口君の友人に対する傷害罪等で起訴される。]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1973年2月21日（水）政経学部長名で見解表明。]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1973年2月22日（木）教育専任教員会が「2.22見解」を学生に郵送。]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1973年2月24日（土）ロックアウト中の本部正門前で機動隊と小競り合い。受験生と意見交換も。]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>Ad19721114</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://www.19721108.net/wiki/index.php?title=1973%E5%B9%B42%E6%9C%8815%E6%97%A5%EF%BC%88%E7%81%AB%EF%BC%89_%E7%A4%BE%E4%BC%9A%E7%A7%91%E5%AD%A6%E9%83%A8%E6%95%99%E6%8E%88%E4%BC%9A%E3%81%8C%E5%AD%A6%E7%94%9F%E8%87%AA%E6%B2%BB%E3%81%AB%E9%96%A2%E3%81%99%E3%82%8B%E5%91%8A%E7%A4%BA&amp;diff=1063</id>
		<title>1973年2月15日（火） 社会科学部教授会が学生自治に関する告示</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.19721108.net/wiki/index.php?title=1973%E5%B9%B42%E6%9C%8815%E6%97%A5%EF%BC%88%E7%81%AB%EF%BC%89_%E7%A4%BE%E4%BC%9A%E7%A7%91%E5%AD%A6%E9%83%A8%E6%95%99%E6%8E%88%E4%BC%9A%E3%81%8C%E5%AD%A6%E7%94%9F%E8%87%AA%E6%B2%BB%E3%81%AB%E9%96%A2%E3%81%99%E3%82%8B%E5%91%8A%E7%A4%BA&amp;diff=1063"/>
				<updated>2026-08-04T03:19:56Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;Ad19721114: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''【サムネイル】'''&lt;br /&gt;
:社会科学部は、9日の学部集会中止に代わる告示を発表。そのなかで、学生自治全般および自治会承認についての見解を明らかにした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【時系列】'''&lt;br /&gt;
:●社会科学部当局が「学生集会に代えて」を告示。&lt;br /&gt;
:◎朝日新聞に「できるか自治会再建」の署名記事掲載。&lt;br /&gt;
:●教育学部当局は「サークル協議会」（民青系）との懇談会を開く。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【社学当局による学生自治のあり方とは「学生の総意」による】'''&lt;br /&gt;
:社会科学部当局は2月9日に予定していた学部集会を中止し、2月15日付の告示「学部集会に代えて」の中でその理由を「2月9日の現状からして、平穏に学部説明会が催される状態ではなかった」と説明した。&lt;br /&gt;
:さらに学生自治のあり方については「自治会規約の基本的精神に反しない限り学部はこれに介入すべきではなく、全学生の総意で決められるべきであるということである」として、臨執の行った規約改正についても、「その解釈に疑念はあるとしても、学生の自治を侵すことのないよう審議し、特に規約改正が自治会規約の基本精神に反しないかどうかという点に重点をおき審議してきたのである。結局、徒らに学生の自治会活動を阻害することのないよう留意して、その態度を留保してきた」としている。&lt;br /&gt;
:自治会承認については「自治会の承認は既になされている（編註：革マル派自治会の承認）から、その執行部の承認と解される」とした。自治会費の支出に関しては「直接これに介入すべき筋合いのものではない。これらは、すべて学生の総意に委ねられている」としながらも「全学生の拠金によるものであるからその同意が必要である」と述べ、客観的な方式では「少なくとも全学生の過半数の賛成が必要」とした。すでに革マル派執行部下の前年72年6月に自治会費の支出についての学生投票が行われており、過半数の1700余票の賛成があったが、同年7月の仮処分申請により支払いは停止中だった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
:同告示からは、おおよそ次のような社会科学部自治会再建への動きがわかる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
:72.11.28　学生700余人が15号館に集まり「臨時執行部」誕生&lt;br /&gt;
:73.1.29　自治委員総会開催（2日間の試験延期）&lt;br /&gt;
:73.1.31　学生大会で新執行部選出（7日間の試験延期）&lt;br /&gt;
:73.2.2　6項目要求&lt;br /&gt;
:73.2.3　団交要求（学部当局は拒否）&lt;br /&gt;
:73.2.5　団交要求（学部当局は拒否）&lt;br /&gt;
:73.2.9　学部説明会→中止&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
:さらに告示では、川口君虐殺事件に言及して次のように述べている。&lt;br /&gt;
:「川口君虐殺の責任所在を明確にせよという問いに対しては、全大学人の問題であり、殊に学部としては、二度とかかる事態の惹起せぬよう、教育面から積極的に指導すべきものであると深く反省する次第である。暴力なき平和な学園は、教職員のみの力では到底実現できない。殊に、大学は暴力に対して無力でありその事態収拾には限界がある。教職員・学生の協力によってのみそれが可能なのであるといわねばならない。われわれは、学生の自治を承認しても暴力を認めたものではないということである。このことについては、なお今後検討すべき問題であるといわねばならない。」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【朝日新聞の記者が見た「早大紛争3カ月」】'''&lt;br /&gt;
:1973年2月15日付朝日新聞朝刊には、「できるか自治会再建」「続く“二重執行部”課題そっくり新学期へ」との見出しで、紙面3分の2、8段抜きの記事が載った。「首都部・堀鉄蔵」の署名がある。&lt;br /&gt;
:前文で「新しい自治会の理念について、学生と学部当局の間で食違いが目立ち、公認問題はタナ上げのまま“二重自治会”状態が続いている。自治会とセクトなど、問い直されるべき多くの課題をかかえたまま、早大の運動は新入生を迎える4月に舞台を移すことになった」と示す一方で、4つの見出しを立てて現状を分析した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
:●脱政治課題&lt;br /&gt;
:今回の早大闘争の特異な点は、この3カ月間に政治課題が一つも登場しなかった点にある。1月末、学年末試験をめぐって一文、政経、教育、社会科学の各学部でそれぞれ開かれた学生大会での行動方針も①新自治会の即時無条件承認②全学総長団交要求、など学内問題に限られていた。にもかかわらず、どの学生大会にも毎回1000人を超える学生が集り、数時間に及ぶ討論が続いた。一次、二次早大紛争と比べてのこの違いは、反革マルの学生がめざした自治会の理念にあった。（中略）民主主義の基本である「自由」の保障がその目標だった。いま問われているのは「セクトのためのものになってしまった自治会」の存在意義であるといえる。&lt;br /&gt;
:●王国の崩壊&lt;br /&gt;
:リンチ殺人事件の前、同派（革マル）は一文、二文、商の3学部に“公認”自治会を持ち、政経、社会科学、教育の3学部でも自治会をつくりあげた。早大8学部のうち6学部を“制圧”し、全学中央自治会を名乗って、その“王国ぶり”を誇っていた。それが現在では、集会参加者は全都動員をかけても数百人。1月19日の武力衝突以後、反革マル学生との正面切っての闘争を戦術転換して以来、最も抵抗の弱い二文臨執の活動を妨害する“夜行性”が目立つようになった。&lt;br /&gt;
:●ミニ全共闘&lt;br /&gt;
:反革マルの自治会創出運動の中で、最近各学部の「行動委員会」の動きが注目されている。全学部合わせても百数十人のこのグループは、1月8日の反革マル総決起集会に黒ヘルメットをかぶって現れ、他の学生との間に「なぜ必要なのか」「思想表現の手段だ」などと“メット論争”をまき起こした。同月19日、11号館に逃げ込んだ革マル派と数千人の学生が衝突を繰返したとき、ヘルメット、竹ざお姿で先頭に立ったのもこのグループだった。（中略）「行動委」は黒ヘルメットに「Ｃ連」（サークル連絡会議）「ⅡＪ」（川口君のクラス名）などと書いているが、中には、「全共闘」の文字をペンキで塗りつぶしたものもいて、ノンセクトラジカルの集合体、いわば“ミニ全共闘”と一般には理解されている。（中略）一方、早大の自治会創出運動は必ずしも全学的な広がりをみせているわけではまだない。学生大会に1000人が出席している同じときに、図書館の利用者数は連日6000人を超えていた。早大4万人の学生のうち、理工学部の約7000人は一部を除き終始傍観者的だった。反革マル新執行部のメンバーの主体は1、2年生で、3、4年生の参加はわずかな数に限られている。それらの学生に対して行動委がどう働きかけてゆくのか。反革マル＝新自治会創造の運動の中から生れて来た“最前衛”の思想と行動が、運動の中で浮上する危険をはらんでおり、その行方は今後の早大の運動の一つの重要なカギをにぎっている。&lt;br /&gt;
:●大きい隔たり&lt;br /&gt;
:学生側の運動に対し、各学部当局はことしになって次々と反革マルの自治会執行部に対する“見解”を告示した。が、一部を除いては相変わらず「運動は評価するが、いまの新執行部は認めない」との態度をくずしていない。1月23日の教育学部を皮切りに政経、一文が出した告示は、いずれも過去の学友会規約をたてにし、手続きや条件のみを強調して運動の内容を見ていない、と学生側の反発を受けている。新自治会執行部を「自治会問題について話合う唯一の代表として認める」ことを決めた教育学部が「他学部に比べて一歩前進した」と評価されているのは例外で、学部当局と学生側の自治会に対する考えの隔たりは大きい。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【リンク】'''&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>Ad19721114</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://www.19721108.net/wiki/index.php?title=1973%E5%B9%B42%E6%9C%8815%E6%97%A5%EF%BC%88%E7%81%AB%EF%BC%89_%E7%A4%BE%E4%BC%9A%E7%A7%91%E5%AD%A6%E9%83%A8%E6%95%99%E6%8E%88%E4%BC%9A%E3%81%8C%E5%AD%A6%E7%94%9F%E8%87%AA%E6%B2%BB%E3%81%AB%E9%96%A2%E3%81%99%E3%82%8B%E5%91%8A%E7%A4%BA&amp;diff=1062</id>
		<title>1973年2月15日（火） 社会科学部教授会が学生自治に関する告示</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.19721108.net/wiki/index.php?title=1973%E5%B9%B42%E6%9C%8815%E6%97%A5%EF%BC%88%E7%81%AB%EF%BC%89_%E7%A4%BE%E4%BC%9A%E7%A7%91%E5%AD%A6%E9%83%A8%E6%95%99%E6%8E%88%E4%BC%9A%E3%81%8C%E5%AD%A6%E7%94%9F%E8%87%AA%E6%B2%BB%E3%81%AB%E9%96%A2%E3%81%99%E3%82%8B%E5%91%8A%E7%A4%BA&amp;diff=1062"/>
				<updated>2026-08-04T03:15:24Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;Ad19721114: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''【サムネイル】'''&lt;br /&gt;
:社会科学部は、9日の学部集会中止に代わる告示を発表。そのなかで、学生自治全般および自治会承認についての見解を明らかにした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【時系列】'''&lt;br /&gt;
:●社会科学部当局が「学生集会に代えて」を告示。&lt;br /&gt;
:◎朝日新聞に「できるか自治会再建」の署名記事掲載。&lt;br /&gt;
:●教育学部当局は「サークル協議会」（民青系）との懇談会を開く。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【社学当局による学生自治のあり方とは「学生の総意」による】'''&lt;br /&gt;
:社会科学部当局は2月9日に予定していた学部集会を中止し、2月15日付の告示「学部集会に代えて」の中でその理由を「2月9日の現状からして、平穏に学部説明会が催される状態ではなかった」と説明した。&lt;br /&gt;
:さらに学生自治のあり方については「自治会規約の基本的精神に反しない限り学部はこれに介入すべきではなく、全学生の総意で決められるべきであるということである」として、臨執の行った規約改正についても、「その解釈に疑念はあるとしても、学生の自治を侵すことのないよう審議し、特に規約改正が自治会規約の基本精神に反しないかどうかという点に重点をおき審議してきたのである。結局、徒らに学生の自治会活動を阻害することのないよう留意して、その態度を留保してきた」としている。&lt;br /&gt;
:自治会承認については「自治会の承認は既になされている（編註：革マル派自治会の承認）から、その執行部の承認と解される」とした。自治会費の支出に関しては「直接これに介入すべき筋合いのものではない。これらは、すべて学生の総意に委ねられている」としながらも「全学生の拠金によるものであるからその同意が必要である」と述べ、客観的な方式では「少なくとも全学生の過半数の賛成が必要」とした。すでに革マル派執行部下の前年72年6月に自治会費の支出についての学生投票が行われており、過半数の1700余票の賛成があったが、同年7月の仮処分申請により支払いは停止中だった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
:同告示からは、おおよそ次のような社会科学部自治会再建への動きがわかる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
:72.11.28　学生700余人が15号館に集まり「臨時執行部」誕生&lt;br /&gt;
:73.1.29　自治委員総会開催（2日間の試験延期）&lt;br /&gt;
:73.1.31　学生大会で新執行部選出（7日間の試験延期）&lt;br /&gt;
:73.2.2　六項目要求&lt;br /&gt;
:73.2.3　団交要求（学部当局は拒否）&lt;br /&gt;
:73.2.5　団交要求（学部当局は拒否）&lt;br /&gt;
:73.2.9　学部説明会→中止&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
:さらに告示では、川口君虐殺事件に言及して次のように述べている。&lt;br /&gt;
:「川口君虐殺の責任所在を明確にせよという問いに対しては、全大学人の問題であり、殊に学部としては、二度とかかる事態の惹起せぬよう、教育面から積極的に指導すべきものであると深く反省する次第である。暴力なき平和な学園は、教職員のみの力では到底実現できない。殊に、大学は暴力に対して無力でありその事態収拾には限界がある。教職員・学生の協力によってのみそれが可能なのであるといわねばならない。われわれは、学生の自治を承認しても暴力を認めたものではないということである。このことについては、なお今後検討すべき問題であるといわねばならない。」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【朝日新聞の記者が見た「早大紛争3カ月」】'''&lt;br /&gt;
:1973年2月15日付朝日新聞朝刊には、「できるか自治会再建」「続く“二重執行部”課題そっくり新学期へ」との見出しで、紙面3分の2、8段抜きの記事が載った。「首都部・堀鉄蔵」の署名がある。&lt;br /&gt;
:前文で「新しい自治会の理念について、学生と学部当局の間で食違いが目立ち、公認問題はタナ上げのまま“二重自治会”状態が続いている。自治会とセクトなど、問い直されるべき多くの課題をかかえたまま、早大の運動は新入生を迎える4月に舞台を移すことになった」と示す一方で、4つの見出しを立てて現状を分析した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
:●脱政治課題&lt;br /&gt;
:今回の早大闘争の特異な点は、この3カ月間に政治課題が一つも登場しなかった点にある。1月末、学年末試験をめぐって一文、政経、教育、社会科学の各学部でそれぞれ開かれた学生大会での行動方針も①新自治会の即時無条件承認②全学総長団交要求、など学内問題に限られていた。にもかかわらず、どの学生大会にも毎回1000人を超える学生が集り、数時間に及ぶ討論が続いた。一次、二次早大紛争と比べてのこの違いは、反革マルの学生がめざした自治会の理念にあった。（中略）民主主義の基本である「自由」の保障がその目標だった。いま問われているのは「セクトのためのものになってしまった自治会」の存在意義であるといえる。&lt;br /&gt;
:●王国の崩壊&lt;br /&gt;
:リンチ殺人事件の前、同派（革マル）は一文、二文、商の3学部に“公認”自治会を持ち、政経、社会科学、教育の3学部でも自治会をつくりあげた。早大8学部のうち6学部を“制圧”し、全学中央自治会を名乗って、その“王国ぶり”を誇っていた。それが現在では、集会参加者は全都動員をかけても数百人。1月19日の武力衝突以後、反革マル学生との正面切っての闘争を戦術転換して以来、最も抵抗の弱い二文臨執の活動を妨害する“夜行性”が目立つようになった。&lt;br /&gt;
:●ミニ全共闘&lt;br /&gt;
:反革マルの自治会創出運動の中で、最近各学部の「行動委員会」の動きが注目されている。全学部合わせても百数十人のこのグループは、1月8日の反革マル総決起集会に黒ヘルメットをかぶって現れ、他の学生との間に「なぜ必要なのか」「思想表現の手段だ」などと“メット論争”をまき起こした。同月19日、11号館に逃げ込んだ革マル派と数千人の学生が衝突を繰返したとき、ヘルメット、竹ざお姿で先頭に立ったのもこのグループだった。（中略）「行動委」は黒ヘルメットに「Ｃ連」（サークル連絡会議）「ⅡＪ」（川口君のクラス名）などと書いているが、中には、「全共闘」の文字をペンキで塗りつぶしたものもいて、ノンセクトラジカルの集合体、いわば“ミニ全共闘”と一般には理解されている。（中略）一方、早大の自治会創出運動は必ずしも全学的な広がりをみせているわけではまだない。学生大会に1000人が出席している同じときに、図書館の利用者数は連日6000人を超えていた。早大4万人の学生のうち、理工学部の約7000人は一部を除き終始傍観者的だった。反革マル新執行部のメンバーの主体は1、2年生で、3、4年生の参加はわずかな数に限られている。それらの学生に対して行動委がどう働きかけてゆくのか。反革マル＝新自治会創造の運動の中から生れて来た“最前衛”の思想と行動が、運動の中で浮上する危険をはらんでおり、その行方は今後の早大の運動の一つの重要なカギをにぎっている。&lt;br /&gt;
:●大きい隔たり&lt;br /&gt;
:学生側の運動に対し、各学部当局はことしになって次々と反革マルの自治会執行部に対する“見解”を告示した。が、一部を除いては相変わらず「運動は評価するが、いまの新執行部は認めない」との態度をくずしていない。1月23日の教育学部を皮切りに政経、一文が出した告示は、いずれも過去の学友会規約をたてにし、手続きや条件のみを強調して運動の内容を見ていない、と学生側の反発を受けている。新自治会執行部を「自治会問題について話合う唯一の代表として認める」ことを決めた教育学部が「他学部に比べて一歩前進した」と評価されているのは例外で、学部当局と学生側の自治会に対する考えの隔たりは大きい。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【リンク】'''&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>Ad19721114</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://www.19721108.net/wiki/index.php?title=1973%E5%B9%B42%E6%9C%8813%E6%97%A5%EF%BC%88%E7%81%AB%EF%BC%89_%E4%B8%80%E6%96%87%E3%81%A7%E7%B7%8F%E6%8B%AC%E9%9B%86%E4%BC%9A%E3%80%82%E5%9F%B7%E8%A1%8C%E5%A7%94%E5%93%A1%E4%BC%9A%E3%81%AF%E6%98%A5%E4%BC%91%E3%81%BF%E4%BB%A5%E9%99%8D%E3%81%AE%E6%88%A6%E8%A1%93%E3%82%92%E6%8F%90%E6%A1%88%E3%80%82&amp;diff=1061</id>
		<title>1973年2月13日（火） 一文で総括集会。執行委員会は春休み以降の戦術を提案。</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.19721108.net/wiki/index.php?title=1973%E5%B9%B42%E6%9C%8813%E6%97%A5%EF%BC%88%E7%81%AB%EF%BC%89_%E4%B8%80%E6%96%87%E3%81%A7%E7%B7%8F%E6%8B%AC%E9%9B%86%E4%BC%9A%E3%80%82%E5%9F%B7%E8%A1%8C%E5%A7%94%E5%93%A1%E4%BC%9A%E3%81%AF%E6%98%A5%E4%BC%91%E3%81%BF%E4%BB%A5%E9%99%8D%E3%81%AE%E6%88%A6%E8%A1%93%E3%82%92%E6%8F%90%E6%A1%88%E3%80%82&amp;diff=1061"/>
				<updated>2026-08-04T02:57:11Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;Ad19721114: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''【概要】'''&lt;br /&gt;
:入試を前に一文では、総括集会が持たれた。2月6日、7日の二連続学大流会を自己批判するとした執行委員会は、4月10日の学生大会を提案。あわせて入試～春休み～4月にかけての活動を提起した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【この日のできごと】'''&lt;br /&gt;
:◎一文、総括集会を行う。執行委員会は「4.10学生大会」を提案。入試・春休み期間の対応を検討した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【4.10学生大会に向けて】'''&lt;br /&gt;
:執行委員会は、2月6、7日の学生大会流会は準備不足だったとし、その反省をふまえて4月10日の学生大会に向けての態勢を整えたいと、議案書草案を示した。&lt;br /&gt;
:流会について具体的には触れていないが、11.28は言うに及ばず、1.23、1.30と立て続けに学生大会が成立（成功）したことにより、執行委員会はその延長上として学生大会が成立するものと考えていたのではないか。2月に入り、進級や卒業を巡って個人の意識の変化が生じ、それまでの自然発生的な盛り上がりでは人は集まらず、クラス討論はもとより学生大会も成立させるのが難しい状況になっていたことを、どれくらい自覚していただろうか。そしてその対策は？&lt;br /&gt;
:実際のところ、僅差で不成立になった原因は1年D組のクラス合宿による不参加によるものであったのだが、告知の不徹底は悔やまれるところである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
:学生大会の必要性については、「新入生を迎えての闘いの開始」「四月祭」「試験攻勢への対処」の3点をあげた。&lt;br /&gt;
:具体的な進行は、「4月10日からの1週間ストライキ提案」によって闘いの継続を宣言し、新入生歓迎実行委員会が「四月祭」の意義を説明し、具体的な企画、催し物を発表する。2年生以上の各クラスからは新入生へ向けた発言をする。団交実行委員会からは文連のサークル補助費問題等の全学的な問題を提起し、自治会承認に関しては「自治会室」「自治会費」について決議する。その他、草案には「試験攻勢に対する対処」「二文の支援」などの議題もあげられた。&lt;br /&gt;
:春休みのスケジュールとしては、入試、合格発表、その後の手続き期間に合わせたビラ撒きおよび情宣の他、毎週火・金の同盟登校日等も提案された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【新入生歓迎に向けて】'''&lt;br /&gt;
:執行委員会内に設けられた新入生歓迎実行委員会も、集会に向けて「春越えれば」と題してビラを配布した。「一人一人が新入生に真実を！」「一人一人が独自の表現を！」「一人一人が闘いの総括を！」とあるように「一人一人がこれまでの闘いとは自分にとって何であったのか」を捉え返す必要があるとし「川口君虐殺に対する怒りを、憎しみを、そして自ら流した涙を、何よりも僕達の真実を新入生に僕達一人一人が伝えよう」と呼びかけた。&lt;br /&gt;
:具体的には、各クラス・専修からのビラやパンフレットの作成、縦割りのクラス討論・合同コンパの実施、そして4.11～14の四月祭では、学習会、研究会、討論集会、自主講座、バザー、模擬店等のアイデアが盛り込まれた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【規約改正への動き】'''&lt;br /&gt;
:自治会を一部の党派が私していた後だけに、自治会規約を公正なものにすることは、新執行部の課題であった。規約改正委員会を設け、いかに総意を反映するかに取り組んだ。この日配られたビラには、「規約改正委員会は、各個人の自発性を促し、その創意にみちた連帯を保護するために、新規約を作成することを目的として設置され、またここに結集される。改正委の構成、内容は『総則』にしたがう」とある。&lt;br /&gt;
:委員会の構成員は各クラス・専修から選出され、クラス討論の内容を収拾する他、オブザーバーの参加も認められ、広く問題提起を求めた。第一回の開催は2月14日午後1時から4号館ラウンジ。また、春休み中は同盟登校日の火曜日と金曜日に開催とした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【クラス討論の呼び掛け】'''&lt;br /&gt;
:すでに一文の1年生のクラスでは「一年生連合会議」の呼び掛けがされており、2月14日には討論集会も予定されていた（実施は未確認）。それとともに、クラス討論資料原稿募集のビラが新執行委員会の名前で出されている。これまでとは異なった論調で「我々は素ボクに自らの自治運動をおし進めてきました。しかし政府の大学への反動政策、そして大学への攻撃は米帝のベトナム介入情勢の変化等とも密接に関係して、機動隊が日本の早稲田で検問、不当逮捕、さらには学友への凶暴な暴行を日常的に行っていることに端的に表れています。我々は早稲田解放闘争のなかですでに革マル派よりずっと恐ろしい敵＝国家権力と激突し始めているのです」とし、3月上旬締め切りで次の4点に関する意見を募った。&lt;br /&gt;
:１）国際情勢と国内情勢よりなる大学の位置&lt;br /&gt;
:２）早大65～73年の闘争経過&lt;br /&gt;
:３）11.8以降の闘争記録&lt;br /&gt;
:４）今後の自治会の展望（御用自治会、ポツダム自治会終焉論、反大学、革マル「戦闘的自治会論」など、具体的に語る必要があると考える。）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【リンク】'''&lt;br /&gt;
:[https://drive.google.com/open?id=1HtTdR71LS5wLkGwyxLJTM8h9XfKA6W9l 2/13総括集会に向けて  一文執行委員会]&lt;br /&gt;
:[https://drive.google.com/open?id=1payUO84uFnQxwlgksZby_rFA0Lho2YM3 春越えれば！　2.13集会に向けて  第一文学部執行委員会新入生歓迎実行委]&lt;br /&gt;
:[https://drive.google.com/open?id=1YJvqz1sWbUGd1_6SryaaNy2iO6QrIePJ 規約改正委員会から　№1]&lt;br /&gt;
:[https://drive.google.com/open?id=1SWuoW4fCQU5YApvsBRIOrxV3s-Eh2TAK 2.13総括集会に向けて！ 一文団交実行委員会]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>Ad19721114</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://www.19721108.net/wiki/index.php?title=1973%E5%B9%B42%E6%9C%8812%E6%97%A5%EF%BC%88%E6%9C%88%EF%BC%89%E6%95%99%E8%82%B2%E5%AD%A6%E9%83%A8%E3%80%81%E8%A9%A6%E9%A8%93%E6%97%A5%E7%A8%8B%E6%B6%88%E5%8C%96%E3%81%AE%E9%87%8D%E8%A6%81%E6%80%A7%E3%82%92%E5%91%8A%E7%A4%BA%E3%80%8216%E5%8F%B7%E9%A4%A8%E5%9C%B0%E4%B8%8B%E3%82%92%E7%AB%8B%E5%85%A5%E7%A6%81%E6%AD%A2%E3%81%AB%E3%80%82&amp;diff=1060</id>
		<title>1973年2月12日（月）教育学部、試験日程消化の重要性を告示。16号館地下を立入禁止に。</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.19721108.net/wiki/index.php?title=1973%E5%B9%B42%E6%9C%8812%E6%97%A5%EF%BC%88%E6%9C%88%EF%BC%89%E6%95%99%E8%82%B2%E5%AD%A6%E9%83%A8%E3%80%81%E8%A9%A6%E9%A8%93%E6%97%A5%E7%A8%8B%E6%B6%88%E5%8C%96%E3%81%AE%E9%87%8D%E8%A6%81%E6%80%A7%E3%82%92%E5%91%8A%E7%A4%BA%E3%80%8216%E5%8F%B7%E9%A4%A8%E5%9C%B0%E4%B8%8B%E3%82%92%E7%AB%8B%E5%85%A5%E7%A6%81%E6%AD%A2%E3%81%AB%E3%80%82&amp;diff=1060"/>
				<updated>2026-08-04T02:50:00Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;Ad19721114: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''【概要】'''&lt;br /&gt;
:多くの学部が学期末試験の延期もしくはレポート化となるなか、教育学部では、3月初旬にあらためて試験日程を発表する旨を告示した。また、学部団交で要求のあった16号館地下の開放については、いったん使用禁止とし閉鎖するとした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【この日のできごと】'''&lt;br /&gt;
:●教育学部は3月初旬に試験日程を発表すると告示。&lt;br /&gt;
:●16号館地下を閉鎖。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【教育学部の学年末試験の行方】'''&lt;br /&gt;
:教育学部当局は、後期試験が平静に行える見込みがないとして「3月5日まで行わない」とし、試験日程はあらためて3月6日に発表すると告示した。この3月5日というのは、入試に伴った本部の立入禁止が解除される日に当たる。&lt;br /&gt;
:重ねて当局は、「3月6日に発表する試験日程が消化できない場合は、卒業・進級の見込みがまったくたたなくなる」ので「学生諸君が、ここにあらためて大学生としてのありかたを個々の責任において真剣に考え、この非常事態に対処するよう切望する」とした。「この非常事態」に対して学部は「可能なかぎりのことを考え、学生諸君の要求するいわゆる『団交』等にも積極的に応えてきた。にもかかわらず、きわめて深刻な状況を迎えつつある。まことに憂慮にたえない」としている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【16号館の閉鎖】'''&lt;br /&gt;
:16号館について当局は、無断で占有していたサークル等の退去を求めるためいったん使用禁止として閉鎖、その後あらためて開放すると、それぞれ別の告示に書き分けて発表した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
:「立入禁止措置について&lt;br /&gt;
:16号館地下の各室の使用は認められていないので2月17日（土）までに私物を整理し退去すること。&lt;br /&gt;
:指示した日以降残っている私物は処分し、各室は当分の間閉鎖する。&lt;br /&gt;
:2月12日　　　　　　　　　　教育学部」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
:「16号館地下の立入禁止措置について&lt;br /&gt;
:16号館地下の各室は、本来、教育学部学生のサークル活動のために用意されたものだが、移転時より残されている問題の解決を見ないまま、使用禁止の状態にある。&lt;br /&gt;
:学部はできるだけ早く、これを学生諸君に開放したいと考えており、そのために、とりあえず現在許可なく使用している者に退去を求めた。学生諸君の理解と協力を得たい。&lt;br /&gt;
:2月12日　　　　　　　　　　教育学部」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【リンク】'''&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>Ad19721114</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://www.19721108.net/wiki/index.php?title=1973%E5%B9%B42%E6%9C%8812%E6%97%A5%EF%BC%88%E6%9C%88%EF%BC%89%E6%95%99%E8%82%B2%E5%AD%A6%E9%83%A8%E3%80%81%E8%A9%A6%E9%A8%93%E6%97%A5%E7%A8%8B%E6%B6%88%E5%8C%96%E3%81%AE%E9%87%8D%E8%A6%81%E6%80%A7%E3%82%92%E5%91%8A%E7%A4%BA%E3%80%8216%E5%8F%B7%E9%A4%A8%E5%9C%B0%E4%B8%8B%E3%82%92%E7%AB%8B%E5%85%A5%E7%A6%81%E6%AD%A2%E3%81%AB%E3%80%82&amp;diff=1059</id>
		<title>1973年2月12日（月）教育学部、試験日程消化の重要性を告示。16号館地下を立入禁止に。</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.19721108.net/wiki/index.php?title=1973%E5%B9%B42%E6%9C%8812%E6%97%A5%EF%BC%88%E6%9C%88%EF%BC%89%E6%95%99%E8%82%B2%E5%AD%A6%E9%83%A8%E3%80%81%E8%A9%A6%E9%A8%93%E6%97%A5%E7%A8%8B%E6%B6%88%E5%8C%96%E3%81%AE%E9%87%8D%E8%A6%81%E6%80%A7%E3%82%92%E5%91%8A%E7%A4%BA%E3%80%8216%E5%8F%B7%E9%A4%A8%E5%9C%B0%E4%B8%8B%E3%82%92%E7%AB%8B%E5%85%A5%E7%A6%81%E6%AD%A2%E3%81%AB%E3%80%82&amp;diff=1059"/>
				<updated>2026-08-04T02:49:15Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;Ad19721114: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''【概要】'''&lt;br /&gt;
:多くの学部が学期末試験の延期もしくはレポート化となるなか、教育学部では、3月初旬にあらためて試験日程を発表する旨を告示した。また、学部団交で要求のあった16号館地下の開放については、いったん使用禁止とし閉鎖するとした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【この日のできごと】'''&lt;br /&gt;
:●教育学部は3月初旬に試験日程を発表すると告示。&lt;br /&gt;
:●16号館地下を閉鎖。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【教育学部の学年末試験の行方】'''&lt;br /&gt;
:教育学部当局は、後期試験が平静に行える見込みがないとして「3月5日まで行わない」とし、試験日程はあらためて3月6日に発表すると告示した。この3月5日というのは、入試に伴った本部の立入禁止が解除される日に当たる。&lt;br /&gt;
:重ねて当局は、「3月6日に発表する試験日程が消化できない場合は、卒業・進級の見込みが全くたたなくなる」ので「学生諸君が、ここにあらためて大学生としてのありかたを個々の責任において真剣に考え、この非常事態に対処するよう切望する」とした。「この非常事態」に対して学部は「可能なかぎりのことを考え、学生諸君の要求するいわゆる『団交』等にも積極的に応えてきた。にもかかわらず、きわめて深刻な状況を迎えつつある。まことに憂慮にたえない」としている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【16号館の閉鎖】'''&lt;br /&gt;
:16号館について当局は、無断で占有していたサークル等の退去を求めるためいったん使用禁止として閉鎖、その後あらためて開放すると、それぞれ別の告示に書き分けて発表した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
:「立入禁止措置について&lt;br /&gt;
:16号館地下の各室の使用は認められていないので2月17日（土）までに私物を整理し退去すること。&lt;br /&gt;
:指示した日以降残っている私物は処分し、各室は当分の間閉鎖する。&lt;br /&gt;
:2月12日　　　　　　　　　　教育学部」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
:「16号館地下の立入禁止措置について&lt;br /&gt;
:16号館地下の各室は、本来、教育学部学生のサークル活動のために用意されたものだが、移転時より残されている問題の解決を見ないまま、使用禁止の状態にある。&lt;br /&gt;
:学部はできるだけ早く、これを学生諸君に開放したいと考えており、そのために、とりあえず現在許可なく使用している者に退去を求めた。学生諸君の理解と協力を得たい。&lt;br /&gt;
:2月12日　　　　　　　　　　教育学部」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【リンク】'''&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>Ad19721114</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://www.19721108.net/wiki/index.php?title=1973%E5%B9%B42%E6%9C%8810%E6%97%A5%EF%BC%88%E5%9C%9F%EF%BC%89%E4%BA%8C%E6%96%87%E5%BD%93%E5%B1%80%E3%81%8C%E8%87%AA%E6%B2%BB%E4%BC%9A%E6%89%BF%E8%AA%8D%E3%81%AB%E5%90%91%E3%81%91%E7%A2%BA%E7%B4%84%E6%9B%B8%E3%81%AB%E7%BD%B2%E5%90%8D%E3%80%82%E4%B8%80%E6%96%87%E3%81%A7%E6%96%B0%E5%85%A5%E7%94%9F%E6%AD%93%E8%BF%8E%E5%AE%9F%E8%A1%8C%E5%A7%94%E3%81%AE%E5%88%9D%E4%BC%9A%E5%90%88%E3%80%82&amp;diff=1058</id>
		<title>1973年2月10日（土）二文当局が自治会承認に向け確約書に署名。一文で新入生歓迎実行委の初会合。</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.19721108.net/wiki/index.php?title=1973%E5%B9%B42%E6%9C%8810%E6%97%A5%EF%BC%88%E5%9C%9F%EF%BC%89%E4%BA%8C%E6%96%87%E5%BD%93%E5%B1%80%E3%81%8C%E8%87%AA%E6%B2%BB%E4%BC%9A%E6%89%BF%E8%AA%8D%E3%81%AB%E5%90%91%E3%81%91%E7%A2%BA%E7%B4%84%E6%9B%B8%E3%81%AB%E7%BD%B2%E5%90%8D%E3%80%82%E4%B8%80%E6%96%87%E3%81%A7%E6%96%B0%E5%85%A5%E7%94%9F%E6%AD%93%E8%BF%8E%E5%AE%9F%E8%A1%8C%E5%A7%94%E3%81%AE%E5%88%9D%E4%BC%9A%E5%90%88%E3%80%82&amp;diff=1058"/>
				<updated>2026-08-04T02:47:10Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;Ad19721114: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''【概要】'''&lt;br /&gt;
:二文の団交で学部長が自治会承認へ努力する旨の確約書に署名した。学内では、卒業試験の実施（一部レポート化）、学期末試験の無期延期等、各学部の対応がほぼ出揃い、2月末からの入試の準備へ向かいつつあった。受験生への情宣、新入生との連帯等、新たな取り組みが求められるなか、新入生歓迎実行委員会が中心となって、企画立案および呼び掛けが始まった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【この日のできごと】'''&lt;br /&gt;
:◎一文「新入生歓迎実行委員会」が初会合。&lt;br /&gt;
:●二文団交の席上、守屋富生学部長は臨執を承認する方向へ努力するとの内容の確認書に署名した。&lt;br /&gt;
:◎学部長、教職員40名参加による教育学部団交が決裂。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【二文学部長の確約書】'''&lt;br /&gt;
:「混乱の続く早稲田大学の守屋富生第二文学部長は10日夜、同学部学生自治会臨時執行部（反革マル）との団交で、現在の臨時執行部を承認する方向へ努力するとの確約書を書いた。」（1973年2月12日付毎日新聞）&lt;br /&gt;
:確約書は「昨年の11.30日の学生大会を学生集会と呼んでいた事を撤回し、前規約に基づいた正式な学生大会と認めます。私は、昨年の11.30学生大会及びそこで決議された内容を即時無条件で承認し、また責任をもって教授会に承認する様、要請します」（1973年3月10日付早稲田キャンパス）というもの。&lt;br /&gt;
:11.30の学生大会での決議は「①革マル派自治会執行部リコール②革マル派自治会規約廃棄③臨時執行部選出」の3項目で、「これで第二文学部当局は臨時執行部の事実上の承認を強く迫られることになった」と毎日新聞は報じた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
:実際に二文当局がこの確約書に呼応した形で態度を表明したのは、1カ月後の3月13日付の告示においてであった。&lt;br /&gt;
:この中で「臨時執行部と折衝に応じる考えである」としながらも「2月10日当日に見られたような、学部長に対する強圧的姿勢は甚だ遺憾であり、当日の学部長の諸確認書はそのままには認めがたい」と、新たに5つの条件を提示した。&lt;br /&gt;
:1）新執行部が、学生大会決定事項につき、学部投票等の方式で学部自治会員過半数の支持を確認すること。&lt;br /&gt;
:2）クラス委員（自治委員）選出のための公正な選挙管理委員会の設置。&lt;br /&gt;
:3）選挙期間・方式をあらかじめ明示した上でのクラス在籍者過半数が出席することを条件とするクラス委員選挙及び公開の開票。&lt;br /&gt;
:4）クラス委員総会において多数の支持をえた執行部の選出。&lt;br /&gt;
:5）執行部による、全自治会員の総意を常時反映しうるような自治会規約案の提示と、その全自治会員の絶対多数による承認。&lt;br /&gt;
:「われわれとしては、以上のような手続きが必要であると考えているが、これは自治会組織の民主性を保障する最低限の条件として、学生諸君の当然とするところでもあろうと思う。（右のような、）諸手続きを含めた学生自身による自治会再建がおし進められてゆくことを切に望む」と、告示は結ばれている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【新入生歓迎実行委員会の呼び掛け】'''&lt;br /&gt;
:「新歓実行委より文学部学友へ訴える」と題されたビラでは、「新入生を迎えるということは、逆に僕達の主体性が問われるということであり、自らの様々な体験を新入生と共有せんとすることである」として「僕達は、僕達の秩序を早稲田解放の中に位置づけ、自治会再建を内実化し、新入生を迎え入れようではないか」という呼び掛けとともに4つの提案がされた。&lt;br /&gt;
:1）各クラスからも新入生歓迎のビラを出し、様々な表現で情宣を。&lt;br /&gt;
:2）各クラスでパンフを作成し、新一年生に渡す。&lt;br /&gt;
:3）各クラス・各専修で四月祭企画を準備しよう。&lt;br /&gt;
:4）一人1000円のカンパを。&lt;br /&gt;
:「各クラス」が強調されていることについて新歓実委は「既に各クラスが分化されてきているという否定的状況を考えるとき、僕達の、クラス自治、専修自治を十分に活かし切れる事のない自治会といった反省としてある。再度各クラスが、独自に企画し、準備し、それを担うということを先ず考えよう」と述べている。&lt;br /&gt;
:なお、このビラには「一文新歓委員長・文責」とある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【リンク】'''&lt;br /&gt;
:[https://drive.google.com/open?id=1UC_UOiMXDYPTk-3Us8DJ2i5K9jJmWQWn 新歓実行委より文学部学友へ訴える]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>Ad19721114</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://www.19721108.net/wiki/index.php?title=1973%E5%B9%B42%E6%9C%889%E6%97%A5%EF%BC%88%E9%87%91%EF%BC%89%E4%B8%80%E6%96%87%E3%80%81%E6%95%99%E8%82%B2%E3%80%81%E7%A4%BE%E5%AD%A6%E3%81%A7%E5%AD%A6%E9%83%A8%E8%A6%8B%E8%A7%A3%E3%81%8C%E7%A4%BA%E3%81%95%E3%82%8C%E3%82%8B%E3%80%82&amp;diff=1057</id>
		<title>1973年2月9日（金）一文、教育、社学で学部見解が示される。</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.19721108.net/wiki/index.php?title=1973%E5%B9%B42%E6%9C%889%E6%97%A5%EF%BC%88%E9%87%91%EF%BC%89%E4%B8%80%E6%96%87%E3%80%81%E6%95%99%E8%82%B2%E3%80%81%E7%A4%BE%E5%AD%A6%E3%81%A7%E5%AD%A6%E9%83%A8%E8%A6%8B%E8%A7%A3%E3%81%8C%E7%A4%BA%E3%81%95%E3%82%8C%E3%82%8B%E3%80%82&amp;diff=1057"/>
				<updated>2026-07-31T02:29:25Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;Ad19721114: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''【概要】'''&lt;br /&gt;
:「新自治会を承認する条件」を巡る新聞報道に対し、一文教授会は事実誤認であるとして抗議を表明した。社会科学部では、予定されていた学部集会が中止となった。教育学部は「いわゆる6項目および4項目要求に答える」を示し、新執行部に対する当局の姿勢を示した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【この日のできごと】'''&lt;br /&gt;
:●「新自治会否定」との一部の新聞報道に対して一文教授会が反論。&lt;br /&gt;
:●教育学部長名で「いわゆる6項目、4項目要求に答える」を掲示。&lt;br /&gt;
:●社学当局は、自ら提示した学部主催の説明集会を中止。卒業試験をレポートに、3年生以下の学年末試験は無期延期とした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【承認条件に関する新聞報道】'''&lt;br /&gt;
:9日付の読売新聞朝刊は、「早大一文教授会　新自治会否定の文書を郵送」と題して第一文学部当局の文書郵送に関連して次のように報じた。「早稲田大学第一文学部（本明寛学部長）は、8日、反革マル派学生が進めている自治会再建運動について、教授会の見解を文書にして全学生に郵送した。これは新自治会承認のための条件を示したもので、それによると、まず自治会再建の意思を学部投票で問い、在籍学生の過半数の賛成を得ることを前提にしている。昨年11月28日に結成された反革マル派自治会は、すでに自治委員や執行部の選出を終えており、今度の教授会見解は、新自治会を事実上否定して白紙に戻そうというもの。このため、学生側の反発は必至とみられている。」&lt;br /&gt;
:また、朝日新聞も同日の朝刊で「自治会の承認に条件。過半数の支持要求」を見出しに立て、自治会関連で「同学部当局が公式に見解を表明したのはこれが初めて。また自治会再建運動の起きている政経、教育、一文、二文、社会科学の五学部当局の自治会に対する見解が出されたのは、政経学部に次いで2番目である。（中略）川口君リンチ事件以後、学部当局は革マル派自治会執行部を処分し、同派の自治会活動を認めないと決めており、一方反革マル派学生は学生大会で臨時執行部を選出、その後の学生大会で革マル派に代わる新執行部を選び、学部当局に承認を迫っていた。この学部見解について学生たちの間には、ふだん三分の一ぐらいの学生しか登校しない状態からみて4項目をみたすのは事実上不可能なことで、学部当局の新自治会弾圧だとする意見も多く、なお曲折が予想される」と結んでいる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
:これらの報道に対して一文当局は、学部長名で次の掲示を出した。&lt;br /&gt;
:「学生諸君へ&lt;br /&gt;
:　本日（9日）一、二の新聞紙上において、自治会問題についての文学部の本意が誤って伝えられている面がある。文学部教授会の意向は、去る2月5日における学生諸君との会で公表した内容といささかも異なるものではなく、今後もその線に沿って積極的に対処していくことを明らかにする。文学部としては新聞社に対して早急に訂正記事を掲載するよう申し入れた。&lt;br /&gt;
:2月9日　　　　　第一文学部長」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【社学当局による学生集会中止の理由】'''&lt;br /&gt;
:この日、社会科学部では当局が開催を予定していた学部集会が中止となったが、社会科学部当局はその理由を2月15日付の告示「学部集会に代えて」の中で次のように説明した。「2月9日の現状からして、平穏に学部説明集会が催される状態ではなかったので、今回、ここに文書を以て、これに代える次第である」とし、団交に対する考え方については「教授会は、従来の方針に従い、（右の）団交については、学生と教員との関係は、教育と研究の場という見解から、それは一般の労働者と使用者との労使関係とは性格の異なるものであるということ、即ち、教育と研究の場は、多数の力によって左右されうべき性質のものではないという理由で拒否し続けてきた」と述べている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【教育当局の見解】'''&lt;br /&gt;
:教育学部当局は「いわゆる6項目および4項目要求に対しては、この間学部執行部としていちおうの回答を出してきたが、学生諸君の要望に応えて、あらためて掲示のかたちでこれに答える」として、各項目の見解を示した。&lt;br /&gt;
:72年12月に出された6項目要求では、「革マル派による川口君虐殺に対する見解と責任を明らかにすること」「問題解決を図るに当たっては、ロックアウト、機動隊導入、告示等によるのではなく、まず全学生、院生、教職員と話し合うこと」のほか、糾弾闘争に立ち上がった学生、クラス、サークルの活動についての見解を求めるとともに、「機動隊導入などによる弾圧を反省せよ」としている。また、自治会活動については「新たな全学生の総意を反映する自治会を建設するならば、それを直ちに承認することを明らかにせよ」「16（註：号館）地下（革マル派）を自治会として承認し、自治会費などを下すことを決定した事実経過を明らかにせよ」「16地下の管理運営についての見解を明らかにし、学生の手に管理運営権を明け渡せ」と要求している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
:この中で、自治会活動に関する当局の見解は次のようなものだった。&lt;br /&gt;
:「学生自治会については、過去に経験してきたところをふまえ、真に学生諸君の総意に立った健全な組織の発展を望んでいる。自治会問題について、これを承認の方向で積極的に考えることを、昨年6月20日に確認している。」&lt;br /&gt;
:「16号館地下を中心に活動していた『教育学部学生自治会』（松本委員長）に対して、その『自主投票』（中略）に示された学生諸君の意志を尊重し、これを教育学部を代表するものとして認めることにした（ここで自治会費をおろすことを決定したという事実はない）。そこへ川口君の事件がおこった。松本委員長以下の執行部が、事件をおこした革マル派に属する事実を重視し、決定の執行を停止し、やがてこれを白紙に戻した。」&lt;br /&gt;
:「管理責任の上からいって16号館地下の管理運営権を全面的に学生諸君に委ねることはできない。しかし、基本的に、これを学生諸君の自主的な活動の場として開放する姿勢に変わりはない。」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
:4項目要求は、72年12月6日のクラス委員総会において選出された常任委員会名で行われた。&lt;br /&gt;
:１）クラス委員会総会で選出された新執行部を教育学部自治会常任委員会として即刻承認せよ。&lt;br /&gt;
:２）「教育学部学生会規則」を即刻撤廃せよ。&lt;br /&gt;
:３）自治会室、自治会費を即刻手渡せ。自治会費がないというならば、来年度までの暫定的援助金を提出せよ。&lt;br /&gt;
:４）学生自治会の交渉権を認めよ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
:各回答は以下の通り。&lt;br /&gt;
:１）「教育学部学生自治会常任委員会」（永井委員長）を、自治会問題に関して話し合う唯一の代表として認めたことは、すでに1月23日の発表の通り。&lt;br /&gt;
:２）教育学部学生会規則」の扱いは「教育学部報」第3号に示された考え方に立っているが、これは自治会承認問題との関連で考えたい。&lt;br /&gt;
:３）すでに昭和41年から自治会費は徴収していない。暫定的援助金についても、これに当てる金がなく、考慮することができない。&lt;br /&gt;
:４）学生自治会の交渉権問題については、現在のところ上記1）に示した姿勢にある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
:ここにある1月23日の発表については、新入生歓迎パンフレットの「闘争日誌」にその経緯がある。&lt;br /&gt;
:「1月23日。教育専任教員会は『教育学部学生自治会常任委員会（永井委員長）を自治会問題に関して話し合う唯一の代表として認める』旨の『1.23見解』を発表。ただちに学部団交を開き、榎本学生担当主任、伊藤副主任に説明を求める。榎本主任は『唯一の代表として認め』ながらも自治会として認めようとせず、また11.8以来の当局の態度をあいまいにしたまま、『機動隊導入もあり得る』等の発言を行った。」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
:見解発表の翌日10日には学部団交が開かれ、川副学部長が初めて出席したが合意には至らず決裂。その後、入試体制に入った当局は本部をロックアウトしたため、全学スト実委、行動委によって粉砕が試みられ、構内での集会が開かれた。こうした事態を受け2月22日には、教育専任教員会による「2.22見解」が在校生宛に郵送された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
:（資料：『教育学部学生諸君へ-自治会承認問題の経緯について』昭和48年6月12日早稲田大学教育学部）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【リンク】'''&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>Ad19721114</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://www.19721108.net/wiki/index.php?title=1973%E5%B9%B42%E6%9C%888%E6%97%A5%EF%BC%88%E6%9C%A8%EF%BC%89%E3%80%8C%E5%85%A8%E5%AD%A6%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%BB%E7%B7%8F%E9%95%B7%E5%9B%A3%E4%BA%A4%E5%8B%9D%E5%88%A9%E3%80%8D%E3%82%92%E6%8E%B2%E3%81%92%E5%85%A8%E5%AD%A6%E7%B7%8F%E6%B1%BA%E8%B5%B7%E9%9B%86%E4%BC%9A%E3%82%92%E9%96%8B%E5%82%AC%E3%80%82&amp;diff=1056</id>
		<title>1973年2月8日（木）「全学スト・総長団交勝利」を掲げ全学総決起集会を開催。</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.19721108.net/wiki/index.php?title=1973%E5%B9%B42%E6%9C%888%E6%97%A5%EF%BC%88%E6%9C%A8%EF%BC%89%E3%80%8C%E5%85%A8%E5%AD%A6%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%BB%E7%B7%8F%E9%95%B7%E5%9B%A3%E4%BA%A4%E5%8B%9D%E5%88%A9%E3%80%8D%E3%82%92%E6%8E%B2%E3%81%92%E5%85%A8%E5%AD%A6%E7%B7%8F%E6%B1%BA%E8%B5%B7%E9%9B%86%E4%BC%9A%E3%82%92%E9%96%8B%E5%82%AC%E3%80%82&amp;diff=1056"/>
				<updated>2026-07-31T02:06:49Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;Ad19721114: ページの作成:「'''【概要】''' :「全学ストライキ・総長団交勝利」をスローガンに、各学部の新執行部、団交実行委員会等の呼びかけで、全学...」&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''【概要】'''&lt;br /&gt;
:「全学ストライキ・総長団交勝利」をスローガンに、各学部の新執行部、団交実行委員会等の呼びかけで、全学総決起集会が開催され、本部10号館に500名が参集した。政経、教育、一文のスト団実委の提案により「全学団交実行委員会」が結成された。6日、7日続けて学生大会が流会となった一文では、予定通り卒業試験が開始された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【この日のできごと】'''&lt;br /&gt;
:◎全学ストライキ・総長団交勝利を呼びかけて、全学総決起集会が本部10号館で開かれた。500名参集。&lt;br /&gt;
:●一文当局は卒業予定者の試験を実施。また、3年生以下の期末試験は無期延期とした。&lt;br /&gt;
:●一文教授会・教員会は、3年生以下の自宅にパンフレットを送付。新自治会を承認する条件等を示した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【全学団交実行委員会の結成】'''&lt;br /&gt;
:全学総決起集会は、7学部（政経、社学、教育、法、商、一文、二文）の執行部ほか、政経、教育のストライキ団交実行委員会、一文の団交実行委員会等の呼びかけで開催された。&lt;br /&gt;
:集会は、『第一次早大闘争の記録』上映の後、各学部からの決意表明、討論へと移り、ストライキに反対している法学部執行部（編註：民青系）の見解に対し、法学部行動委員会、政経（学部）行動委員会からの反論が展開される場面もあった。&lt;br /&gt;
:最後に「我々が一歩一歩克ち取ってきた質を、今こそ闘いの組織性において物質化することがせまられている。当局の闘争収拾策動としての試験強行を、あまたの弾圧の下で粉砕してきたストライキ体制を、今また早大当局の管理支配中枢破砕へ突き進むものとして再度強化すべく、全学スト体制を大胆に構築し、管理支配体制をマヒさせ、『総長』村井某を全学友の前に我々はひきずり出さなくてはならない」との政経、教育、一文の連名で出された全学団交実行委員会結成への呼びかけを受け、村井総長との直接団交へ向け全学団交実行委員会（準）の結成が決議された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
:この時示された全学団交要求項目（試案）は次の8つであった。&lt;br /&gt;
:1）各学部新自治会を即時無条件に承認せよ！　各学部自治会費凍結を即時解除せよ！&lt;br /&gt;
:2）10.27、11.17告示を白紙撤回せよ！&lt;br /&gt;
:3）11.14・15、1.22等一連の機動隊導入を自己批判せよ！&lt;br /&gt;
:4）機動隊常駐、検問体制を自己批判せよ！&lt;br /&gt;
:5）一文、二文「自治会三役」処分による責任転嫁を自己批判し、これを白紙撤回せよ！&lt;br /&gt;
:6）第二学館を解放し、管理運営権を学生の手に渡せ！&lt;br /&gt;
:7）今回の闘争による負傷者の治療費を将来にわたって全学保障せよ！&lt;br /&gt;
:8）川口君虐殺の共犯者「総長」村井は責任をとって即刻退任せよ！&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【クラス活動を組織する】'''&lt;br /&gt;
:全学団交実行委員会の結成に呼応するように、「一年生連合会議（仮称・準）」に結集せよ！」の呼びかけが一文であった。&lt;br /&gt;
:「川口君が生きて行うことができなかった早稲田解放へ向けた闘いをうけつぎ発展させてゆく、そのようなものとして活動を行なってゆきたい。早稲田解放をめざしあらゆる態をもって活動する、そのような活動母体として一年生会議はある。11.8以前の何も行動しないことで川口君虐殺を許してしまった自己を否定的にとらえ、自己改革をかけて運動をになってゆく個人orグループorクラスが自由に参加できるものとしていきたい。もうすぐ我々は4月という新しい時局を迎える。来るであろう新入生を11.8以前のあの欺まん的な日常性にそまらせてはならない。新入生と連帯し、運動をさらに進めていくためにも、今までの個々のクラスに分断された閉鎖的闘いから有機的に横の連帯を深めた大衆的な団結が必要とされているのだ。」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
:一文では、1、2年は語学ごとにクラス編成されているが、同じ語学のクラスで2年間一緒に学んでも、3年に進級すると専修別に再編される。単位が不足すれば留年となり、そのまま語学のクラスに籍が残る。実際に川口君のいた2Jでも、1月からのスト期間、その後の入試、春休みを経るうちにクラス単位での活動は自然消滅し、その後は個人単位で執行委員会、行動委等とともに活動を続けることとなった。&lt;br /&gt;
:各クラスでは、クラス討論、学習会が継続的に持たれていたが、学外の喫茶店などで開かれることも多く、クラス間の横の繋がりは弱かった。呼びかけでは「革マルの強靱な組織力、当局の居直り」に対抗するためにも1年生の連帯が不可欠だということをはっきり認識しよう」と、2.14の1年生討論集会、新入生に向けてのパンフ作成、団交への討論など当面の行動方針が提案された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【当局の承認条件】'''&lt;br /&gt;
:一文教授会・教員会は、3年生以下の自宅に送付したパンフレットの中で「昨年11月8日の事件以来、諸君が学園の正常化のために真剣な運動の積み重ねを行ってきていることを評価するものである」としながらも「学部自治会の新たな発足のためには、新執行部が、学生大会決定事項につき、学部投票等の方法で、学部自治会員過半数の支持を確認するよう求めたい」と、4項目の承認条件を示した。&lt;br /&gt;
:１）クラス委員（自治委員）選出のための公正な選挙管理委員会の設置。&lt;br /&gt;
:２）選挙期間・方式等をあらかじめ明示した上でのクラス在籍者過半数が出席することを条件とするクラス委員選挙、及び公開の開票。&lt;br /&gt;
:３）クラス委員総会において多数の支持を得た執行部の選出。&lt;br /&gt;
:４）執行部による、全自治会員の総意を常時反映しうるような自治会規約案の提示と、その全自治会員の絶対多数による承認。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【代行主義の限界】'''&lt;br /&gt;
:川口君の死をきっかけにクラス内で討論することから始まった一文の動きは、「クラス討論連絡会議」の結成により組織化された。構造としては、クラス討論により意見の一致を図り、それをクラスの代表者（自治委員）が自治委員総会にかけ、討論を経て全体の総意によって活動の方向性を決定するという形だった。&lt;br /&gt;
:年が明けて学年末が近づくと、混乱を怖れた大学当局によるロックアウトや休講が増えて登校者数がしだいに減り、クラス討論を維持することが難しくなった。さらには、革マルによる暴力的排除がエスカレートするにつれて、学内でのクラス討論はもちろんのこと自治委員総会、さらには執行委員会も開催が危うくなり、個人→クラス→自治委員総会というクラス構成員の意見を集約する仕組みが失われた。&lt;br /&gt;
:もともとクラスによって討論への熱意は異なり、クラス編成が語学単位だったこともあって、当初からクラス間の横の繋がりは脆弱だった。そうした背景があり、さらに状況が厳しくなったことで、自治委員総会へ出席するクラスの顔ぶれも固定化していった。&lt;br /&gt;
:一方で、当局との交渉は自治会承認に焦点が絞られ、執行委員会が学生の代表機関として機能する（承認される）ためには各クラスから選ばれた自治委員による投票が求められた。これは既成の自治会規約にのっとった手続きであったが、流動的な学内状況の中で、自治会承認が目的化し自治委員選が長引いたことが、新執行部の動きを鈍らせ、運動の全体像を見えにくくしていったと考えられる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【リンク】'''&lt;br /&gt;
:[https://drive.google.com/open?id=13q6PNdslgOM8yODCsfkMSGfYWjHt5gf6 声明文　全学団交実行委員会結成へ向けて  第一文学部団交実行委員会  教育学部ストライキ団交実行委員会  政経学部ストライキ団交実行委員会]&lt;br /&gt;
:[https://drive.google.com/open?id=1aIWjd0pbCyTtTDPdMYnULCW9u7KaVphp 一年生連合会議（仮称・準）に結集せよ！ 一年生連合会議（仮称・準）]&lt;br /&gt;
:[https://drive.google.com/open?id=18sijVQEUIb6gS5-ph-ANIzesiMD9F6lM 村井＝革マルの川口君虐殺を許さないぞ！  一年生連合会議（仮称・準）]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>Ad19721114</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://www.19721108.net/wiki/index.php?title=1973%E5%B9%B42%E6%9C%88&amp;diff=1055</id>
		<title>1973年2月</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.19721108.net/wiki/index.php?title=1973%E5%B9%B42%E6%9C%88&amp;diff=1055"/>
				<updated>2026-07-31T02:05:00Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;Ad19721114: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;[[1973年2月1日（木）一文は1月30日学生大会決議による第二波1週間ストライキ（1.31～2.6）に突入。]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1973年2月2日（金）政経学生大会で3カ月ストを決議。教育で当局と交渉。一文では当局へ6項目要求。]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1973年2月3日（土）教育で学生大会。一文221教室で自主講座「山村政明シンポジウム」を開催。]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1973年2月5日（月）一文で3回目の団交。教育学部は学年末試験の延期を決定。政経学部の卒業試験中止。]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1973年2月6日（火）一文の学生大会不成立。一文当局は、卒業試験実施を発表。]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1973年2月7日（水）一文の学生大会再び流会。当局は卒業試験実施に踏み切る。]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1973年2月8日（木）「全学スト・総長団交勝利」を掲げ全学総決起集会を開催。]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1973年2月9日（金）一文、教育、社学で学部見解が示される。]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1973年2月10日（土）二文当局が自治会承認に向け確約書に署名。一文で新入生歓迎実行委の初会合。]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1973年2月12日（月）教育学部、試験日程消化の重要性を告示。16号館地下を立入禁止に。]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1973年2月13日（火） 一文で総括集会。執行委員会は春休み以降の戦術を提案。]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1973年2月15日（火） 社会科学部教授会が学生自治に関する告示]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1973年2月16日（金）16号館で全学行動委（準）主催の討論集会開催。当局は入試期間中の立入禁止期間を発表。]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1973年2月19日（月）入試を前に本部はロックアウトに。革マル派2名が川口君の友人に対する傷害罪等で起訴される。]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1973年2月21日（水）政経学部長名で見解表明。]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1973年2月22日（木）教育専任教員会が「2.22見解」を学生に郵送。]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1973年2月24日（土）ロックアウト中の本部正門前で機動隊と小競り合い。受験生と意見交換も。]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>Ad19721114</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://www.19721108.net/wiki/index.php?title=1973%E5%B9%B42%E6%9C%888%E6%97%A5%EF%BC%88%E6%9C%A8%EF%BC%89%E5%85%A8%E5%AD%A6%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%BB%E7%B7%8F%E9%95%B7%E5%9B%A3%E4%BA%A4%E5%8B%9D%E5%88%A9%E3%82%92%E6%8E%B2%E3%81%92%E5%85%A8%E5%AD%A6%E7%B7%8F%E6%B1%BA%E8%B5%B7%E9%9B%86%E4%BC%9A%E3%82%92%E9%96%8B%E5%82%AC%E3%80%82&amp;diff=1054</id>
		<title>1973年2月8日（木）全学スト・総長団交勝利を掲げ全学総決起集会を開催。</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.19721108.net/wiki/index.php?title=1973%E5%B9%B42%E6%9C%888%E6%97%A5%EF%BC%88%E6%9C%A8%EF%BC%89%E5%85%A8%E5%AD%A6%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%BB%E7%B7%8F%E9%95%B7%E5%9B%A3%E4%BA%A4%E5%8B%9D%E5%88%A9%E3%82%92%E6%8E%B2%E3%81%92%E5%85%A8%E5%AD%A6%E7%B7%8F%E6%B1%BA%E8%B5%B7%E9%9B%86%E4%BC%9A%E3%82%92%E9%96%8B%E5%82%AC%E3%80%82&amp;diff=1054"/>
				<updated>2026-07-31T02:04:10Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;Ad19721114: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''【概要】'''&lt;br /&gt;
:「全学ストライキ・総長団交勝利」をスローガンに、各学部の新執行部、団交実行委員会等の呼びかけで、全学総決起集会が開催され、本部10号館に500名が参集した。政経、教育、一文のスト団実委の提案により「全学団交実行委員会」が結成された。6日、7日続けて学生大会が流会となった一文では、予定通り卒業試験が開始された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【この日のできごと】'''&lt;br /&gt;
:◎全学ストライキ・総長団交勝利を呼びかけて、全学総決起集会が本部10号館で開かれた。500名参集。&lt;br /&gt;
:●一文当局は卒業予定者の試験を実施。また、3年生以下の期末試験は無期延期とした。&lt;br /&gt;
:●一文教授会・教員会は、3年生以下の自宅にパンフレットを送付。新自治会を承認する条件等を示した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【全学団交実行委員会の結成】'''&lt;br /&gt;
:全学総決起集会は、7学部（政経、社学、教育、法、商、一文、二文）の執行部ほか、政経、教育のストライキ団交実行委員会、一文の団交実行委員会等の呼びかけで開催された。&lt;br /&gt;
:集会は、『第一次早大闘争の記録』上映の後、各学部からの決意表明、討論へと移り、ストライキに反対している法学部執行部（編註：民青系）の見解に対し、法学部行動委員会、政経（学部）行動委員会からの反論が展開される場面もあった。&lt;br /&gt;
:最後に「我々が一歩一歩克ち取ってきた質を、今こそ闘いの組織性において物質化することがせまられている。当局の闘争収拾策動としての試験強行を、あまたの弾圧の下で粉砕してきたストライキ体制を、今また早大当局の管理支配中枢破砕へ突き進むものとして再度強化すべく、全学スト体制を大胆に構築し、管理支配体制をマヒさせ、『総長』村井某を全学友の前に我々はひきずり出さなくてはならない」との政経、教育、一文の連名で出された全学団交実行委員会結成への呼びかけを受け、村井総長との直接団交へ向け全学団交実行委員会（準）の結成が決議された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
:この時示された全学団交要求項目（試案）は次の8つであった。&lt;br /&gt;
:1）各学部新自治会を即時無条件に承認せよ！　各学部自治会費凍結を即時解除せよ！&lt;br /&gt;
:2）10.27、11.17告示を白紙撤回せよ！&lt;br /&gt;
:3）11.14・15、1.22等一連の機動隊導入を自己批判せよ！&lt;br /&gt;
:4）機動隊常駐、検問体制を自己批判せよ！&lt;br /&gt;
:5）一文、二文「自治会三役」処分による責任転嫁を自己批判し、これを白紙撤回せよ！&lt;br /&gt;
:6）第二学館を解放し、管理運営権を学生の手に渡せ！&lt;br /&gt;
:7）今回の闘争による負傷者の治療費を将来にわたって全学保障せよ！&lt;br /&gt;
:8）川口君虐殺の共犯者「総長」村井は責任をとって即刻退任せよ！&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【クラス活動を組織する】'''&lt;br /&gt;
:全学団交実行委員会の結成に呼応するように、「一年生連合会議（仮称・準）」に結集せよ！」の呼びかけが一文であった。&lt;br /&gt;
:「川口君が生きて行うことができなかった早稲田解放へ向けた闘いをうけつぎ発展させてゆく、そのようなものとして活動を行なってゆきたい。早稲田解放をめざしあらゆる態をもって活動する、そのような活動母体として一年生会議はある。11.8以前の何も行動しないことで川口君虐殺を許してしまった自己を否定的にとらえ、自己改革をかけて運動をになってゆく個人orグループorクラスが自由に参加できるものとしていきたい。もうすぐ我々は4月という新しい時局を迎える。来るであろう新入生を11.8以前のあの欺まん的な日常性にそまらせてはならない。新入生と連帯し、運動をさらに進めていくためにも、今までの個々のクラスに分断された閉鎖的闘いから有機的に横の連帯を深めた大衆的な団結が必要とされているのだ。」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
:一文では、1、2年は語学ごとにクラス編成されているが、同じ語学のクラスで2年間一緒に学んでも、3年に進級すると専修別に再編される。単位が不足すれば留年となり、そのまま語学のクラスに籍が残る。実際に川口君のいた2Jでも、1月からのスト期間、その後の入試、春休みを経るうちにクラス単位での活動は自然消滅し、その後は個人単位で執行委員会、行動委等とともに活動を続けることとなった。&lt;br /&gt;
:各クラスでは、クラス討論、学習会が継続的に持たれていたが、学外の喫茶店などで開かれることも多く、クラス間の横の繋がりは弱かった。呼びかけでは「革マルの強靱な組織力、当局の居直り」に対抗するためにも1年生の連帯が不可欠だということをはっきり認識しよう」と、2.14の1年生討論集会、新入生に向けてのパンフ作成、団交への討論など当面の行動方針が提案された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【当局の承認条件】'''&lt;br /&gt;
:一文教授会・教員会は、3年生以下の自宅に送付したパンフレットの中で「昨年11月8日の事件以来、諸君が学園の正常化のために真剣な運動の積み重ねを行ってきていることを評価するものである」としながらも「学部自治会の新たな発足のためには、新執行部が、学生大会決定事項につき、学部投票等の方法で、学部自治会員過半数の支持を確認するよう求めたい」と、4項目の承認条件を示した。&lt;br /&gt;
:１）クラス委員（自治委員）選出のための公正な選挙管理委員会の設置。&lt;br /&gt;
:２）選挙期間・方式等をあらかじめ明示した上でのクラス在籍者過半数が出席することを条件とするクラス委員選挙、及び公開の開票。&lt;br /&gt;
:３）クラス委員総会において多数の支持を得た執行部の選出。&lt;br /&gt;
:４）執行部による、全自治会員の総意を常時反映しうるような自治会規約案の提示と、その全自治会員の絶対多数による承認。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【代行主義の限界】'''&lt;br /&gt;
:川口君の死をきっかけにクラス内で討論することから始まった一文の動きは、「クラス討論連絡会議」の結成により組織化された。構造としては、クラス討論により意見の一致を図り、それをクラスの代表者（自治委員）が自治委員総会にかけ、討論を経て全体の総意によって活動の方向性を決定するという形だった。&lt;br /&gt;
:年が明けて学年末が近づくと、混乱を怖れた大学当局によるロックアウトや休講が増えて登校者数がしだいに減り、クラス討論を維持することが難しくなった。さらには、革マルによる暴力的排除がエスカレートするにつれて、学内でのクラス討論はもちろんのこと自治委員総会、さらには執行委員会も開催が危うくなり、個人→クラス→自治委員総会というクラス構成員の意見を集約する仕組みが失われた。&lt;br /&gt;
:もともとクラスによって討論への熱意は異なり、クラス編成が語学単位だったこともあって、当初からクラス間の横の繋がりは脆弱だった。そうした背景があり、さらに状況が厳しくなったことで、自治委員総会へ出席するクラスの顔ぶれも固定化していった。&lt;br /&gt;
:一方で、当局との交渉は自治会承認に焦点が絞られ、執行委員会が学生の代表機関として機能する（承認される）ためには各クラスから選ばれた自治委員による投票が求められた。これは既成の自治会規約にのっとった手続きであったが、流動的な学内状況の中で、自治会承認が目的化し自治委員選が長引いたことが、新執行部の動きを鈍らせ、運動の全体像を見えにくくしていったと考えられる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【リンク】'''&lt;br /&gt;
:[https://drive.google.com/open?id=13q6PNdslgOM8yODCsfkMSGfYWjHt5gf6 声明文　全学団交実行委員会結成へ向けて  第一文学部団交実行委員会  教育学部ストライキ団交実行委員会  政経学部ストライキ団交実行委員会]&lt;br /&gt;
:[https://drive.google.com/open?id=1aIWjd0pbCyTtTDPdMYnULCW9u7KaVphp 一年生連合会議（仮称・準）に結集せよ！ 一年生連合会議（仮称・準）]&lt;br /&gt;
:[https://drive.google.com/open?id=18sijVQEUIb6gS5-ph-ANIzesiMD9F6lM 村井＝革マルの川口君虐殺を許さないぞ！  一年生連合会議（仮称・準）]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>Ad19721114</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://www.19721108.net/wiki/index.php?title=1973%E5%B9%B42%E6%9C%887%E6%97%A5%EF%BC%88%E6%B0%B4%EF%BC%89%E4%B8%80%E6%96%87%E3%81%AE%E5%AD%A6%E7%94%9F%E5%A4%A7%E4%BC%9A%E5%86%8D%E3%81%B3%E6%B5%81%E4%BC%9A%E3%80%82%E5%BD%93%E5%B1%80%E3%81%AF%E5%8D%92%E6%A5%AD%E8%A9%A6%E9%A8%93%E5%AE%9F%E6%96%BD%E3%81%AB%E8%B8%8F%E3%81%BF%E5%88%87%E3%82%8B%E3%80%82&amp;diff=1053</id>
		<title>1973年2月7日（水）一文の学生大会再び流会。当局は卒業試験実施に踏み切る。</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.19721108.net/wiki/index.php?title=1973%E5%B9%B42%E6%9C%887%E6%97%A5%EF%BC%88%E6%B0%B4%EF%BC%89%E4%B8%80%E6%96%87%E3%81%AE%E5%AD%A6%E7%94%9F%E5%A4%A7%E4%BC%9A%E5%86%8D%E3%81%B3%E6%B5%81%E4%BC%9A%E3%80%82%E5%BD%93%E5%B1%80%E3%81%AF%E5%8D%92%E6%A5%AD%E8%A9%A6%E9%A8%93%E5%AE%9F%E6%96%BD%E3%81%AB%E8%B8%8F%E3%81%BF%E5%88%87%E3%82%8B%E3%80%82&amp;diff=1053"/>
				<updated>2026-07-31T01:51:30Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;Ad19721114: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''【概要】'''&lt;br /&gt;
:一文では、前日に引き続き学生大会を開催したが、定足数を満たすことができずに流会。執行委員会、BACH有志グループいずれの議案書も審議されることなく、第三波ストは成立せず、8日からの卒業予定者の試験は実施されることとなった。政経学部では4年生以上の期末試験をレポート提出にする旨を発表した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【この日のできごと】'''&lt;br /&gt;
:◎一文学生大会再び流会に（650名が参加）。&lt;br /&gt;
:◎一文団実委、二文新入生歓迎実行委、結成される&lt;br /&gt;
:●二文団交。学部長は出席せず。当局は団交実施までの試験延期を確約。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【流会に関する執行委員会の発言】'''&lt;br /&gt;
:2.13の総括集会へ向けたビラの中で、執行委員会は「種々の点で執行部の方針、やり方に問題があったことを認め、自己批判します」と書いた。2.6学大の翌日、再度学大を提起したことについては「展望が甘く、情宣が徹底的に不足していた。2.8の総決起集会、2.8からの卒試強行を考えて2.7学大を提起したが、2.6学大の失敗をふまえた態勢たて直しの作業をほとんどなし得ないまま、再度学大を提起したこと自体に問題があった」と言及している。&lt;br /&gt;
:スト採決に沸いた1月23日、30日の学生大会の記憶もまだ新しかったが、「準備不足を痛感」する一方、学生大会に対する姿勢にも「学生大会の位置づけ、必要性が全体に広がっていなかった。また、そういう状況を的確に把握し、必要性を訴える姿勢に執行部は欠けていた」「学大を、興味をそそる面白いものにする必要がある。定足数に達するまで結集した学友が無為にすごすことは、いたずらに消耗感をあおるだけ」等、反省すべき点があったとしている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【『一文有志の記録』から】'''&lt;br /&gt;
:「一文有志の記録」には、年明け以降の学生大会と団交に関する動きが次のように記録されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
::●1.23学生大会～予想以上の人数結集（1600人弱）&lt;br /&gt;
:::　　　　　　　　～試験強行阻止、自治会承認要求。&lt;br /&gt;
::●1.24～1.30第一波スト～かなりの結集→討論が非効率的――時間の浪費。&lt;br /&gt;
:::                 全体としてかなり勝利的に克ち取られる。&lt;br /&gt;
::●1.27自治委員総会～多数のオブザーバー。勝利。&lt;br /&gt;
::●1.29第2次団交～ゼロ回答。――混乱&lt;br /&gt;
::●1.30学大～再度の一週間スト。団交から連続的に学大。日時設定のまずさ。&lt;br /&gt;
::●1.31～2.6第二波スト～結集甚だ悪し。解体現象。&lt;br /&gt;
::●2.5第3次団交～ゼロ回答。&lt;br /&gt;
::●2.6・2.7学大～流会。執行委、我々の甘さ。内実のなさ。&lt;br /&gt;
::◎団交について～大衆性の欠落。（団交技術のまずさ。最初からゼロ回答を予測。）&lt;br /&gt;
:::   十人委員会というカイライの存在。――当局のうまさ。→十人委の解体を。&lt;br /&gt;
:::   学部段階には限度。→総長団交へ。&lt;br /&gt;
::◎第二波ストがザルスト化し、第3次団交がなに故に空転せざるをえなかったか？&lt;br /&gt;
::◎何故に学大が2度流会したのか？&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【二文への支援】'''&lt;br /&gt;
:流会で審議されなかった執行委員会の行動方針の中に、「現在、集中攻撃を受けている第二文学部を実力で断固支援する」との項目があった。その経緯については、「革マル派は、我々と共に闘う二文学友に対して、現在極めて破廉恥なデマをデッチ上げ（自ら盗んだ自治会員証を様々な形でデマ材料とし、ありもしない事実をもって二文臨執に責任をとれなどという等）て、二文学友や支援部隊に対してなぐる・けるなどの驚くべき暴力的敵対を試みつつ、活動の進展がやや遅れている二文学友を集中攻撃しているのである」とし「二文学友への公然たる暴力的敵対、4月に向けての革マル派の個人テロ、予期される敵対を、断固許すわけにはいかない」とその決意を示した。&lt;br /&gt;
:こうした革マル派の戦術は、1月下旬から目立つようになった。「一文有志の記録」には次のようにある。「1.19・20を境に革マルの戦術転換。一文に限っては、表面的平和共存長期持久戦体制。体制の弱い所に攻撃集中→突破口。怒りの鎮化（原文ママ）を待つ。」&lt;br /&gt;
:また、2月15日付の朝日新聞には「1月19日の武力衝突以後、反革マル学生と正面切っての闘争を戦術転換して以来、最も抵抗の弱い二文臨執の活動を妨害する“夜行性”が目立つようになった」と書かれている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【第一政治経済学部掲示（2月7日付）】'''&lt;br /&gt;
:「4年度生以上の諸君へ&lt;br /&gt;
:　教授会は、学年末試験について慎重に検討した結果、現状のまま推移していくならば、学生諸君にとってきわめて憂慮すべき事態も起こりかねないことを考慮し、教場試験をとりやめ、レポートによって、成績を評価することと決定した。&lt;br /&gt;
:    このような措置をとらざるをえなくなったことはきわめて遺憾であるが、これも諸君の将来について配慮した結果であることを理解されたい。&lt;br /&gt;
:　2月7日　第一政治経済学部」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【リンク】'''&lt;br /&gt;
:[https://drive.google.com/open?id=1z28PwJLuKemxiq3hXZbP3KS0bgh0aPBy 2.7学生大会　議案書 第一文学部執行委員会]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>Ad19721114</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://www.19721108.net/wiki/index.php?title=1973%E5%B9%B42%E6%9C%886%E6%97%A5%EF%BC%88%E7%81%AB%EF%BC%89%E4%B8%80%E6%96%87%E3%81%AE%E5%AD%A6%E7%94%9F%E5%A4%A7%E4%BC%9A%E4%B8%8D%E6%88%90%E7%AB%8B%E3%80%82%E4%B8%80%E6%96%87%E5%BD%93%E5%B1%80%E3%81%AF%E3%80%81%E5%8D%92%E6%A5%AD%E8%A9%A6%E9%A8%93%E5%AE%9F%E6%96%BD%E3%82%92%E7%99%BA%E8%A1%A8%E3%80%82&amp;diff=1052</id>
		<title>1973年2月6日（火）一文の学生大会不成立。一文当局は、卒業試験実施を発表。</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.19721108.net/wiki/index.php?title=1973%E5%B9%B42%E6%9C%886%E6%97%A5%EF%BC%88%E7%81%AB%EF%BC%89%E4%B8%80%E6%96%87%E3%81%AE%E5%AD%A6%E7%94%9F%E5%A4%A7%E4%BC%9A%E4%B8%8D%E6%88%90%E7%AB%8B%E3%80%82%E4%B8%80%E6%96%87%E5%BD%93%E5%B1%80%E3%81%AF%E3%80%81%E5%8D%92%E6%A5%AD%E8%A9%A6%E9%A8%93%E5%AE%9F%E6%96%BD%E3%82%92%E7%99%BA%E8%A1%A8%E3%80%82&amp;diff=1052"/>
				<updated>2026-07-31T01:39:33Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;Ad19721114: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''【概要】'''&lt;br /&gt;
:第二波1週間ストライキが終わるこの日、一文では前日の団交を受けて学生大会を開催したが定足数に足りず不成立、学生集会となった。執行委員会の議案書および有志による「BACHの議案書」はそのまま翌日に持ち越された。午前中の時点で一文当局は、卒業予定者の試験実施を8日からと告示した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【この日のできごと】'''&lt;br /&gt;
::◎一文学生大会は僅差で不成立、学生集会に。&lt;br /&gt;
::●一文は、卒業予定者のレポート提出と8日の試験実施を発表。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【2つの議案書】'''&lt;br /&gt;
:一文の2.6学生大会には、執行委員会による議案書と、1～2年のA、B、C、Hクラス（＝BACHバッハ）有志グループによる議案書（以下「BACHの議案書」）の２つが提出された。この「BACHの議案書」には、当局による自治会承認を目指す執行委員会に対し、運動の経緯の中で、当初の目的だった当局の自治会活動に対する干渉（11.13告示他）の撤回要求が承認要求にすり替えられたものであることを指摘し、キャンパスを開放し、持久戦を戦い抜くための情宣を徹底的に行っていくこと等が提案されている。あえて対案として提出した背景には、「学生大会にこれほど結集するエネルギーがありながら、『スト』期間中に持続した闘いを展開しえず、団交にも総力を結集しえていない」ことを否定的に捉えるのではなく、結集されたエネルギーを、既成の枠組みを越えた創造性のある運動として発展させたいという思いがあり、それは、前年12.8に一文キャンパスで開かれた「寒い冬を越すコンサート」に端を発したものだった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【執行委員会の行動方針】'''&lt;br /&gt;
:執行委員会は議案書の中で次の5点を行動方針として提起した。&lt;br /&gt;
:１）4年生の卒業試験強行を断固阻止する。&lt;br /&gt;
:２）全学総長団交勝利へ向けて全力で体勢を固める。&lt;br /&gt;
:３）現在、集中攻撃を受けている第二文学部を実力で断固支援する。&lt;br /&gt;
:４）越春――新入生歓迎体制を整え、春休みを組織的に乗り切る。&lt;br /&gt;
:５）自治委員選挙をあくまで追求する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
:具体的には次の4点。&lt;br /&gt;
:１）2.7～2.13の1週間スト&lt;br /&gt;
:２）4.10～4.14の5日間スト&lt;br /&gt;
:３）2.8の総長団交要求全学総決起集会&lt;br /&gt;
:４）2.13一文総括集会&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
:試験阻止、団交実施等の対当局、自治委員選の妨害等を行う革マルへの対応に加え、4月を前に新入生への働きかけが課題となった。&lt;br /&gt;
「4月決戦という言葉がある。新入生をいかに我々の側に包み込んでいくかが、我々の闘いを決する。春休み中、入試、発表、入学手続きのスケジュールに合わせて行動し、かつ共同作業日を設定し文学部キャンパスで行動する。2.13を全学登校日とし、総決起集会の中で自治会ビジョンの資料を配付、3、4月の行動提起をしていく。一方、オリエンテーションに備えて11.8以降の我々の闘いを伝える資料を作製する。」（議案書より）&lt;br /&gt;
:4.10～4.14の5日間ストはこのオリエンテーションに当てるために設定された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【自治会は承認されるべきものなのか】'''&lt;br /&gt;
:「BACHの議案書」は一つの問いを投げかけた。&lt;br /&gt;
:「自治会とはそもそも『当局』に『認めて』もらう性格のものなのでしょうか。『認めて』もらえなければ機能を発揮できないものなのでしょうか」。そして、もし認めてもらうことを前提としているのであれば「そのような当局とぼくらの立場＝関係こそ、まさしく〈早大管理支配体制〉そのものである」としている。それは「『公』のヴェールをまとった独裁に他ならない」ものであり、「『当局』とは、その最高『責任者』の村井であると同時に、責任を次から次へと転嫁し、批判を回避していく柔構造＝無責任体制そのものであって、（中略）ぼくらが顕在化させていかねばならないのは、『大学』というヴェールをまとった一部の管理＝支配者の『私（エゴ）』であり、『大学』とはまさにぼくら自身に他ならない」とした。それゆえ、「ぼくらの自治会はぼくら以外の誰かにによって認めてもらうのでなく、財政問題を含めた一切のことを自力で解決していけるような、文字通りの自治＝自己権力の態勢こそ目ざさねばならない」と、自治会承認とは基軸を異にした創意ある運動への転換を呼びかけた。&lt;br /&gt;
:また「〈反革マル〉として始まったぼくらの闘いは当局、革マルの一切の敵対を排し新執行部態勢を樹立していくなかで、新しい局面をむかえている」として、「ぼくらの闘いは建設の闘い」と位置づけ、2週間スト以降も引き続きストを継続し、80日間に及ぶ「文学部キャンパス解放区を創出」し新執行部の内実を整えること、さらに4月に新入生を迎えるにあたり、徹底的な情宣活動と新たな運動の展開を行うことの2点を提案した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【自治会費の代行徴収をどうするか】'''&lt;br /&gt;
:「BACHの議案書」で「財政問題を含めた一切のこと」と書かれているように、自治会費については、従来の当局による代行徴収を巡ってさかんに議論されたが、意見の統一はみられなかった。&lt;br /&gt;
:執行委員会の議案書には「代行徴収に関する執行委員会の見解」が次のように示された。&lt;br /&gt;
:「教授会から、代行徴収の要請書を出すようにとの要求がだされている。このことは、今なお我々の自治会を唯一の学生の代表機関と認めようとしない教授会に於いて明らかに矛盾した発言である。我々は彼らの論理矛盾を拡大する方向へ、我々の自治会が事実上唯一の代表機関となる方向へ闘いを推し進める。従って我々は彼らの要求に対し、当面正式な自治会として教授会に代行徴収を要請する。しかしながら、代行徴収に関する我々内部における論議が何らかの形で煮つまるまで、我々自らの手で自治会費を凍結しておくつもりである。」&lt;br /&gt;
:一方、「BACHの議案書」には決議案として「自治会費代理一括徴収撤廃」の一文があったが、執行委員会からの要請で直前に黒く塗りつぶされた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
:●73年4月10日付の早稲田キャンパスに掲載された座談会では、自治会費についても語られている。参加者は、新執行部、行動委、統一救対のメンバー。発言内容は一部抜粋で再録。&lt;br /&gt;
:一文N：規約改正で徐々に明らかになっていくと思うが、監督機構の強化なりをしていく。どこかの党派が自治会の中枢・執行部を握っても機能できなくさせようという意見がある。一方では、水俣なら水俣に自治会の金としてカンパしようというわけです。社会との関わりをただ学費云々で持つだけでなく、こういう形で行っていく。そういったなかで、党派の私物化ではない、少なくとも抑圧機構ではない自治会像が出てくるのではないか。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
:行動委H：承認の問題にしても、承認されないと金がおりないというのが前提になるのか。僕たちが払った金を当局に預ける。それを当局が凍結する権利はまずないわけで、そういう構造に対する闘いが一つある。そして、制度的なものを粉砕する過程で、もっとユニークなことを考えてもいいと思う。一人百円カンパでもいいし、最低限僕らが立つところは、金に縛られない、どこかの党派みたいに金でボス交をしないということ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
:政経U：一応卒業生には返すということだが、果たして全員取りに来るか、利子がどうなっているかが問題となる。さしあたってはパンフも作れないと困っているわけですけど。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
:二文K：バイトしたり街頭カンパでなんとかしているけれど、文学部の場合、自治会費を凍結していて今年は代行徴収もしない。先日、去年までの会計はどうなっているのかと聞きにいったら、教務主任がわからないと言うんだよ。少なくとも11.8以降はと聞いても、それもわからないと言う。こんなルーズなことをやっているわけ。当然のことだけど、「承認して下さい」と頼んでいる学部はない。僕たちが正規の学生大会を開いて選んだことなんだ。それを当局が云々する権利はない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
:社学I：社学の場合、学生大会も自治委員総会もちゃんとやっているが、当局は裁判係争中だから自治会費は下ろさないという。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
:行動委H：金が当局の取引や恫喝の材料になっているわけだ。これに対して我々は自らの創意工夫でなんとか保障し、対決していくとしか言いようがない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
:社学I：社学では承認運動はしない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【リンク】'''&lt;br /&gt;
:[https://drive.google.com/open?id=1UGLdFr43-MnkvipN5Sy4Ri376HF50y6m 2.6学生大会　議案書  BACHの有志グループ]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>Ad19721114</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://www.19721108.net/wiki/index.php?title=1973%E5%B9%B42%E6%9C%885%E6%97%A5%EF%BC%88%E6%9C%88%EF%BC%89%E4%B8%80%E6%96%87%E3%81%A73%E5%9B%9E%E7%9B%AE%E3%81%AE%E5%9B%A3%E4%BA%A4%E3%80%82%E6%95%99%E8%82%B2%E5%AD%A6%E9%83%A8%E3%81%AF%E5%AD%A6%E5%B9%B4%E6%9C%AB%E8%A9%A6%E9%A8%93%E3%81%AE%E5%BB%B6%E6%9C%9F%E3%82%92%E6%B1%BA%E5%AE%9A%E3%80%82%E6%94%BF%E7%B5%8C%E5%AD%A6%E9%83%A8%E3%81%AE%E5%8D%92%E6%A5%AD%E8%A9%A6%E9%A8%93%E4%B8%AD%E6%AD%A2%E3%80%82&amp;diff=1051</id>
		<title>1973年2月5日（月）一文で3回目の団交。教育学部は学年末試験の延期を決定。政経学部の卒業試験中止。</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.19721108.net/wiki/index.php?title=1973%E5%B9%B42%E6%9C%885%E6%97%A5%EF%BC%88%E6%9C%88%EF%BC%89%E4%B8%80%E6%96%87%E3%81%A73%E5%9B%9E%E7%9B%AE%E3%81%AE%E5%9B%A3%E4%BA%A4%E3%80%82%E6%95%99%E8%82%B2%E5%AD%A6%E9%83%A8%E3%81%AF%E5%AD%A6%E5%B9%B4%E6%9C%AB%E8%A9%A6%E9%A8%93%E3%81%AE%E5%BB%B6%E6%9C%9F%E3%82%92%E6%B1%BA%E5%AE%9A%E3%80%82%E6%94%BF%E7%B5%8C%E5%AD%A6%E9%83%A8%E3%81%AE%E5%8D%92%E6%A5%AD%E8%A9%A6%E9%A8%93%E4%B8%AD%E6%AD%A2%E3%80%82&amp;diff=1051"/>
				<updated>2026-07-31T01:35:12Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;Ad19721114: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''【概要】'''&lt;br /&gt;
:2月2日の交渉に続くこの日の一文団交で、新執行部の要求と当局の基本姿勢の違いがほぼ明解になった。焦点は2月6日学生大会で第三波ストが決行されるかどうか、それに対し一文当局が次にどう動くかに絞られ、入試直前の最大の山場を迎えた。一方、教育学部は学年末試験を無期延期とし、政治経済学部は卒業試験を中止した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【この日のできごと】'''&lt;br /&gt;
:◎3回目となる一文の学部団交に学部長は欠席。代わりに「十人委員会」が出席した。「自治会承認の条件」として、新入生が入った段階で過半数の賛同を得ることを提示した。「6項目要求」については、わずかに6番目に関して「総長団交を実現するよう教授会に要請する」と確約書に署名した。また、自治会費の「代行徴収の要請書」を出すようにと、学生側に要望した。&lt;br /&gt;
:◎教育学部では、波状ストによるバリケードやピケで学年末試験を阻止した。&lt;br /&gt;
:●教育学部は学年末試験を無期延期に。&lt;br /&gt;
:◎政経学部でも、ピケを張るなどのスト態勢で試験の実施を阻止した。&lt;br /&gt;
:●政経学部は4年生以上の卒業試験を中止とした。&lt;br /&gt;
:●社会科学部は、2月3日と2月5日の団交要求を拒否し、改めて「学部主催による学部説明集会を」2月9日に催すと告示した。&lt;br /&gt;
:◎「自主管理闘争」と称して16号館に入った革マルを放逐。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【試験阻止をめぐる当局との攻防】'''&lt;br /&gt;
:「学年末試験をめぐって混乱の続いている早大の教育学部は5日、中断していた学年末試験を再開することにしていたが、学生のバリケードやピケなどの阻止行動によって行えず、同午前9時半『平静な状態が回復するまで無期延期する』と告示した。学年末試験の事実上の無期延期は、一文、政経、社学に次いで4学部目。また、政経学部は同日から4年生以上の卒業試験をすることにしていたが、これも学生の阻止行動で中止した。」（1973年2月5日付朝日新聞夕刊）&lt;br /&gt;
:その後2月7日になって、政経学部は「4年生の試験が実施できないと判断」（1973年2月8日付朝日新聞）し、レポートへの切り替えとした。&lt;br /&gt;
:また、教育学部の波状ストについては、4月に配られた新歓パンフレット中の「ストライキ闘争の経過とその意義」に次のような記載がある。&lt;br /&gt;
:「我々は自主管理のストライキの中で。1.26～2.4（10日間ピケスト）体制の中で克ちとっていったクラス討論の拡大と深化を、更に自主ゼミ、授業カリキュラム問題、シンポジウムによる在日朝鮮人の闘い、女性解放の闘いを担っている多くの人達との交流などを含む創造活動へと転化させていった。文字通りクラス・サークル、諸団体が培ってきた新しい団結にこそ、ストライキの内実を見てとることができるし、そして、幾多の諸個人との相互交流、新たなる闘いの有機的結合、及び16地下自主管理闘争は、川口君を葬り去った早大管理支配体制に抵触するが故に、管理支配を突破する闘いの萌芽となっている。」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【社会科学部の団交延期】'''&lt;br /&gt;
:社学臨執は、1月29日に開いた自治委員総会で30、31日の臨時ストライキを決め、30日には試験を強行しようとした当局に対し、バリケードを構築して試験を中止に追い込んだ。さらに31日の学生大会（1300名）では学部団交要求と1週間ストを決議した。この学部団交要求に対して当局は出席しない旨を告示。9日に学部主催による説明集会を催すと発表した。しかしながら、以下の理由により実施されなかった。「2月9日、再度、試験についての掲示を契機として、学部説明集会を開催し、今迄の経過、特に試験、臨執の承認、新自治会の承認問題について学部の見解を発表することに決めたのである。しかし、2月9日の現状からして、平穏に学部説明集会が催される状態ではなかったので、今回、ここに文書を以て、これに代える次第である。」（2月15日付社会科学部告示より）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【社会科学部掲示（2月5日付）】'''&lt;br /&gt;
:「告示&lt;br /&gt;
:2月5日の学部団交の要請に対しては、2月9日に学部主催の説明集会を催す予定であるので出席しない。&lt;br /&gt;
:尚2月2日の団交要請の回答について、当方の手違いから学生諸君に迷惑をかけたことについては遺憾であると思う。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
:　　　　昭和48年2月5日　　　　　　　　　　　　　　　　　　社会科学部長」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【社会科学部掲示（2月5日付）】'''&lt;br /&gt;
:「告示&lt;br /&gt;
:2月9日（金）学部主催による学部説明集会を催す。&lt;br /&gt;
::　　　場所　15号館101教室&lt;br /&gt;
::　　　時間　午後6時～午後8時&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
:　　　　昭和48年2月5日　　　　　　　　　　　　　　　　　　社会科学部長」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【団交に対する社学当局の基本姿勢】'''&lt;br /&gt;
:2月15日付の社会科学部告示に新執行部による団交要求に対して次のような見解が表明された。&lt;br /&gt;
:「教授会は、従来の方針に従い、右の団交については、学生と教員との関係は、教育と研究の場という見解から、それは一般の労働者と使用者との労使関係とは性格の異なるものであるということ、即ち、教育と研究の場は、多数の力によって左右されうべき性質のものではないという理由で拒否し続けてきた。しかし今迄の試験延期ないしストによる学生の無用の疑惑ないし不安を明らかにすること等、学生諸君の要求に何等かの形で回答ないし通知すべきであると思慮し、時機をみて、説明する所存であった。」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【学生自治に関しての社学当局の考え方】'''&lt;br /&gt;
:同じ2月15日付社会科学部告示には、学生自治に関する当局の見解も示された。&lt;br /&gt;
:「学生自治会のあり方については、それは自治会規約の基本精神に反しない限り、学部はこれに介入すべきではなく、全学生の総意で決められるべきことであるということである。このことは、現自治会規約第2条の基本精神に対応するものであり、何等矛盾するところなく、むしろこれを尊重せねばならないことによるものである。&lt;br /&gt;
:さきの臨執の規約改正がなされた点についても、教授会は、その解釈に疑念はあるとしても、学生の自治を侵すことのないよう審議し、特に規約改正が自治会規約の基本精神に反しないかどうかという点に重点をおき審議してきたのである。結局、徒らに学生の自治活動を阻害することのないよう留意して、その態度を留保してきた。特に、11月28日の臨執決議にある『非暴力主義』殊に『意見の相違は暴力で解決しない』という項目について、これを評価しかつ注目してきた。&lt;br /&gt;
:しかるに、1月29日、試験開始と併行していわゆる臨執の自治委員総会が催され、2日間の試験延期が決まり、ついで31日の大会で再び7日間の試験延期が決定され今日に至ったことは周知の如くである。&lt;br /&gt;
:その間、学部は1月29日学生諸君が平穏無事に試験が完えたにもかかわらず、2日間の試験延期の決議がなされ、翌日の試験については、一部学生により、たび重なる掲示の破棄、教場のバリケード、実力阻止等をもって試験が阻止された。この事態は、さきの『無暴力』を主張する臨執の基本的なあり方からみて、誠に遺憾な行為といわざるをえないというべきである。しかも、この実力行使は、臨執の自治委員会で決定されたとするならば、この総会に、このような無謀な行為を決定する権限があるかは全く不可解といわねばならない。」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【リンク】'''&lt;br /&gt;
:[https://drive.google.com/open?id=1quc7EufqNt3F7tgA5r3amysdvCs60kcp 2/5第3次団交に向けて！ 第一文学部自治会新執行委員会 団交実行委員会情宣局]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>Ad19721114</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://www.19721108.net/wiki/index.php?title=1973%E5%B9%B42%E6%9C%883%E6%97%A5%EF%BC%88%E5%9C%9F%EF%BC%89%E6%95%99%E8%82%B2%E3%81%A7%E5%AD%A6%E7%94%9F%E5%A4%A7%E4%BC%9A%E3%80%82%E4%B8%80%E6%96%87221%E6%95%99%E5%AE%A4%E3%81%A7%E8%87%AA%E4%B8%BB%E8%AC%9B%E5%BA%A7%E3%80%8C%E5%B1%B1%E6%9D%91%E6%94%BF%E6%98%8E%E3%82%B7%E3%83%B3%E3%83%9D%E3%82%B8%E3%82%A6%E3%83%A0%E3%80%8D%E3%82%92%E9%96%8B%E5%82%AC%E3%80%82&amp;diff=1050</id>
		<title>1973年2月3日（土）教育で学生大会。一文221教室で自主講座「山村政明シンポジウム」を開催。</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.19721108.net/wiki/index.php?title=1973%E5%B9%B42%E6%9C%883%E6%97%A5%EF%BC%88%E5%9C%9F%EF%BC%89%E6%95%99%E8%82%B2%E3%81%A7%E5%AD%A6%E7%94%9F%E5%A4%A7%E4%BC%9A%E3%80%82%E4%B8%80%E6%96%87221%E6%95%99%E5%AE%A4%E3%81%A7%E8%87%AA%E4%B8%BB%E8%AC%9B%E5%BA%A7%E3%80%8C%E5%B1%B1%E6%9D%91%E6%94%BF%E6%98%8E%E3%82%B7%E3%83%B3%E3%83%9D%E3%82%B8%E3%82%A6%E3%83%A0%E3%80%8D%E3%82%92%E9%96%8B%E5%82%AC%E3%80%82&amp;diff=1050"/>
				<updated>2026-07-31T01:24:52Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;Ad19721114: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''【概要】'''&lt;br /&gt;
:教育学部の学生大会では試験粉砕への戦略が議論され、波状ストによって対抗する旨の意志一致が図られた。一文では、二年生連絡会議の支援を受けて、スロープ上で革マルを鬼に見立てて早稲田から追い出す「豆まき大会」を実施。また221教室では、自主講座「山村政明シンポジウム」が同君の友人主催で行われた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【この日のできごと】'''&lt;br /&gt;
::◎教育学部学生大会（約1300名）は1月26日から2月4日までの10日間ストに続き、2月5日から2月10日までの波状ストを決議した。学部当局は「試験の日程を5～12日に延期して実施」を決定し、掲示して試験強行の構えを見せた。&lt;br /&gt;
::◎一文スロープ上で「豆まき大会」（豆まき大会実行委員会主催、二年生連絡会議支援。）&lt;br /&gt;
::◎「山村政明シンポジウム」（山村君の友人が主催。文学部221教室）が行われた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【「山村政明シンポジウム」の呼びかけ】'''&lt;br /&gt;
:自主講座・シンポジウム「山村政明…在日韓国人の生と死」を実施した一文自主講座貫徹委員会からは次のような呼びかけがあった。「（前略）山村君※の死は、当時単なる『党派闘争』内の人間の破綻として闇から闇へと葬り去られていった。我々はここで、在日朝鮮人としての彼の死、出入国管理法問題、我々の差別意識、民族問題等々を含み込んだ彼の死を早稲田解放の闘いの中でとらえ返すと共に、川口君の死を再度とらえ返し、闘いが自治会問題のみに収斂されんとしている今、闘いの深化・多面化として“彼の死”の孕む問題をたぐっていこうではないか。」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
:※山村（梁）政明：1945年6月生。9歳の時に一家揃って帰化。苦学の末1967年第一文学部に入学するも、経済的理由から第二文学部に転部。二文で暴力一掃・自治会民主化を唱えて革マル執行部と対立し、多くの仲間と共に暴力的に排除され、学内への入構が不可能となった。1970年10月6日、文学部前の穴八幡神社境内で「抗議・嘆願書」を残して焼身自殺を遂げた。大学当局は彼の死を黙殺し、革マル派は彼の死の真相を様々なデマゴギーで隠蔽しようとしたが、川口大三郎君と同じように革マル派から死を強いられた者として、山村（梁）政明君の存在とその死とは闘争の中で幾度となく顧みられることとなった。（参考資料：山村政明遺稿集『いのち燃えつきるとも』大和書房1971年、村上也寸志著『戦後青春への挽歌』亜紀書房1982年）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【山村政明君の死が訴えたもの】'''&lt;br /&gt;
:山村君の死は、自治会を私物化した党派（革マル）による排除の論理がもたらしたものであり、そうした学内状況を放置したことが、2年後の川口君の死に繋がった。&lt;br /&gt;
:1973年3月10日付『早稲田キャンパス』の座談会で当時の学内状況が次のように語られている。&lt;br /&gt;
:「学内で入管（編註：出入国管理法問題）を語る者、あるいは部落を語る者は今まで革マルにレッテル貼りされ、闇に葬り去られていったことに対し、今堂々と部落研の連中は個的であれ端緒的であれ語りつつあるし、二文の学友なんか本当に『梁政明』を語りつつあり、一文でもそんな動きがある。（一文行動委）」&lt;br /&gt;
:「僕らなんかのクラスでも山村君の問題とかあったわけです。（中略）だけどみんな山村君が自殺したことは知らない。革マルは山村君の場合でも非常に歪曲して言うわけですよね。あれはどこかのセクトが山村君の遺書を書き変えた等々言って、みんなをわからなくさせる。（二文執行委）」&lt;br /&gt;
:また、一文新執行部委員長H君による山村君への言及が新入生歓迎パンフ『彼は早稲田で死んだ』にある。&lt;br /&gt;
:「過去においてね、例えば『いのち燃えつきるとも』っていうのを読んでみるとね、そうするとその時でもやっぱりあったんだね、同じようにね。傷ついて倒れて死んでいった人間もいれば、学校に留まった人間もいる。でその段階でもね、彼等はここでたとえ負けたとしてもね、きっとこの闘いが将来の布石になるだろう、と言っている。そういった、とにかく過去五年か十年か知らないけど、歴史があるってことは、歴史があるが故に、今まで何人もの、それこそ百人も越える人間の血が流れている、と。それを我々はしっかりと見つめ得るならば、この闘いはもう絶対に負けられない闘いだ、と。ということは過去のいろんな人の、山村君の本―その生きた学生生活を見るにつけてもだね、他のも、いろいろ調べるにつけてもだね、そういったことを踏まえるならば、われわれは決してわれわれだけで闘っているんではなくてね、我々が負けたら我々だけで済むのかどうか、そこを考えてしまう。」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【入試期間の立ち入り禁止を決定】'''&lt;br /&gt;
:「早大は24日から3月5日にかけて入学試験が実施されるが、2日開いた定例学部長会議で①本部構内は19日から3月5日まで②文学部構内は20日から3月3日までの間、受験生、教職員、試験監督官以外の学内立入り禁止を決めた。これは一般学生による妨害などによる混乱を防止するためで、機動隊の待機もありうるという。試験期間中の一般学生の立入り禁止は45年以来4年連続した措置。」（1973年2月3日付朝日新聞）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【教育学部掲示（2月3日付）】'''&lt;br /&gt;
:「学年末試験に関する掲示&lt;br /&gt;
:2月5日（月）以降の予定については本日11時頃掲示する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
:2月3日　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　教育学部」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【教育学部掲示（2月3日付）】'''&lt;br /&gt;
:「学年末試験に関する掲示&lt;br /&gt;
:　学部はやむを得ず学年末試験を一週間延期した。しかし安易に試験以外の方法に変えることを考えていない。&lt;br /&gt;
:　そこであらためて5日以降の試験日程を以下のように組みなおした。&lt;br /&gt;
:　この日程がさらに延期されるようなことがおこれば、学年末の多忙な行事日程から学年末試験を3月中旬まで実施することはできない。&lt;br /&gt;
:　学生諸君の冷静な判断を切望する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
:2月3日　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　教育学部長」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【リンク】'''&lt;br /&gt;
:[https://drive.google.com/open?id=1ldXPii-Dd0eADcAbeFcFhhLZ8y2g3y68 山村政明シンポジウム一在日朝鮮人の生と死  一文自主コーザかんてついいんかい（くらわん）]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>Ad19721114</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://www.19721108.net/wiki/index.php?title=1973%E5%B9%B42%E6%9C%882%E6%97%A5%EF%BC%88%E9%87%91%EF%BC%89%E6%94%BF%E7%B5%8C%E5%AD%A6%E7%94%9F%E5%A4%A7%E4%BC%9A%E3%81%A73%E3%82%AB%E6%9C%88%E3%82%B9%E3%83%88%E3%82%92%E6%B1%BA%E8%AD%B0%E3%80%82%E6%95%99%E8%82%B2%E3%81%A7%E5%BD%93%E5%B1%80%E3%81%A8%E4%BA%A4%E6%B8%89%E3%80%82%E4%B8%80%E6%96%87%E3%81%A7%E3%81%AF%E5%BD%93%E5%B1%80%E3%81%B86%E9%A0%85%E7%9B%AE%E8%A6%81%E6%B1%82%E3%80%82&amp;diff=1049</id>
		<title>1973年2月2日（金）政経学生大会で3カ月ストを決議。教育で当局と交渉。一文では当局へ6項目要求。</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.19721108.net/wiki/index.php?title=1973%E5%B9%B42%E6%9C%882%E6%97%A5%EF%BC%88%E9%87%91%EF%BC%89%E6%94%BF%E7%B5%8C%E5%AD%A6%E7%94%9F%E5%A4%A7%E4%BC%9A%E3%81%A73%E3%82%AB%E6%9C%88%E3%82%B9%E3%83%88%E3%82%92%E6%B1%BA%E8%AD%B0%E3%80%82%E6%95%99%E8%82%B2%E3%81%A7%E5%BD%93%E5%B1%80%E3%81%A8%E4%BA%A4%E6%B8%89%E3%80%82%E4%B8%80%E6%96%87%E3%81%A7%E3%81%AF%E5%BD%93%E5%B1%80%E3%81%B86%E9%A0%85%E7%9B%AE%E8%A6%81%E6%B1%82%E3%80%82&amp;diff=1049"/>
				<updated>2026-07-31T01:21:56Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;Ad19721114: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''【概要】'''&lt;br /&gt;
:期末試験に続く入試を視野に、政経学部で開かれた学生大会では3カ月の長期に及ぶストライキが決議された。こうした対決姿勢を固める一方で、教育当局との直接交渉、一文の「6項目の要求」など、各学部の新執行部と当局との折衝の機会が増えつつあった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【この日のできごと】'''&lt;br /&gt;
:◎政経学部で学生大会を開催し1500名が結集。4月末までの3カ月長期ストライキを決議した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
:◎一文新執行委員会は、教授会代表（十人委員会）との交渉で「6項目の要求」を提示。&lt;br /&gt;
::1.自治会室(101,102,312各教室）の保障&lt;br /&gt;
::2.自治会費凍結の解除&lt;br /&gt;
::3.自治会執行機関の活動禁止の撤回。すなわち11.13告示の撤回&lt;br /&gt;
::4.「一文常任委」三役処分の白紙撤回&lt;br /&gt;
::5.1969年10.27告示、1972年11.17告示の撤回。検問体制、ロックアウト、機動隊導入を行わぬこと&lt;br /&gt;
::6.一文教授会名による総長団交の要請&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
:◎一文で自治委員協議会。&lt;br /&gt;
:◎教育、当局と交渉。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
:●定例学部長会で入学試験の実施を決定。本部構内は入試期間（2月19日から3月5日まで）関係者以外を立入禁止とする。&lt;br /&gt;
:■革マルによる一文自治委員への暴力攻撃。数名が負傷。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【一文教授会の「十人委員会」とは】'''&lt;br /&gt;
:記者会見の席上での「特別の委員会を教授会において作り、自治問題について検討させる」という村井資長総長の発言に基づいて11月30日に小山宙丸教授が中心となってできた「学生自治問題検討委員会」が「対自治会交衝委員会」となり、年明けの1973年1月29日の団交から交渉の場に登場するが、要求項目を受け付けるだけで、実質的な交渉相手とはならなかった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【自治委員協議会の役割】'''&lt;br /&gt;
:文学部102教室で開かれた一文自治委員協議会には1A、1B、1E、1G、1J、1T、1O、2C、2D、2E、日本史専修が参加して自治委員選挙の経過、豆まき大会の実施、団交要求などを議論。各クラスからは、クラス通信の発行、レポートの自主管理、自主講座の開催等活動状況の報告もあった。この一文自治委員協議会は、1年・2年クラスの横の連絡会ともいうべきもので、団交に向けた準備交渉に追われる新執行部を補う形で活動した。この日も、77クラスのうち39クラスの参加を目指して1日おきに月・水・金の午後4時に集まることが話し合われた。（『一文有志の記録』より）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【『一文有志の記録』から】'''&lt;br /&gt;
:「夜7時、学大を勝利してきた政経学部の学友300～350を迎えに出た我々一文自治委員協議会をやっていた執行委と自治委員は、カクマル30人につかまり、胸ぐらをつかまれて脅迫される。それを聞いて助けに来た政経の学友との間で小競り合い。政経の学友とスロープを下りる学友に対してカクマルは殴る蹴るの暴行を加える。スロープを下りきった正門※のところでSさんが『お前、一人で二度と一文に入れると思うなよ』などと、ヤクザまがいの脅迫を受ける。ハレンチカクマル。Sさん殴られてケガをする。合計5、6人ケガ。」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
:※文学部キャンパスは出入口が正門だけという閉鎖的空間であった。それゆえ暴力的制圧も容易で、この日もわずか30人の革マルによって暴行脅迫が行われた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【政経学部有志の3カ月】'''&lt;br /&gt;
:当時、政経学部とサ連の行動委として参加していた有志の手元に残っていたメモには、慌ただしい日々が記されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
:1973年&lt;br /&gt;
::1月3日（水）	13	全行連（プリンス）&lt;br /&gt;
::::::15	PAC（西武）&lt;br /&gt;
:::4日（木）	12	政行委（袋：らんぶる）&lt;br /&gt;
::::::14	C連代表者（でんえん：袋）&lt;br /&gt;
:::5日（金）	10	法自（ウィーン）　1.8実（理）&lt;br /&gt;
:::6日（土）	14	C連代表者&lt;br /&gt;
::::::16	1.8実&lt;br /&gt;
::::::18	全行連（第一らん山）&lt;br /&gt;
:::7日（日）	11	全学カンパ（紀伊國屋）&lt;br /&gt;
::::::16	WAC（ノア）&lt;br /&gt;
::::::::			ゆうてん泊&lt;br /&gt;
:::8日（月）	10	全学結集&lt;br /&gt;
:::9日（火）	10	PAC&lt;br /&gt;
::::::14	C連代表者&lt;br /&gt;
::::::15	クラ連総会&lt;br /&gt;
::::::18	PAC&lt;br /&gt;
::::::20	WAC（袋：白鳥）&lt;br /&gt;
:::10日（水）	 9	PAC&lt;br /&gt;
::::::12	昼休み集会&lt;br /&gt;
::::::17	C連代表者（16・107）&lt;br /&gt;
:::11日（木）	12	学部集会（3・103）→団交&lt;br /&gt;
:::13日（土）	一文キャンパス、Z阻止線突破解放&lt;br /&gt;
:::14日（日）	11	新宿カンパ&lt;br /&gt;
::::::14：30	C連（第二らん山）&lt;br /&gt;
::::::18	政行&lt;br /&gt;
:::15日（月）	14	WAC（山手）&lt;br /&gt;
::::::18	政行（白鳥）、C連（じゅねーぶ）&lt;br /&gt;
:::17日（水）		（負傷）&lt;br /&gt;
::::::一文自治委員総会粉砕行動&lt;br /&gt;
:::18日（木）	14	政自治委総会&lt;br /&gt;
::::::20	政行、C連（第二らん山）、WAC（ミカド）&lt;br /&gt;
:::::::文ロックアウト粉砕行動&lt;br /&gt;
:::::::中Zゲバ&lt;br /&gt;
:::19日（金）	 9	C連（アイン）、PAC（吉野園）&lt;br /&gt;
:::::::文連総会粉砕行動&lt;br /&gt;
:::20日（土）	 8	PAC（吉野園）&lt;br /&gt;
::::::10	（プリンス）WAC&lt;br /&gt;
::::::12	本部正門前集会&lt;br /&gt;
::::::18	（東大本郷）スト実&lt;br /&gt;
::::::20	（西部）C連、（らんぶる）政行、（新茶）WAC				ロック粉砕行動&lt;br /&gt;
:::21日（日）	14	（じゅねーぶ）C連、（本郷）WAC&lt;br /&gt;
:::22日（月）		機動隊2回導入&lt;br /&gt;
:::24日（水）	19	Q対&lt;br /&gt;
:::25日（木）	14	Q対会議&lt;br /&gt;
::::::16	クラ討&lt;br /&gt;
:::26日（金）	14	学部集会&lt;br /&gt;
::::::18	政行&lt;br /&gt;
::::::19	（スト実）&lt;br /&gt;
:::27日（土）	13	政自治委総会&lt;br /&gt;
::::::15	三里塚上映&lt;br /&gt;
::::::19	スト実&lt;br /&gt;
::::::21	政行&lt;br /&gt;
:::29日（月）	11	政行&lt;br /&gt;
::::::12	本部前集会&lt;br /&gt;
::::::16	スト実総会&lt;br /&gt;
::::::19	政行&lt;br /&gt;
::::::20	スト実事務局&lt;br /&gt;
:::30日（火）	12	（4地下）2年生会議、クラ討&lt;br /&gt;
:::::::13	スト実、C連総会&lt;br /&gt;
:::31日（水）	12	政経学生集会&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
::2月	2日（金）	12	政経学大&lt;br /&gt;
:::3日（土）	15	政スト団実&lt;br /&gt;
:::5日（月）	19	政行&lt;br /&gt;
::::::20	政経スト団実&lt;br /&gt;
:::::::二年生試験強行粉砕！&lt;br /&gt;
:::6日（火）	12	スト団実&lt;br /&gt;
::::::15	2年会&lt;br /&gt;
::::::18	スト団実→一文教交流会&lt;br /&gt;
:::::::教育地下Z&lt;br /&gt;
:::::::一文学大流会&lt;br /&gt;
:::7日（水）	13	慶大交流&lt;br /&gt;
::::::14	スト団実&lt;br /&gt;
::::::18	全学団実、〓自連&lt;br /&gt;
:::8日（木）	14	総決起集会&lt;br /&gt;
:::9日（金）	12	スト団実&lt;br /&gt;
::::::14	2年会議&lt;br /&gt;
:::10日（土）	16	スト団実&lt;br /&gt;
::::::18	全団実&lt;br /&gt;
:::11日（日）	16	（本郷）PAC&lt;br /&gt;
:::12日（月）	12	スト団実&lt;br /&gt;
::::::14	WAC&lt;br /&gt;
::::::16	法自&lt;br /&gt;
:::13日（火）	14	2年生討論集会、自治委集会&lt;br /&gt;
::::::17	WAC、全団実&lt;br /&gt;
:::14日（水）	12	（ぺりかん）PAC&lt;br /&gt;
:::::::14	WAC、全団実&lt;br /&gt;
:::16日（金）	14	（15-10）討論集会&lt;br /&gt;
:::17日（土）	14	スト団実総会&lt;br /&gt;
::::::15	PAC&lt;br /&gt;
::::::16	WAC&lt;br /&gt;
:::19日（月）	16	（本郷）WAC&lt;br /&gt;
:::::::ロック粉砕集会&lt;br /&gt;
:::23日（金）	13	（本郷）自主管理、スト団実&lt;br /&gt;
::::::18	（本郷）WAC&lt;br /&gt;
:::24日（土）	13	法自&lt;br /&gt;
::::::18	（第一らんざん）PAC&lt;br /&gt;
:::25日（日）	18	（本郷）PAC、WAC&lt;br /&gt;
:::27日（火）	18	（本郷）PAC、WAC&lt;br /&gt;
:::28日（水）	18	（コンサートホール）PAC&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
::3月1日（木）	18	（第二らん山）WAC&lt;br /&gt;
:::2日（金）	16	WAC（本郷）&lt;br /&gt;
::::::21	（袋：ニュー紫苑）全団実&lt;br /&gt;
:::3日（土）		三鷹寮泊&lt;br /&gt;
:::4日（日）		三鷹寮泊&lt;br /&gt;
:::5日（月）	15	（渋谷：野バラ）全団実&lt;br /&gt;
:::6日（火）	10	政経&lt;br /&gt;
::::::13	全団実&lt;br /&gt;
::::::14	スト実&lt;br /&gt;
::::::16地下管理運営第一歩&lt;br /&gt;
:::7日（水）		教育試験攻勢&lt;br /&gt;
::::::18	PAC&lt;br /&gt;
:::8日（木）	 9	結集&lt;br /&gt;
:::::16	PAC&lt;br /&gt;
:::9日（金）	 9	結集&lt;br /&gt;
::::::18	PAC&lt;br /&gt;
::::::18	WAC総会&lt;br /&gt;
:::10日（土）	16	WAC&lt;br /&gt;
:::11日（日）	16	（第二らん山）WAC&lt;br /&gt;
:::13日（火）	14	（〓〓）全団実&lt;br /&gt;
:::14日（水）	20	（セシボン）全団実&lt;br /&gt;
:::15日（木）	18	（農共斗）WAC&lt;br /&gt;
:::18日（日）	18	（セシボン）PAC&lt;br /&gt;
::::::20	（レッド）全団実&lt;br /&gt;
:::19日（月）	 9	PAC&lt;br /&gt;
::::::14	4.2実&lt;br /&gt;
::::::18	WAC&lt;br /&gt;
:::21日（水）	15	（セシボン）全団実&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【第一政治経済学部掲示（2月2日付）】'''&lt;br /&gt;
:「告&lt;br /&gt;
:学年末試験は左記により行なう。&lt;br /&gt;
:1． 4年度生以上については、2月5日（月）～2月17日（土）の14日間に実施する。新しい時間割はあらためて本日の午後発表する。&lt;br /&gt;
:1． 3年度生以下の学期末試験については当分の間、これを中止し、その日程については追って発表する。&lt;br /&gt;
:::2月2日　　　　　　　　　　　　　　　　　第一政治経済学部」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【社会科学部掲示（2月2日付）】'''&lt;br /&gt;
:「告&lt;br /&gt;
:学部では、これまで予定通り試験を実施しようと種々努力してきたが、これが不能の状態となり、1月30日から2月1日の3日間延期の巳むなきに至っている。&lt;br /&gt;
:今後も試験を行ないたいと思っているので、正常に試験が実施できるような状態に復するまで延期する。&lt;br /&gt;
:次回の掲示については、2月9日（金）午後4時に掲示する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
::2月2日　　　　　　　　　　　　　　社会科学部」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【リンク】'''&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>Ad19721114</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://www.19721108.net/wiki/index.php?title=1973%E5%B9%B42%E6%9C%882%E6%97%A5%EF%BC%88%E9%87%91%EF%BC%89%E6%94%BF%E7%B5%8C%E5%AD%A6%E7%94%9F%E5%A4%A7%E4%BC%9A%E3%81%A73%E3%82%AB%E6%9C%88%E3%82%B9%E3%83%88%E3%82%92%E6%B1%BA%E8%AD%B0%E3%80%82%E6%95%99%E8%82%B2%E3%81%A7%E5%BD%93%E5%B1%80%E3%81%A8%E4%BA%A4%E6%B8%89%E3%80%82%E4%B8%80%E6%96%87%E3%81%A7%E3%81%AF%E5%BD%93%E5%B1%80%E3%81%B86%E9%A0%85%E7%9B%AE%E8%A6%81%E6%B1%82%E3%80%82&amp;diff=1048</id>
		<title>1973年2月2日（金）政経学生大会で3カ月ストを決議。教育で当局と交渉。一文では当局へ6項目要求。</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.19721108.net/wiki/index.php?title=1973%E5%B9%B42%E6%9C%882%E6%97%A5%EF%BC%88%E9%87%91%EF%BC%89%E6%94%BF%E7%B5%8C%E5%AD%A6%E7%94%9F%E5%A4%A7%E4%BC%9A%E3%81%A73%E3%82%AB%E6%9C%88%E3%82%B9%E3%83%88%E3%82%92%E6%B1%BA%E8%AD%B0%E3%80%82%E6%95%99%E8%82%B2%E3%81%A7%E5%BD%93%E5%B1%80%E3%81%A8%E4%BA%A4%E6%B8%89%E3%80%82%E4%B8%80%E6%96%87%E3%81%A7%E3%81%AF%E5%BD%93%E5%B1%80%E3%81%B86%E9%A0%85%E7%9B%AE%E8%A6%81%E6%B1%82%E3%80%82&amp;diff=1048"/>
				<updated>2026-07-26T08:09:32Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;Ad19721114: ページの作成:「'''【概要】''' :期末試験に続く入試を視野に、政経学部で開かれた学生大会では3カ月の長期に及ぶストライキが決議された。...」&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''【概要】'''&lt;br /&gt;
:期末試験に続く入試を視野に、政経学部で開かれた学生大会では3カ月の長期に及ぶストライキが決議された。こうした対決姿勢を固める一方で、教育当局との直接交渉、一文の「6項目の要求」など、各学部の新執行部と当局との折衝の機会が増えつつあった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【この日のできごと】'''&lt;br /&gt;
:◎政経学部で学生大会を開催し1500名が結集。4月末までの3カ月長期ストライキを決議した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
:◎一文新執行委員会は、教授会代表（十人委員会）との交渉で「6項目の要求」を提示。&lt;br /&gt;
::1.自治会室(101,102,312各教室）の保障&lt;br /&gt;
::2.自治会費凍結の解除&lt;br /&gt;
::3.自治会執行機関の活動禁止の撤回。すなわち11.13告示の撤回&lt;br /&gt;
::4.「一文常任委」三役処分の白紙撤回&lt;br /&gt;
::5.1969年10.27告示、1972年11.17告示の撤回。検問体制、ロックアウト、機動隊導入を行わぬこと&lt;br /&gt;
::6.一文教授会名による総長団交の要請&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
:◎一文で自治委員協議会。&lt;br /&gt;
:◎教育、当局と交渉。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
:●定例学部長会で入学試験の実施を決定。本部構内は入試期間（2月19日から3月5日まで）関係者以外を立入禁止とする。&lt;br /&gt;
:■革マルによる一文自治委員への暴力攻撃。数名が負傷。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【一文教授会の「十人委員会」とは】'''&lt;br /&gt;
:記者会見の席上での「特別の委員会を教授会において作り、自治問題について検討させる」という村井資長総長の発言に基づいて11月30日に小山宙丸教授が中心となってできた「学生自治問題検討委員会」が「対自治会交衝委員会」となり、年明けの1973年1月29日の団交から交渉の場に登場するが、要求項目を受け付けるだけで、実質的な交渉相手とはならなかった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【自治委員協議会の役割】'''&lt;br /&gt;
:文学部102教室で開かれた一文自治委員協議会には1A、1B、1E、1G、1J、1T、1O、2C、2D、2E、日本史専修が参加して自治委員選挙の経過、豆まき大会の実施、団交要求などを議論。各クラスからは、クラス通信の発行、レポートの自主管理、自主講座の開催等活動状況の報告もあった。この一文自治委員協議会は、1年・2年クラスの横の連絡会ともいうべきもので、団交に向けた準備交渉に追われる新執行部を補う形で活動した。この日も、77クラスのうち39クラスの参加を目指して1日おきに月・水・金の午後4時に集まることが話し合われた。（『一文有志の記録』より）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【『一文有志の記録』から】'''&lt;br /&gt;
:「夜7時、学大を勝利してきた政経学部の学友300～350を迎えに出た我々一文自治委員協議会をやっていた執行委と自治委員は、カクマル30人につかまり、胸ぐらをつかまれて脅迫される。それを聞いて助けに来た政経の学友との間で小競り合い。政経の学友とスロープを下りる学友に対してカクマルは殴る蹴るの暴行を加える。スロープを下りきった正門※のところでSさんが『お前、一人で二度と一文に入れると思うなよ』などと、ヤクザまがいの脅迫を受ける。ハレンチカクマル。Sさん殴られてケガをする。合計5、6人ケガ。」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
:※文学部キャンパスは出入口が正門だけという閉鎖的空間であった。それゆえ暴力的制圧も容易で、この日もわずか30人の革マルによって暴行脅迫が行われた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【政経学部有志の3カ月】'''&lt;br /&gt;
:当時、政経学部とサ連の行動委として参加していた有志の手元に残っていたメモには、慌ただしい日々が記されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
:1973年&lt;br /&gt;
::1月3日（水）	13	全行連（プリンス）&lt;br /&gt;
::::::15	PAC（西武）&lt;br /&gt;
:::4日（木）	12	政行委（袋：らんぶる）&lt;br /&gt;
::::::14	C連代表者（でんえん：袋）&lt;br /&gt;
:::5日（金）	10	法自（ウィーン）　1.8実（理）&lt;br /&gt;
:::6日（土）	14	C連代表者&lt;br /&gt;
::::::16	1.8実&lt;br /&gt;
::::::18	全行連（第一らん山）&lt;br /&gt;
:::7日（日）	11	全学カンパ（紀伊國屋）&lt;br /&gt;
::::::16	WAC（ノア）&lt;br /&gt;
::::::::			ゆうてん泊&lt;br /&gt;
:::8日（月）	10	全学結集&lt;br /&gt;
:::9日（火）	10	PAC&lt;br /&gt;
::::::14	C連代表者&lt;br /&gt;
::::::15	クラ連総会&lt;br /&gt;
::::::18	PAC&lt;br /&gt;
::::::20	WAC（袋：白鳥）&lt;br /&gt;
:::10日（水）	 9	PAC&lt;br /&gt;
::::::12	昼休み集会&lt;br /&gt;
::::::17	C連代表者（16・107）&lt;br /&gt;
:::11日（木）	12	学部集会（3・103）→団交&lt;br /&gt;
:::13日（土）	一文キャンパス、Z阻止線突破解放&lt;br /&gt;
:::14日（日）	11	新宿カンパ&lt;br /&gt;
::::::14：30	C連（第二らん山）&lt;br /&gt;
::::::18	政行&lt;br /&gt;
:::15日（月）	14	WAC（山手）&lt;br /&gt;
::::::18	政行（白鳥）、C連（じゅねーぶ）&lt;br /&gt;
:::17日（水）		（負傷）&lt;br /&gt;
::::::一文自治委員総会粉砕行動&lt;br /&gt;
:::18日（木）	14	政自治委総会&lt;br /&gt;
::::::20	政行、C連（第二らん山）、WAC（ミカド）&lt;br /&gt;
:::::::文ロックアウト粉砕行動&lt;br /&gt;
:::::::中Zゲバ&lt;br /&gt;
:::19日（金）	 9	C連（アイン）、PAC（吉野園）&lt;br /&gt;
:::::::文連総会粉砕行動&lt;br /&gt;
:::20日（土）	 8	PAC（吉野園）&lt;br /&gt;
::::::10	（プリンス）WAC&lt;br /&gt;
::::::12	本部正門前集会&lt;br /&gt;
::::::18	（東大本郷）スト実&lt;br /&gt;
::::::20	（西部）C連、（らんぶる）政行、（新茶）WAC				ロック粉砕行動&lt;br /&gt;
:::21日（日）	14	（じゅねーぶ）C連、（本郷）WAC&lt;br /&gt;
:::22日（月）		機動隊2回導入&lt;br /&gt;
:::24日（水）	19	Q対&lt;br /&gt;
:::25日（木）	14	Q対会議&lt;br /&gt;
::::::16	クラ討&lt;br /&gt;
:::26日（金）	14	学部集会&lt;br /&gt;
::::::18	政行&lt;br /&gt;
::::::19	（スト実）&lt;br /&gt;
:::27日（土）	13	政自治委総会&lt;br /&gt;
::::::15	三里塚上映&lt;br /&gt;
::::::19	スト実&lt;br /&gt;
::::::21	政行&lt;br /&gt;
:::29日（月）	11	政行&lt;br /&gt;
::::::12	本部前集会&lt;br /&gt;
::::::16	スト実総会&lt;br /&gt;
::::::19	政行&lt;br /&gt;
::::::20	スト実事務局&lt;br /&gt;
:::30日（火）	12	（4地下）2年生会議、クラ討&lt;br /&gt;
:::::::13	スト実、C連総会&lt;br /&gt;
:::31日（水）	12	政経学生集会&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
::2月	2日（金）	12	政経学大&lt;br /&gt;
:::3日（土）	15	政スト団実&lt;br /&gt;
:::5日（月）	19	政行&lt;br /&gt;
::::::20	政経スト団実&lt;br /&gt;
:::::::二年生試験強行粉砕！&lt;br /&gt;
:::6日（火）	12	スト団実&lt;br /&gt;
::::::15	2年会&lt;br /&gt;
::::::18	スト団実→一文教交流会&lt;br /&gt;
:::::::教育地下Z&lt;br /&gt;
:::::::一文学大流会&lt;br /&gt;
:::7日（水）	13	慶大交流&lt;br /&gt;
::::::14	スト団実&lt;br /&gt;
::::::18	全学団実、〓自連&lt;br /&gt;
:::8日（木）	14	総決起集会&lt;br /&gt;
:::9日（金）	12	スト団実&lt;br /&gt;
::::::14	2年会議&lt;br /&gt;
:::10日（土）	16	スト団実&lt;br /&gt;
::::::18	全団実&lt;br /&gt;
:::11日（日）	16	（本郷）PAC&lt;br /&gt;
:::12日（月）	12	スト団実&lt;br /&gt;
::::::14	WAC&lt;br /&gt;
::::::16	法自&lt;br /&gt;
:::13日（火）	14	2年生討論集会、自治委集会&lt;br /&gt;
::::::17	WAC、全団実&lt;br /&gt;
:::14日（水）	12	（ぺりかん）PAC&lt;br /&gt;
:::::::14	WAC、全団実&lt;br /&gt;
:::16日（金）	14	（15-10）討論集会&lt;br /&gt;
:::17日（土）	14	スト団実総会&lt;br /&gt;
::::::15	PAC&lt;br /&gt;
::::::16	WAC&lt;br /&gt;
:::19日（月）	16	（本郷）WAC&lt;br /&gt;
:::::::ロック粉砕集会&lt;br /&gt;
:::23日（金）	13	（本郷）自主管理、スト団実&lt;br /&gt;
::::::18	（本郷）WAC&lt;br /&gt;
:::24日（土）	13	法自&lt;br /&gt;
::::::18	（第一らんざん）PAC&lt;br /&gt;
:::25日（日）	18	（本郷）PAC、WAC&lt;br /&gt;
:::27日（火）	18	（本郷）PAC、WAC&lt;br /&gt;
:::28日（水）	18	（コンサートホール）PAC&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
::3月1日（木）	18	（第二らん山）WAC&lt;br /&gt;
:::2日（金）	16	WAC（本郷）&lt;br /&gt;
::::::21	（袋：ニュー紫苑）全団実&lt;br /&gt;
:::3日（土）		三鷹寮泊&lt;br /&gt;
:::4日（日）		三鷹寮泊&lt;br /&gt;
:::5日（月）	15	（渋谷：野バラ）全団実&lt;br /&gt;
:::6日（火）	10	政経&lt;br /&gt;
::::::13	全団実&lt;br /&gt;
::::::14	スト実&lt;br /&gt;
::::::16地下管理運営第一歩&lt;br /&gt;
:::7日（水）		教育試験攻勢&lt;br /&gt;
::::::18	PAC&lt;br /&gt;
:::8日（木）	 9	結集&lt;br /&gt;
:::::16	PAC&lt;br /&gt;
:::9日（金）	 9	結集&lt;br /&gt;
::::::18	PAC&lt;br /&gt;
::::::18	WAC総会&lt;br /&gt;
:::10日（土）	16	WAC&lt;br /&gt;
:::11日（日）	16	（第二らん山）WAC&lt;br /&gt;
:::13日（火）	14	（〓〓）全団実&lt;br /&gt;
:::14日（水）	20	（セシボン）全団実&lt;br /&gt;
:::15日（木）	18	（農共斗）WAC&lt;br /&gt;
:::18日（日）	18	（セシボン）PAC&lt;br /&gt;
::::::20	（レッド）全団実&lt;br /&gt;
:::19日（月）	 9	PAC&lt;br /&gt;
::::::14	4.2実&lt;br /&gt;
::::::18	WAC&lt;br /&gt;
:::21日（水）	15	（セシボン）全団実&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【第一政治経済学部掲示（2月2日付）】'''&lt;br /&gt;
:「告&lt;br /&gt;
:学年末試験は左記により行なう。&lt;br /&gt;
:1． 4年度生以上については、2月5日（月）～2月17日（土）の14日間に実施する。新しい時間割はあらためて本日の午後発表する。&lt;br /&gt;
:1． 3年度生以下の学期末試験については当分の間、これを中止し、その日程については追って発表する。&lt;br /&gt;
:::2月2日　　　　　　　　　　　　　　　　　第一政治経済学部」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【社会科学部掲示（2月2日付）】'''&lt;br /&gt;
:「告&lt;br /&gt;
:学部では、これまで予定通り試験を実施しようと種々努力してきたが、これが不能の状態となり、1月30日から2月1日の3日間延期の巳むなきに至っている。&lt;br /&gt;
:今後も試験を行ないたいと思っているので、正常に試験が実施できるような状態に復するまで延期する。&lt;br /&gt;
:次回の掲示については、2月9日（金）午後4時に掲示する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
::　　　昭和48年2月2日　　　　　　　　　　　　　　社会科学部」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【リンク】'''&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>Ad19721114</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://www.19721108.net/wiki/index.php?title=1973%E5%B9%B42%E6%9C%88&amp;diff=1047</id>
		<title>1973年2月</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.19721108.net/wiki/index.php?title=1973%E5%B9%B42%E6%9C%88&amp;diff=1047"/>
				<updated>2026-07-26T08:09:18Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;Ad19721114: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;[[1973年2月1日（木）一文は1月30日学生大会決議による第二波1週間ストライキ（1.31～2.6）に突入。]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1973年2月2日（金）政経学生大会で3カ月ストを決議。教育で当局と交渉。一文では当局へ6項目要求。]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1973年2月3日（土）教育で学生大会。一文221教室で自主講座「山村政明シンポジウム」を開催。]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1973年2月5日（月）一文で3回目の団交。教育学部は学年末試験の延期を決定。政経学部の卒業試験中止。]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1973年2月6日（火）一文の学生大会不成立。一文当局は、卒業試験実施を発表。]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1973年2月7日（水）一文の学生大会再び流会。当局は卒業試験実施に踏み切る。]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1973年2月8日（木）全学スト・総長団交勝利を掲げ全学総決起集会を開催。]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1973年2月9日（金）一文、教育、社学で学部見解が示される。]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1973年2月10日（土）二文当局が自治会承認に向け確約書に署名。一文で新入生歓迎実行委の初会合。]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1973年2月12日（月）教育学部、試験日程消化の重要性を告示。16号館地下を立入禁止に。]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1973年2月13日（火） 一文で総括集会。執行委員会は春休み以降の戦術を提案。]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1973年2月15日（火） 社会科学部教授会が学生自治に関する告示]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1973年2月16日（金）16号館で全学行動委（準）主催の討論集会開催。当局は入試期間中の立入禁止期間を発表。]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1973年2月19日（月）入試を前に本部はロックアウトに。革マル派2名が川口君の友人に対する傷害罪等で起訴される。]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1973年2月21日（水）政経学部長名で見解表明。]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1973年2月22日（木）教育専任教員会が「2.22見解」を学生に郵送。]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1973年2月24日（土）ロックアウト中の本部正門前で機動隊と小競り合い。受験生と意見交換も。]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>Ad19721114</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://www.19721108.net/wiki/index.php?title=1973%E5%B9%B42%E6%9C%882%E6%97%A5%EF%BC%88%E9%87%91%EF%BC%89%E6%94%BF%E7%B5%8C%E5%AD%A6%E5%A4%A7%E3%81%A73%E3%83%B5%E6%9C%88%E3%82%B9%E3%83%88%E3%82%92%E6%B1%BA%E8%AD%B0%E3%80%82%E6%95%99%E8%82%B2%E3%81%A7%E5%BD%93%E5%B1%80%E3%81%A8%E4%BA%A4%E6%B8%89%E3%80%82%E4%B8%80%E6%96%87%E3%81%A7%E3%81%AF%E5%BD%93%E5%B1%80%E3%81%B86%E9%A0%85%E7%9B%AE%E8%A6%81%E6%B1%82%E3%80%82&amp;diff=1046</id>
		<title>1973年2月2日（金）政経学大で3ヵ月ストを決議。教育で当局と交渉。一文では当局へ6項目要求。</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.19721108.net/wiki/index.php?title=1973%E5%B9%B42%E6%9C%882%E6%97%A5%EF%BC%88%E9%87%91%EF%BC%89%E6%94%BF%E7%B5%8C%E5%AD%A6%E5%A4%A7%E3%81%A73%E3%83%B5%E6%9C%88%E3%82%B9%E3%83%88%E3%82%92%E6%B1%BA%E8%AD%B0%E3%80%82%E6%95%99%E8%82%B2%E3%81%A7%E5%BD%93%E5%B1%80%E3%81%A8%E4%BA%A4%E6%B8%89%E3%80%82%E4%B8%80%E6%96%87%E3%81%A7%E3%81%AF%E5%BD%93%E5%B1%80%E3%81%B86%E9%A0%85%E7%9B%AE%E8%A6%81%E6%B1%82%E3%80%82&amp;diff=1046"/>
				<updated>2026-07-26T08:07:03Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;Ad19721114: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''【概要】'''&lt;br /&gt;
:期末試験に続く入試を視野に、政経学部で開かれた学生大会では3カ月の長期に及ぶストライキが決議された。こうした対決姿勢を固める一方で、教育当局との直接交渉、一文の「6項目の要求」など、各学部の新執行部と当局との折衝の機会が増えつつあった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【この日のできごと】'''&lt;br /&gt;
:◎政経学部で学生大会を開催し1500名が結集。4月末までの3カ月長期ストライキを決議した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
:◎一文新執行委員会は、教授会代表（十人委員会）との交渉で「6項目の要求」を提示。&lt;br /&gt;
::1.自治会室(101,102,312各教室）の保障&lt;br /&gt;
::2.自治会費凍結の解除&lt;br /&gt;
::3.自治会執行機関の活動禁止の撤回。すなわち11.13告示の撤回&lt;br /&gt;
::4.「一文常任委」三役処分の白紙撤回&lt;br /&gt;
::5.1969年10.27告示、1972年11.17告示の撤回。検問体制、ロックアウト、機動隊導入を行わぬこと&lt;br /&gt;
::6.一文教授会名による総長団交の要請&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
:◎一文で自治委員協議会。&lt;br /&gt;
:◎教育、当局と交渉。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
:●定例学部長会で入学試験の実施を決定。本部構内は入試期間（2月19日から3月5日まで）関係者以外を立入禁止とする。&lt;br /&gt;
:■革マルによる一文自治委員への暴力攻撃。数名が負傷。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【一文教授会の「十人委員会」とは】'''&lt;br /&gt;
:記者会見の席上での「特別の委員会を教授会において作り、自治問題について検討させる」という村井資長総長の発言に基づいて11月30日に小山宙丸教授が中心となってできた「学生自治問題検討委員会」が「対自治会交衝委員会」となり、年明けの1973年1月29日の団交から交渉の場に登場するが、要求項目を受け付けるだけで、実質的な交渉相手とはならなかった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【自治委員協議会の役割】'''&lt;br /&gt;
:文学部102教室で開かれた一文自治委員協議会には1A、1B、1E、1G、1J、1T、1O、2C、2D、2E、日本史専修が参加して自治委員選挙の経過、豆まき大会の実施、団交要求などを議論。各クラスからは、クラス通信の発行、レポートの自主管理、自主講座の開催等活動状況の報告もあった。この一文自治委員協議会は、1年・2年クラスの横の連絡会ともいうべきもので、団交に向けた準備交渉に追われる新執行部を補う形で活動した。この日も、77クラスのうち39クラスの参加を目指して1日おきに月・水・金の午後4時に集まることが話し合われた。（『一文有志の記録』より）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【『一文有志の記録』から】'''&lt;br /&gt;
:「夜7時、学大を勝利してきた政経学部の学友300～350を迎えに出た我々一文自治委員協議会をやっていた執行委と自治委員は、カクマル30人につかまり、胸ぐらをつかまれて脅迫される。それを聞いて助けに来た政経の学友との間で小競り合い。政経の学友とスロープを下りる学友に対してカクマルは殴る蹴るの暴行を加える。スロープを下りきった正門※のところでSさんが『お前、一人で二度と一文に入れると思うなよ』などと、ヤクザまがいの脅迫を受ける。ハレンチカクマル。Sさん殴られてケガをする。合計5、6人ケガ。」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
:※文学部キャンパスは出入口が正門だけという閉鎖的空間であった。それゆえ暴力的制圧も容易で、この日もわずか30人の革マルによって暴行脅迫が行われた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【政経学部有志の3カ月】'''&lt;br /&gt;
:当時、政経学部とサ連の行動委として参加していた有志の手元に残っていたメモには、慌ただしい日々が記されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
:1973年&lt;br /&gt;
::1月3日（水）	13	全行連（プリンス）&lt;br /&gt;
::::::15	PAC（西武）&lt;br /&gt;
:::4日（木）	12	政行委（袋：らんぶる）&lt;br /&gt;
::::::14	C連代表者（でんえん：袋）&lt;br /&gt;
:::5日（金）	10	法自（ウィーン）　1.8実（理）&lt;br /&gt;
:::6日（土）	14	C連代表者&lt;br /&gt;
::::::16	1.8実&lt;br /&gt;
::::::18	全行連（第一らん山）&lt;br /&gt;
:::7日（日）	11	全学カンパ（紀伊國屋）&lt;br /&gt;
::::::16	WAC（ノア）&lt;br /&gt;
::::::::			ゆうてん泊&lt;br /&gt;
:::8日（月）	10	全学結集&lt;br /&gt;
:::9日（火）	10	PAC&lt;br /&gt;
::::::14	C連代表者&lt;br /&gt;
::::::15	クラ連総会&lt;br /&gt;
::::::18	PAC&lt;br /&gt;
::::::20	WAC（袋：白鳥）&lt;br /&gt;
:::10日（水）	 9	PAC&lt;br /&gt;
::::::12	昼休み集会&lt;br /&gt;
::::::17	C連代表者（16・107）&lt;br /&gt;
:::11日（木）	12	学部集会（3・103）→団交&lt;br /&gt;
:::13日（土）	一文キャンパス、Z阻止線突破解放&lt;br /&gt;
:::14日（日）	11	新宿カンパ&lt;br /&gt;
::::::14：30	C連（第二らん山）&lt;br /&gt;
::::::18	政行&lt;br /&gt;
:::15日（月）	14	WAC（山手）&lt;br /&gt;
::::::18	政行（白鳥）、C連（じゅねーぶ）&lt;br /&gt;
:::17日（水）		（負傷）&lt;br /&gt;
::::::一文自治委員総会粉砕行動&lt;br /&gt;
:::18日（木）	14	政自治委総会&lt;br /&gt;
::::::20	政行、C連（第二らん山）、WAC（ミカド）&lt;br /&gt;
:::::::文ロックアウト粉砕行動&lt;br /&gt;
:::::::中Zゲバ&lt;br /&gt;
:::19日（金）	 9	C連（アイン）、PAC（吉野園）&lt;br /&gt;
:::::::文連総会粉砕行動&lt;br /&gt;
:::20日（土）	 8	PAC（吉野園）&lt;br /&gt;
::::::10	（プリンス）WAC&lt;br /&gt;
::::::12	本部正門前集会&lt;br /&gt;
::::::18	（東大本郷）スト実&lt;br /&gt;
::::::20	（西部）C連、（らんぶる）政行、（新茶）WAC				ロック粉砕行動&lt;br /&gt;
:::21日（日）	14	（じゅねーぶ）C連、（本郷）WAC&lt;br /&gt;
:::22日（月）		機動隊2回導入&lt;br /&gt;
:::24日（水）	19	Q対&lt;br /&gt;
:::25日（木）	14	Q対会議&lt;br /&gt;
::::::16	クラ討&lt;br /&gt;
:::26日（金）	14	学部集会&lt;br /&gt;
::::::18	政行&lt;br /&gt;
::::::19	（スト実）&lt;br /&gt;
:::27日（土）	13	政自治委総会&lt;br /&gt;
::::::15	三里塚上映&lt;br /&gt;
::::::19	スト実&lt;br /&gt;
::::::21	政行&lt;br /&gt;
:::29日（月）	11	政行&lt;br /&gt;
::::::12	本部前集会&lt;br /&gt;
::::::16	スト実総会&lt;br /&gt;
::::::19	政行&lt;br /&gt;
::::::20	スト実事務局&lt;br /&gt;
:::30日（火）	12	（4地下）2年生会議、クラ討&lt;br /&gt;
:::::::13	スト実、C連総会&lt;br /&gt;
:::31日（水）	12	政経学生集会&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
::2月	2日（金）	12	政経学大&lt;br /&gt;
:::3日（土）	15	政スト団実&lt;br /&gt;
:::5日（月）	19	政行&lt;br /&gt;
::::::20	政経スト団実&lt;br /&gt;
:::::::二年生試験強行粉砕！&lt;br /&gt;
:::6日（火）	12	スト団実&lt;br /&gt;
::::::15	2年会&lt;br /&gt;
::::::18	スト団実→一文教交流会&lt;br /&gt;
:::::::教育地下Z&lt;br /&gt;
:::::::一文学大流会&lt;br /&gt;
:::7日（水）	13	慶大交流&lt;br /&gt;
::::::14	スト団実&lt;br /&gt;
::::::18	全学団実、〓自連&lt;br /&gt;
:::8日（木）	14	総決起集会&lt;br /&gt;
:::9日（金）	12	スト団実&lt;br /&gt;
::::::14	2年会議&lt;br /&gt;
:::10日（土）	16	スト団実&lt;br /&gt;
::::::18	全団実&lt;br /&gt;
:::11日（日）	16	（本郷）PAC&lt;br /&gt;
:::12日（月）	12	スト団実&lt;br /&gt;
::::::14	WAC&lt;br /&gt;
::::::16	法自&lt;br /&gt;
:::13日（火）	14	2年生討論集会、自治委集会&lt;br /&gt;
::::::17	WAC、全団実&lt;br /&gt;
:::14日（水）	12	（ぺりかん）PAC&lt;br /&gt;
:::::::14	WAC、全団実&lt;br /&gt;
:::16日（金）	14	（15-10）討論集会&lt;br /&gt;
:::17日（土）	14	スト団実総会&lt;br /&gt;
::::::15	PAC&lt;br /&gt;
::::::16	WAC&lt;br /&gt;
:::19日（月）	16	（本郷）WAC&lt;br /&gt;
:::::::ロック粉砕集会&lt;br /&gt;
:::23日（金）	13	（本郷）自主管理、スト団実&lt;br /&gt;
::::::18	（本郷）WAC&lt;br /&gt;
:::24日（土）	13	法自&lt;br /&gt;
::::::18	（第一らんざん）PAC&lt;br /&gt;
:::25日（日）	18	（本郷）PAC、WAC&lt;br /&gt;
:::27日（火）	18	（本郷）PAC、WAC&lt;br /&gt;
:::28日（水）	18	（コンサートホール）PAC&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
::3月1日（木）	18	（第二らん山）WAC&lt;br /&gt;
:::2日（金）	16	WAC（本郷）&lt;br /&gt;
::::::21	（袋：ニュー紫苑）全団実&lt;br /&gt;
:::3日（土）		三鷹寮泊&lt;br /&gt;
:::4日（日）		三鷹寮泊&lt;br /&gt;
:::5日（月）	15	（渋谷：野バラ）全団実&lt;br /&gt;
:::6日（火）	10	政経&lt;br /&gt;
::::::13	全団実&lt;br /&gt;
::::::14	スト実&lt;br /&gt;
::::::16地下管理運営第一歩&lt;br /&gt;
:::7日（水）		教育試験攻勢&lt;br /&gt;
::::::18	PAC&lt;br /&gt;
:::8日（木）	 9	結集&lt;br /&gt;
:::::16	PAC&lt;br /&gt;
:::9日（金）	 9	結集&lt;br /&gt;
::::::18	PAC&lt;br /&gt;
::::::18	WAC総会&lt;br /&gt;
:::10日（土）	16	WAC&lt;br /&gt;
:::11日（日）	16	（第二らん山）WAC&lt;br /&gt;
:::13日（火）	14	（〓〓）全団実&lt;br /&gt;
:::14日（水）	20	（セシボン）全団実&lt;br /&gt;
:::15日（木）	18	（農共斗）WAC&lt;br /&gt;
:::18日（日）	18	（セシボン）PAC&lt;br /&gt;
::::::20	（レッド）全団実&lt;br /&gt;
:::19日（月）	 9	PAC&lt;br /&gt;
::::::14	4.2実&lt;br /&gt;
::::::18	WAC&lt;br /&gt;
:::21日（水）	15	（セシボン）全団実&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【第一政治経済学部掲示（2月2日付）】'''&lt;br /&gt;
:「告&lt;br /&gt;
:学年末試験は左記により行なう。&lt;br /&gt;
:1． 4年度生以上については、2月5日（月）～2月17日（土）の14日間に実施する。新しい時間割はあらためて本日の午後発表する。&lt;br /&gt;
:1． 3年度生以下の学期末試験については当分の間、これを中止し、その日程については追って発表する。&lt;br /&gt;
:::2月2日　　　　　　　　　　　　　　　　　第一政治経済学部」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【社会科学部掲示（2月2日付）】'''&lt;br /&gt;
:「告&lt;br /&gt;
:学部では、これまで予定通り試験を実施しようと種々努力してきたが、これが不能の状態となり、1月30日から2月1日の3日間延期の巳むなきに至っている。&lt;br /&gt;
:今後も試験を行ないたいと思っているので、正常に試験が実施できるような状態に復するまで延期する。&lt;br /&gt;
:次回の掲示については、2月9日（金）午後4時に掲示する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
::　　　昭和48年2月2日　　　　　　　　　　　　　　社会科学部」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【リンク】'''&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>Ad19721114</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://www.19721108.net/wiki/index.php?title=1973%E5%B9%B42%E6%9C%881%E6%97%A5%EF%BC%88%E6%9C%A8%EF%BC%89%E4%B8%80%E6%96%87%E3%81%AF1%E6%9C%8830%E6%97%A5%E5%AD%A6%E7%94%9F%E5%A4%A7%E4%BC%9A%E6%B1%BA%E8%AD%B0%E3%81%AB%E3%82%88%E3%82%8B%E7%AC%AC%E4%BA%8C%E6%B3%A21%E9%80%B1%E9%96%93%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%82%AD%EF%BC%881.31%EF%BD%9E2.6%EF%BC%89%E3%81%AB%E7%AA%81%E5%85%A5%E3%80%82&amp;diff=1045</id>
		<title>1973年2月1日（木）一文は1月30日学生大会決議による第二波1週間ストライキ（1.31～2.6）に突入。</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.19721108.net/wiki/index.php?title=1973%E5%B9%B42%E6%9C%881%E6%97%A5%EF%BC%88%E6%9C%A8%EF%BC%89%E4%B8%80%E6%96%87%E3%81%AF1%E6%9C%8830%E6%97%A5%E5%AD%A6%E7%94%9F%E5%A4%A7%E4%BC%9A%E6%B1%BA%E8%AD%B0%E3%81%AB%E3%82%88%E3%82%8B%E7%AC%AC%E4%BA%8C%E6%B3%A21%E9%80%B1%E9%96%93%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%82%AD%EF%BC%881.31%EF%BD%9E2.6%EF%BC%89%E3%81%AB%E7%AA%81%E5%85%A5%E3%80%82&amp;diff=1045"/>
				<updated>2026-07-26T07:59:26Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;Ad19721114: ページの作成:「'''【概要】''' :新執行部によるストライキが決行される中で、2月に入ると当局から定期試験の日程変更に関する告示が頻繁に...」&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''【概要】'''&lt;br /&gt;
:新執行部によるストライキが決行される中で、2月に入ると当局から定期試験の日程変更に関する告示が頻繁になる。学年末試験については中止、延期、あるいはレポートへ。卒業試験についても教場試験を取り止めてレポートにする学部（政経）もあった。ストライキ決行中の学部でも、そうした告示を見るために登校する学生が多く、クラス単位の活動もまだ続行していた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【この日のできごと】'''&lt;br /&gt;
::◎一文では1月30日の学生大会の決議により、新執行部・行動委員会を中心に早朝から登校して、学年末試験阻止のためピケストを貫徹した。&lt;br /&gt;
::◎教育学部でクラス委員総会を開催。&lt;br /&gt;
::●保田順三郎政経学部長が先の教授会で示した辞意を撤回。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【教育学部当局の見解を巡っての討論】'''&lt;br /&gt;
:教育学部で開かれたクラス委員総会では、1月23日に示された当局の見解に対する評価と2月5日以降の方針を中心に討論が進められた。見解を懐柔策とし、波状スト体制下での団交実現と当局への糾弾が決議された。一方で、見解を一定評価し、スト打ち切りの意見もあった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【保田順三郎政経学部長が辞意撤回】'''&lt;br /&gt;
:「先月23日の教授会に辞意を表明していた保田順三郎早大政経学部長は1日夜の教授会の席で辞意を撤回した。（中略）『困難な事態に直面している。一致団結して解決を図りたい』と語ったという。また、同学部長に辞表を出していた教務主任、副教務主任（各2人）の4人は同学部長の説得で辞表撤回の方向だという。」（1973年２月3日付朝日新聞）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【『一文有志の記録』から】'''&lt;br /&gt;
:「総括討論へ向けて」&lt;br /&gt;
:我々の運動の出発点は川口大三郎君が一文自治会室で虐殺された。クラス末端からの「蜂起」的運動。下手人・革マルへの怒りが中心。&lt;br /&gt;
:●1.8総決起集会＝ヘルメット問題＝&lt;br /&gt;
:ヘルメットに対する「過激派」イメージによる感情的な反発。事前に集会の方針に対してクラス内部での討論がなされなかった。革マル派と直接的に対決する部分とそうでない部分との経験が、共有されなくなってきた。（行動隊などの編成）&lt;br /&gt;
:→クラス総体で対決する姿勢が薄れた。&lt;br /&gt;
:→怒りだけでは行動出来なくなる。―――分離現象&lt;br /&gt;
:●自治委員選挙＝時期的にも、機構確立の上からも必要＝&lt;br /&gt;
:統一選挙場を設定。行動隊を編成せずにクラス員総体で自らの手によって選挙を貫徹。分離・学外選挙をせずに我々の正統性のもとに最後まで追求したことの成果。&lt;br /&gt;
:→団結の強化、クラスの再組織化。&lt;br /&gt;
:●実力闘争＝権力との直接的緊張関係が明確化。&lt;br /&gt;
::::＝行動委と臨執との関係の不明確さが顕在化。（指揮系統）&lt;br /&gt;
:●試験問題の表面化（1.17、1.18頃から）&lt;br /&gt;
:それ以前は受けることで一応一致。直接的には17、18に契機。理由（①当局の態度への抗議②受験不可能者の存在――それをきっかけとした分断策動の粉砕）。現在的には、試験制度そのものの根源的な問いではない。―――ストライキ闘争の先取り（１Tがこの頃より闘争の前面に出てくる）＝ほぼ全面的に勝利。&lt;br /&gt;
:●1.19、1.20を境に革マルの戦術転換。&lt;br /&gt;
:一文に限っては表面的平和共存長期持久戦体制。体制の弱い所に攻撃集中。→突破口。怒りの鎮静化を待つ。&lt;br /&gt;
:●1.23学生大会＝予想以上の人数結集（1600人弱）&lt;br /&gt;
:::::＝試験強行阻止、自治会承認要求。&lt;br /&gt;
:●1.24〜1.30第一波スト＝かなりの結集→討論が非効率的――時間の浪費。&lt;br /&gt;
:全体としてかなり勝利的に克ち取られる。&lt;br /&gt;
:●1.27自治委員総会＝ゼロ回答。――混乱&lt;br /&gt;
:●1.30学大＝再度の一週間スト。団交から連続的に学大。日時設定のまずさ。&lt;br /&gt;
:●1.31〜2.6第二波スト＝結集甚だ悪し。解体現象。&lt;br /&gt;
:●2.5第3次団交＝ゼロ回答。&lt;br /&gt;
:●2.6、2.7学大＝流会。執行委・我々の甘さ。内実のなさ。&lt;br /&gt;
:◎団交について＝大衆性の欠落。（団交技術のまずさ。最初からゼロ回答を予測。）&lt;br /&gt;
::  十人委員会というカイライの存在。――当局のうまさ。→十人委の解体を。&lt;br /&gt;
::  学部段階には限度。→総長団交へ。&lt;br /&gt;
:◎第二波ストがザルスト化し、第3次団交がなに故に空転せざるをえなかったか？&lt;br /&gt;
:◎何故に学大が2度流会したのか？&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【リンク】'''&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>Ad19721114</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://www.19721108.net/wiki/index.php?title=1973%E5%B9%B42%E6%9C%88&amp;diff=1044</id>
		<title>1973年2月</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.19721108.net/wiki/index.php?title=1973%E5%B9%B42%E6%9C%88&amp;diff=1044"/>
				<updated>2026-07-26T07:58:58Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;Ad19721114: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;[[1973年2月1日（木）一文は1月30日学生大会決議による第二波1週間ストライキ（1.31～2.6）に突入。]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1973年2月2日（金）政経学大で3ヵ月ストを決議。教育で当局と交渉。一文では当局へ6項目要求。]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1973年2月3日（土）教育で学生大会。一文221教室で自主講座「山村政明シンポジウム」を開催。]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1973年2月5日（月）一文で3回目の団交。教育学部は学年末試験の延期を決定。政経学部の卒業試験中止。]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1973年2月6日（火）一文の学生大会不成立。一文当局は、卒業試験実施を発表。]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1973年2月7日（水）一文の学生大会再び流会。当局は卒業試験実施に踏み切る。]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1973年2月8日（木）全学スト・総長団交勝利を掲げ全学総決起集会を開催。]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1973年2月9日（金）一文、教育、社学で学部見解が示される。]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1973年2月10日（土）二文当局が自治会承認に向け確約書に署名。一文で新入生歓迎実行委の初会合。]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1973年2月12日（月）教育学部、試験日程消化の重要性を告示。16号館地下を立入禁止に。]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1973年2月13日（火） 一文で総括集会。執行委員会は春休み以降の戦術を提案。]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1973年2月15日（火） 社会科学部教授会が学生自治に関する告示]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1973年2月16日（金）16号館で全学行動委（準）主催の討論集会開催。当局は入試期間中の立入禁止期間を発表。]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1973年2月19日（月）入試を前に本部はロックアウトに。革マル派2名が川口君の友人に対する傷害罪等で起訴される。]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1973年2月21日（水）政経学部長名で見解表明。]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1973年2月22日（木）教育専任教員会が「2.22見解」を学生に郵送。]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1973年2月24日（土）ロックアウト中の本部正門前で機動隊と小競り合い。受験生と意見交換も。]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>Ad19721114</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://www.19721108.net/wiki/index.php?title=1973%E5%B9%B42%E6%9C%881%E6%97%A5%EF%BC%88%E6%9C%A8%EF%BC%89%E4%B8%80%E6%96%87%E3%81%AF1%E6%9C%8830%E6%97%A5%E5%AD%A6%E7%94%9F%E5%A4%A7%E4%BC%9A%E6%B1%BA%E8%AD%B0%E3%81%AB%E3%82%88%E3%82%8B%E7%AC%AC%E4%BA%8C%E6%B3%A21%E9%80%B1%E9%96%93%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%82%AD%EF%BC%881/31%EF%BD%9E2/6%EF%BC%89%E3%81%AB%E7%AA%81%E5%85%A5%E3%80%82&amp;diff=1043</id>
		<title>1973年2月1日（木）一文は1月30日学生大会決議による第二波1週間ストライキ（1/31～2/6）に突入。</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.19721108.net/wiki/index.php?title=1973%E5%B9%B42%E6%9C%881%E6%97%A5%EF%BC%88%E6%9C%A8%EF%BC%89%E4%B8%80%E6%96%87%E3%81%AF1%E6%9C%8830%E6%97%A5%E5%AD%A6%E7%94%9F%E5%A4%A7%E4%BC%9A%E6%B1%BA%E8%AD%B0%E3%81%AB%E3%82%88%E3%82%8B%E7%AC%AC%E4%BA%8C%E6%B3%A21%E9%80%B1%E9%96%93%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%82%AD%EF%BC%881/31%EF%BD%9E2/6%EF%BC%89%E3%81%AB%E7%AA%81%E5%85%A5%E3%80%82&amp;diff=1043"/>
				<updated>2026-07-26T07:56:22Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;Ad19721114: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''【概要】'''&lt;br /&gt;
:新執行部によるストライキが決行される中で、2月に入ると当局から定期試験の日程変更に関する告示が頻繁になる。学年末試験については中止、延期、あるいはレポートへ。卒業試験についても教場試験を取り止めてレポートにする学部（政経）もあった。ストライキ決行中の学部でも、そうした告示を見るために登校する学生が多く、クラス単位の活動もまだ続行していた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【この日のできごと】'''&lt;br /&gt;
::◎一文では1月30日の学生大会の決議により、新執行部・行動委員会を中心に早朝から登校して、学年末試験阻止のためピケストを貫徹した。&lt;br /&gt;
::◎教育学部でクラス委員総会を開催。&lt;br /&gt;
::●保田順三郎政経学部長が先の教授会で示した辞意を撤回。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【教育学部当局の見解を巡っての討論】'''&lt;br /&gt;
:教育学部で開かれたクラス委員総会では、1月23日に示された当局の見解に対する評価と2月5日以降の方針を中心に討論が進められた。見解を懐柔策とし、波状スト体制下での団交実現と当局への糾弾が決議された。一方で、見解を一定評価し、スト打ち切りの意見もあった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【保田順三郎政経学部長が辞意撤回】'''&lt;br /&gt;
:「先月23日の教授会に辞意を表明していた保田順三郎早大政経学部長は1日夜の教授会の席で辞意を撤回した。（中略）『困難な事態に直面している。一致団結して解決を図りたい』と語ったという。また、同学部長に辞表を出していた教務主任、副教務主任（各2人）の4人は同学部長の説得で辞表撤回の方向だという。」（1973年２月3日付朝日新聞）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【『一文有志の記録』から】'''&lt;br /&gt;
:「総括討論へ向けて」&lt;br /&gt;
:我々の運動の出発点は川口大三郎君が一文自治会室で虐殺された。クラス末端からの「蜂起」的運動。下手人・革マルへの怒りが中心。&lt;br /&gt;
:●1.8総決起集会＝ヘルメット問題＝&lt;br /&gt;
:ヘルメットに対する「過激派」イメージによる感情的な反発。事前に集会の方針に対してクラス内部での討論がなされなかった。革マル派と直接的に対決する部分とそうでない部分との経験が、共有されなくなってきた。（行動隊などの編成）&lt;br /&gt;
:→クラス総体で対決する姿勢が薄れた。&lt;br /&gt;
:→怒りだけでは行動出来なくなる。―――分離現象&lt;br /&gt;
:●自治委員選挙＝時期的にも、機構確立の上からも必要＝&lt;br /&gt;
:統一選挙場を設定。行動隊を編成せずにクラス員総体で自らの手によって選挙を貫徹。分離・学外選挙をせずに我々の正統性のもとに最後まで追求したことの成果。&lt;br /&gt;
:→団結の強化、クラスの再組織化。&lt;br /&gt;
:●実力闘争＝権力との直接的緊張関係が明確化。&lt;br /&gt;
::::＝行動委と臨執との関係の不明確さが顕在化。（指揮系統）&lt;br /&gt;
:●試験問題の表面化（1.17、1.18頃から）&lt;br /&gt;
:それ以前は受けることで一応一致。直接的には17、18に契機。理由（①当局の態度への抗議②受験不可能者の存在――それをきっかけとした分断策動の粉砕）。現在的には、試験制度そのものの根源的な問いではない。―――ストライキ闘争の先取り（１Tがこの頃より闘争の前面に出てくる）＝ほぼ全面的に勝利。&lt;br /&gt;
:●1.19、1.20を境に革マルの戦術転換。&lt;br /&gt;
:一文に限っては表面的平和共存長期持久戦体制。体制の弱い所に攻撃集中。→突破口。怒りの鎮静化を待つ。&lt;br /&gt;
:●1.23学生大会＝予想以上の人数結集（1600人弱）&lt;br /&gt;
:::::＝試験強行阻止、自治会承認要求。&lt;br /&gt;
:●1.24〜1.30第一波スト＝かなりの結集→討論が非効率的――時間の浪費。&lt;br /&gt;
:全体としてかなり勝利的に克ち取られる。&lt;br /&gt;
:●1.27自治委員総会＝ゼロ回答。――混乱&lt;br /&gt;
:●1.30学大＝再度の一週間スト。団交から連続的に学大。日時設定のまずさ。&lt;br /&gt;
:●1.31〜2.6第二波スト＝結集甚だ悪し。解体現象。&lt;br /&gt;
:●2.5第3次団交＝ゼロ回答。&lt;br /&gt;
:●2.6、2.7学大＝流会。執行委・我々の甘さ。内実のなさ。&lt;br /&gt;
:◎団交について＝大衆性の欠落。（団交技術のまずさ。最初からゼロ回答を予測。）&lt;br /&gt;
::  十人委員会というカイライの存在。――当局のうまさ。→十人委の解体を。&lt;br /&gt;
::  学部段階には限度。→総長団交へ。&lt;br /&gt;
:◎第二波ストがザルスト化し、第3次団交がなに故に空転せざるをえなかったか？&lt;br /&gt;
:◎何故に学大が2度流会したのか？&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【リンク】'''&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>Ad19721114</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://www.19721108.net/wiki/index.php?title=1973%E5%B9%B42%E6%9C%881%E6%97%A5%EF%BC%88%E6%9C%A8%EF%BC%89%E4%B8%80%E6%96%87%E3%81%AF1%E6%9C%8830%E6%97%A5%E5%AD%A6%E7%94%9F%E5%A4%A7%E4%BC%9A%E6%B1%BA%E8%AD%B0%E3%81%AB%E3%82%88%E3%82%8B%E7%AC%AC%E4%BA%8C%E6%B3%A21%E9%80%B1%E9%96%93%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%82%AD%EF%BC%881/31%EF%BD%9E2/6%EF%BC%89%E3%81%AB%E7%AA%81%E5%85%A5%E3%80%82&amp;diff=1042</id>
		<title>1973年2月1日（木）一文は1月30日学生大会決議による第二波1週間ストライキ（1/31～2/6）に突入。</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.19721108.net/wiki/index.php?title=1973%E5%B9%B42%E6%9C%881%E6%97%A5%EF%BC%88%E6%9C%A8%EF%BC%89%E4%B8%80%E6%96%87%E3%81%AF1%E6%9C%8830%E6%97%A5%E5%AD%A6%E7%94%9F%E5%A4%A7%E4%BC%9A%E6%B1%BA%E8%AD%B0%E3%81%AB%E3%82%88%E3%82%8B%E7%AC%AC%E4%BA%8C%E6%B3%A21%E9%80%B1%E9%96%93%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%82%AD%EF%BC%881/31%EF%BD%9E2/6%EF%BC%89%E3%81%AB%E7%AA%81%E5%85%A5%E3%80%82&amp;diff=1042"/>
				<updated>2026-07-26T07:38:44Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;Ad19721114: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''【概要】'''&lt;br /&gt;
:新執行部によるストライキが決行される中で、2月に入ると当局から定期試験の日程変更に関する告示が頻繁になる。学年末試験については中止、延期、あるいはレポートへ。卒業試験についても教場試験を取り止めてレポートにする学部（政経）もあった。ストライキ決行中の学部でも、そうした告示を見るために登校する学生が多く、クラス単位の活動もまだ続行していた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【この日のできごと】'''&lt;br /&gt;
::◎一文では1月30日の学生大会の決議により、新執行部・行動委員会を中心に早朝から登校して、学年末試験阻止のためピケストを貫徹した。&lt;br /&gt;
::◎教育学部でクラス委員総会を開催。&lt;br /&gt;
::●保田順三郎政経学部長が先の教授会で示した辞意を撤回。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【教育学部当局の見解を巡っての討論】'''&lt;br /&gt;
:教育学部で開かれたクラス委員総会では、1月23日に示された当局の見解に対する評価と2月5日以降の方針を中心に討論が進められた。見解を懐柔策とし、波状スト体制下での団交実現と当局への糾弾が決議された。一方で、見解を一定評価し、スト打ち切りの意見もあった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【保田順三郎政経学部長が辞意撤回】'''&lt;br /&gt;
:「先月23日の教授会に辞意を表明していた保田順三郎早大政経学部長は1日夜の教授会の席で辞意を撤回した。（中略）『困難な事態に直面している。一致団結して解決を図りたい』と語ったという。また、同学部長に辞表を出していた教務主任、副教務主任（各2人）の4人は同学部長の説得で辞表撤回の方向だという。」（1973年２月3日付朝日新聞）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【『一文有志の記録』から】'''&lt;br /&gt;
:「総括討論へ向けて」&lt;br /&gt;
:我々の運動の出発点は川口大三郎君が一文自治会室で虐殺された。クラス末端からの「蜂起」的運動。下手人・革マルへの怒りが中心。&lt;br /&gt;
:●1.8総決起集会＝ヘルメット問題＝&lt;br /&gt;
:ヘルメットに対する「過激派」イメージによる感情的な反発。事前に集会の方針に対してクラス内部での討論がなされなかった。革マル派と直接的に対決する部分とそうでない部分との経験が、共有されなくなってきた。（行動隊などの編成）&lt;br /&gt;
:→クラス総体で対決する姿勢が薄れた。&lt;br /&gt;
:→怒りだけでは行動出来なくなる。―――分離現象&lt;br /&gt;
:●自治委員選挙＝時期的にも、機構確立の上からも必要＝&lt;br /&gt;
:統一選挙場を設定。行動隊を編成せずにクラス員総体で自らの手によって選挙を貫徹。分離・学外選挙をせずに我々の正統性のもとに最後まで追求したことの成果。&lt;br /&gt;
:→団結の強化、クラスの再組織化。&lt;br /&gt;
:●実力闘争＝権力との直接的緊張関係が明確化。&lt;br /&gt;
:::::::＝行動委と臨執との関係の不明確さが顕在化。（指揮系統）&lt;br /&gt;
:●試験問題の表面化（1.17、18頃から）&lt;br /&gt;
:それ以前は受けることで一応一致。直接的には17、18に契機。理由（①当局の態度への抗議②受験不可能者の存在――それをきっかけとした分断策動の粉砕）。現在的には、試験制度そのものの根源的な問いではない。―――ストライキ闘争の先取り（１Tがこの頃より闘争の前面に出てくる）＝ほぼ全面的に勝利。&lt;br /&gt;
:●1.19、1.20を境に革マルの戦術転換。&lt;br /&gt;
:一文に限っては表面的平和共存長期持久戦体制。体制の弱い所に攻撃集中。→突破口。怒りの鎮静化を待つ。&lt;br /&gt;
:●1.23学生大会＝予想以上の人数結集（1600人弱）&lt;br /&gt;
::::＝試験強行阻止、自治会承認要求。&lt;br /&gt;
:●1.24〜1.30第一波スト＝かなりの結集→討論が非効率的――時間の浪費。&lt;br /&gt;
:全体としてかなり勝利的に克ち取られる。&lt;br /&gt;
:●1.27自治委員総会＝ロ回答。――混乱&lt;br /&gt;
:●1.30学大＝再度の一週間スト。団交から連続的に学大。日時設定のまずさ。&lt;br /&gt;
:●1.31〜2.6第二波スト＝結集甚だ悪し。解体現象。&lt;br /&gt;
:●2.5第3次団交＝ゼロ回答。&lt;br /&gt;
:●2.6、2.7学大＝流会。執行委・我々の甘さ。内実のなさ。&lt;br /&gt;
:◎団交について＝大衆性の欠落。（団交技術のまずさ。最初からゼロ回答を予測。）&lt;br /&gt;
::  十人委員会というカイライの存在。――当局のうまさ。→十人委の解体を。&lt;br /&gt;
::  学部段階には限度。→総長団交へ。&lt;br /&gt;
:◎第二波ストがザルスト化し、第3次団交がなに故に空転せざるをえなかったか？&lt;br /&gt;
:◎何故に学大が2度流会したのか？&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【リンク】'''&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>Ad19721114</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://www.19721108.net/wiki/index.php?title=1973%E5%B9%B42%E6%9C%881%E6%97%A5%EF%BC%88%E6%9C%A8%EF%BC%89%E4%B8%80%E6%96%87%E3%81%AF1%E6%9C%8830%E6%97%A5%E5%AD%A6%E7%94%9F%E5%A4%A7%E4%BC%9A%E6%B1%BA%E8%AD%B0%E3%81%AB%E3%82%88%E3%82%8B%E7%AC%AC%E4%BA%8C%E6%B3%A21%E9%80%B1%E9%96%93%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%82%AD%EF%BC%881/31%EF%BD%9E2/6%EF%BC%89%E3%81%AB%E7%AA%81%E5%85%A5%E3%80%82&amp;diff=1041</id>
		<title>1973年2月1日（木）一文は1月30日学生大会決議による第二波1週間ストライキ（1/31～2/6）に突入。</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.19721108.net/wiki/index.php?title=1973%E5%B9%B42%E6%9C%881%E6%97%A5%EF%BC%88%E6%9C%A8%EF%BC%89%E4%B8%80%E6%96%87%E3%81%AF1%E6%9C%8830%E6%97%A5%E5%AD%A6%E7%94%9F%E5%A4%A7%E4%BC%9A%E6%B1%BA%E8%AD%B0%E3%81%AB%E3%82%88%E3%82%8B%E7%AC%AC%E4%BA%8C%E6%B3%A21%E9%80%B1%E9%96%93%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%82%AD%EF%BC%881/31%EF%BD%9E2/6%EF%BC%89%E3%81%AB%E7%AA%81%E5%85%A5%E3%80%82&amp;diff=1041"/>
				<updated>2026-07-26T07:36:54Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;Ad19721114: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''【概要】'''&lt;br /&gt;
:新執行部によるストライキが決行される中で、2月に入ると当局から定期試験の日程変更に関する告示が頻繁になる。学年末試験については中止、延期、あるいはレポートへ。卒業試験についても教場試験を取り止めてレポートにする学部（政経）もあった。ストライキ決行中の学部でも、そうした告示を見るために登校する学生が多く、クラス単位の活動もまだ続行していた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【この日のできごと】'''&lt;br /&gt;
::◎一文では1月30日の学生大会の決議により、新執行部・行動委員会を中心に早朝から登校して、学年末試験阻止のためピケストを貫徹した。&lt;br /&gt;
::◎教育学部でクラス委員総会を開催。&lt;br /&gt;
::●保田順三郎政経学部長が先の教授会で示した辞意を撤回。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【教育学部当局の見解を巡っての討論】'''&lt;br /&gt;
:教育学部で開かれたクラス委員総会では、1月23日に示された当局の見解に対する評価と2月5日以降の方針を中心に討論が進められた。見解を懐柔策とし、波状スト体制下での団交実現と当局への糾弾が決議された。一方で、見解を一定評価し、スト打ち切りの意見もあった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【保田順三郎政経学部長が辞意撤回】'''&lt;br /&gt;
:「先月23日の教授会に辞意を表明していた保田順三郎早大政経学部長は1日夜の教授会の席で辞意を撤回した。（中略）『困難な事態に直面している。一致団結して解決を図りたい』と語ったという。また、同学部長に辞表を出していた教務主任、副教務主任（各2人）の4人は同学部長の説得で辞表撤回の方向だという。」（1973年２月3日付朝日新聞）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【『一文有志の記録』から】'''&lt;br /&gt;
:「総括討論へ向けて」&lt;br /&gt;
:我々の運動の出発点は川口大三郎君が一文自治会室で虐殺された。クラス末端からの「蜂起」的運動。下手人・革マルへの怒りが中心。&lt;br /&gt;
:●1.8総決起集会＝ヘルメット問題＝&lt;br /&gt;
:ヘルメットに対する「過激派」イメージによる感情的な反発。事前に集会の方針に対してクラス内部での討論がなされなかった。革マル派と直接的に対決する部分とそうでない部分との経験が、共有されなくなってきた。（行動隊などの編成）&lt;br /&gt;
:→クラス総体で対決する姿勢が薄れた。&lt;br /&gt;
:→怒りだけでは行動出来なくなる。―――分離現象&lt;br /&gt;
:●自治委員選挙＝時期的にも、機構確立の上からも必要＝&lt;br /&gt;
:統一選挙場を設定。行動隊を編成せずにクラス員総体で自らの手によって選挙を貫徹。分離・学外選挙をせずに我々の正統性のもとに最後まで追求したことの成果。&lt;br /&gt;
:→団結の強化、クラスの再組織化。&lt;br /&gt;
:●実力闘争＝権力との直接的緊張関係が明確化。&lt;br /&gt;
:::＝行動委と臨執との関係の不明確さが顕在化。（指揮系統）&lt;br /&gt;
:●試験問題の表面化（1.17、18頃から）&lt;br /&gt;
:それ以前は受けることで一応一致。直接的には17、18に契機。理由（①当局の態度への抗議②受験不可能者の存在――それをきっかけとした分断策動の粉砕）。現在的には、試験制度そのものの根源的な問いではない。―――ストライキ闘争の先取り（１Tがこの頃より闘争の前面に出てくる）＝ほぼ全面的に勝利。&lt;br /&gt;
:●1.19、1.20を境に革マルの戦術転換。&lt;br /&gt;
:一文に限っては表面的平和共存長期持久戦体制。体制の弱い所に攻撃集中。→突破口。怒りの鎮静化を待つ。&lt;br /&gt;
:●1.23学生大会＝予想以上の人数結集（1600人弱）&lt;br /&gt;
:::::::＝試験強行阻止、自治会承認要求。&lt;br /&gt;
:●1.24〜1.30第一波スト＝かなりの結集→討論が非効率的――時間の浪費。&lt;br /&gt;
:全体としてかなり勝利的に克ち取られる。&lt;br /&gt;
:●1.27自治委員総会＝ロ回答。――混乱&lt;br /&gt;
:●1.30学大＝再度の一週間スト。団交から連続的に学大。日時設定のまずさ。&lt;br /&gt;
:●1.31〜2.6第二波スト＝結集甚だ悪し。解体現象。&lt;br /&gt;
:●2.5第3次団交＝ゼロ回答。&lt;br /&gt;
:●2.6、2.7学大＝流会。執行委・我々の甘さ。内実のなさ。&lt;br /&gt;
:◎団交について＝大衆性の欠落。（団交技術のまずさ。最初からゼロ回答を予測。）&lt;br /&gt;
::  十人委員会というカイライの存在。――当局のうまさ。→十人委の解体を。&lt;br /&gt;
::  学部段階には限度。→総長団交へ。&lt;br /&gt;
:◎第二波ストがザルスト化し、第3次団交がなに故に空転せざるをえなかったか？&lt;br /&gt;
:◎何故に学大が2度流会したのか？&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【リンク】'''&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>Ad19721114</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://www.19721108.net/wiki/index.php?title=1973%E5%B9%B42%E6%9C%881%E6%97%A5%EF%BC%88%E6%9C%A8%EF%BC%89%E4%B8%80%E6%96%87%E3%81%AF1%E6%9C%8830%E6%97%A5%E5%AD%A6%E7%94%9F%E5%A4%A7%E4%BC%9A%E6%B1%BA%E8%AD%B0%E3%81%AB%E3%82%88%E3%82%8B%E7%AC%AC%E4%BA%8C%E6%B3%A21%E9%80%B1%E9%96%93%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%82%AD%EF%BC%881/31%EF%BD%9E2/6%EF%BC%89%E3%81%AB%E7%AA%81%E5%85%A5%E3%80%82&amp;diff=1040</id>
		<title>1973年2月1日（木）一文は1月30日学生大会決議による第二波1週間ストライキ（1/31～2/6）に突入。</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.19721108.net/wiki/index.php?title=1973%E5%B9%B42%E6%9C%881%E6%97%A5%EF%BC%88%E6%9C%A8%EF%BC%89%E4%B8%80%E6%96%87%E3%81%AF1%E6%9C%8830%E6%97%A5%E5%AD%A6%E7%94%9F%E5%A4%A7%E4%BC%9A%E6%B1%BA%E8%AD%B0%E3%81%AB%E3%82%88%E3%82%8B%E7%AC%AC%E4%BA%8C%E6%B3%A21%E9%80%B1%E9%96%93%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%82%AD%EF%BC%881/31%EF%BD%9E2/6%EF%BC%89%E3%81%AB%E7%AA%81%E5%85%A5%E3%80%82&amp;diff=1040"/>
				<updated>2026-07-26T07:24:24Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;Ad19721114: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''【概要】'''&lt;br /&gt;
:新執行部によるストライキが決行される中で、2月に入ると当局から定期試験の日程変更に関する告示が頻繁になる。学年末試験については中止、延期、あるいはレポートへ。卒業試験についても教場試験を取り止めてレポートにする学部（政経）もあった。ストライキ決行中の学部でも、そうした告示を見るために登校する学生が多く、クラス単位の活動もまだ続行していた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【この日のできごと】'''&lt;br /&gt;
::◎一文では1月30日の学生大会の決議により、新執行部・行動委員会を中心に早朝から登校して、学年末試験阻止のためピケストを貫徹した。&lt;br /&gt;
::◎教育学部でクラス委員総会を開催。&lt;br /&gt;
::●保田順三郎政経学部長が先の教授会で示した辞意を撤回。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【教育学部当局の見解を巡っての討論】'''&lt;br /&gt;
:教育学部で開かれたクラス委員総会では、1月23日に示された当局の見解に対する評価と2月5日以降の方針を中心に討論が進められた。見解を懐柔策とし、波状スト体制下での団交実現と当局への糾弾が決議された。一方で、見解を一定評価し、スト打ち切りの意見もあった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【保田順三郎政経学部長が辞意撤回】'''&lt;br /&gt;
:「先月23日の教授会に辞意を表明していた保田順三郎早大政経学部長は1日夜の教授会の席で辞意を撤回した。（中略）『困難な事態に直面している。一致団結して解決を図りたい』と語ったという。また、同学部長に辞表を出していた教務主任、副教務主任（各2人）の4人は同学部長の説得で辞表撤回の方向だという。」（1973年２月3日付朝日新聞）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【『一文有志の記録』から】'''&lt;br /&gt;
:「総括討論へ向けて」&lt;br /&gt;
:我々の運動の出発点は川口大三郎君が一文自治会室で虐殺された。クラス末端からの「蜂起」的運動。下手人＝革マルへの怒りが中心。&lt;br /&gt;
:●1.8総決起集会＝ヘルメット問題＝&lt;br /&gt;
:ヘルメットに対する「過激派」イメージによる感情的な反発。事前に集会の方針に対してクラス内部での討論がなされなかった。革マル派と直接的に対決する部分とそうでない部分との経験が、共有されなくなってきた。（行動隊などの編成）&lt;br /&gt;
:→クラス総体で対決する姿勢が薄れた。&lt;br /&gt;
:→怒りだけでは行動出来なくなる。―――分離現象&lt;br /&gt;
:●自治委員選挙―時期的にも、機構確立の上からも必要―&lt;br /&gt;
:統一選挙場を設定。行動隊を編成せずにクラス員総体で自らの手によって選挙を貫徹。分離・学外選挙をせずに我々の正統性のもとに最後まで追求したことの成果。&lt;br /&gt;
:→団結の強化、クラスの再組織化。&lt;br /&gt;
:●実力闘争―権力との直接的緊張関係が明確化。&lt;br /&gt;
:::::―行動委と臨執との関係の不明確さが顕在化。（指揮系統）&lt;br /&gt;
:●1.19・1.20を境に革マルの戦術転換。&lt;br /&gt;
:一文に限っては表面的平和共存長期持久戦体制。体制の弱い所に攻撃集中。→突破口。怒りの鎮静化を待つ。&lt;br /&gt;
:●試験問題の表面化（1.17.18頃から）&lt;br /&gt;
:それ以前は受けることで一応一致。直接的には17・18に契機。理由（①当局の態度への抗議②受験不可能者の存在――それをきっかけとした分断策動の粉砕）。現在的には、試験制度そのものの根源的な問いではない。―――ストライキ闘争の先取り（１Tがこの頃より闘争の前面に出てくる）～ほぼ全面的に勝利。&lt;br /&gt;
:●1.23学生大会―予想以上の人数結集（1600人弱）&lt;br /&gt;
:::::～試験強行阻止、自治会承認要求。&lt;br /&gt;
:●1.24―1.30第一波スト―かなりの結集→討論が非効率的――時間の浪費。&lt;br /&gt;
:全体としてかなり勝利的に克ち取られる。&lt;br /&gt;
:●1.27自治委員総会―多数のオブザーバー。勝利。&lt;br /&gt;
:●1.29第2次団交～ゼロ回答。――混乱&lt;br /&gt;
:●1.30学大―再度の一週間スト。団交から連続的に学大。日時設定のまずさ。&lt;br /&gt;
:●1.31―2.6第二波スト―結集甚だ悪し。解体現象。&lt;br /&gt;
:●2.5第3次団交―ゼロ回答。&lt;br /&gt;
:●2.6・2.7学大―流会。執行委・我々の甘さ。内実のなさ。&lt;br /&gt;
:◎団交について―大衆性の欠落。（団交技術のまずさ。最初からゼロ回答を予測。）&lt;br /&gt;
::  十人委員会というカイライの存在。――当局のうまさ。→十人委の解体を。&lt;br /&gt;
::  学部段階には限度。→総長団交へ。&lt;br /&gt;
:◎第二波ストがザルスト化し、第3次団交がなに故に空転せざるをえなかったか？&lt;br /&gt;
:◎何故に学大が2度流会したのか？&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【リンク】'''&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>Ad19721114</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://www.19721108.net/wiki/index.php?title=1973%E5%B9%B42%E6%9C%881%E6%97%A5%EF%BC%88%E6%9C%A8%EF%BC%89%E4%B8%80%E6%96%87%E3%81%AF1%E6%9C%8830%E6%97%A5%E5%AD%A6%E7%94%9F%E5%A4%A7%E4%BC%9A%E6%B1%BA%E8%AD%B0%E3%81%AB%E3%82%88%E3%82%8B%E7%AC%AC%E4%BA%8C%E6%B3%A21%E9%80%B1%E9%96%93%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%82%AD%EF%BC%881/31%EF%BD%9E2/6%EF%BC%89%E3%81%AB%E7%AA%81%E5%85%A5%E3%80%82&amp;diff=1039</id>
		<title>1973年2月1日（木）一文は1月30日学生大会決議による第二波1週間ストライキ（1/31～2/6）に突入。</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.19721108.net/wiki/index.php?title=1973%E5%B9%B42%E6%9C%881%E6%97%A5%EF%BC%88%E6%9C%A8%EF%BC%89%E4%B8%80%E6%96%87%E3%81%AF1%E6%9C%8830%E6%97%A5%E5%AD%A6%E7%94%9F%E5%A4%A7%E4%BC%9A%E6%B1%BA%E8%AD%B0%E3%81%AB%E3%82%88%E3%82%8B%E7%AC%AC%E4%BA%8C%E6%B3%A21%E9%80%B1%E9%96%93%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%82%AD%EF%BC%881/31%EF%BD%9E2/6%EF%BC%89%E3%81%AB%E7%AA%81%E5%85%A5%E3%80%82&amp;diff=1039"/>
				<updated>2026-07-26T07:22:34Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;Ad19721114: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''【概要】'''&lt;br /&gt;
:新執行部によるストライキが決行される中で、2月に入ると当局から定期試験の日程変更に関する告示が頻繁になる。学年末試験については中止、延期、あるいはレポートへ。卒業試験についても教場試験を取り止めてレポートにする学部（政経）もあった。ストライキ決行中の学部でも、そうした告示を見るために登校する学生が多く、クラス単位の活動もまだ続行していた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【この日のできごと】'''&lt;br /&gt;
::◎一文では1月30日の学生大会の決議により、新執行部・行動委員会を中心に早朝から登校して、学年末試験阻止のためピケストを貫徹した。&lt;br /&gt;
::◎教育学部でクラス委員総会を開催。&lt;br /&gt;
::●保田順三郎政経学部長が先の教授会で示した辞意を撤回。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【教育学部当局の見解を巡っての討論】'''&lt;br /&gt;
:教育学部で開かれたクラス委員総会では、1月23日に示された当局の見解に対する評価と2月5日以降の方針を中心に討論が進められた。見解を懐柔策とし、波状スト体制下での団交実現と当局への糾弾が決議された。一方で、見解を一定評価し、スト打ち切りの意見もあった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【保田順三郎政経学部長が辞意撤回】'''&lt;br /&gt;
:「先月23日の教授会に辞意を表明していた保田順三郎早大政経学部長は1日夜の教授会の席で辞意を撤回した。（中略）『困難な事態に直面している。一致団結して解決を図りたい』と語ったという。また、同学部長に辞表を出していた教務主任、副教務主任（各2人）の4人は同学部長の説得で辞表撤回の方向だという。」（1973年２月3日付朝日新聞）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【『一文有志の記録』から】'''&lt;br /&gt;
:「総括討論へ向けて」&lt;br /&gt;
:我々の運動の出発点は川口大三郎君が一文自治会室で虐殺された。クラス末端からの「蜂起」的運動。下手人＝革マルへの怒りが中心。&lt;br /&gt;
:●1.8総決起集会ーヘルメット問題ー&lt;br /&gt;
:ヘルメットに対する「過激派」イメージによる感情的な反発。事前に集会の方針に対してクラス内部での討論がなされなかった。革マル派と直接的に対決する部分とそうでない部分との経験が、共有されなくなってきた。（行動隊などの編成）&lt;br /&gt;
:→クラス総体で対決する姿勢が薄れた。&lt;br /&gt;
:→怒りだけでは行動出来なくなる。―――分離現象&lt;br /&gt;
:●自治委員選挙―時期的にも、機構確立の上からも必要―&lt;br /&gt;
:統一選挙場を設定。行動隊を編成せずにクラス員総体で自らの手によって選挙を貫徹。分離・学外選挙をせずに我々の正統性のもとに最後まで追求したことの成果。&lt;br /&gt;
:→団結の強化、クラスの再組織化。&lt;br /&gt;
:●実力闘争―権力との直接的緊張関係が明確化。&lt;br /&gt;
:::::―行動委と臨執との関係の不明確さが顕在化。（指揮系統）&lt;br /&gt;
:●1.19・1.20を境に革マルの戦術転換。&lt;br /&gt;
:一文に限っては表面的平和共存長期持久戦体制。体制の弱い所に攻撃集中。→突破口。怒りの鎮静化を待つ。&lt;br /&gt;
:●試験問題の表面化（1.17.18頃から）&lt;br /&gt;
:それ以前は受けることで一応一致。直接的には17・18に契機。理由（①当局の態度への抗議②受験不可能者の存在――それをきっかけとした分断策動の粉砕）。現在的には、試験制度そのものの根源的な問いではない。―――ストライキ闘争の先取り（１Tがこの頃より闘争の前面に出てくる）～ほぼ全面的に勝利。&lt;br /&gt;
:●1.23学生大会―予想以上の人数結集（1600人弱）&lt;br /&gt;
:::::～試験強行阻止、自治会承認要求。&lt;br /&gt;
:●1.24―1.30第一波スト―かなりの結集→討論が非効率的――時間の浪費。&lt;br /&gt;
:全体としてかなり勝利的に克ち取られる。&lt;br /&gt;
:●1.27自治委員総会―多数のオブザーバー。勝利。&lt;br /&gt;
:●1.29第2次団交～ゼロ回答。――混乱&lt;br /&gt;
:●1.30学大―再度の一週間スト。団交から連続的に学大。日時設定のまずさ。&lt;br /&gt;
:●1.31―2.6第二波スト―結集甚だ悪し。解体現象。&lt;br /&gt;
:●2.5第3次団交―ゼロ回答。&lt;br /&gt;
:●2.6・2.7学大―流会。執行委・我々の甘さ。内実のなさ。&lt;br /&gt;
:◎団交について―大衆性の欠落。（団交技術のまずさ。最初からゼロ回答を予測。）&lt;br /&gt;
::  十人委員会というカイライの存在。――当局のうまさ。→十人委の解体を。&lt;br /&gt;
::  学部段階には限度。→総長団交へ。&lt;br /&gt;
:◎第二波ストがザルスト化し、第3次団交がなに故に空転せざるをえなかったか？&lt;br /&gt;
:◎何故に学大が2度流会したのか？&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【リンク】'''&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>Ad19721114</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://www.19721108.net/wiki/index.php?title=1973%E5%B9%B42%E6%9C%881%E6%97%A5%EF%BC%88%E6%9C%A8%EF%BC%89%E4%B8%80%E6%96%87%E3%81%AF1%E6%9C%8830%E6%97%A5%E5%AD%A6%E7%94%9F%E5%A4%A7%E4%BC%9A%E6%B1%BA%E8%AD%B0%E3%81%AB%E3%82%88%E3%82%8B%E7%AC%AC%E4%BA%8C%E6%B3%A21%E9%80%B1%E9%96%93%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%82%AD%EF%BC%881/31%EF%BD%9E2/6%EF%BC%89%E3%81%AB%E7%AA%81%E5%85%A5%E3%80%82&amp;diff=1038</id>
		<title>1973年2月1日（木）一文は1月30日学生大会決議による第二波1週間ストライキ（1/31～2/6）に突入。</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.19721108.net/wiki/index.php?title=1973%E5%B9%B42%E6%9C%881%E6%97%A5%EF%BC%88%E6%9C%A8%EF%BC%89%E4%B8%80%E6%96%87%E3%81%AF1%E6%9C%8830%E6%97%A5%E5%AD%A6%E7%94%9F%E5%A4%A7%E4%BC%9A%E6%B1%BA%E8%AD%B0%E3%81%AB%E3%82%88%E3%82%8B%E7%AC%AC%E4%BA%8C%E6%B3%A21%E9%80%B1%E9%96%93%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%82%AD%EF%BC%881/31%EF%BD%9E2/6%EF%BC%89%E3%81%AB%E7%AA%81%E5%85%A5%E3%80%82&amp;diff=1038"/>
				<updated>2026-07-26T07:12:02Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;Ad19721114: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''【概要】'''&lt;br /&gt;
:新執行部によるストライキが決行される中で、2月に入ると当局から定期試験の日程変更に関する告示が頻繁になる。学年末試験については中止、延期、あるいはレポートへ。卒業試験についても教場試験を取り止めてレポートにする学部（政経）もあった。ストライキ決行中の学部でも、そうした告示を見るために登校する学生が多く、クラス単位の活動もまだ続行していた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【この日のできごと】'''&lt;br /&gt;
::◎一文では1月30日の学生大会の決議により、新執行部・行動委員会を中心に早朝から登校して、学年末試験阻止のためピケストを貫徹した。&lt;br /&gt;
::◎教育学部でクラス委員総会を開催。&lt;br /&gt;
::●保田順三郎政経学部長が先の教授会で示した辞意を撤回。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【教育学部当局の見解を巡っての討論】'''&lt;br /&gt;
:教育学部で開かれたクラス委員総会では、1月23日に示された当局の見解に対する評価と2月5日以降の方針を中心に討論が進められた。見解を懐柔策とし、波状スト体制下での団交実現と当局への糾弾が決議された。一方で、見解を一定評価し、スト打ち切りの意見もあった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【保田順三郎政経学部長が辞意撤回】'''&lt;br /&gt;
:「先月23日の教授会に辞意を表明していた保田順三郎早大政経学部長は1日夜の教授会の席で辞意を撤回した。（中略）『困難な事態に直面している。一致団結して解決を図りたい』と語ったという。また、同学部長に辞表を出していた教務主任、副教務主任（各2人）の4人は同学部長の説得で辞表撤回の方向だという。」（1973年２月3日付朝日新聞）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【『一文有志の記録』から】'''&lt;br /&gt;
:「総括討論へ向けて」&lt;br /&gt;
:我々の運動の出発点は川口大三郎君が一文自治会室で虐殺された。クラス末端からの「蜂起」的運動。下手人＝革マルへの怒りが中心。&lt;br /&gt;
:●1.8総決起集会―ヘルメット問題―&lt;br /&gt;
:ヘルメットに対する「過激派」イメージによる感情的な反発。事前に集会の方針に対してクラス内部での討論がなされなかった。革マル派と直接的に対決する部分とそうでない部分との経験が、共有されなくなってきた。（行動隊などの編成）&lt;br /&gt;
:→クラス総体で対決する姿勢が薄れた。&lt;br /&gt;
:→怒りだけでは行動出来なくなる。―――分離現象&lt;br /&gt;
:●自治委員選挙―時期的にも、機構確立の上からも必要―&lt;br /&gt;
:統一選挙場を設定。行動隊を編成せずにクラス員総体で自らの手によって選挙を貫徹。分離・学外選挙をせずに我々の正統性のもとに最後まで追求したことの成果。&lt;br /&gt;
:→団結の強化、クラスの再組織化。&lt;br /&gt;
:●実力闘争―権力との直接的緊張関係が明確化。&lt;br /&gt;
:::::―行動委と臨執との関係の不明確さが顕在化。（指揮系統）&lt;br /&gt;
:●1.19・1.20を境に革マルの戦術転換。&lt;br /&gt;
:一文に限っては表面的平和共存長期持久戦体制。体制の弱い所に攻撃集中。→突破口。怒りの鎮静化を待つ。&lt;br /&gt;
:●試験問題の表面化（1.17.18頃から）&lt;br /&gt;
:それ以前は受けることで一応一致。直接的には17・18に契機。理由（①当局の態度への抗議②受験不可能者の存在――それをきっかけとした分断策動の粉砕）。現在的には、試験制度そのものの根源的な問いではない。―――ストライキ闘争の先取り（１Tがこの頃より闘争の前面に出てくる）～ほぼ全面的に勝利。&lt;br /&gt;
:●1.23学生大会―予想以上の人数結集（1600人弱）&lt;br /&gt;
:::::～試験強行阻止、自治会承認要求。&lt;br /&gt;
:●1.24―1.30第一波スト―かなりの結集→討論が非効率的――時間の浪費。&lt;br /&gt;
:全体としてかなり勝利的に克ち取られる。&lt;br /&gt;
:●1.27自治委員総会―多数のオブザーバー。勝利。&lt;br /&gt;
:●1.29第2次団交～ゼロ回答。――混乱&lt;br /&gt;
:●1.30学大―再度の一週間スト。団交から連続的に学大。日時設定のまずさ。&lt;br /&gt;
:●1.31―2.6第二波スト―結集甚だ悪し。解体現象。&lt;br /&gt;
:●2.5第3次団交―ゼロ回答。&lt;br /&gt;
:●2.6・2.7学大―流会。執行委・我々の甘さ。内実のなさ。&lt;br /&gt;
:◎団交について―大衆性の欠落。（団交技術のまずさ。最初からゼロ回答を予測。）&lt;br /&gt;
::  十人委員会というカイライの存在。――当局のうまさ。→十人委の解体を。&lt;br /&gt;
::  学部段階には限度。→総長団交へ。&lt;br /&gt;
:◎第二波ストがザルスト化し、第3次団交がなに故に空転せざるをえなかったか？&lt;br /&gt;
:◎何故に学大が2度流会したのか？&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【リンク】'''&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>Ad19721114</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://www.19721108.net/wiki/index.php?title=1973%E5%B9%B41%E6%9C%8831%E6%97%A5%EF%BC%88%E6%B0%B4%EF%BC%89%E4%B8%80%E6%96%87%E5%BD%93%E5%B1%80%E3%81%AF%E8%A9%A6%E9%A8%93%E3%81%AE%E7%84%A1%E6%9C%9F%E5%BB%B6%E6%9C%9F%E3%82%92%E6%B1%BA%E5%AE%9A&amp;diff=1037</id>
		<title>1973年1月31日（水）一文当局は試験の無期延期を決定</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.19721108.net/wiki/index.php?title=1973%E5%B9%B41%E6%9C%8831%E6%97%A5%EF%BC%88%E6%B0%B4%EF%BC%89%E4%B8%80%E6%96%87%E5%BD%93%E5%B1%80%E3%81%AF%E8%A9%A6%E9%A8%93%E3%81%AE%E7%84%A1%E6%9C%9F%E5%BB%B6%E6%9C%9F%E3%82%92%E6%B1%BA%E5%AE%9A&amp;diff=1037"/>
				<updated>2026-07-26T03:16:34Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;Ad19721114: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''【概要】'''&lt;br /&gt;
:前日の学生大会での第二波1週間ストライキ決定に対し、文学部当局は試験の無期延期を決定し告示。その後の対応については、後日の教授会を待つことになった。29日の自治委員総会で30、31日の臨時ストを決議していた社会科学部では新執行部による学生大会が開かれ、1週間ストライキを決議した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【この日のできごと】'''&lt;br /&gt;
::9:20　一文当局は試験全科目の無期延期を決め告示した。&lt;br /&gt;
::◎一文、自治委員総会を開催。&lt;br /&gt;
::◎社学で学生大会が開催され（1300名参集）、1週間ストライキを決議した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【試験の無期延期に対して】'''&lt;br /&gt;
:「1月30日当局は、試験無期延期措置を発表した。このことをもって、われわれは、冬休み明けより第3の局面に入ったと判断する。われわれは情熱をもって闘争を闘い抜かなければならない。同時に、冷厳なる目をもって、われわれの現在的情況をみつめ直さなければならない。&lt;br /&gt;
:当局による試験攻勢、とりわけ2度の決定・告示によって、少なからぬ部分の学友が、われわれの闘争から離れ去っていったという現実を直視せねばならない。哲学科3年のみならず、他学科、他クラスの多くが、新自治会についての充分な論議を行なえぬままに、有志討論へと散会していった。われわれは厳として存在する『無関心層』を闘争に巻き込むことなくして終っている。われわれは、この否定的内部情況が何によってもたらされてきたものであるか、その内因・外因を真摯に問いつめなければならない。&lt;br /&gt;
:今、われわれは第二波1週間ストに突入した。そして、激しい情熱をもって、学部団交・大衆団交を克ち取ろうとしている。だが、一体われわれは何を克ち取るのであるか？　明白であるが故に、われわれは再度学友諸君に問う。学友諸君、見落してはいないだろうか、高慢破廉恥にも『常任委』を名のってわれわれの前をかっぽしている革マル派諸君を、われわれは彼等に対し、再度糾弾集会を開き、革マル派を最後的に放逐すべきことを。」（哲学3年有志のビラより）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【1973年1月31日付読売新聞より】'''&lt;br /&gt;
:「“暴力追放”の原点に返れ」という見出しで読売新聞の記者は早稲田の状況を次のように書いた。サブ見出しは「早大闘争、混迷の三カ月」。&lt;br /&gt;
:「冬休み明けのキャンパスで目を引いたのは、反革マル派に登場した100名ほどの黒ヘルメット部隊。当然、一般学生の間からはヘルメット着用に疑問の目が向けられ、その是非で議論がわかれ、集会が二つに割れる事態も生じた。それは『革マル追放』を一致点に結集した反革マル派内部の意見対立を最も端的にさらけ出したものだった。&lt;br /&gt;
:いわゆる反革マル派は、全共闘系、代々木系、一般学生の三派に大別できよう。紛争が長びくにつれ、当初、この運動をリードした一般学生は次第に戦列を離れ、代々木系もヘルメット論争を境に脱落、結局、全共闘系と、ノンセクト・ラジカルに変身した一般学生だけが残った。全共闘系と革マル派は、44年の第二次早大紛争以来、不倶戴天（ふぐたいてん）の間柄。『革マルの武装から身を守るため』身につけた黒ヘルメットは、いきおい攻撃的な意味をもちはじめ、さる19日の衝突では『暴力はやめろ』という一般学生の叫びも、激しい投石の前にかき消されてしまった。&lt;br /&gt;
:一方、シンパ層から見放され100人ほどになった革マル派は、武装と“外人部隊”を頼りにますます結束を固めている。23日に行なわれた同派のデモでは、その中堅幹部の一人が、そばでデモ隊の頭数を数えていた二人の男女に『なぜ、人数を数えるのか』と詰めより、相手に身分証明書を出させ、住所、氏名を書き写していた。周囲の目もあって言葉づかいは抑えていたが、“スパイ摘発”に気をつかう革マルの本心を見せつける光景だった。&lt;br /&gt;
:“武器”のエスカレートもこのところ目立っている。さる19日の反革マル派との衝突では、ついに鉄パイプが登場、翌日、教職員が学内を調べたところ、鉄パイプやカシ棒など約250本が見つかった。大学側は告示で鉄パイプはおろか、ヘルメットや旗ザオの持ち込みも禁止しているはず。しかし、検問体制の中でも、ヘルメット部隊が公然と学内を練り歩き、いまや告示はホゴ同然、そのうえ、理事の一人が記者会見で『ヘルメットや旗ザオが凶器になるんでしょうか』と発言するなど、大学側の姿勢にも首をかしげさせるものが多い。&lt;br /&gt;
:（中略）&lt;br /&gt;
:大学側は真剣に紛争解決を考えているのか――渦中の村井資長総長は、学生の全学団交要求を終始『時期尚早』と突っぱね、かわりに旧態依然の告示と機動隊導入で時を過ごしてきた。&lt;br /&gt;
:いまでは大学首脳部の間からさえ『たとえ、失敗しても、もっと早い時期に団交をやるべきだった』という率直な反省も出はじめているが、それも手遅れの感が強い。&lt;br /&gt;
:ただいえることは、川口君の殺人をきっかけに起こったこの紛争の根本は、学内の『暴力追放』にあったはずで、大学当局も学生側も、いま一度この原点に返って紛争の解決策を真剣に考えるべきではなかろうか。」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【リンク】'''&lt;br /&gt;
:[https://drive.google.com/open?id=1wCLHn0smK5NsVjOvqXb2g7S4fgxfyHcW 犠牲の収斂　パルメザン4人組]&lt;br /&gt;
:[https://drive.google.com/open?id=1ZC7nhyfSWGt4KIHatjlgIqb168arVy3k 自治会を独占させないための具体的対策を]&lt;br /&gt;
:[https://drive.google.com/open?id=1WGxW8Rz6SAenEbJf1_mgLfnfiVkkJ7Qv 革マルの川口君虐殺断固糾弾]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>Ad19721114</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://www.19721108.net/wiki/index.php?title=1973%E5%B9%B41%E6%9C%8830%E6%97%A5%EF%BC%88%E7%81%AB%EF%BC%89%E4%B8%80%E6%96%87%E3%81%A7%E5%AD%A6%E7%94%9F%E5%A4%A7%E4%BC%9A%E3%80%82%E7%AC%AC%E4%BA%8C%E6%B3%A2_1_%E9%80%B1%E9%96%93%E3%82%B9%E3%83%88%E3%82%92%E6%B1%BA%E8%AD%B0%E3%80%82%E7%A4%BE%E5%AD%A6%E3%81%A7%E3%81%AF%E8%A9%A6%E9%A8%93%E5%BB%B6%E6%9C%9F&amp;diff=1036</id>
		<title>1973年1月30日（火）一文で学生大会。第二波 1 週間ストを決議。社学では試験延期</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.19721108.net/wiki/index.php?title=1973%E5%B9%B41%E6%9C%8830%E6%97%A5%EF%BC%88%E7%81%AB%EF%BC%89%E4%B8%80%E6%96%87%E3%81%A7%E5%AD%A6%E7%94%9F%E5%A4%A7%E4%BC%9A%E3%80%82%E7%AC%AC%E4%BA%8C%E6%B3%A2_1_%E9%80%B1%E9%96%93%E3%82%B9%E3%83%88%E3%82%92%E6%B1%BA%E8%AD%B0%E3%80%82%E7%A4%BE%E5%AD%A6%E3%81%A7%E3%81%AF%E8%A9%A6%E9%A8%93%E5%BB%B6%E6%9C%9F&amp;diff=1036"/>
				<updated>2026-07-26T03:08:11Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;Ad19721114: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''【概要】'''&lt;br /&gt;
:一文では11.8以降3回目となる学生大会が開催され、賛成多数で31日からの第二波1週間ストライキが決議された。自治委員選挙によって選ばれた新執行部の無条件承認を主眼としたストで、学生投票を求めた当局との認識の相違が論点となった。期末試験と卒業試験の後には入学試験が控えており、その先には春休みと、新自治会執行部にとって正念場を迎えることとなった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【この日のできごと】'''&lt;br /&gt;
::◎一文学生大会に1400名が参集し第二波1週間ストライキを決議したが、課題の不明確さも露呈することに。&lt;br /&gt;
::15:00	社会科学部は教員会で試験実施を確認したが学生は試験会場の7号館と15号館にバリケードを構築し試験を延期させた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【1.30一文学生大会議案書より】'''&lt;br /&gt;
:1.30学生大会に「一文自治会執行委書記局」名で出された議案書には「1週間スト総括」として「自治委員選挙貫徹」「自治委員総会で新執樹立」「学部団交実現」の3点をあげた。すなはち“ザルスト”になるのではないかという懸念に反し、ストライキで勝ち取られた1週間という時間を活用して65人の自治委員の参加により自治委員総会が開かれ新執行部が選出された。これは、革マル派の二重自治会策動に大きなダメージを与えることとなった。また、29日に181教室で当局を学部団交へ引きずりだしたことは闘いの成果であったが、新執行部を承認させるにはいたらず、いまだ成果は不充分であると言わざるを得ない。今後の課題としては「自治委員選挙を全クラスで」「再団交　自治会即時無条件承認・全学団交勝利へ」「新自治会建設へむけての理念（9原則＋α）の深化を問う学部投票、そして規約改正を提起する」をあげ、とくに当局による学部投票については「当局の条件提示としての学部投票は自治会活動への介入と考えられ、またそれが『革マルか我々か』といった内容抜きの形式である限り、我々の運動においていかなる意味をも持たない故に、これを一切認めない」と付記。&lt;br /&gt;
:方針として「自治会即時無条件承認（団交勝利）に向けての第二波1週間ストライキ（1.31～2.6）」を提起。具体的項目としては、イ）現時点においてはきわめて異質な鎮静化策動以外の何ものでもない試験強行を阻止する、ロ）当局の「承認のための条件」なる策動を許さず、一文キャンパスで自治会活動の萌芽としての諸活動を断乎推進する、ハ）自治委員選断固貫徹。革マル派の二重自治会策動を最後的に粉砕する、ニ）団交勝利――総長団交勝利、ホ）スト実委をさらに強化し、ストライキを断固防衛し、各クラスの連絡体制を確立しよう、の5つがあげられた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【行動委の初心とは】'''&lt;br /&gt;
:30日の学生大会に提出された一文行動委による付帯決議には、「全学ストライキ・団交実行委員会の結成」と「ストライキに反対している法学部自治会執行部のストライキへの連帯を要請する」という2項目があった。また、この中には行動委の初心についての記述がある。&lt;br /&gt;
:「川口君虐殺糾弾闘争を自らの存在を賭して闘い抜いてきた一人一人は、闘いの中で如何なる情況も自ら創りだした情況に他ならないという権力構造を充分に認識したし、そうであるからこそ、この闘いの中で獲得されてきた関係性、共同性こそは大事にしたいと思うのだ。固いスクラムを組み、革マルの暴力的な敵対にもめげず3カ月を闘い抜いた我々には、学内の〈秩序〉を守るための検問とか、慣例としての試験といったキ弁は通用しない。我々はそのような形だけの〈秩序〉とか〈慣例〉が、一方においては革マルによる抑圧構造をつくりだし、川口君を殺していったという、変哲もない日常の中に潜む落とし穴を知っている。我々は〈自由〉一般を語るのではなく、一人の人間の死をとらえ返す我等の思想と、一人の人間の死に触発された、闘わざるをえなかった我等の初志を問題としたい。権力者によってうえつけられた我等の痛みを怒りに転化し、怒りを組織し、当局の試験による闘争圧殺に対し、全学的なストライキをもって決起しよう！　学友諸君！　絶対に▲（判読不能）念を貫こう！　如何なる種類の開拓者も泥にまみれずにすむ筈はない。」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【ビラに見る「現状分析」】'''&lt;br /&gt;
:学部団交、学生大会と続いたこの頃、学内情勢はどうだったのか。一文の哲学3年Kによるビラには次のような分析が記されている。&lt;br /&gt;
:「革マル……彼らは現在は我々との直接的対応をとってはいない。学生が学園に結集し討論を積み重ねている間、彼らが我々に対して暴力的対応をするならば、かえって彼らが窮地に立つであろうことを彼らは知っている。この革マルの態度が厳密に我々と彼らとの間の力関係によって保たれていることを決して忘れてはならない。それは一文と二文の違いによって明白である。彼らは昼は羊のようにおとなしいが、夜になるとその仮面を取る。学生が少なくなり、活動している者が裸になるにつれて彼らはその部分に攻撃を集中してくるだろう。彼らは我々の力の衰えを待っている。彼らは毎日、学内にいる学生数を綿密に調べている。彼らはいつかは我々に暴力的にやってくる。そして再び我々が学内に一歩も踏み留まることができない状態をつくりだし、われわれの新歓を行なわせず新入生獲得を狙ってくるだろう。我々がこれに対抗しうる手段は何か、何が革マルに対して最も有効でかつ危険性の少ない方法かを我々は冷静に考えなければならない。」&lt;br /&gt;
:「当局……教授会は基本的に現在の状況が文学部で維持され、更に自治委員選挙が多くのクラスで進むならば我々の自治会を承認する姿勢を示している。彼らの中間的インテリゲンチャという位置は、当局の反動的大学運営と、それに反対し学生の自治を守ろうとする我々の間にあって常に動揺せざるをえない。学生の力が団結しないうちは、教授会は制度的に見てもどうしても当局の論理をその方針の中に反映せざるをえない。それは、彼らの思考方法の出発点が『暴力沙汰をなくし、けが人を出さないためにはどうしたらよいか』にあるというところに如実に表れていよう。機動隊導入や10.27、11.17告示等も彼らはこの点から判断している。だが彼らが管理者である反面、研究者、教育者であることも我々は見逃してはならない。その点で彼らは反動当局とは矛盾関係にあり、その点で教授会と我々は同じ立場に立ちうる。我々が教授会をオルグしていかなければならない根拠もここにある。彼らが現在、自治会を『承認』するための基準も、一つには彼らの形式主義があり、一つには実際に『穏やかな』状況が文学部に創り上げられるかどうかということ、したがって我々の自治会が、学生全体の総意によって建設され、実際に革マルを封じ込める保障が創り上げられることを彼らは望んでいることを理解しなければならない。」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【リンク】'''&lt;br /&gt;
:[https://drive.google.com/open?id=1yUlKL1a67bGP60ZmoLNWzvdl4xy9tQ2J 4年卒業を口実にした当局の闘争破壊を許すな！　4年有志]&lt;br /&gt;
:[https://drive.google.com/open?id=1a1bEL_QF6qILEbDgxJnjbiMKscO-3A1e 分離試験を粉砕せよ]&lt;br /&gt;
:[https://drive.google.com/open?id=1PFftCDD9Qin-GkbWXpybQqqLkWUgR0xp 我々の運動と今後の方針について　哲学科3年河田一]&lt;br /&gt;
:[https://drive.google.com/open?id=1z3tEJjyV2MAkYYk_6Ilt0ZuFXEnIw0Oy 後期試験をボイコットし、百家争鳴・百科斉放の嵐を！山内武]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>Ad19721114</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://www.19721108.net/wiki/index.php?title=1973%E5%B9%B41%E6%9C%8829%E6%97%A5%EF%BC%88%E6%9C%88%EF%BC%89%E4%B8%80%E6%96%87%E3%81%A7%E5%AD%A6%E9%83%A8%E5%9B%A3%E4%BA%A4%E3%80%82%E6%94%BF%E7%B5%8C%E3%81%A8%E6%95%99%E8%82%B2%E3%81%A7%E3%81%AF%E8%A9%A6%E9%A8%93%E4%B8%AD%E6%AD%A2%E3%81%AB%E3%80%82%E7%A4%BE%E5%AD%A6%E3%81%A7%E6%96%B0%E5%9F%B7%E8%A1%8C%E9%83%A8%E7%99%BA%E8%B6%B3&amp;diff=1035</id>
		<title>1973年1月29日（月）一文で学部団交。政経と教育では試験中止に。社学で新執行部発足</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.19721108.net/wiki/index.php?title=1973%E5%B9%B41%E6%9C%8829%E6%97%A5%EF%BC%88%E6%9C%88%EF%BC%89%E4%B8%80%E6%96%87%E3%81%A7%E5%AD%A6%E9%83%A8%E5%9B%A3%E4%BA%A4%E3%80%82%E6%94%BF%E7%B5%8C%E3%81%A8%E6%95%99%E8%82%B2%E3%81%A7%E3%81%AF%E8%A9%A6%E9%A8%93%E4%B8%AD%E6%AD%A2%E3%81%AB%E3%80%82%E7%A4%BE%E5%AD%A6%E3%81%A7%E6%96%B0%E5%9F%B7%E8%A1%8C%E9%83%A8%E7%99%BA%E8%B6%B3&amp;diff=1035"/>
				<updated>2026-07-26T02:59:49Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;Ad19721114: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''【概要】'''&lt;br /&gt;
:全学8学部で行われる予定だった期末試験だったが、政経、一文に続いて教育も当局によって試験中止が決められた。一文では前年の12.5につづいて2回目となる学部団交を開催。新自治会の即時無条件承認を求めたが、学部から出席した「十人委員会」（学部当局が学生との折衝窓口として設けた）の発言はあくまで原則論に止まり、話し合いとはならなかった。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【この日のできごと】'''&lt;br /&gt;
::◎一文で第2回学部団交を行い、①自治会即時無条件承認②11.8及びこの間の当局のさまざまな自治弾圧徹底糾弾③再団交、総長団交の確約を求めた。当局からは「十人委員会」が出席したが、単なるメッセンジャーに過ぎず紛糾。&lt;br /&gt;
::◎政経学部は試験を強行するも、二百数十名の学友により粉砕。教授会は2.2まで試験中止を決定した。&lt;br /&gt;
::◎教育学部も試験中止に。25日の学生大会で26日から2.4までのスト、試験ボイコットを決めており、学部当局は「試験の出来る状態ではない」と。&lt;br /&gt;
::15:00	社会科学部臨執は自治委員総会を開催し、①新執行部三役と常任委員18人の選出②30、31日の臨時ストライキを決め、新執行部体制を確立した。&lt;br /&gt;
::◎理工・社学は試験初日、法・商・二文は試験を続けた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【当局が検問体制をゆるめる】'''&lt;br /&gt;
:「学年末試験をめぐって混乱のつづいている早稲田大学は29日午後2時から、学部長会を開き、30日からこれまでの機動隊に守られての検問態勢をゆるめ、正門のほか、西門を開けて学生証の確認もしないことを決めた。大学当局は『学内情勢が安定してきたため』としているが、警視庁は独自の判断で小部隊を早大周辺に待機させ、混乱を警戒する方針。」（1973年1月30日付朝日新聞）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【1月29日学部団交レジュメより】'''&lt;br /&gt;
:1.29学部団交の獲得目標は「自治会即時無条件承認」「11.8及びこの間の当局のさまざまな自治弾圧徹底糾弾」「再団交、総長団交の確約」の3点。議事は、前日開かれた「自治委員総会の報告」「要求項目の説明」「当局による団交に出席する立場と権限についての説明」につづいて「11.8以降大学当局は何をしてきたか」が取り上げられた。&lt;br /&gt;
:11.8以降すでに当局によって、イ）自治会処分、三役処分、ロ）告示（学部、全学、総長）10.27、11.17等、ハ）ロックアウト（全日、夜間、休日）、ニ）機動隊導入、常駐、不当逮捕、ホ）検問体制等の措置が行われてきたが、これら一つひとつについて、どこ（教授会、理事会、総長、権力）が、いかなる権限で行ったか、その経緯をはっきりさせていく。&lt;br /&gt;
:「自治会承認」については8項目が示された。&lt;br /&gt;
::1） この団交は新執行部によって行われているが、その事実を認めるのか？&lt;br /&gt;
::2） 新執行部を唯一の交渉団体として認めるのか？&lt;br /&gt;
::3） 交渉権を認めるならば、交渉権＝自治会承認を即時無条件で行え！&lt;br /&gt;
::4） 認めないならば、その根拠をあげよ。&lt;br /&gt;
::5） 自治会費凍結を解除せよ！&lt;br /&gt;
::6） 自治会室を解放せよ！　あるいは自治会室を提供せよ！&lt;br /&gt;
::7） クラス活動保障のため全▲▲（判読不能）教室の随時使用を認めよ！&lt;br /&gt;
::8） 地下・サークル部室を文学部全学友の手に解放せよ！　自主管理を認めよ！&lt;br /&gt;
:この前提として「我々の新執行部は名実ともに正式執行部であり、12.5学部団交での不承認とする口実は粉砕されている」との見解が示されるとともに、3）については「交渉権は認めるが自治会は認めないという論理はおかしい。断じて認められない」という付記がある。&lt;br /&gt;
:「総長団交要求・再団交要求」については、総長団交は、総長・理事会の財界と結び付いた大学管理を、学部団交は、学生の処分権、自治会承認権を持つ教授会の理事会・総長に対する姿勢、新執行部への姿勢をそれぞれただすものであり、意味がまったく違うとし、「教授会として全学総長団交を要求せよ！」としている。&lt;br /&gt;
:最後に「各クラス・専修の独自要求として、「一文・二文での差別撤廃」「夜間ロックアウト撤廃」「一文・二文共同団交要求」「共通自治会室要求」が掲げられた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【リンク】'''&lt;br /&gt;
:[https://drive.google.com/open?id=1axGwysnWiS884kxVj5fjp0kNBBG0Euf- 我らが自治運動を語る　一文2Hの反革マル宣言]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>Ad19721114</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://www.19721108.net/wiki/index.php?title=1973%E5%B9%B41%E6%9C%8829%E6%97%A5%EF%BC%88%E6%9C%88%EF%BC%89%E4%B8%80%E6%96%87%E3%81%A7%E5%AD%A6%E9%83%A8%E5%9B%A3%E4%BA%A4%E3%80%82%E6%94%BF%E7%B5%8C%E3%81%A8%E6%95%99%E8%82%B2%E3%81%A7%E3%81%AF%E8%A9%A6%E9%A8%93%E4%B8%AD%E6%AD%A2%E3%81%AB%E3%80%82%E7%A4%BE%E5%AD%A6%E3%81%A7%E6%96%B0%E5%9F%B7%E8%A1%8C%E9%83%A8%E7%99%BA%E8%B6%B3&amp;diff=1034</id>
		<title>1973年1月29日（月）一文で学部団交。政経と教育では試験中止に。社学で新執行部発足</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.19721108.net/wiki/index.php?title=1973%E5%B9%B41%E6%9C%8829%E6%97%A5%EF%BC%88%E6%9C%88%EF%BC%89%E4%B8%80%E6%96%87%E3%81%A7%E5%AD%A6%E9%83%A8%E5%9B%A3%E4%BA%A4%E3%80%82%E6%94%BF%E7%B5%8C%E3%81%A8%E6%95%99%E8%82%B2%E3%81%A7%E3%81%AF%E8%A9%A6%E9%A8%93%E4%B8%AD%E6%AD%A2%E3%81%AB%E3%80%82%E7%A4%BE%E5%AD%A6%E3%81%A7%E6%96%B0%E5%9F%B7%E8%A1%8C%E9%83%A8%E7%99%BA%E8%B6%B3&amp;diff=1034"/>
				<updated>2026-07-26T02:58:46Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;Ad19721114: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''【概要】'''&lt;br /&gt;
:全学8学部で行われる予定だった期末試験だったが、政経、一文に続いて教育も当局によって試験中止が決められた。一文では前年の12.5につづいて2回目となる学部団交を開催。新自治会の即時無条件承認を求めたが、学部から出席した「十人委員会」（学部当局が学生との折衝窓口として設けた）の発言はあくまで原則論に止まり、話し合いとはならなかった。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【この日のできごと】'''&lt;br /&gt;
::◎一文で第2回学部団交を行い、①自治会即時無条件承認②11.8及びこの間の当局のさまざまな自治弾圧徹底糾弾③再団交、総長団交の確約を求めた。当局からは「十人委員会」が出席したが、単なるメッセンジャーに過ぎず紛糾。&lt;br /&gt;
::◎政経学部は試験を強行するも、二百数十名の学友により粉砕。教授会は2.2まで試験中止を決定した。&lt;br /&gt;
::◎教育学部も試験中止に。25日の学生大会で26日から2.4までのスト、試験ボイコットを決めており、学部当局は「試験の出来る状態ではない」と。&lt;br /&gt;
::15:00	社会科学部臨執は自治委員総会を開催し①新執行部三役と常任委員18人の選出②30、31日の臨時ストライキを決め、新執行部体制を確立した。&lt;br /&gt;
::◎理工・社学は試験初日、法・商・二文は試験を続けた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【当局が検問体制をゆるめる】'''&lt;br /&gt;
:「学年末試験をめぐって混乱のつづいている早稲田大学は29日午後2時から、学部長会を開き、30日からこれまでの機動隊に守られての検問態勢をゆるめ、正門のほか、西門を開けて学生証の確認もしないことを決めた。大学当局は『学内情勢が安定してきたため』としているが、警視庁は独自の判断で小部隊を早大周辺に待機させ、混乱を警戒する方針。」（1973年1月30日付朝日新聞）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【1月29日学部団交レジュメより】'''&lt;br /&gt;
:1.29学部団交の獲得目標は「自治会即時無条件承認」「11.8及びこの間の当局のさまざまな自治弾圧徹底糾弾」「再団交、総長団交の確約」の3点。議事は、前日開かれた「自治委員総会の報告」「要求項目の説明」「当局による団交に出席する立場と権限についての説明」につづいて「11.8以降大学当局は何をしてきたか」が取り上げられた。&lt;br /&gt;
:11.8以降すでに当局によって、イ）自治会処分、三役処分、ロ）告示（学部、全学、総長）10.27、11.17等、ハ）ロックアウト（全日、夜間、休日）、ニ）機動隊導入、常駐、不当逮捕、ホ）検問体制等の措置が行われてきたが、これら一つひとつについて、どこ（教授会、理事会、総長、権力）が、いかなる権限で行ったか、その経緯をはっきりさせていく。&lt;br /&gt;
:「自治会承認」については8項目が示された。&lt;br /&gt;
::1） この団交は新執行部によって行われているが、その事実を認めるのか？&lt;br /&gt;
::2） 新執行部を唯一の交渉団体として認めるのか？&lt;br /&gt;
::3） 交渉権を認めるならば、交渉権＝自治会承認を即時無条件で行え！&lt;br /&gt;
::4） 認めないならば、その根拠をあげよ。&lt;br /&gt;
::5） 自治会費凍結を解除せよ！&lt;br /&gt;
::6） 自治会室を解放せよ！　あるいは自治会室を提供せよ！&lt;br /&gt;
::7） クラス活動保障のため全▲▲（判読不能）教室の随時使用を認めよ！&lt;br /&gt;
::8） 地下・サークル部室を文学部全学友の手に解放せよ！　自主管理を認めよ！&lt;br /&gt;
:この前提として「我々の新執行部は名実ともに正式執行部であり、12.5学部団交での不承認とする口実は粉砕されている」との見解が示されるとともに、3）については「交渉権は認めるが自治会は認めないという論理はおかしい。断じて認められない」という付記がある。&lt;br /&gt;
:「総長団交要求・再団交要求」については、総長団交は、総長・理事会の財界と結び付いた大学管理を、学部団交は、学生の処分権、自治会承認権を持つ教授会の理事会・総長に対する姿勢、新執行部への姿勢をそれぞれただすものであり、意味がまったく違うとし、「教授会として全学総長団交を要求せよ！」としている。&lt;br /&gt;
:最後に「各クラス・専修の独自要求として、「一文・二文での差別撤廃」「夜間ロックアウト撤廃」「一文・二文共同団交要求」「共通自治会室要求」が掲げられた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【リンク】'''&lt;br /&gt;
:[https://drive.google.com/open?id=1axGwysnWiS884kxVj5fjp0kNBBG0Euf- 我らが自治運動を語る　一文2Hの反革マル宣言]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>Ad19721114</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://www.19721108.net/wiki/index.php?title=1973%E5%B9%B41%E6%9C%8829%E6%97%A5%EF%BC%88%E6%9C%88%EF%BC%89%E4%B8%80%E6%96%87%E3%81%A7%E5%AD%A6%E9%83%A8%E5%9B%A3%E4%BA%A4%E3%80%82%E6%94%BF%E7%B5%8C%E3%81%A8%E6%95%99%E8%82%B2%E3%81%A7%E3%81%AF%E8%A9%A6%E9%A8%93%E4%B8%AD%E6%AD%A2%E3%81%AB%E3%80%82%E7%A4%BE%E5%AD%A6%E3%81%A7%E6%96%B0%E5%9F%B7%E8%A1%8C%E9%83%A8%E7%99%BA%E8%B6%B3&amp;diff=1033</id>
		<title>1973年1月29日（月）一文で学部団交。政経と教育では試験中止に。社学で新執行部発足</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.19721108.net/wiki/index.php?title=1973%E5%B9%B41%E6%9C%8829%E6%97%A5%EF%BC%88%E6%9C%88%EF%BC%89%E4%B8%80%E6%96%87%E3%81%A7%E5%AD%A6%E9%83%A8%E5%9B%A3%E4%BA%A4%E3%80%82%E6%94%BF%E7%B5%8C%E3%81%A8%E6%95%99%E8%82%B2%E3%81%A7%E3%81%AF%E8%A9%A6%E9%A8%93%E4%B8%AD%E6%AD%A2%E3%81%AB%E3%80%82%E7%A4%BE%E5%AD%A6%E3%81%A7%E6%96%B0%E5%9F%B7%E8%A1%8C%E9%83%A8%E7%99%BA%E8%B6%B3&amp;diff=1033"/>
				<updated>2026-07-26T02:57:33Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;Ad19721114: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''【概要】'''&lt;br /&gt;
:全学8学部で行われる予定だった期末試験だったが、政経、一文に続いて教育も当局によって試験中止が決められた。一文では前年の12.5につづいて2回目となる学部団交を開催。新自治会の即時無条件承認を求めたが、学部から出席した「十人委員会」（学部当局が学生との折衝窓口として設けた）の発言はあくまで原則論に止まり、話し合いとはならなかった。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【この日のできごと】'''&lt;br /&gt;
::◎一文で第2回学部団交を行い、①自治会即時無条件承認②11.8及びこの間の当局のさまざまな自治弾圧徹底糾弾③再団交、総長団交の確約を求めた。当局からは「十人委員会」が出席したが、単なるメッセンジャーに過ぎず紛糾。&lt;br /&gt;
::◎政経学部は試験を強行するも、二百数十名の学友により粉砕。教授会は2.2まで試験中止を決定した。&lt;br /&gt;
::◎教育学部も試験中止に。25日の学生大会で26日から2.4までのスト、試験ボイコットを決めており、学部当局は「試験の出来る状態ではない」と。&lt;br /&gt;
::15:00	社会科学部臨執は自治委員総会を開催し①新執行部三役と常任委員18人の選出 ②30、31日の臨時ストライキを決め、新執行部体制を確立した。&lt;br /&gt;
::◎理工・社学は試験初日、法・商・二文は試験を続けた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【当局が検問体制をゆるめる】'''&lt;br /&gt;
:「学年末試験をめぐって混乱のつづいている早稲田大学は29日午後2時から、学部長会を開き、30日からこれまでの機動隊に守られての検問態勢をゆるめ、正門のほか、西門を開けて学生証の確認もしないことを決めた。大学当局は『学内情勢が安定してきたため』としているが、警視庁は独自の判断で小部隊を早大周辺に待機させ、混乱を警戒する方針。」（1973年1月30日付朝日新聞）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【1月29日学部団交レジュメより】'''&lt;br /&gt;
:1.29学部団交の獲得目標は「自治会即時無条件承認」「11.8及びこの間の当局のさまざまな自治弾圧徹底糾弾」「再団交、総長団交の確約」の3点。議事は、前日開かれた「自治委員総会の報告」「要求項目の説明」「当局による団交に出席する立場と権限についての説明」につづいて「11.8以降大学当局は何をしてきたか」が取り上げられた。&lt;br /&gt;
:11.8以降すでに当局によって、イ）自治会処分、三役処分、ロ）告示（学部、全学、総長）10.27、11.17等、ハ）ロックアウト（全日、夜間、休日）、ニ）機動隊導入、常駐、不当逮捕、ホ）検問体制等の措置が行われてきたが、これら一つひとつについて、どこ（教授会、理事会、総長、権力）が、いかなる権限で行ったか、その経緯をはっきりさせていく。&lt;br /&gt;
:「自治会承認」については8項目が示された。&lt;br /&gt;
::1） この団交は新執行部によって行われているが、その事実を認めるのか？&lt;br /&gt;
::2） 新執行部を唯一の交渉団体として認めるのか？&lt;br /&gt;
::3） 交渉権を認めるならば、交渉権＝自治会承認を即時無条件で行え！&lt;br /&gt;
::4） 認めないならば、その根拠をあげよ。&lt;br /&gt;
::5） 自治会費凍結を解除せよ！&lt;br /&gt;
::6） 自治会室を解放せよ！　あるいは自治会室を提供せよ！&lt;br /&gt;
::7） クラス活動保障のため全▲▲（判読不能）教室の随時使用を認めよ！&lt;br /&gt;
::8） 地下・サークル部室を文学部全学友の手に解放せよ！　自主管理を認めよ！&lt;br /&gt;
:この前提として「我々の新執行部は名実ともに正式執行部であり、12.5学部団交での不承認とする口実は粉砕されている」との見解が示されるとともに、3）については「交渉権は認めるが自治会は認めないという論理はおかしい。断じて認められない」という付記がある。&lt;br /&gt;
:「総長団交要求・再団交要求」については、総長団交は、総長・理事会の財界と結び付いた大学管理を、学部団交は、学生の処分権、自治会承認権を持つ教授会の理事会・総長に対する姿勢、新執行部への姿勢をそれぞれただすものであり、意味がまったく違うとし、「教授会として全学総長団交を要求せよ！」としている。&lt;br /&gt;
:最後に「各クラス・専修の独自要求として、「一文・二文での差別撤廃」「夜間ロックアウト撤廃」「一文・二文共同団交要求」「共通自治会室要求」が掲げられた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【リンク】'''&lt;br /&gt;
:[https://drive.google.com/open?id=1axGwysnWiS884kxVj5fjp0kNBBG0Euf- 我らが自治運動を語る　一文2Hの反革マル宣言]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>Ad19721114</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://www.19721108.net/wiki/index.php?title=1973%E5%B9%B41%E6%9C%8827%E6%97%A5%EF%BC%88%E5%9C%9F%EF%BC%89%E4%B8%80%E6%96%87%E3%81%A7%E6%96%B0%E5%9F%B7%E8%A1%8C%E9%83%A8%E9%81%B8%E5%87%BA%E3%80%82%E6%94%BF%E7%B5%8C%E3%81%AF%E7%AC%AC%E4%BA%8C%E6%B3%A21%E9%80%B1%E9%96%93%E3%82%B9%E3%83%88%E3%81%B8&amp;diff=1032</id>
		<title>1973年1月27日（土）一文で新執行部選出。政経は第二波1週間ストへ</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.19721108.net/wiki/index.php?title=1973%E5%B9%B41%E6%9C%8827%E6%97%A5%EF%BC%88%E5%9C%9F%EF%BC%89%E4%B8%80%E6%96%87%E3%81%A7%E6%96%B0%E5%9F%B7%E8%A1%8C%E9%83%A8%E9%81%B8%E5%87%BA%E3%80%82%E6%94%BF%E7%B5%8C%E3%81%AF%E7%AC%AC%E4%BA%8C%E6%B3%A21%E9%80%B1%E9%96%93%E3%82%B9%E3%83%88%E3%81%B8&amp;diff=1032"/>
				<updated>2026-07-26T02:50:03Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;Ad19721114: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;【概要】&lt;br /&gt;
:一文で自治委員総会が開かれ15人の新執行部を選出。第二波1週間ストライキ、1.30学生大会の開催などが決議された。政経学部では自治委員総会で第二波1週間ストライキを決議した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【この日のできごと】&lt;br /&gt;
:14:00	一文、自治委員総会を37クラス、各クラス自治委員65人で開催し、臨時執行部に代えて15人の新執行部を選出。29日からの期末試験阻止のための第二波1週間ストライキと三役処分の白紙撤回および1.30学生大会開催を決議した。&lt;br /&gt;
:◎団交実行委員会（準）の結成。&lt;br /&gt;
:◎政経学部で3回目の自治委員総会が行われ、第二波1週間ストライキを決議した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【1.27 一文自治委員総会議案書には】&lt;br /&gt;
:一文自治委員総会は議案書の序章「総会の持つ意義は何か」第1章「ストライキ闘争中間総括」第2章「学部団交勝利に向けて」第3章「新執行部選出」に従って議事が進められた。&lt;br /&gt;
:ストの中間総括では次のような課題が指摘されている。&lt;br /&gt;
:「革マル派の今までのバリストとは打って変わった大衆的な結集と教室自主管理による生活空間の獲得→クラス討論、自主ゼミとしても…正に闘いは深化されている！　だがしかし、我々は次の二つの問題点を指摘しなければならない。まず第一に1.25、1.26に見られた〈早▲▲ピケ---二文連帯〉態勢のソシキ化の不充分▲▲である。これについては、すべてのクラス・専修で文字通りネトライキを許さないものとして、具体的な動員を克ち取っていく必要があっただろう。それは、1.23学生大会の議案書に盛り込まれていたように、スト実の結成として実現されるべきである。更に、ストライキ中のクラス討論等の活動を恒常的に行なう為にも、クラス・専修単位での教室の自主管理を再度確認する必要があるだろう。&lt;br /&gt;
:第二に我々の闘いの内実の豊富化である。クラス討論の▲▲、試験→レポート化を克ち取り共同でその課題に取り組む〈共同研究〉、クラス団交、上▲▲、自主ゼミ、合同討論会等が例として挙げられる。すべてのクラス・専修で創意と工夫を駆使し、今までの革マル▲▲自治会私物化反対派狩りによる抑圧と屈辱の日常性を解体し、自発性に基づく生活空間の▲▲を克ち取ろう。」（▲▲部分は判読不能）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
:学部団交での要求項目としては次の8点が提起された。&lt;br /&gt;
:1．11.14-15そして1月の機動隊導入・学生逮捕を自己批判し、今後一切機動隊を入れないことを確約せよ！&lt;br /&gt;
:2．本総会で確立される執行部を一文自治会の唯一の正式執行機関であることを即時無条件で認めよ！&lt;br /&gt;
:3．自治会室を即時無条件に解放せよ！&lt;br /&gt;
:4．自治会費凍結を即時無条件に解除せよ！&lt;br /&gt;
:5．責任転嫁としての「三役処分」を撤回せよ！&lt;br /&gt;
:6．10.27、11.17 告示を白紙撤回せよ！&lt;br /&gt;
:7．教授会として村井「総長」が全学生の前に出ることを決議せよ！&lt;br /&gt;
:8．自主管理貫徹を承認せよ！&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
:団交に当たっては、各クラス・専修から1名を選んで団交実行委員会を結成し 1.29の団交に対応することとしている。団交交渉において当局が不誠実な対応、反動的な対応をした場合には「1.30学生大会の場で、第二波自治権奪還、団交勝利のストライキも辞さない」としている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【一文臨執による会計報告】&lt;br /&gt;
:1.27現在までの運動は、クラス・街頭・個人のカンパによって支えられてきた。臨執による会計報告では、カンパによる収入は11月4万2730 円、12月7万3943円、1月5万3758円で合計17万431円。支出は情宣活動、救対カンパ、活動費などで合計13万9980円となっている。12月8日付の毎日新聞にも「意気ごみはすさまじいのだが、ノンセクトと小党乱立の反革マル派の弱みは、資金不足」と書かれた。&lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
【リンク】&lt;br /&gt;
:[https://drive.google.com/open?id=1HLdzQf-nKyAF8JsmgfcPw78iskFla_r- 自治委員総会に勝利せよ]&lt;br /&gt;
:[https://drive.google.com/open?id=1qIRidUIROOV4HvGUq7rsCalVmdSS6hNX 自治委員総会議案書]&lt;br /&gt;
:[https://drive.google.com/open?id=1NzdqKNdTcobh6qKVxL5rSTE8chMpbu2h 会計報告]&lt;br /&gt;
:[https://drive.google.com/open?id=1Bcp3XUF7BZ3spUy9KN9SdEWtR-XUtn5w 第一文学部自治会仮規約]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>Ad19721114</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://www.19721108.net/wiki/index.php?title=1973%E5%B9%B41%E6%9C%8827%E6%97%A5%EF%BC%88%E5%9C%9F%EF%BC%89%E4%B8%80%E6%96%87%E3%81%A7%E6%96%B0%E5%9F%B7%E8%A1%8C%E9%83%A8%E9%81%B8%E5%87%BA%E3%80%82%E6%94%BF%E7%B5%8C%E3%81%AF%E7%AC%AC%E4%BA%8C%E6%B3%A21%E9%80%B1%E9%96%93%E3%82%B9%E3%83%88%E3%81%B8&amp;diff=1031</id>
		<title>1973年1月27日（土）一文で新執行部選出。政経は第二波1週間ストへ</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.19721108.net/wiki/index.php?title=1973%E5%B9%B41%E6%9C%8827%E6%97%A5%EF%BC%88%E5%9C%9F%EF%BC%89%E4%B8%80%E6%96%87%E3%81%A7%E6%96%B0%E5%9F%B7%E8%A1%8C%E9%83%A8%E9%81%B8%E5%87%BA%E3%80%82%E6%94%BF%E7%B5%8C%E3%81%AF%E7%AC%AC%E4%BA%8C%E6%B3%A21%E9%80%B1%E9%96%93%E3%82%B9%E3%83%88%E3%81%B8&amp;diff=1031"/>
				<updated>2026-07-26T02:49:27Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;Ad19721114: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;【概要】&lt;br /&gt;
:一文で自治委員総会が開かれ15人の新執行部を選出。第二波1週間ストライキ、1.30学生大会の開催などが決議された。政経学部では自治委員総会で第二波1週間ストライキを決議した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【この日のできごと】&lt;br /&gt;
:14:00	一文、自治委員総会を37クラス、各クラス自治委員65人で開催し、臨時執行部に代えて15人の新執行部を選出。29日からの期末試験阻止のための第二波1週間ストライキと三役処分の白紙撤回および1.30学生大会開催を決議した。&lt;br /&gt;
:◎団交実行委員会（準）の結成。&lt;br /&gt;
:◎政経学部で3回目の自治委員総会が行われ、第二波1週間ストライキを決議した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【1.27 一文自治委員総会議案書には】&lt;br /&gt;
:一文自治委員総会は議案書の序章「総会の持つ意義は何か」第1章「ストライキ闘争中間総括」第2章「学部団交勝利に向けて」第3章「新執行部選出」に従って議事が進められた。&lt;br /&gt;
:ストの中間総括では次のような課題が指摘されている。&lt;br /&gt;
:「革マル派の今までのバリストとは打って変わった大衆的な結集と教室自主管理による生活空間の獲得→クラス討論、自主ゼミとしても…正に闘いは深化されている！　だがしかし、我々は次の二つの問題点を指摘しなければならない。まず第一に1.25、1.26に見られた〈早▲▲ピケ---二文連帯〉態勢のソシキ化の不充分▲▲である。これについては、すべてのクラス・専修で文字通りネトライキを許さないものとして、具体的な動員を克ち取っていく必要があっただろう。それは、1.23学生大会の議案書に盛り込まれていたように、スト実の結成として実現されるべきである。更に、ストライキ中のクラス討論等の活動を恒常的に行なう為にも、クラス・専修単位での教室の自主管理を再度確認する必要があるだろう。&lt;br /&gt;
:第二に我々の闘いの内実の豊富化である。クラス討論の▲▲、試験→レポート化を克ち取り共同でその課題に取り組む〈共同研究〉、クラス団交、上▲▲、自主ゼミ、合同討論会等が例として挙げられる。すべてのクラス・専修で創意と工夫を駆使し、今までの革マル▲▲自治会私物化反対派狩りによる抑圧と屈辱の日常性を解体し、自発性に基づく生活空間の▲▲を克ち取ろう。」（▲▲部分は判読不能）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
:学部団交での要求項目としては次の8点が提起された。&lt;br /&gt;
:1．11.14-5そして1月の機動隊導入・学生逮捕を自己批判し、今後一切機動隊を入れないことを確約せよ！&lt;br /&gt;
:2．本総会で確立される執行部を一文自治会の唯一の正式執行機関であることを即時無条件で認めよ！&lt;br /&gt;
:3．自治会室を即時無条件に解放せよ！&lt;br /&gt;
:4．自治会費凍結を即時無条件に解除せよ！&lt;br /&gt;
:5．責任転嫁としての「三役処分」を撤回せよ！&lt;br /&gt;
:6．10.27、11.17 告示を白紙撤回せよ！&lt;br /&gt;
:7．教授会として村井「総長」が全学生の前に出ることを決議せよ！&lt;br /&gt;
:8．自主管理貫徹を承認せよ！&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
:団交に当たっては、各クラス・専修から1名を選んで団交実行委員会を結成し 1.29の団交に対応することとしている。団交交渉において当局が不誠実な対応、反動的な対応をした場合には「1.30学生大会の場で、第二波自治権奪還、団交勝利のストライキも辞さない」としている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【一文臨執による会計報告】&lt;br /&gt;
:1.27現在までの運動は、クラス・街頭・個人のカンパによって支えられてきた。臨執による会計報告では、カンパによる収入は11月4万2730 円、12月7万3943円、1月5万3758円で合計17万431円。支出は情宣活動、救対カンパ、活動費などで合計13万9980円となっている。12月8日付の毎日新聞にも「意気ごみはすさまじいのだが、ノンセクトと小党乱立の反革マル派の弱みは、資金不足」と書かれた。&lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
【リンク】&lt;br /&gt;
:[https://drive.google.com/open?id=1HLdzQf-nKyAF8JsmgfcPw78iskFla_r- 自治委員総会に勝利せよ]&lt;br /&gt;
:[https://drive.google.com/open?id=1qIRidUIROOV4HvGUq7rsCalVmdSS6hNX 自治委員総会議案書]&lt;br /&gt;
:[https://drive.google.com/open?id=1NzdqKNdTcobh6qKVxL5rSTE8chMpbu2h 会計報告]&lt;br /&gt;
:[https://drive.google.com/open?id=1Bcp3XUF7BZ3spUy9KN9SdEWtR-XUtn5w 第一文学部自治会仮規約]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>Ad19721114</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://www.19721108.net/wiki/index.php?title=1973%E5%B9%B41%E6%9C%8827%E6%97%A5%EF%BC%88%E5%9C%9F%EF%BC%89%E4%B8%80%E6%96%87%E3%81%A7%E6%96%B0%E5%9F%B7%E8%A1%8C%E9%83%A8%E9%81%B8%E5%87%BA%E3%80%82%E6%94%BF%E7%B5%8C%E3%81%AF%E7%AC%AC%E4%BA%8C%E6%B3%A21%E9%80%B1%E9%96%93%E3%82%B9%E3%83%88%E3%81%B8&amp;diff=1030</id>
		<title>1973年1月27日（土）一文で新執行部選出。政経は第二波1週間ストへ</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.19721108.net/wiki/index.php?title=1973%E5%B9%B41%E6%9C%8827%E6%97%A5%EF%BC%88%E5%9C%9F%EF%BC%89%E4%B8%80%E6%96%87%E3%81%A7%E6%96%B0%E5%9F%B7%E8%A1%8C%E9%83%A8%E9%81%B8%E5%87%BA%E3%80%82%E6%94%BF%E7%B5%8C%E3%81%AF%E7%AC%AC%E4%BA%8C%E6%B3%A21%E9%80%B1%E9%96%93%E3%82%B9%E3%83%88%E3%81%B8&amp;diff=1030"/>
				<updated>2026-07-26T02:49:03Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;Ad19721114: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;【概要】&lt;br /&gt;
:一文で自治委員総会が開かれ15人の新執行部を選出。第二波1週間ストライキ、1.30学生大会の開催などが決議された。政経学部では自治委員総会で第二波1週間ストライキを決議した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【この日のできごと】&lt;br /&gt;
:14:00	一文、自治委員総会を37クラス、各クラス自治委員65人で開催し、臨時執行部に代えて15人の新執行部を選出。29日からの期末試験阻止のための第二波1週間ストライキと三役処分の白紙撤回および1.30学生大会開催を決議した。&lt;br /&gt;
:◎団交実行委員会（準）の結成。&lt;br /&gt;
:◎政経学部で3回目の自治委員総会が行われ、第二波1週間ストライキを決議した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【1.27 一文自治委員総会議案書には】&lt;br /&gt;
:一文自治委員総会は議案書の序章「総会の持つ意義は何か」第1章「ストライキ闘争中間総括」第2章「学部団交勝利に向けて」第3章「新執行部選出」に従って議事が進められた。&lt;br /&gt;
:ストの中間総括では次のような課題が指摘されている。&lt;br /&gt;
:「革マル派の今までのバリストとは打って変わった大衆的な結集と教室自主管理による生活空間の獲得→クラス討論、自主ゼミとしても…正に闘いは深化されている！　だがしかし、我々は次の二つの問題点を指摘しなければならない。まず第一に1.25、1.26に見られた〈早▲▲ピケ---二文連帯〉態勢のソシキ化の不充分▲▲である。これについては、すべてのクラス・専修で文字通りネトライキを許さないものとして、具体的な動員を克ち取っていく必要があっただろう。それは、1.23学生大会の議案書に盛り込まれていたように、スト実の結成として実現されるべきである。更に、ストライキ中のクラス討論等の活動を恒常的に行なう為にも、クラス・専修単位での教室の自主管理を再度確認する必要があるだろう。&lt;br /&gt;
:第二に我々の闘いの内実の豊富化である。クラス討論の▲▲、試験→レポート化を克ち取り共同でその課題に取り組む〈共同研究〉、クラス団交、上▲▲、自主ゼミ、合同討論会等が例として挙げられる。すべてのクラス・専修で創意と工夫を駆使し、今までの革マル▲▲自治会私物化反対派狩りによる抑圧と屈辱の日常性を解体し、自発性に基づく生活空間の▲▲を克ち取ろう。」（▲▲部分は判読不能）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
:学部団交での要求項目としては次の8点が提起された。&lt;br /&gt;
:1．11.14ー5そして1月の機動隊導入・学生逮捕を自己批判し、今後一切機動隊を入れないことを確約せよ！&lt;br /&gt;
:2．本総会で確立される執行部を一文自治会の唯一の正式執行機関であることを即時無条件で認めよ！&lt;br /&gt;
:3．自治会室を即時無条件に解放せよ！&lt;br /&gt;
:4．自治会費凍結を即時無条件に解除せよ！&lt;br /&gt;
:5．責任転嫁としての「三役処分」を撤回せよ！&lt;br /&gt;
:6．10.27、11.17 告示を白紙撤回せよ！&lt;br /&gt;
:7．教授会として村井「総長」が全学生の前に出ることを決議せよ！&lt;br /&gt;
:8．自主管理貫徹を承認せよ！&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
:団交に当たっては、各クラス・専修から1名を選んで団交実行委員会を結成し 1.29の団交に対応することとしている。団交交渉において当局が不誠実な対応、反動的な対応をした場合には「1.30学生大会の場で、第二波自治権奪還、団交勝利のストライキも辞さない」としている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【一文臨執による会計報告】&lt;br /&gt;
:1.27現在までの運動は、クラス・街頭・個人のカンパによって支えられてきた。臨執による会計報告では、カンパによる収入は11月4万2730 円、12月7万3943円、1月5万3758円で合計17万431円。支出は情宣活動、救対カンパ、活動費などで合計13万9980円となっている。12月8日付の毎日新聞にも「意気ごみはすさまじいのだが、ノンセクトと小党乱立の反革マル派の弱みは、資金不足」と書かれた。&lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
【リンク】&lt;br /&gt;
:[https://drive.google.com/open?id=1HLdzQf-nKyAF8JsmgfcPw78iskFla_r- 自治委員総会に勝利せよ]&lt;br /&gt;
:[https://drive.google.com/open?id=1qIRidUIROOV4HvGUq7rsCalVmdSS6hNX 自治委員総会議案書]&lt;br /&gt;
:[https://drive.google.com/open?id=1NzdqKNdTcobh6qKVxL5rSTE8chMpbu2h 会計報告]&lt;br /&gt;
:[https://drive.google.com/open?id=1Bcp3XUF7BZ3spUy9KN9SdEWtR-XUtn5w 第一文学部自治会仮規約]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>Ad19721114</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://www.19721108.net/wiki/index.php?title=1973%E5%B9%B41%E6%9C%8827%E6%97%A5%EF%BC%88%E5%9C%9F%EF%BC%89%E4%B8%80%E6%96%87%E3%81%A7%E6%96%B0%E5%9F%B7%E8%A1%8C%E9%83%A8%E9%81%B8%E5%87%BA%E3%80%82%E6%94%BF%E7%B5%8C%E3%81%AF%E7%AC%AC%E4%BA%8C%E6%B3%A21%E9%80%B1%E9%96%93%E3%82%B9%E3%83%88%E3%81%B8&amp;diff=1029</id>
		<title>1973年1月27日（土）一文で新執行部選出。政経は第二波1週間ストへ</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.19721108.net/wiki/index.php?title=1973%E5%B9%B41%E6%9C%8827%E6%97%A5%EF%BC%88%E5%9C%9F%EF%BC%89%E4%B8%80%E6%96%87%E3%81%A7%E6%96%B0%E5%9F%B7%E8%A1%8C%E9%83%A8%E9%81%B8%E5%87%BA%E3%80%82%E6%94%BF%E7%B5%8C%E3%81%AF%E7%AC%AC%E4%BA%8C%E6%B3%A21%E9%80%B1%E9%96%93%E3%82%B9%E3%83%88%E3%81%B8&amp;diff=1029"/>
				<updated>2026-07-26T02:45:50Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;Ad19721114: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;【概要】&lt;br /&gt;
:一文で自治委員総会が開かれ15人の新執行部を選出。第二波1週間ストライキ、1.30学生大会の開催などが決議された。政経学部では自治委員総会で第二波1週間ストライキを決議した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【この日のできごと】&lt;br /&gt;
:14:00	一文、自治委員総会を37クラス、各クラス自治委員65人で開催し、臨時執行部に代えて15人の新執行部を選出。29日からの期末試験阻止のための第二波1週間ストライキと三役処分の白紙撤回および1.30学生大会開催を決議した。&lt;br /&gt;
:◎団交実行委員会（準）の結成。&lt;br /&gt;
:◎政経学部で3回目の自治委員総会が行われ、第二波1週間ストライキを決議した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【1.27 一文自治委員総会議案書には】&lt;br /&gt;
:一文自治委員総会は議案書の序章「総会の持つ意義は何か」第1章「ストライキ闘争中間総括」第2章「学部団交勝利に向けて」第3章「新執行部選出」に従って議事が進められた。&lt;br /&gt;
:ストの中間総括では次のような課題が指摘されている。&lt;br /&gt;
:「革マル派の今までのバリストとは打って変わった大衆的な結集と教室自主管理による生活空間の獲得→クラス討論、自主ゼミとしても…正に闘いは深化されている！　だがしかし、我々は次の二つの問題点を指摘しなければならない。まず第一に1.25、1.26に見られた〈早▲▲ピケ---二文連帯〉態勢のソシキ化の不充分▲▲である。これについては、すべてのクラス・専修で文字通りネトライキを許さないものとして、具体的な動員を克ち取っていく必要があっただろう。それは、1.23学生大会の議案書に盛り込まれていたように、スト実の結成として実現されるべきである。更に、ストライキ中のクラス討論等の活動を恒常的に行なう為にも、クラス・専修単位での教室の自主管理を再度確認する必要があるだろう。&lt;br /&gt;
:第二に我々の闘いの内実の豊富化である。クラス討論の▲▲、試験→レポート化を克ち取り共同でその課題に取り組む〈共同研究〉、クラス団交、上▲▲、自主ゼミ、合同討論会等が例として挙げられる。すべてのクラス・専修で創意と工夫を駆使し、今までの革マル▲▲自治会私物化反対派狩りによる抑圧と屈辱の日常性を解体し、自発性に基づく生活空間の▲▲を克ち取ろう。」（▲▲部分は判読不能）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
:学部団交での要求項目としては次の8点が提起された。&lt;br /&gt;
:1．11.14-15そして1月の機動隊導入・学生逮捕を自己批判し、今後一切機動隊を入れないことを確約せよ！&lt;br /&gt;
:2．本総会で確立される執行部を一文自治会の唯一の正式執行機関であることを即時無条件で認めよ！&lt;br /&gt;
:3．自治会室を即時無条件に解放せよ！&lt;br /&gt;
:4．自治会費凍結を即時無条件に解除せよ！&lt;br /&gt;
:5．責任転嫁としての「三役処分」を撤回せよ！&lt;br /&gt;
:6．10.27、11.17 告示を白紙撤回せよ！&lt;br /&gt;
:7．教授会として村井「総長」が全学生の前に出ることを決議せよ！&lt;br /&gt;
:8．自主管理貫徹を承認せよ！&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
:団交に当たっては、各クラス・専修から1名を選んで団交実行委員会を結成し 1.29の団交に対応することとしている。団交交渉において当局が不誠実な対応、反動的な対応をした場合には「1.30学生大会の場で、第二波自治権奪還、団交勝利のストライキも辞さない」としている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【一文臨執による会計報告】&lt;br /&gt;
:1.27現在までの運動は、クラス・街頭・個人のカンパによって支えられてきた。臨執による会計報告では、カンパによる収入は11月4万2730 円、12月7万3943円、1月5万3758円で合計17万431円。支出は情宣活動、救対カンパ、活動費などで合計13万9980円となっている。12月8日付の毎日新聞にも「意気ごみはすさまじいのだが、ノンセクトと小党乱立の反革マル派の弱みは、資金不足」と書かれた。&lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
【リンク】&lt;br /&gt;
:[https://drive.google.com/open?id=1HLdzQf-nKyAF8JsmgfcPw78iskFla_r- 自治委員総会に勝利せよ]&lt;br /&gt;
:[https://drive.google.com/open?id=1qIRidUIROOV4HvGUq7rsCalVmdSS6hNX 自治委員総会議案書]&lt;br /&gt;
:[https://drive.google.com/open?id=1NzdqKNdTcobh6qKVxL5rSTE8chMpbu2h 会計報告]&lt;br /&gt;
:[https://drive.google.com/open?id=1Bcp3XUF7BZ3spUy9KN9SdEWtR-XUtn5w 第一文学部自治会仮規約]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>Ad19721114</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://www.19721108.net/wiki/index.php?title=1973%E5%B9%B41%E6%9C%8827%E6%97%A5%EF%BC%88%E5%9C%9F%EF%BC%89%E4%B8%80%E6%96%87%E3%81%A7%E6%96%B0%E5%9F%B7%E8%A1%8C%E9%83%A8%E9%81%B8%E5%87%BA%E3%80%82%E6%94%BF%E7%B5%8C%E3%81%AF%E7%AC%AC%E4%BA%8C%E6%B3%A21%E9%80%B1%E9%96%93%E3%82%B9%E3%83%88%E3%81%B8&amp;diff=1028</id>
		<title>1973年1月27日（土）一文で新執行部選出。政経は第二波1週間ストへ</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.19721108.net/wiki/index.php?title=1973%E5%B9%B41%E6%9C%8827%E6%97%A5%EF%BC%88%E5%9C%9F%EF%BC%89%E4%B8%80%E6%96%87%E3%81%A7%E6%96%B0%E5%9F%B7%E8%A1%8C%E9%83%A8%E9%81%B8%E5%87%BA%E3%80%82%E6%94%BF%E7%B5%8C%E3%81%AF%E7%AC%AC%E4%BA%8C%E6%B3%A21%E9%80%B1%E9%96%93%E3%82%B9%E3%83%88%E3%81%B8&amp;diff=1028"/>
				<updated>2026-07-26T02:40:33Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;Ad19721114: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;【概要】&lt;br /&gt;
:一文で自治委員総会が開かれ15人の新執行部を選出。第二波1週間ストライキ、1.30学生大会の開催などが決議された。政経学部では自治委員総会で第二波1週間ストライキを決議した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【この日のできごと】&lt;br /&gt;
:14:00	一文、自治委員総会を37クラス、各クラス自治委員65人で開催し、臨時執行部に代えて15人の新執行部を選出。29日からの期末試験阻止のための第二波1週間ストライキと三役処分の白紙撤回および1.30学生大会開催を決議した。&lt;br /&gt;
:◎団交実行委員会（準）の結成。&lt;br /&gt;
:◎政経学部で3回目の自治委員総会が行われ、第二波1週間ストライキを決議した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【1.27 一文自治委員総会議案書には】&lt;br /&gt;
:一文自治委員総会は議案書の序章「総会の持つ意義は何か」第1章「ストライキ闘争中間総括」第2章「学部団交勝利に向けて」第3章「新執行部選出」に従って議事が進められた。&lt;br /&gt;
:ストの中間総括では次のような課題が指摘されている。&lt;br /&gt;
:「革マル派の今までのバリストとは打って変わった大衆的な結集と教室自主管理による生活空間の獲得→クラス討論、自主ゼミとしても…正に闘いは深化されている！　だがしかし、我々は次の二つの問題点を指摘しなければならない。まず第一に1.25、1.26に見られた〈早▲▲ピケ---二文連帯〉態勢のソシキ化の不充分▲▲である。これについては、すべてのクラス・専修で文字通りネトライキを許さないものとして、具体的な動員を克ち取っていく必要があっただろう。それは、1.23学生大会の議案書に盛り込まれていたように、スト実の結成として実現されるべきである。更に、ストライキ中のクラス討論等の活動を恒常的に行なう為にも、クラス・専修単位での教室の自主管理を再度確認する必要があるだろう。&lt;br /&gt;
:第二に我々の闘いの内実の豊富化である。クラス討論の▲▲、試験→レポート化を克ち取り共同でその課題に取り組む〈共同研究〉、クラス団交、上▲▲、自主ゼミ、合同討論会等が例として挙げられる。&lt;br /&gt;
:すべてのクラス・専修で創意と工夫を駆使し、今までの革マル▲▲自治会私物化反対派狩りによる抑圧と屈辱の日常性を解体し、自発性に基づく生活空間の▲▲を克ち取ろう。」（▲▲部分は判読不能）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
:学部団交での要求項目としては次の8点が提起された。&lt;br /&gt;
:1．11.14-15そして1月の機動隊導入・学生逮捕を自己批判し、今後一切機動隊を入れないことを確約せよ！&lt;br /&gt;
:2．本総会で確立される執行部を一文自治会の唯一の正式執行機関であることを即時無条件で認めよ！&lt;br /&gt;
:3．自治会室を即時無条件に解放せよ！&lt;br /&gt;
:4．自治会費凍結を即時無条件に解除せよ！&lt;br /&gt;
:5．責任転嫁としての「三役処分」を撤回せよ！&lt;br /&gt;
:6．10.27、11.17 告示を白紙撤回せよ！&lt;br /&gt;
:7．教授会として村井「総長」が全学生の前に出ることを決議せよ！&lt;br /&gt;
:8．自主管理貫徹を承認せよ！&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
:団交に当たっては、各クラス・専修から1名を選んで団交実行委員会を結成し 1.29の団交に対応することとしている。団交交渉において当局が不誠実な対応、反動的な対応をした場合には「1.30学生大会の場で、第二波自治権奪還、団交勝利のストライキも辞さない」としている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【一文臨執による会計報告】&lt;br /&gt;
:1.27現在までの運動は、クラス・街頭・個人のカンパによって支えられてきた。臨執による会計報告では、カンパによる収入は11月4万2730 円、12月7万3943円、1月5万3758円で合計17万431円。支出は情宣活動、救対カンパ、活動費などで合計13万9980円となっている。12月8日付の毎日新聞にも「意気ごみはすさまじいのだが、ノンセクトと小党乱立の反革マル派の弱みは、資金不足」と書かれた。&lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
【リンク】&lt;br /&gt;
:[https://drive.google.com/open?id=1HLdzQf-nKyAF8JsmgfcPw78iskFla_r- 自治委員総会に勝利せよ]&lt;br /&gt;
:[https://drive.google.com/open?id=1qIRidUIROOV4HvGUq7rsCalVmdSS6hNX 自治委員総会議案書]&lt;br /&gt;
:[https://drive.google.com/open?id=1NzdqKNdTcobh6qKVxL5rSTE8chMpbu2h 会計報告]&lt;br /&gt;
:[https://drive.google.com/open?id=1Bcp3XUF7BZ3spUy9KN9SdEWtR-XUtn5w 第一文学部自治会仮規約]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>Ad19721114</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://www.19721108.net/wiki/index.php?title=1973%E5%B9%B41%E6%9C%8827%E6%97%A5%EF%BC%88%E5%9C%9F%EF%BC%89%E4%B8%80%E6%96%87%E3%81%A7%E6%96%B0%E5%9F%B7%E8%A1%8C%E9%83%A8%E9%81%B8%E5%87%BA%E3%80%82%E6%94%BF%E7%B5%8C%E3%81%AF%E7%AC%AC%E4%BA%8C%E6%B3%A21%E9%80%B1%E9%96%93%E3%82%B9%E3%83%88%E3%81%B8&amp;diff=1027</id>
		<title>1973年1月27日（土）一文で新執行部選出。政経は第二波1週間ストへ</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.19721108.net/wiki/index.php?title=1973%E5%B9%B41%E6%9C%8827%E6%97%A5%EF%BC%88%E5%9C%9F%EF%BC%89%E4%B8%80%E6%96%87%E3%81%A7%E6%96%B0%E5%9F%B7%E8%A1%8C%E9%83%A8%E9%81%B8%E5%87%BA%E3%80%82%E6%94%BF%E7%B5%8C%E3%81%AF%E7%AC%AC%E4%BA%8C%E6%B3%A21%E9%80%B1%E9%96%93%E3%82%B9%E3%83%88%E3%81%B8&amp;diff=1027"/>
				<updated>2026-07-26T02:39:00Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;Ad19721114: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;【概要】&lt;br /&gt;
:一文で自治委員総会が開かれ15人の新執行部を選出。第二波1週間ストライキ、1.30学生大会の開催などが決議された。政経学部では自治委員総会で第二波1週間ストライキを決議した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【この日のできごと】&lt;br /&gt;
:14:00	一文、自治委員総会を37クラス、各クラス自治委員65人で開催し、臨時執行部に代えて15人の新執行部を選出。29日からの期末試験阻止のための第二波1週間ストライキと三役処分の白紙撤回および1.30学生大会開催を決議した。&lt;br /&gt;
:◎団交実行委員会（準）の結成。&lt;br /&gt;
:◎政経学部で3回目の自治委員総会が行われ、第二波1週間ストライキを決議した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【1.27 一文自治委員総会議案書には】&lt;br /&gt;
:一文自治委員総会は議案書の序章「総会の持つ意義は何か」、第1章「ストライキ闘争中間総括」第2章「学部団交勝利に向けて」第3章「新執行部選出」に従って議事が進められた。&lt;br /&gt;
:ストの中間総括では次のような課題が指摘されている。&lt;br /&gt;
:「革マル派の今までのバリストとは打って変わった大衆的な結集と教室自主管理による生活空間の獲得→クラス討論、自主ゼミとしても…正に闘いは深化されている！　だがしかし、我々は次の二つの問題点を指摘しなければならない。まず第一に1.25、1.26に見られた〈早▲▲ピケ---二文連帯〉態勢のソシキ化の不充分▲▲である。これについては、すべてのクラス・専修で文字通りネトライキを許さないものとして、具体的な動員を克ち取っていく必要があっただろう。それは、1.23学生大会の議案書に盛り込まれていたように、スト実の結成として実現されるべきである。更に、ストライキ中のクラス討論等の活動を恒常的に行なう為にも、クラス・専修単位での教室の自主管理を再度確認する必要があるだろう。&lt;br /&gt;
:第二に我々の闘いの内実の豊富化である。クラス討論の▲▲、試験→レポート化を克ち取り共同でその課題に取り組む〈共同研究〉、クラス団交、上▲▲、自主ゼミ、合同討論会等が例として挙げられる。&lt;br /&gt;
:すべてのクラス・専修で創意と工夫を駆使し、今までの革マル▲▲自治会私物化反対派狩りによる抑圧と屈辱の日常性を解体し、自発性に基づく生活空間の▲▲を克ち取ろう。」（▲▲部分は判読不能）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
:学部団交での要求項目としては次の8点が提起された。&lt;br /&gt;
:1．11.14-15そして1月の機動隊導入・学生逮捕を自己批判し、今後一切機動隊を入れないことを確約せよ！&lt;br /&gt;
:2．本総会で確立される執行部を一文自治会の唯一の正式執行機関であることを即時無条件で認めよ！&lt;br /&gt;
:3．自治会室を即時無条件に解放せよ！&lt;br /&gt;
:4．自治会費凍結を即時無条件に解除せよ！&lt;br /&gt;
:5．責任転嫁としての「三役処分」を撤回せよ！&lt;br /&gt;
:6．10.27、11.17 告示を白紙撤回せよ！&lt;br /&gt;
:7．教授会として村井「総長」が全学生の前に出ることを決議せよ！&lt;br /&gt;
:8．自主管理貫徹を承認せよ！&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
:団交に当たっては、各クラス・専修から1名を選んで団交実行委員会を結成し 1.29の団交に対応することとしている。団交交渉において当局が不誠実な対応、反動的な対応をした場合には「1.30学生大会の場で、第二波自治権奪還、団交勝利のストライキも辞さない」としている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【一文臨執による会計報告】&lt;br /&gt;
:1.27現在までの運動は、クラス・街頭・個人のカンパによって支えられてきた。臨執による会計報告では、カンパによる収入は11月4万2730 円、12月7万3943円、1月5万3758円で合計17万431円。支出は情宣活動、救対カンパ、活動費などで合計13万9980円となっている。12月8日付の毎日新聞にも「意気ごみはすさまじいのだが、ノンセクトと小党乱立の反革マル派の弱みは、資金不足」と書かれた。&lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
【リンク】&lt;br /&gt;
:[https://drive.google.com/open?id=1HLdzQf-nKyAF8JsmgfcPw78iskFla_r- 自治委員総会に勝利せよ]&lt;br /&gt;
:[https://drive.google.com/open?id=1qIRidUIROOV4HvGUq7rsCalVmdSS6hNX 自治委員総会議案書]&lt;br /&gt;
:[https://drive.google.com/open?id=1NzdqKNdTcobh6qKVxL5rSTE8chMpbu2h 会計報告]&lt;br /&gt;
:[https://drive.google.com/open?id=1Bcp3XUF7BZ3spUy9KN9SdEWtR-XUtn5w 第一文学部自治会仮規約]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>Ad19721114</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://www.19721108.net/wiki/index.php?title=1973%E5%B9%B41%E6%9C%8826%E6%97%A5%EF%BC%88%E9%87%91%EF%BC%89%E6%94%BF%E7%B5%8C%E5%BD%93%E5%B1%80%E3%81%AF%E5%AD%A6%E7%94%9F%E6%8A%95%E7%A5%A8%E3%81%8C%E6%9C%89%E5%8A%B9%E3%81%A8%E6%89%BF%E8%AA%8D%E3%80%82%E8%87%AA%E6%B2%BB%E4%BC%9A%E5%86%8D%E5%BB%BA%E3%81%B8%E4%B8%80%E6%AD%A9%E3%81%8B&amp;diff=1026</id>
		<title>1973年1月26日（金）政経当局は学生投票が有効と承認。自治会再建へ一歩か</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.19721108.net/wiki/index.php?title=1973%E5%B9%B41%E6%9C%8826%E6%97%A5%EF%BC%88%E9%87%91%EF%BC%89%E6%94%BF%E7%B5%8C%E5%BD%93%E5%B1%80%E3%81%AF%E5%AD%A6%E7%94%9F%E6%8A%95%E7%A5%A8%E3%81%8C%E6%9C%89%E5%8A%B9%E3%81%A8%E6%89%BF%E8%AA%8D%E3%80%82%E8%87%AA%E6%B2%BB%E4%BC%9A%E5%86%8D%E5%BB%BA%E3%81%B8%E4%B8%80%E6%AD%A9%E3%81%8B&amp;diff=1026"/>
				<updated>2026-07-25T09:43:52Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;Ad19721114: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''【概要】'''&lt;br /&gt;
:政経学部では、学部当局立ち会いのもと自治会（政経では学友会）再建への学生投票の点検が行われ、投票は有効と認められた。これによって学友会委員の選挙を経て学友会委員会を組織するという学友会再建への道が開けたが、一方でそれは“御用自治会”を生むものだという反発も。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【この日のできごと】'''&lt;br /&gt;
::●政経学部当局は自治会再建への学生投票を有効として承認した。&lt;br /&gt;
::◎教育学部は１０日間のピケストライキに入る。ストライキ実行委員会結成。&lt;br /&gt;
::■革マルは社学でデッチ上げ自治委員総会を開いた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【政経学部の学部投票が承認される】'''&lt;br /&gt;
:「反革マル系の政経学部学生が、昨年11月から進めてきた自治会再建の学生投票の点検を、学部当局の立ち会いで行なった。『学生の過半数が投票し、その過半数が学友会を再建することに同意したものである』と学部当局が認め、学内にその旨を告示した。&lt;br /&gt;
:同学部には、自治会として学生生活の充実や親善などを目的とした『学友会』が20年前からある。しかし、43年から翌年にかけての学生間の対立で、学友会は崩壊、機能は全く停止したまま。去年11月8日の革マル派による川口君事件で、反革マルの学生の間で再建運動が起り、学生投票が進められていた。&lt;br /&gt;
:学部側は、再建の臨時措置に関する教授会見解として、45年に①学生大会の召集は在籍学生の3分の1以上の署名②学友会再建の決定は、学生の過半数の投票とその過半数の同意を必要とする、などの3原則を学生側に示していたが、今回の投票は2777人が有効投票、うち2375人が賛成投票だった。&lt;br /&gt;
:学部側は『今後、学友会会則に定める手続きで、再度学友会委員の選挙を行い、学友会委員会が組織されれば、正式の学友会として発足する』としている。&lt;br /&gt;
:一方、学部立会いの投票点検について学生の間からは『学生投票は、学友会とは全く別の新しい自治会を認めるかどうかで行なったものだ』という声が強く、執行部に対する不満も強い。」（1973年1月27日付朝日新聞）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【政経学部当局の告示とその背景】'''&lt;br /&gt;
:1973年1月31日付読売新聞によれば、夜になって当局が出した告示には「在籍学生の過半数が投票し、その過半数が学友会再建に同意したものと認める」とあった。その背景にあった当局の考え方について、同記事は「学生の自治活動を『教育の一環』とみる学部側は、学友会委員任免の権限は学部長にあり、学生大会の召集にも学部長の承認が必要と主張する。もちろん学生たちは『御用自治会ナンセンス』と反発。学部と学生のミゾはかえって深まった」としている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【一文のスケジュール】'''&lt;br /&gt;
:一文臨執名で出された「1･26 自治委員集会に結集しよう！」のビラによると「1･26 午後自治委員集会　1･27 自治委員総会　1･29 学部団交　1･30 学生大会」と集会が続く過密なスケジュールとなっている。折しも26日には革マルによる「全学連政治集会」が181教室で予定されており、臨執主導のストライキ中といえども、革マルとの緊張関係には厳しいものがあった。このビラのサブキャッチには「文学部を解放し、自らの生活空間を獲得せよ」とある。&lt;br /&gt;
:「学友諸君！　一文をぼくたちの手でクラスの仲間と共に解放しよう。川口君の苦しみ抜いた文学部のキャンパスを怒りと悲しみで埋め尽くそう！　革マルを追い出せ！　死者につばをかけることを許すな！　学友諸君！　本日の自治委員集会を明日の総会へのステップとして克ち取ろう。学友諸君！　立ち上がれ！　一週間ストライキを貫徹しよう。」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【リンク】'''&lt;br /&gt;
:[https://drive.google.com/open?id=1TWY684qXAEQRKFuQK4wPqdwRFt-qLZ5Y 1・26自治委員集会に結集しよう！]&lt;br /&gt;
:[https://drive.google.com/open?id=1fhfCwYH2g8ZNW-02NAA-lKxaqWsrzVkW 学生大会の勝利を真の勝利とする為に更なる闘いを準備せよ！ 早大一文行動委員会]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>Ad19721114</name></author>	</entry>

	</feed>