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		<title>19721108 - 利用者の投稿記録 [ja]</title>
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		<title>1972年11月27日（月）一文学大前夜、当局・革マルの妨害</title>
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				<updated>2017-03-20T05:15:17Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;Ad19721112: ページの作成:「'''【概要】''' :翌日の一文学大を前に、全学議長団、全学部連絡会議、サークル連絡会議が本部前で集会を開き、「革マル自治...」&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''【概要】'''&lt;br /&gt;
:翌日の一文学大を前に、全学議長団、全学部連絡会議、サークル連絡会議が本部前で集会を開き、「革マル自治会リコール」への意志一致を図った。図書館前では革マル派100人が「学生大会粉砕」集会を始め、双方のマイク合戦となった。昼過ぎにはその周囲を2000人の学生が取り囲んだ。夜になってこの集会に革マル派のデモ隊が乱入し、議長団の一人が重傷を負った。一方当局は告示で、翌日はロックアウトをも辞さないと宣言し、学大開催を阻む姿勢を示した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【この日のできごと】'''&lt;br /&gt;
::◎全学議長団・全学部連絡会議・サークル連絡会議は9:30から本部前で集会。2000名の学生が参加して翌日の一文学生大会防衛の意志一致を図る。革マルとの小競り合いは20:00過ぎまで続き、ヘルメットを奪うなどして混乱。革マルは議長団リーダーを狙っての暴力行使。&lt;br /&gt;
::◎大学当局は臨時学部長会を開いて「11.27告示」を全学６カ所に掲出。翌日の休講、ロックアウトの可能性を示しての恫喝。&lt;br /&gt;
::◎一・二文連合教授会・教員会は文学部181大教室の学生大会使用許可申請を認めず、中庭も使用禁止に。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【文学部教授会が緊急会議開催】'''&lt;br /&gt;
:「このため大学当局は緊急学部長会議を、また、文学部教授会も緊急会議を開いた。その結果、学部長会は『状況いかんでは全学の休講、学内立入り禁止にする』旨の告示を出したが、教授会は『学生の自主性を生かし、学生大会を守るべきだ』との見地から『午前八時全教職員が文学部正門に集合、双方の衝突防止に当たる』基本方針を決めた。ただ、同教授会としても学生大会会場については中庭、一八一教室は『危険』を理由に使用させない方針であり、具体的な場所は状況を見て許可することにしている」（1972年11月28日付毎日新聞）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【11.27告示】'''&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
:「告示&lt;br /&gt;
:現在、早稲田大学においては暴力を排除し、平和で静かな学園を再建することが急務である。われわれは&lt;br /&gt;
:革マル派による11/8の事件を契機として学生の間から暴力追放への強い意志がもりあがり、それが学園正常&lt;br /&gt;
:化への大きなエネルギーとなっていることを知っている。&lt;br /&gt;
:しかるに残念なことであるが、学生大会等の開催をめぐり、他大学学生多数を含む、学生派ばつの活動が加&lt;br /&gt;
:わり、混乱がますます激化していく様相がみられる。そして、この間、負傷者さえも出すに至ったことはき&lt;br /&gt;
:わめて遺憾である。&lt;br /&gt;
:大学としては、この危険な状態を、このまま放置しておくことはできない。今後の状況によっては、休講・&lt;br /&gt;
:学内立入禁止の措置を取らざるを得ないことを明らかにしておきたい。&lt;br /&gt;
:学生諸君の冷静な判断と慎重な行動を切望する。&lt;br /&gt;
::昭和47年11月27日　早稲田大学」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【革マルの外部支援】'''&lt;br /&gt;
:この日の革マル派の集会には「都教組有志」「私教連有志」の立て看が現れたり昼過ぎには作業服姿の動労組合員約十人が連帯表明のビラを配るなど、学外からの動きも目立ってきた。（1972年11月27日付毎日新聞夕刊より）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【新聞報道に見るここまでの動き】'''&lt;br /&gt;
:1972年11月27日付毎日新聞に「“力の対決”前面に」と題して、11月8日からの動きを振り返った記事が掲載された。&lt;br /&gt;
:「リンチ殺人事件からの学生たちの動きを振り返ってみると————。&lt;br /&gt;
:事件のあと早大キャンパスでは連日、革マル派が学生に突上げられたが、十三、四の糾弾集会を境に学生たちは「糾弾しているだけではダメ。自治会から事実上追出し、革マル派を寄せつけない体制をつくることが必要だ」と署名運動、学生大会開催、リコール、新執行部選出の動きを始めた。&lt;br /&gt;
:推進役として、革マル派糾弾全学議長団、全学部連絡会議、サークル連絡会議ができた。そして、二十八日の第一文学部学生大会開催が決まり、革マル、民青系が互いに「正統」を主張している政経、教育、社会科学部自治会の再建案もまとまった。早大には革マルのほか民青系、ノンセクトラジカルなどの諸派があるが、革マルを除く各派は「反革マル」で一致、「新執行部もセクト支配を受けない」ことを確約した。ところが、革マル派は「学生の革マル派に対する怒りは理解できる」としながらも「リコール運動推進役は民青系学生」とみて「日共、民青の自治会乗っ取り策動を許すな」と逆に学生に呼びかけていた。&lt;br /&gt;
:「学生大会は自治会規約にのっとって開く。大会招集権を持つ委員長に署名を渡せ」というのが革マルの言い分。文学部自治会規約は十一条は「学生大会は本会の最高議決機関であり、会員の五分の一以上の出席をもって成立する」とあり、大会開催は①委員総会および常任委員会の要求があった場合②会員の十分の一以上の要求があった場合③その他委員長が認めた場合、となっている。またリコール条項を加えるなどの規約改正は同二十一条で委員総会の決議を経て行なう、とある。&lt;br /&gt;
:この規約をとらえ、革マル派は「大会招集は慣例として委員長が行なう。署名がまとまったら委員長に渡すべきだ。規約を無視したら、だれもが勝手に自治会をつくれることになり、自治会活動の破壊になる。今後の自治会活動の進め方を論ぜず、ただリコールを進めようとする動きは“政治的”と判断せざるをえない」と主張。&lt;br /&gt;
:これに対しリコール推進派は「セクトはあっても、それを超える学生の革マル派に対する怒りがわからないのか。学生大会は最高の議決機関だから規約改正もできる。われわれは革マル執行部を認めていない。十分の一以上の署名が集まったのだから自主的に大会を開く」と反論。あくまで独自に大会を開き、革マル執行部リコールと新執行部を発足させる構えをとっていた。&lt;br /&gt;
:推進派としては「革マル派が居座って一分に二つの自治会ができる可能性もある。しかし、文学部教授会が殺人事件を起こした革マル派の自治会を公認するわけがない。これまで盛上げてきた学生の力で学部当局に“新自治会”の正当性を認めさせる」と、あくまで強気。双方の対立は日ごとに強まっていた。&lt;br /&gt;
:二十四日は“反革マル”学生が革マル派を集会場から実力で追出し、二十五日は逆に革マル派が反革マル派学生をつるし上げ、追いまわした。“拠点”を死守しようとする革マル派、「居座り」を許せば再び“革マル独裁”が続くと心配する学生たち。双方のあせり、いらだちは“民主的話合い”を吹飛ばしかねない様相を示しており、早大は冬休み十二月十日）を前に大きくゆれている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【リンク】'''&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>Ad19721112</name></author>	</entry>

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		<id>http://www.19721108.net/wiki/index.php?title=1972%E5%B9%B411%E6%9C%8813%E6%97%A5%EF%BC%88%E6%9C%88%EF%BC%89%E5%BE%B9%E5%A4%9C%E3%81%AE%E7%B3%BE%E5%BC%BE%E9%9B%86%E4%BC%9A&amp;diff=51</id>
		<title>1972年11月13日（月）徹夜の糾弾集会</title>
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		<summary type="html">&lt;p&gt;Ad19721112: ページの作成:「'''【概要】''' :早朝、2J有志が高田馬場駅頭でビラを配布。一文、教育でも、革マル批判、集会結集への呼び掛け等のビラ登場...」&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''【概要】'''&lt;br /&gt;
:早朝、2J有志が高田馬場駅頭でビラを配布。一文、教育でも、革マル批判、集会結集への呼び掛け等のビラ登場。一文では朝から数クラスで討論が行われ、当局は14時以降を休講にした。昼頃、自主議長団によって開かれた本部集会に一文から田中敏夫全中自委員長等6人の革マルを連行、「川口君追悼集会」となった。事実経過究明に黙秘する革マルを3000人が囲み、徹夜で集会を貫徹した。当局は、一･二文自治会三役7名の処分を決定した他、「不祥事に関する総長声明」を発表した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【この日のできごと】'''&lt;br /&gt;
::早朝　2Ｊ級友はクラス決議にもとづき高田馬場駅でビラ配りを決行する。&lt;br /&gt;
::◎一文、教育等のクラス有志がビラを配布し、集会への結集を呼びかける。クラス討論も行われ、文学部は14:00以降を休講に。&lt;br /&gt;
::◎一・二文連合臨時教授会・教員会が行われ、自治会執行機関の活動停止と自治会室の使用禁止、自治会三役7名の処分などを決定する。&lt;br /&gt;
::::::除籍　　 　　　　 第一文学部自治会委員長　　　田中敏夫&lt;br /&gt;
:::::::同　　　　　　第二文学部自治会委員長　　　若林民生&lt;br /&gt;
::::::停学（無期） 　　 第一文学部自治会副委員長　　大岩圭之介&lt;br /&gt;
:::::::同　　　　　　第二文学部自治会副委員長　　金子賢治&lt;br /&gt;
:::::::同　　　　　　第二文学部自治会副委員長　　武原光志&lt;br /&gt;
:::::::同　　　　　　第一文学部自治会書記長　　　佐竹　実&lt;br /&gt;
::::::復籍を認めない  　 第二文学部自治会書記長　　　竹内政行&lt;br /&gt;
::◎大学当局は、村井資長総長名で声明（「11.13声明」）を公表した&lt;br /&gt;
::正午頃　自主議長団（11日の集会後、有志で結成）主催の集会が開かれ、本部での「川口君追悼集会」に。革マルは文学部中庭で「11.8の事態に関する態度表明全学集会」を開催。&lt;br /&gt;
::14:00　本部での集会は11日の倍近い人数となり、田中委員長らに糾弾が続いたが、革マルは黙りこくるばかり。川口君のスパイ活動とされる根拠を示すこと、各学部自治会・文連・早稲田祭実行委員会の執行部辞任を要求して革マルとの押し問答が続くなかで「六項目決議」を確認した。&lt;br /&gt;
::■革マルは「権力との緊張関係」「高度な政治力学における特殊な問題」として川口君のスパイ行為に関する事実の内容は明かせないとしながら「スパイ行為の事実を完全に立証、川口君の手になるメモを証拠物件として把握している」が同様の理由から大衆的には明かせないとした。&lt;br /&gt;
::◎大学当局は21:00以降、集会解散・閉門の警告を繰り返したが、0時を過ぎても2000人以上の学生が残り、徹夜で集会を貫徹する.。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【3000人の見守る前で】'''&lt;br /&gt;
:昼頃から本部で、有志によって結成された議長団による集会が開かれた。文学部で集会を開いていた全中自の田中敏夫委員長を含む6人を連れてきて壇上にあげ、「川口君をスパイだとする証拠の提示」「自治会執行部、文連常任委、早稲田祭実行委の辞任」を求めて回答を迫った。参加者からも次々に発言があったが、セクト色の濃い発言には「帰れ、帰れ」のコールがあがった。川口君の同級生も壇上に上がり、上半身裸になって「真実を明らかにしてほしい」と訴えた。&lt;br /&gt;
:夜になって田中委員長は「川口君のスパイ行為の事実を完全に立証・裏付ける川口君の書いたメモを証拠物件として把握しているが、権力との緊張関係と高度の政治力学における特殊な問題として公開することはできない」と発言した。&lt;br /&gt;
:大学当局の再三の集会解散の警告にもかかわらず、深夜を過ぎても2000人が座り込みを続けていたが、翌14日午前7時45分、大学当局は「生命の危険」を理由に機動隊に出動を要請。田中委員長以下6名は、集会に残った400人の目の前で機動隊に救出される結果となった。&lt;br /&gt;
:この集会に集まった各学部の有志によって学部間のクラス討論連絡会議が結成されるとともに、事実経過の究明、執行部のリコールなど「六項目決議」を確認した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【証言】'''&lt;br /&gt;
:「いちばん私が頭に来たのは、革マルが川口を中核派のスパイだと言ったこと。これは死んだ人に対する屈辱的な言葉です。とんでもないことだと思った。私の戦略としては、向こうの土俵に乗ってしまったら絶対に革マルにやられてしまう。あの連中は頭もいいししたたかだから、なかなか責めきれない。このままではダメだと思った。川口が肉体的なリンチを受けた訳だから、もし良心の呵責があればこたえるだろうと思って、上半身だけだったけれど、私は裸になった。ここで、このまま寒さで死んでもいいやっていう気持ちでやっていた。それが良いか悪いかはわかりません」（一文2J・K）&lt;br /&gt;
:「みんな機動隊が革マルを逮捕しに来たと思ったから、逆にみんなは革マルを守ろうとした」（法学部H）※&lt;br /&gt;
:「まだ革マルとの緊張関係まだそれほどなかったし、われわれも同じ学生同士というある程度の信頼感があった。それが後々革マルによって裏切られていった訳だが」（一文H）※&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
::※この部分は2014.7.9.の集まりの発言から。キャンパス新聞に載った平田さんの発言とそれを補足する塚田さんの発言の再録。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''【リンク】'''&lt;br /&gt;
:資料（12/13付当局告示）※PDFデータ&lt;br /&gt;
:資料（六項目決議）※キャンパス新聞（部分）のPDFデータ&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>Ad19721112</name></author>	</entry>

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